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「えー、この度はーお集まり頂き、誠にありがとうございますー」
「んなのどうでもいいからよぉ、早く食おうぜぇ?」
「……そうだねー、オレもお腹ぺこぺこだよー」

後ろ、すでに白い人と一緒に酒とつまみを食べていた顎鬚を生やしたおっさんからの野次に、チョンさんの宴開始の挨拶的な何かは突如終わりを迎えた。というか元から誰も聞いていない様子で、チョンさんが椅子から立ち上がって咳払いをしている間、小皿やお箸などの受け渡しが引き続き行われていたり、つまみ食いしようとしていたロロの手を父さんが容赦なく叩き落としている光景が見られたり。

「みんなーグラス持ったー?あ、オレはノンアルのオレンワインでー!」

俺とリヒトもジュースが注がれたグラスを持って、チョンさんがグラスを持つ腕をあげる姿を真似て、一緒に軽く上に持ち上げる。

「それではー来てくれたアヤトくんとリヒトくんを祝してー!乾杯ー!」
「「乾杯ー!」」

チイン、と連続で響くグラスの音。それと一緒に空間には再び賑やかな声がドッ!と溢れ返った。そんな中、いまだ乾杯シーンに取り残され、どうするのか分からない様子で戸惑うリヒトのグラスにグラスを当てて音を鳴らすと、きょとんとしてからやっと時に追いついたように動き出し、ぎこちなく笑みを浮かべてグラスを斜めに傾けた。





まず一人目。母さんの隣にずっと、本当にずっといた不愛想な人。セイロンという名前らしい。母さんの手持ちで種族はコジョンド。人間が嫌いだと言いつつ母さんにはべったりという矛盾男。無口でよくわからないというのが第一印象だ。正直怖い。

二人目。あご髭のおっさん。種族はバスラオの赤い方。すでに酒が回っていて、母さんが紹介してくれたときには本人は寝入っていた。ちなみに奥さんはドレディアらしい。もとから可愛いポケモンは擬人化しても可愛いの法則。膝に乗っていた子どもたちも可愛い顔をしていた。舌足らずな声はこの子たちのものだったようだ。まあ、チュリネも可愛いから当たり前だ。

そして三人目。これには俺もリヒトも驚いた。またもや母さんに嫉妬することにもなった原因が、この人である。

「はじめまして。私はマシロ。レシラムというポケモンだよ」
「は……え?……れしらむ?」
「伝説のポケモンの、レシラム、ですか!?」
「おや、これは新作かな。程よい甘みにこの甘酸っぱいソースがなんとも……」

デザートに舌鼓を打ちながら俺たちの問いに頷く目の前の真っ白い人。髪から肌から服から、何から何までが白い。確かにレシラムは白いけど、まさかこんなところに本物がいるなんて到底信じられない。が、キュウムも伝説ではあるけれど、こちらの伝説は確かにどことなく雰囲気が違うし所作から気品を感じる。気がする。

「そんな伝説のポケモンがなんでこんなところに!?」
「ああ、私も一応ひよりの手持ちポケモンだからね。それに美玖の料理が大好きなんだ。はは、がっちり胃袋を掴まれてしまったよ」
「は、はあ……」

まさかレシラムまでもが母さんに手懐けられていたなんて。再び感情がごちゃ混ぜになる前に、適当に手元にあった飲み物を飲み干した。なんだか甘ったるくて変な味だ。喉がじんわりと熱くなる。

それから場所を移動して、とうとう来てしまった。あの少女がいるテーブルである。いやしかし、その前に俺は超絶美人な女の人に目がいった。さらに言えば、今まで見た中で一番といっても過言ではないぐらいに大きすぎる胸に視線がつい言ってしまう。美人で巨乳とかやばい。やばすぎる。
……なんて思っていたら、どこからともなく頭の丁度てっぺんに落ちてきた何か。止めようとしてくれたリヒトですら追いつけない速さで、……どうやら扇子を振り落とされたようだった。これが痛いのなんのって。初対面の相手に容赦なく扇子をぶち当てる輩は誰だと、怒りを露わにしながら睨み上げ、……凍った。俺が、凍り付いた。

「わっちの妻を疚しい目で見るでない。次は無いと思え」
「……は、はい……」

金色の髪に赤い瞳。それにあの赤いピアスは……そうだ、厨房にいたあの優しいお兄さんと同じだ。ピアスは同じだけど、中身は正反対のようだ。いかにも偉そうに椅子に座ると、そのあとに膝の上に座る少女を愛おしそうに眺め撫でている。

