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暑い。やたらと暑くて目が覚めた。それと腹が減りすぎて起きたんだと思う。毛布を退かして横を見ると、何故かレパルダスが伸びながら寝ていた。暑い原因はコイツだ。
ぐちゃぐちゃに丸めた毛布をロロの上に置いてから部屋を出ると、イオナがテーブルに料理を並べていた。その姿はやっぱり執事みたいで「寝る前までの出来事も夢の一部だったのでは?」なんてのも思ったが、俺の名前を呼び捨てにするイオナにやっぱり夢じゃなかったのだとがっかりする。

「美味そうだな。これお前が作ったの?」
「ええ」
「すげえ」
「まあ、マスターの躾が素晴らしかったからでしょう」

椅子に座りながらイオナを見た。マスターとは、決して俺を指していないことは分かる。ということは、コイツは他のトレーナーのポケモンだ。いやでもボールは自分で持っているみたいだし、やっぱり訳が分からない。もしやトレーナーから逃げてきたのか?それかただ単にロロを追いかけてトレーナーの元から離れたのか。そこまでロロに固執する理由も分からないし、分からないことだらけで頭を掻き毟りたくなる。

「アヤト、貴方は改造ポケモンというものをご存じですか」
「はあ?改造ポケモン?」

イオナの突然の問いに戸惑いつつ、曖昧に頷いた。改造ポケモンってあれだろ。データ弄ってより強い個体のポケモンを作ったり、色違いにしたりとかそういうの。ただ、俺は普通にゲームを楽しんでいただけだからそういうのはよく分からない。
データを弄る、という部分を抜かしてイオナに答えると「一応知識はあるのですね」なんて馬鹿にされるような言い方をされた。こちとらゲームでやってたんだぞコラ。

「で。その改造ポケモンが何なんだよ?」
「これから共に旅をすることになるので、一応お伝えしておこうと思いまして。私は改造ポケモンですが宜しいですか」
「…………は?」
「改造ポケモンと分かる方には分かるみたいなので、今後、厄介事に巻き込まれる可能性も一応考慮しておいて頂きたく」
「…………え、なんて?」

つまみ食いしようとお皿に伸ばしていた手が思わず止まる。俺を見たまま突っ立てるイオナを見ながら、ゆるりと手を引っ込めてからやっとのこと言葉を噛んで飲み込んだ。

「……つまり……」
「はい」

考えながら自然と出てきたひとり言にイオナが頷き、言葉の続きを黙して待っている。……つまり、イオナが色違いなのは改造されたからということ、なのか?よし、それは分かったが、何度も言うけどここはもはやゲームの世界じゃないんだぞ。データなんてものはないし、なら改造というのは具体的にどうすることなのか。
訊ねる前に頭の中で考えて、フッとリヒトを思い出した。この世界の研究というのは、ゲームの中でいう個のデータを弄るってことと同じなのか?、となると、改造というのは。

「…………、」
「──……ふふ、」

突然小さく笑いだすイオナに、俺は顔をあげて眉をしかめる。「何笑ってんだよ」。目を細めながらそう言うと「いえ別に。お気になさらないでください」なんてご丁寧に返されてしまい、返す言葉が無くなってしまった。こちとら真面目に頭働かせて考えてるってのに何なんだ。面白い事なんて何もしてねーっての。

「さあアヤト。貴方の答えを聞かせてください。貴方が私を拒否なさるなら、潔く身を引きましょう」
「とかいって、どうせ後ろからロロを追いかけてくるつもりだろ。何が身を引くだよ」
「おや、まさかアヤトがそこまで考えられる人間だったとは」
「お前はどこまで人を馬鹿にすれば気が済むの?」

ひとつため息を吐きながら、口元に軽く手を添えながらにやにやと笑みを浮かべるイオナを見ながら手を差し出す。以前は失敗に終わった"ボールを寄越せ"のポーズである。

「まあいいや。改造ポケモンだろうが何だろうが、イオナが俺のポケモンになってくれるならなんでもいいよ。厄介事ったって普通に旅して巻き込まれることだってあるだろうし。もし巻き込まれてもイオナが何とかしてくれるなら問題ないだろ」
「……アヤトの頭には、私が貴方を見捨てる可能性はないのですね。会ったばかりだというのに、なんとまあガバガバな信頼心なんでしょう」
「が、ガバガバ?」
「──"無垢な信頼心は、罪なり"。つまり、アヤくんは世間知らずで無知ってことさ」

