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「つまり、キューたんは女の子にもなれるんだよ。伝説のポケモンはみんなそうなんだって」
「…………へえ」

確かに伝説ポケモンは性別不明だったけど、……にしてもこれは酷い。もう俺の心はズタズタのボロボロだ。絶望した。神様のクソ野郎。
やっと母さんに解放されたリヒトが小さくうずくまっている俺の横でひたすらに心配の言葉を投げかけてくれている。それに泣きそうになりながら頷いて身体を起こし、母さんの隣でまだ笑ってる男を睨みつけた。
男は、キュウムというらしい。種族名と非常に良く似た名前で紛らわしいったらありゃしない。そして「キューたん」という男にひどく似合わない馬鹿げたあだ名は、母さんが付けたものだそうだ。

「ていうか……え?母さん、手持ちにキュレム持ってんの?」
「うーん……そう、なるのかな」
「なにその歯切れの悪い答え方」

キュウムの方を見ながら言葉を途切れ途切れに紡ぐ母さんとは打って変わって、母さんの頭の上と肩に乗っているブス人形たちは首がもげそうなぐらいに頷きを繰り返していた。……そしてふと、隣のリヒトが「もしかして、」と顔を上げて母さんたちを見る。

「数十年前、プラズマ団っていう組織がキュレムを利用してイッシュ地方を凍り漬けにしようとしたって話、……もしかして、あの名もなき英雄って、……ひよりさんのこと……?」
「「え、英雄!?」」

俺と母さんの声が被る。それならゲームと同じストーリーだから俺も知っている。世界征服を目論むプラズマ団がキュレムと捕まえイッシュ地方を凍らせる……、それを阻止するべくゼクロムまたはレシラムを仲間に加えてプラズマ団と戦うっていう話。もしや、母さんは俺とは違って主人公の成り変わりとしてゲームのシナリオに沿った旅をしていた、のか……?

『現チャンピオン、Nの発言力はすごいですからねえ。伝説のトレーナーとなっているトウヤも便乗していたし』
『それに加えてシャガさんたちジムリーダーの証言……もしもひよりさんがまたこの世界にいると知られたら、きっと大騒ぎですよ』
「そ、そんな大層なこと私してないんだけど……」

人形の言葉に複雑な表情を浮かべて視線を下げる母さんを見る。い、いやいやちょっと待ってほしい。今聞いたことありすぎる名前が複数でてきたんだが。もしかして、もしかしなくても、母さんはゲームの登場人物たちと接触していたのか……?この、ぼけーっとしている母さんが?……は、意味分かんねー。
意味わかんねーのに、隣にいるリヒトの目が輝いているのは分かる。きっと母さんがすげー人だと分かったからだろう。……気付きたくはなかった。けど、気付かざるを得ないぐらいにもやもやは大きくなってゆく。

『そういえば、ハーフくん……リヒトくん、だっけ?』
「そ、そうです……」
『リヒトくん!先ほど、ワタクシたちのことを疑いましたね?』
「……はい、」

すみません、と謝るリヒトにブス人形が一体近寄っては今度はリヒトの肩に乗る。それに一度身体を飛び上がらせたリヒトだったが人形を掴んで退かすということは無かった。

『いいですか、本来伝説のポケモンが表に出てくるなんてことは滅多にないよ。ましてやワタクシたちキュレムは"人やポケモンを取って食らう化け物"としてとある町では恐れられているぐらいだもの。リヒトくんの父親は、そんなワタクシたちを手懐ける試みをするようなお馬鹿さんなのかな?かな?』
「──……いえ、違います」

少し間を置いたリヒトが、力強く否定した。肉親を少しではあるが馬鹿にされたということからの不満が含まれているのか、それとも、。……もう一体、人形がこちらに飛んできて今度は俺の頭の上に乗っかった。思っていたよりも重くなく、寧ろ何も乗っていないのと同然だ。

