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森に着き、覚束ない足取りでキュレムから降りる。

ロロが帰ってきた。ということは、つまり俺の旅の再開を意味している。予定以上にここに留まりすぎていたからか、俺の中ではとうとうこの日が来てしまったか。なんて覚悟と少しの落胆を感じてしまった。
何はともあれ、まずは牧場のオーナーさんたちに事の次第を話に行かなければならない。言い出しにくいと思えるほどに俺にとってはとても楽しい日々だったらしい。

少しばかりサンギタウンを観光するという母さんたちと、それからリヒトに一言告げてから牧場を目指して一人森の中を歩きだす。
リオルを探して初めて一人で野宿をしたことがもうすでに遠い昔のことのようだ。今見ている景色もこれで最後かと思うと少しだけ胸が少し苦しくなった。ということは、この地に愛着が湧いていることに違いはない。きっと寂しいっていうのは、こういうことなんだ。また一つ実感して分かったことが増えたのは素直に嬉しく思う。

『あー、僕ちゃんだー』
「あ、メリープ」
『"姉さん"を付けなさい、"姉さん"を!』

オレンジ屋根に着く手前、メリープたちに会った。この時間ともなると、すでに遠くの方に行ってハーさんたちにため息を吐かせている頃だというのに。今日はまだ小屋からそう離れていない。歩いていたし移動中なんだろうか。しゃがんで目線を合わせ、いつもの通り綿毛に手を埋めて撫でると気持ちよさそうに「メエ」と声をあげる。

『僕ちゃん、今日はお寝坊さんしちゃったのお?』
『ハーさんたちも心配していたわよ。"いつも10分前には必ず来るアヤトが来ない"って』
『わたしたちも心配でね、お昼寝我慢してきみのこと探してたんだよ?』

メリープ三匹に囲まれながら少しだけ視線を下げた。……そっか。だから今日はまだこの辺にいたのか。いつもなら軽く流せるんだけど、メリープたちとも多分今日明日で最後だから何とも返せない。それから今まで気づかなかったものに気づいてしまいそうで、そうしたら俺は多分我慢できないからソッと目を逸らした。

『僕ちゃん、みんな待ってるよお』
『早く行ってきなさい!それから昨日のこと、ちゃんと聞かせてよね!』
「……昨日のこと?」
『リヒトくんとケンカしたって言ってたじゃん、そのことだよ』

ああそれか。きっと、姉さんたちが期待しているような話はできないだろうけど。
俺の顔を見て首を傾げるメリープたちを思いっきり撫でまわしてから立ち上がり、小屋を目指して走り出した。メエメエ、背後で鳴き声がする。「あーん!折角ブラッシングしてもらったのにい!」だって。はは、おもしろ。……あとで話しながらブラッシングでもしてあげよう。

小屋に着く、すぐ手前。ハーさんたちにも会った。俺を見るや否や、ハーくん先輩がにやにやしながら「やあ、寝坊仲間!」なんて言ってきたから無視してハーさんのところへ向かうと俺の後を追いかけてくる。

「嘘だよ、冗談だって。アヤトは僕と違うもんね。寝坊じゃないんだろう?」
「まあ、……そうですけど……」
「いいよ、先にオーナーのところに行っておいで。それまで待っててあげるから」
「我々もしっかり理由は聞くぞ、アヤト」

深く頷いてから軽く手を振り、オーナーさんがいる小屋へと向かう。ハーさんたちに聞いていたとおりにそこに居て、今日遅れてしまった理由とそれから今後についてを話した。母さんとキュレムは今日のうちに観光を済ませるといっていたから、確実に明日から俺の旅は再開する。というか再開させないといけない。いつまでも手持ちがいない状態は、流石に俺のプライドが許さない。

「本当に急ですみません……」
「そっか。でも、アヤトくんの旅がまた始まるんだね。それはとても素敵なことだと思うから、ぼくはアヤトくんを応援するよ!短い間だったけど、お手伝いしてもらえてすごく助かったよ。ありがとう」
「……こ、こちらこそ!あの、ほんと、少ししかできなかったのに色々美味しいもの頂いたり、教えてもらえて本当に感謝してます!……ありがとうございましたっ!!」

ありがとうって、俺だけが言うべきことなのに。オーナーさんに言われて、嬉しいのと何か心にぐっと来るものがあった。何度もお礼を言ってから仕事に戻るオーナーさんの後ろに着いて行き、最後のお手伝いをさせてもらう。草を毟って、小さいメリープにミルクをやる。毛皮も刈った。最初は怖かったけど、自分でも大分うまくなったと思う。今日は今まで教えてもらったことを全部やってみた。それもハーさんたちと一緒にやったけど、結局仕事が終わる最後まで明日にはこの街を出るということを何故か言い出せなかった。
太陽もいつの間にかまた沈みかけていて、空が真っ赤に燃えている。また陽が少しばかり伸びたような気がするのは気のせいか。

「メリープ姉さんたち」
『あ、僕ちゃんだー』

メリープたちを全て小屋に入れる前。一人森の中に行き、彼女たちが居るであろう場所ばっちり探し当てた。いつもの如く、もう小屋に戻る時間だというのにメリープたちは一向に動く気配がない。俺の中では何かが変化しているのに、メリープたちはいつもと同じという当たり前のことがなんだか面白く感じた。サッと懐からブラシを取り出すと、嬉しそうに飛び起きて俺の周りを跳ねまわるメリープたちを落ち着かせる。

