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「っロロ!?ど、どうしたんだよ、おい!」

腕を放り出して横向きで倒れているロロに咄嗟に駆け寄り身体を揺らす。が、呼吸が荒いまま何の反応も無い。青白い顔に紫色の髪が零れ落ちるのを見て、俺はさらに焦った。こういうときどうすればいいのか分からないし頭が回らないわで、ロロに両手を置いたまま大声でイオナを呼んだ。
一秒も経たないうちに扉を勢いよく開けたイオナが、俺と倒れているロロを見て少しだけ目を大きくした。俺と代わるようにロロの横に膝をつくイオナを後ろから茫然と眺める。小さく震えている手は冷たい。

「失神ですね」
「失神……」
「退いてください」

イオナがロロの背と膝裏に腕を回すと軽々と持ち上げベッドに寝かせ、二つあった枕を足元に重ねてその上にロロの足を置いた。処置の手際の良さに関心しながら見ていたものの、急にイオナがロロの服の裾を捲りあげてカチャカチャとベルトを外し始めるもんだから俺は別の意味で驚愕しながら、思わずイオナの腕を掴んで止めると睨まれた。怖え。

「いいですか、失神とは脳へ血液が充分に行き渡っていないから起こるのです。その際はこのように、仰向けに寝かせてから足を身体から少々高い位置に上げ、また身体を締め付けている衣類やベルトを緩める必要があるのです。……アヤトは何か勘違いをしていたようですが、これは応急処置です」
「はい、すみません」

次またもし"そのような"勘違いをしたら私の尻尾で串刺しにしますよ。って、めちゃくちゃ睨まれながら言われた。声も物凄く低かったし俺はそれだけでもう涙目だ。だってさあ、いきなりベルト外すんだぜ!?イオナにはハゲデブの遺言もあるしそういうことも考えるだろ!?ヤダよ俺そんなの見たくねえし止めるのは当たり前だろ!?なのになんで俺が睨まれなくちゃいけないんだ……もうヤダ……。

「呼吸も落ち着いてきましたし、あと数分すれば目覚めるでしょう」
「あ、ああ……。ありがと、イオナ。俺だけじゃどうしようもなかった。助かったよ」
「……アヤトからお礼を頂くようなことはしてません。頂くべきはロロさんからです」
「まあ、そうだけど……」
「けれど、……まあ、アヤトからのお礼も、有り難く頂戴させて頂きます」
「はあ」

それでは、なんて颯爽と部屋から出ていくイオナを突っ立ったまま見送る。俺の気のせいだろうか、若干イオナが嬉しそうに見えた。冷静かと思えば怒ったり喜んだり。イオナも表に出すことがないだけで意外と感情豊かなのかも知れない。
さて、俺はどうしようかと考える。しかしまあ、やることなんて特になく、ロロが目覚めるのを待つしかない。ベッドの端に静かに座ってから、寝ているロロを少しだけ見る。イオナのおかげで大分顔色も良くなっているような気がする。目の前で死なれたらどうしようかと思っていたが、まあどうにかなって良かった。

いつの間にか溜めていた息を吐きながら身体の力を抜いて頭を垂れていると、うめき声が漏れるのが聞こえた。どうやら俺が待つ必要はなかったらしい。座ったままロロを見ていると、細く開いた虚ろな目が天井から下に動くと俺を捉えた。

「…………アヤくん」
「おう」
「──……ッ!?」

そりゃもう、物凄い速さとすごい形相だった。勢いよく上半身を起こしたロロは、手元で溜まっているしわくちゃの掛布団を思い切り握りしめたまま俺を驚愕したまま見ている。どうやら記憶がぶっ飛んでいるようだ。それにしても滅多にお目にかかれないほどサイコーのアホ面だ。

「教えてやろうか」
「……聞きたくないけど、……なに、俺どうなってたの?」
「俺がここきたらロロがベッドの前でぶっ倒れてたから、イオナ呼んでロロのこと抱き上げてベッドに寝かせてもらった」
「…………」
「おめでとう。お前、最高のお姫様だったぜ」
「…………最悪だ」

小さく呟くと後ろに倒れて掛布団を顔までかけるロロ。俺としては、今までロロにされたことを全部チャラにしたいぐらい最高の気分だ。布の上からロロを突けば、またもやロロは勢いよく上半身を起き上げて無の表情で俺を見る。……いや、普通に怖い。なんだこの無は。無の境地か。