「アヤくんも殿にやられたって?」
「ごめんなさい、痛かったでしょう」

にやにやしながらやってきた母さんと、例の巨乳美人さんが俺のところにやってくる。母さん超邪魔。
巨乳美人こと、心音さんもまた母さんの手持ちらしい。チルタリスだって。そして、先ほど俺の頭を思い切り叩いた奴が心音さんの夫であり、ミロカロスの殿だとか。殿ってなんだよ。名前じゃねえじゃんって思ったけど、ツッコむとまた叩かれそうだからやめた。ミロカロスなのになんで金髪なんだ。考えて、母さんの答えを聞いて納得する。……なんと色違いだと。驚きが続きすぎて驚き疲れてきたぞ。

「お父さまからの鉄槌、有り難く思いなさい」

フンと鼻を鳴らしながら通り過ぎる少女からの言葉。今度は俺とリヒトだけではなく、心音さんと母さんにも聞こえたらしく、なぜか二人はくすくすと笑っていた。
少女の名前は詩。ウタと読むらしい。種族はチルット。そして、彼女もまた父親と同じく色違いなのだという。あの容姿にも納得がいく。が、あの中身は最悪だ。できれば関わりたくはない。

「あ、陽乃乃くんー美玖さんー、こっちですー!」

心音さんと一緒になって笑っていた母さんが手をあげ大きく振る。その先には、あの優しいお兄さんとウェイターの姿があった。
ウェイターの男は陽乃乃さんというらしい。バクフーンと聞いて初の御三家のお出ましに少し興奮した。次いで、優しいお兄さんの名前は美玖さん。種族はカメックスと、連続のサプライズに目を輝かせる。

「ココちゃんたちはね、こっちの世界の、私の家族みたいな存在なの」
「……家族?」

陽乃乃さんと美玖さんの腕に片方ずつ腕を絡ませながら、当たり前のように可笑しなことを言う母さんに聞き返した。母さんは変わらず大きく頷いて、楽しげにスキンシップを続けている。

「家族って、……え?母さん何言ってんの?頭大丈夫?」
「大丈夫ですう」

口先を尖らせている母さんの後ろ、心音さんが母さんを抱きしめ、四人揃っておしくらまんじゅうみたいになりながら殿のところまで行き、殿に向かって倒れるように崩れては怒られているのにケラケラ楽し気に笑っている。

……俺にはまったく意味が分からない。それになんなんだ、この気持ちは。下唇を噛んで、視線を外す。
他人からあんなにも愛されている母さんが。俺が欲しくても持てないようなものを、全部もっている母さんが妬ましい。それと一緒に、父さんと俺という本当の家族がいながら幸せそうに家族ごっこをしているのを見て、胸元を掻きむしりたくなるほどイラついた。母さんの大切な人だとしても、俺にとっては所詮他人だ。心底どうでもいい。……ああ、なんだか頭と体がやけに重くて熱いな。

「、アヤト」

ここに来て、初めてリヒトから話しかけてきた。ゆっくり視線をあげてリヒトを見ると、赤と青の瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。それに少し、……いや、かなり救われたことは、秘密だ。

「窓際の席、空いてるからさ……一緒にご飯、食べようよ」

最初から全種類の料理が少しづつ取り分けられていたお皿を二枚手に持って、リヒトが不器用に微笑む。それに間を空けてからゆっくり頷き、人と人の間を静かに抜けて椅子に座った。窓の隙間から外の空気が若干入ってきているのか、少し涼しくて心地いい。

「…………リヒト」

料理をつついたり騒がしい光景や真っ暗な外を眺めてからしばらくして、ぼんやりする頭と半分閉じかけの目でリヒトを見る。テーブルに両腕を伸ばし、リオルの方の手を掴む。肉球を押してなんだかよく分からないけど面白くなってケラケラ笑う。なんだ、俺、何が面白くて笑ってるんだろう。

「アヤト?どうしたの?」

急激に眠くなる。眠いってもんじゃない。眠すぎる。だんだん狭くなる視界にリヒトを捉え、へらりと笑ってみせる。

「──……おれさあ、リヒトさえいればあ、もういいやあ。ほかの手持ちとかいらねーよお」
「ど、どうしたの、突然」
「だってさあ、……おれのことちゃんとみてくれるの、リヒトしかいねえんだもん。あーあ、リヒトと一緒に旅したいなあ……」
「アヤト……、」
「2人で、旅……できたらいいなあ。きっとすっげー楽しいんだろうなあ」
「………」

ゴツン。額がテーブルに当たる。なんでかは知らんが、とにかく冷たくて気持ちいい。うつ伏せだから光も薄くなり、丁度いいぐらいの暗さだ。瞼が閉じて、ものすごい速さで意識が遠のいた。

「     」

リヒトがなんか言っていたけど、俺には聞こえなかった。どんな顔をしていたのかすら、分からない。
……少し前。俺が適当に飲んだあの甘ったるい飲み物は、どうやらアルコール度数の高いお酒だったらしい。それを俺が知ったのは、次の日の朝になってからだった。




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