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「それでは皆様、ごきげんよう」
「詩ちゃんばいばいー」

ぶんぶんと手を振る母さんの横、俺はぼんやりしながらも猫を被ってるでかぱいクソガキを眺めた。可愛い顔してんのにあんな性格だなんて、本当にもったいない。もったいないったらありゃしない。美男美女家族を見送り、さて、次は俺たちとなった。
……聞いてほしい。なんと俺は昨夜誤って飲んだ酒のせいでまともに他人と交流することもなく、また美味しい食べ物も食べ損ねてしまったのだ。交流はともかく、もっと食べたかった。食べたかったのに!!うおお……っ、こんなにも悔しいのは久々かもしれないっ!!

「またおいで。今度はアヤトくんの好きなものを作ってあげるよ」
「あ……っありがとうございます!絶対来ます!」

どっかの伝説ポケモンも言っていたが、いやはや本当に美玖さんの作る料理は美味しくて、俺も胃袋をまんまと掴まれてしまったようだ。だから今の言葉は俺にとってものすごく嬉しくて、さらに優しいしかっこいいし……もう俺、美玖さん大好き。俺専用のシェフになってほしい。

差し出された手をしっかり握ってから離し、……渋々、美玖さんの隣にいた父さんを見る。父さんはチョンさんと一緒に、俺が目指すべき場所へと戻るらしい。後程、母さんも俺とリヒトを送ってから戻ると言っていたのに二人して無駄に長話をしている。ああ、ああ、永遠の別れでもあるまいし、ほんと馬鹿らしい。

「アヤト」

……ギクリ。不意に父さんに名前を呼ばれて肩を小さく飛び上がらせる。今俺が考えていたことを見透かされてしまったかも。なんて、あり得ないことを一瞬だけ思ってしまった。が、表情を見る限り怒ってはいないようだし、なんか知らんが手招きをしている。足を引きずるようにのろのろと向かえば、ぬっと手のひらを頭上に出され……なんと、そのまま俺の頭に乗っかった。"あの"、父さんが俺の頭を撫でているのだ。……い、一体、何が起こっているんだ……?

「アヤト」
「、……なんだよ」
「……頑張れ。待っているからな」
「──……、」

それからお互い何も言わずに静かに離れ、俺は母さんに続いてキュレムに乗る。ゆっくりと浮上する中、眼下にいる父さんは先ほどと変わらず薄っすらと笑みを浮かべていた。
久々、かもしれない。父さんとまともに話したのは。一言二言であったとしても俺にとってはまともに話した方だ。──……なんか、思ってたよりも平気、……かも。そう思った途端、カッと胸が熱くなった。多分、嬉しいとかそういうんじゃない。

「──……父さん!」

空を旋回する中、風音に負けないぐらい声を張り上げる。届くように身を乗り出すと、後ろに跨っていたリヒトが俺の身体を思い切り抱きしめ支えながらも、なんだか嬉しそうな顔をしていた。やけに腹立つ顔だったけど、今リヒトには全体重を預けているから離されたらとんでもない。そういう苛立ちも声量に変えていたから、もしかすると父さんには俺が怒っているように見えたかもしれない。その証拠に、離れた場所からでもはっきりと見えるぐらい切れ長の目が大きくなっている。口もぽかんと開いているし、とんだ間抜け顔だ。それに面白くなりながら、はっきりと真っ直ぐに伝える。

「絶対父さんたちのところに行ってやる!だから母さんみたいに迎えに来たりなんかすんなよな!大人しく待ってろ、クソ親父ーッ!」

俺が言い終わる前に旋回が終わり、そこから一気に急加速した。慌てて振り落とされないように必死にしがみつき、風を切る五月蠅すぎる音に必死で耐える。来るときは本気で落ちるのではないかと常に恐怖に支配されながらの飛行だったものの、今はそれよりも勝る感情があった。

父さんのあんな顔、もう一生見れないかもなあ。

面白すぎた表情に、一人頬がつりそうになるまで広角を上げ、必死に笑いを堪えていた。




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