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テーブルに突っ伏したアヤトはおれの手を掴んだ状態で、そのまま動かなくなってしまった。丸まっている背中が微妙に上下に揺れている。一定した呼吸。……どうやら寝てしまったようだ。いつもアヤトは寝付くのが早いけれど、今日はきっと最速だろう。

「……」

しっかり掴まれている手はそのまま引き抜くことができず、空いているほうの手でフォークを持ってお皿の上にある残り僅かを食べ進める。……食べ終わったらどうしよう。アヤトは寝ちゃったし、かといって一人であの煌びやかな中に飛び込むなんて絶対無理だ。
できるだけゆっくり、ゆっくりと食べていた。それと一緒に、先ほどのアヤトの言葉を噛み締める。

「なに、アヤくん寝ちゃったの?」
「!、ロ……ロロ、さん」

ひょい、と足音もなく二人用のテーブルにやってきたロロさんが腕に乗せていたお皿を置く。大きめのお皿には色々な種類の料理が小分けで乗っていた。量はだいたい二人分。わざわざ持ってきてくれたらしい。お礼を言いながら寝ているアヤトの隣、空いている椅子を引いて座る姿を見る。

「せっかくデザートまで持ってきてあげたのに。あ、そうだ。寝てる間に口に詰めておいてあげようか。そしたら夢の中で食べられるかな」
「あ、ダ、ダメです……!」

無理やりうつ伏せの顔を横に向かせて、一口サイズのケーキが刺さったフォークをアヤトの口に向けて構えているロロさんを慌てて止めた。"冗談だよ"って笑いながら言っているけど、いや、きっとおれが止めなかったら本当にそのまま入れていただろう。あわや大惨事に巻き込まれようとしていた当の本人は、全く起きる気配がない。相当お酒が効いているようだ。もしかして知らずに飲んでいたのかもしれない。止めればよかった、……のかな。

「アヤくんもちびっこたちも寝ちゃったみたいだし、そろそろいいかな」

ひとり言のように呟くロロさんが腕を持ち上げ、付けていた眼帯を外す。鮮やかすぎる黄色が現れ、おれを見てからスラリと細くなる。ひそかにおれは、この目が好きだった。おれと同じ、左右で色の違う目だからだ。

「アヤトには言わないんですか」
「うん、言わない」
「どうして……?」

手渡されたフォークで持ってきてもらったタルトを刺して問う。パスタを巻いていた手を一瞬止め、少しだけ下がった視線がおれのところに戻ってきた。

「怖いからかな、たぶん」
「……」

何が、とは聞かなかった。ただ俺にもよく分かることで、何も言葉は返さないまま大人しくタルトを口に入れる。サクサクの生地になめらかなクリームに新鮮な木の実。初めて口にする物ばかりだけれど、本当にどれも美味しくて感動を覚える。世の中にはこんなに美味しいものが沢山あるなんて知らなかった。

「さてリヒトくん。そろそろそのマント、脱いでもいいんじゃない?せめてフードだけでもさあ」
「……そ、それは、ちょっと、」
「そ?まあ、着てても捲られるから無意味だけど」

疑問を呟く間もなく、いつの間にか取られていた背後から手が伸びてきて、いとも簡単にフードを上げられてしまった。咄嗟に手で耳を隠しても、そしたら今度は手がむき出しになってしまう。瞬時に様々なことを考えては打消し、気が付けば薄暗いテーブルの下に隠れていた。耳を押さえながらそこからゆっくり身体を傾けて様子を伺う。……変な方向を向いている、さっきまで自分が座っていた椅子と、少しだけ驚いたようにおれを見下ろしているあのポケモン。

「んだよ。クソガキとひよりのときは全然平気なくせに」
「こらキューたん、リヒトくんに意地悪しちゃだめでしょう!」
「……ほら見ろ。テメエのおかげでうっせーのがギャンギャン吠えて、さらにうるさくなっちまったじゃねえか」

とか言いつつ面白そうにニヤニヤしながら、大きくなる足音の方へ視線を移す。一歩下がる彼の横、別の足が見えたと思えばすぐに顔が現れた。心配そうな表情を携え、おれにゆっくり手を差し伸べてくれる。出された手はやっぱり右手だった。おずおずと手を重ね、再び明るいところまで導かれる。……やっぱり、ひよりさんからは何か惹かれるものを感じる。なんだろう、不思議だ。

「ごめんね、私が無理やり連れてきたのに気遣えなくて」
「おれは、その、……アヤトがいるから、大丈夫です」
「そのアヤくんが早々に寝ちゃうんだもんねえ。これからリヒトくんが気疲れで倒れそうで心配だよ」

そう言いながらアヤトの頬を抓るロロさんの手を、別の誰かの手が掴んで離させる。被りなおしたフードから伺うように視線をあげて「あ」と思わず声を出してしまった。……アヤトが、「父さん」と呼んでいたヒトだ。アヤトと同じく、ポケモンか、人間か、どちらなのか分からないヒト。

「君がリヒトくんだね」
「は、」
「っうわ、なにグレちゃんその口調……!?気持ち悪いんだけど!?」

おれが返事をするよりも早く、ロロさんが声をあげた。ごく自然に彼に席を譲ろうと近くの席の椅子を引っ張っていた手も止まっていて、今は自分を抱くようにして両腕を擦っている。そんなロロさんを見て、彼は驚いたように目を開いてから顔を背けながらアヤトの横の椅子に座る。ひよりさんに促されておれも座りなおしていて、そのときに少しだけ顔を赤くした彼の顔を見た。

「……向こうにいたときの癖が抜けていないだけだ」
「にしてもない!ないない!」
「まあグレちゃんらしくはないよね。でも私はどっちも好きだよ」

アヤトの肩に優しく上着を掛けるひよりさんの言葉に、不自然に視線を背ける彼と、変な顔をしてつまらなそうに眺めているロロさん。なぜかおれも気恥ずかしくなって目線を背けた。これをあんな目で見れるロロさんはすごいし、いつも見ていたであろうアヤトはもっとすごいと思う。

「リヒト。アヤトがいつも世話になっているそうだな。それに先ほども、ありがとう」
「い、いえ……」

急に話を振られてびっくりしながら今度こそちゃんと答える。……横、ひよりさんを追いかけてやってきたであろう無口な彼がコジョンドの姿になって、ひよりさんの膝の上に飛び乗って丸くなる。次いでアイスをくれた人と綺麗な人までやってきて、二人用のテーブルがあっという間に窮屈になってしまった。
ひよりさんはいい意味でも悪い意味でも、ポケモンを集めてしまうようだ。まるでアヤトと一緒だ。

「俺の名前はグレア。"一応"、ゼブライカというポケモンだ」
「──……ポケモン、」
「グレちゃんはね、元はポケモンなんだけど一度人間になった。で、またポケモンに戻ったから、えっと……限りなくポケモンに近いハーフってところ?」

ロロさんの言葉におれが驚き、またアヤトのお父さん……グレアさんを見た。「色々あってな」、一言で理由を省かれてしまって聞くに聞けなくなってしまう。
おれと同じで、同じではない存在。なんだか不思議な感じがした。
そして、ふと思う。
ひよりさんは完全に人間だ。そしてグレアさんは"元"ポケモンだと言っていた。……だとすれば、アヤトは……。




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