紫色の髪を無造作に掻き、欠伸をしながらロロが部屋から出てきた。思わぬダブルパンチに俺は軽く、いや、結構イラつきながらフォークを握りしめてテーブルを叩いた。小刻みなリズムに俺のイライラを乗せてクソ猫共にお届けする。

「無垢な心のままでいられたアヤくんはきっと幸せな人生を歩んできたんだろうね。ひよりちゃんもそうだったし、もしかすると君たちの世界はここよりもいいところなのかも知れない」
「はっ。いいところな訳がない。クソもクソ、クソすぎて話にならん」

ロロも席についたところで、急いで手を合わせてからフォークにパスタを巻き付けて食らう。赤白いソースとパスタが絡み合って……いやこれ冗談抜きでうまいわ。なんだこれ。赤いのはトマトだ。トマトクリームとはなかなか洒落ているじゃないか。美味すぎて手が止められず、皿の前に置かれたボールは目で捉えてからお誕生日席に座るイオナを見る。

「いいでしょう、受け取ってください。正式に貴方を私のトレーナーと致します」
「なんで上から目線なんだよ」
「誰がどうみてもイオナくんの方が上だからでしょ?」
「"俺が"トレーナーなんだけど!?」

俺をちらっと見てからボールに手を伸ばすイオナより先に、ボールを引っ手繰って懐に押し詰めて隠すと鼻で笑われた。いちいちムカつく野郎だ。でも許す。飯が美味いから許す。あーあ、明日はハンバーグがいいなあ。
髪を耳に掛けながらフォークを口元に運ぶロロをイオナが見ている。こんなに美味い料理を作った本人は、まだどれにも手をつけていない。

「ロロさんもアヤトに伝えておいた方がいいのでは?先ほどの会話も聞かれていたのでしょう?」

もぐもぐ口を動かしながら黙ってイオナから俺に視線を動かすロロ。飲み込んでから話してくれるもんだと思っていたら、またすぐにフォークにパスタを巻き付け始めて何事もなかったように食い進めるではないか。話を振ったイオナもそのまま何も言わないし、俺だけが気になってそわそわしている今。

「何、なんだよ。……。……あ、分かったぞ。あれか、実はロロもイオナと一緒で改造ポケモンでしたーとか?いやいやそんなに改造ポケモンがいるわけねえってな」

ははは。ツッコまれる前に自己防衛をして一人で笑っていたものの、静かに目線を俺に向けるロロに動きがぴたりと止まってしまった。

「……そうだよ。俺も、改造ポケモンだよ」
「はは……は……?」
「アヤトは意外と勘も鋭いのですね。またもや新発見です」
「……え?マジ、で……?」

にっこりと笑みを浮かべて真っ青な瞳を細めるロロと、真面目にわざとらしく拍手をしながら俺を見るイオナ。
イオナは色違いだから改造ポケモンだと言われて「ああ」なんて妙に納得できたものの、ロロはなんだかピンとこない。確かにロロも他のレパルダスと違うところがある。いやでも瞳の色を変えるだけの改造ってなんか意味があんのか?少なくとも俺には全く理解できない。

「……なあ、」
「……」
「てっ、テレビ!なんか面白いのやってねえかなー……」

一瞬、ピリリと走る緊張感に似た何かは、俺にもなんとなく分かってしまって慌てて話題を変えて逃げた。あれはイオナじゃない、ロロからのものだ。どうやら相当話したくないことらしい。
まあ俺にもそういうのあるし、無理に聞きたいとも思わないからもうあの話題からは離れよう。

「……おっ、戦ってる!」

テレビをつけると、ポケモンバトルの中継をやっていた。今度はどちらも見知らぬトレーナーだ。しかしながら、サザンドラとシャンデラとかどっちも強そうなポケモンを従えている。チクショウ、めちゃくちゃ羨ましい。何気なくつけたテレビだったけれど、すごく見たくなってテーブルから俺の分の料理を全てテレビ前の小さなテーブルに運ぶ。

「テレビ見たいから俺こっちで食べる」
「いちいち言わないでもいいですよ」
「いいか、真剣に見ながら食うからこっちくんな。邪魔すんなよ」
「はいはい」

なんか本当にあの場から逃げたみたいだけど、"いやこれは違う。本当にテレビが気になっただけなんだって"アピールも込めて二人に言葉を投げるだけ投げて、再び一人で食べ始めた。バトルは本当に面白くて、飽きるどころか自分でも知らないうちにかなりのめり込んで見ていたようだ。食べ終えるのにいつもの倍はかかっている。
よって俺は、この間のクソ猫どものやりとりはこれっぽっちも聞いていない。そう!聞いてないから関係なーい!!




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