「お前、失神してたんだって。イオナが処置してくれなかったら今頃ぽっくり逝ってたかもしんねーんだぞ?後でちゃんとイオナに礼言っとけよ」
「大人しくお礼は言うけど……あーあ、いつものことだから放っておいてほしかったんだけどなあ」
「はあ?お前いっつもぶっ倒れてんの?俺今まで一度も見たこと無かったんだけど。ていうか何、持病か?」
「そうじゃないけど……そうともいう」
「なんだよそれ」

俯き加減のロロが口を閉じ、それからはお互い無言のまま、時計の秒針だけが音を鳴らしていた。ロロは自分のことを俺には一切話さない。リヒトには話していたくせに。……まあ、別に俺だってそこまで知りたいわけじゃないけど。でも、また勝手にぶっ倒れられて驚かされるのは御免だ。せめて今回のことは何が原因なのかだけ知りたい。
とうの昔にロロから外していた視線を天井に向けたり真ん前に移したりする。ただ単にぼーっとしているだけとも言う。

「俺のこと、どうでもいいって言ってなかったっけ?」
「どっ、……どうでも、いいけど……」
「あはは、本当に素直じゃないんだから。……驚かせてごめんね、アヤトくん」
「……」

たまにロロは俺のことをちゃんと名前で呼ぶことがあったものの、既に"アヤくん"呼びに慣れてしまっていたせいか少し驚いた。それに加えて俺に謝ってきたロロにも驚きを隠せない。狼狽え、言葉にならない声を漏らしていると笑われたからやり場のない拳を一回ベッドに叩き落とす。

「それじゃあ少し話そう。……俺も改造ポケモンだって言ったでしょ。イオナくんは"強制的に色違いにする実験"の成功例だけど、俺の場合は"強制的な肉体強化の実験"の中途半端な成功例なんだ」
「……中途半端ってどういう意味だよ」

なんとなく目を合わせられず、俺は左右の指を絡ませた手元を見ながら聞く。……なんか、いつもへらへら嫌味ばっか言ってくるやつにシリアスとか合わない。早くこの時間が過ぎればいいのに。

「イオナくんには無くて俺にはある副作用。それで俺は瞳の色が変わったし、今も時々ストレスを感じると痛んでね。……痛みが酷いと、まあ、情けないことにこうして数分気を失うことがあるってことさ。だから持病であって持病じゃないものだって言ったんだよ。……はい、話終わり」

ロロが両足をぐるりと横に放り出し、俺と並んでベッドの端に座る形になった。そうしてやっとベルトに気付いて「なにこれ」なんていいながら締め直し始める。その間俺は色々と考えてみたものの、やっぱり上手い言葉は思い浮かばず、一人理由の分からないもやもやと戦っていた。
きっとロロもイオナから元マスターのことを聞いたんだろう。今だって絶対複雑な心境なのに何事も無かったようにへらへらしやがって。それにもなんだか腹が立つし、ロロのことなんかで色々考えちゃってる自分自身にもイライラする。

「なに難しい顔してんのさ。アヤくんいつものアホ面はどうしたの?」
「うっせばーか」
「こらこら、口が悪いぞー」

俺の頭をわしゃわしゃと掻き回してから、俺が振り上げた腕を軽々と避けるヤツを見る。ああもう、考えんのやめよ。こんなん無駄だ、無駄。バカ猫たちの過去のこと考えるのも面倒臭くなったし、過去なんか変えられないから考えても意味がない。
ベッドから立ち上がり突っ立っているロロを通り過ぎ、ドアノブに手をかける。それから一旦動きを止めて、言おうかどうか悩んでいたことを喉元で一度止めた。唇を少し噛んでから、ゆっくりまた、口を開く。

「ロロ」
「何?」
「……もし、また。……その、ぶっ倒れそうだったら……俺呼べよ」
「え?」
「あっ、あのなあ!そこら辺に倒れられてるとこっちがビビんだよっ!だから俺を呼べ!イオナの処置法見てたから次は俺だって大丈夫だ!いいな!?」

肩を上下させながら、振り返ってロロを指さしたまま一気にぶつけると、ロロが目をまん丸にして俺を見ていた。それからフッと表情を崩して、三日月のように目を細める。口元に軽く握った手を添えて、小さく笑い声を漏らしていた。

「……本当にアヤくんで大丈夫かなあ?」
「だっ、大丈夫だっ!俺だって薄っぺらいお前ぐらい持ち上げられ……るかな」
「それじゃあ任せたよ。アホ王子様」
「アホ猫にアホなんて言われたくねーし」

今度は蹴り上げて見たが相変わらず俺の攻撃は華麗に避けられた。
なんにも解決していないし俺だけが知らないことはきっとまだまだ沢山あるけれど、……そんなに悪い気はしない。




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