「話、あるんだけど」
『昨日のことね!仲直りできた?』
「うん。なんか気づいたら普通に話せるようになっててさ。俺謝ってないけど」
『謝らないのはいけないわあ。でも僕ちゃん、仲直りできてよかったねえ。男の子ってえ、そういうところ単純でいいわよねえ』
「俺もそう思う。なんか女のケンカって、面倒くさそうだし……なんか怖え」

現に俺は向こうの世界でつい昨日まで「親友だよね」って言いあってた女どもが、ある日を境に口すらきかなくなっていた場面を見かけている。女の世界ってどうなってんだよ。怖えよ。ブラッシングしながら正直に言えば「アヤトの言う通りだよ!」て笑いながら返事をされた。
それから本題。明日からまた旅に出るということを伝えれば、一瞬ぴたりと止まってからメエと鳴いた。"寂しいわあ"って、言ってた。

『牧場に居る人間以外の人間とこんなに話したのは初めてだったから……そうね、ちょっと、寂しいわね』
『でもでも、旅に出てもまたここに来てくれるでしょ?そうでしょう?ねえアヤト?』
「……うん、多分」
『多分じゃイヤよお、絶対よお!』
「わ、わかった!絶対な!約束するから離れろ!」

もこもこメエメエうるさいったらありゃしない。大方ブラッシングも終わって立ち上がると、メリープたちもやっと戻る気になったのかのんびり立ち上がった。それを見てから俺が歩くとメリープたちも歩き出す。一緒に歩いているみたいだ。……いや、一緒に歩いているのか。

『ハーさんたちには?言ったの?』
「まだ。……なんか、言いにくくってさ。でもちゃんと言うから心配すんなよ」
『ふふ、言うようになったじゃない』

そういや最初はメリープたちにも敬語なんか使ってたんだっけ。懐かしい。それからポケモンと話せるってこともメリープたちにははぐらかしたままだったのを思い出した。リヒトにこの世界の"普通"を聞いてから、やっとメリープたちがポケモンと話せる俺を不審がっていたのかが分かったんだった。結局なんで人間の俺がポケモンと話せるのか、自分でも分からないことを伝えると、やっぱりリヒトと同じように『これからは気を付けなさい』と忠告を受けた。そんな深刻なことではないと思うが、一応心に留めておこう。

『アヤトがいなくなっちゃうなら、またリヒトくんは一人になっちゃうのねえ……』
『可哀想だけど仕方ないわ』
「メリープたち、……牧場のポケモンは、リヒトと仲良く出来ねえの?」

メリープたちが少しばかり大人しくなる。
今までも思っていたけど、人間がダメならポケモンはどうなんだ。ポケモン界について殆ど知らないけれど、仲良くするぐらいできるだろうって簡単に考えてた。でもやっぱり、そうはならない理由があって。

『ポケモンの中にも、人間が嫌いだったり苦手な子がいるの。ハーフは人間でもあるでしょう?それに、私たちは人間よりもハーフに対する知識が少ないの。得体の知れない者と仲良くなるのは……難しいわ。残念なことに、人間と同じくポケモンもなかなかハーフを受け入れることができないことが多いのが現状よ』
「……そっ、か」

俺のことじゃないけど、じわじわと息苦しくなってきて胸元を握りしめた。リヒトはすごく良いヤツなのにどうして。せめてポケモンだけでも、と思っていた俺の願いは儚く砕け散った。どうにかしたい。でも俺じゃあどうにもできない。ここに来てから俺という人間がどの程度のものかを知り始めてきてしまっているから、もはや大口は叩けない。
俯く俺の横。ふと、メリープが歩きながらすり寄ってきた。頭を撫でると今度は手にすり寄り、まるで慰められているようで小さく笑うと"メエ"と鳴き声がこだまする。

『でもねえ、あたし、リヒトくんはきっといい子だって思うのお』
「なんで?」
『この牧場ってえ、出入り自由でしょお?だからねえ、夜中とかよくポケモン泥棒さんが来てたのよお。でもねえ、それ、全部リヒトくんがやっつけてくれててえ、いつの間にかぱったり来なくなったのよお』
『あの子、私たちにすら姿を見せてくれないから、もしかしたら誰かに頼まれてやらされているのかと思っていたの。でもアヤトの話聞いてたら、……なんか違うなって思ってね』

今度見かけたら話しかけてみようかなあ。そうね、そうしましょう!……メエメエ、鳴き声に混ざって楽し気な声が聞こえていた。
リヒトがそんなことをしていたなんて知らなかったけど。リヒトが知らないところで誰かがちゃんとリヒトのことを見てくれているってことが分かって、なんだかすごく嬉しかった。

「きっとさ、お互いに知らないから仲良くなれないんだよな」
『君の言う通りだよ!ねえアヤト、リヒトくんに言っておいて。すぐ逃げないでって!一度お話ししてみましょうって!』
「分かった、伝えておくよ。ほんと、リヒトすっげーいい奴だから。この俺が保証する!」
『ええ?僕ちゃんの保証じゃあ、ねえ』
「ああ!?」
『冗談に決まってるでしょ、バカ』

羊にバカって言われるなんて心外だ。でもまあ、なんかいますっげーいい気分だから突っ込まないでおこう。
夕日が頭だけになってだんだん暗くなってきた。急いで戻らないとハーさんたちに怒られる。俺のひとり言に反応したメリープたちがわざと遅くなりやがったから、思い切り押しながら小屋へと向かっていた。

最初はポケモンなんかに励まされたり、話すことすら訳わかんねえって思ってたけど。今ならそれを速攻で否定できる。ポケモンも人間と同じだ。そう、心の底からちょっとだけでも思えるような気がした。




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