『リヒトくん、心配しないでも大丈夫です。僕たちはひよりさんにしか従いません』
「──……なあ、それって。……母さんの息子である俺にも、従わないのか?」

ぴたり。人形二体の動きが止まる。そのこともあってか、俺は微かな望みをまだ捨て切れていなかった。……しかし、それも母さんの隣にいる男の言葉できれいさっぱり消え去ることとなる。

「ああそうだ。ひよりのガキだろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ」
「なっ、なんで、どうして母さんだけなんだよ……!?」

別の世界から来たってことなら、俺だって母さんと同じだ。それに、絶対俺のほうが母さんよりもバトルは上手いのに。絶対、俺の手持ちになったほうがいいのに。……ぐるぐると喉元で色んな文句が渦巻いてはいるが、出すに出せず。俺を見る母さんとリヒトの視線があるせいなのか。それとも、二人とはまた違った目で俺を見ているキュウムのせいなのか。

「……言えよ。それぐらい、俺にも教えてくれたっていいだろう」
「うっせえクソガキだぜ」
『いいでしょう、ワタクシが教えましょう』

リヒトの肩に乗っていた人形がそう言った。どうせロロみたいに母さんに惚れてるとかくだらない理由だろう。自分で聞いておいて、答えを聞く前にすでに興味が失せていたというのは事実だ。

『一言でいいましょう。ひよりちゃんが、ワタクシたちの命の恩人だからです』
「……」

いのちのおんじん。なんて安っぽい単語なんだろう。相変わらず無言で人形を眺めていると俺の意図が分かったのか、人形がやれやれというように首を左右に振ってから目の前にやってきた。フェルトの羽を羽ばたかせ、変わることのない表情を見ながら抑揚のついた声を聞く。

『分からなくて結構。分かって貰いたくも無いのでね。ただ、ワタクシたちは断じてひよりちゃんにだけしか従わないということだけ覚えておいてよ』
「……、……」
「あー……はい!この話は終わり!おわりー!」

何とも言えないヘンな顔をしている母さんが仕切り直しにと手叩きをする。そりゃあ自分の子供と手持ちが険悪になっているんだ。この空気をブチ壊したくもなるだろう。
母さんが草の上に座ったままの俺とリヒトの前までやってきて膝を曲げ、まん前に座った。言えない不満を溜めに溜めこんだ俺は頬を軽く膨らませては口先を尖らし、さりげなく目線を合わせないでいれば両頬を手のひらで挟まれ捏ねられる。……なんだよ。母さんばっかりいいことだらけで。……これじゃ、本当に俺がおまけみたいな、。

「ほらほらアヤくん、かっこいい顔が台無しだよ」
「……うっせ、ババア」
「なんだって?」
「いて、いてててっ!離せクソッ!!」

両頬に伸びている手が、俺の頬肉を思い切り抓る。全部の力が指先に込められているような勢いで痛い。身体を捻ったり腕を振りまわしてから手から逃げて睨むと、母さんは困ったように笑みを浮かべていた。
──……俺が夢見ていた立ち位置。そこにはすでに、母さんがいた。
手持ちのいない俺と比べて、母さんには伝説のポケモンが手持ちにいて、ゲームの登場人物たちとは知り合いで。……ムカつく。ものすごく、腹立たしい。絶対俺の方が母さんの立場に相応しいのに。どうして、どうして俺じゃないんだ……っ!?

「アヤト」
「……」
「アヤト、」
「……んだよ」
「……あの、牧場に、手伝いに行く時間、」
「っお前に言われなくたって分かってる!」
「──……ごめん、」

苛立つ俺の声にびっくりしたように、リヒトが小さな声で言った。垂れ下がった耳を見てから乱暴に鞄のチャックを開けて久しぶりに携帯のボタンを押した。時間は6:20。
携帯をまた鞄の中に叩きつけるようにいれ、鞄を肩にかけて立ち上がる。そうして何も言わずにそこにいる奴らに背を向け、一人牧場目指して速足で歩きだした。高く伸びている草も踏みつけて進む。
……進む。




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