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腰が抜けたまま立てず、茫然としたまま母さんを見る俺。同じく、男に抱えられたまま茫然と俺を見る母さん。リヒトもまたかなり衝撃を受けているようで、風でフードが後ろに落ちたというのに被ることを忘れている。

「ほれ、感動の再会だ」
『再会、再会!どうですかひよりちゃん!この最高の演出は!』
『ひよりさん、大丈夫ですか……?』
「……だめ。最悪」

口を抑えて身体を縮込ませる母さんの周りを飛ぶ二つの物体。……人形が、勝手に動いて喋っている。こんな継続しているポルターガイストなんてありえない。つーか、なんだあれは。まだ可愛い人形だったら良かったものの、キュレムのブッサイクな人形だ。正直言ってかなり怖い。全然可愛くない。フェルトの羽が自由自在にぱたぱた動いてやがるし、手足だってぱたぱたぱた…………ウッ、頭が痛い。

『……おやおやおやー?そこにいるのはもしや、』
「っ!」

一体の人形がリヒトに向かって飛んできた。呆気にとられていたリヒトだったが、素早くそれに反応してから深くフードを被り直して体勢を低く構える。尻尾も一瞬にして逆立ち、威嚇のつもりか低く呻り声をあげる。

『これが噂のハーフくん!ワタクシ、本物は初めて見ましたよ!いやあ、なんかこう、親近感が湧いちゃうねえ』
「キューたん、戻っておいで」
『はーい』

男から降りながら母さんが呼ぶ。すると人形は素直にリヒトから離れて母さんの元に戻って行く。……なんだ、もしやこれは夢なのか。人形使いみたいな母さんが夢の中に出てきているだけなのか。相変わらず茫然としながら、俺はゆっくり腕を持ち上げ自分の頬を軽く抓る。……痛い。夢じゃない。なんだこりゃ。

「キューたん。私、ゆっくり降りてねって言ったよね」
「さあて、どうだったかな。覚えてねえ」
「意地悪」

からかうように背中を丸めてにやにや見ている男の頬に手を持っていくと、思い切り頬を抓る母さん。それを俺は、冷や冷やしながらひたすら見守る。
いやだって、結局あの男がキュレムだったっていうオチだろう?今は俺たちと同じ姿ではあるが、男はいつだってキュレムの姿に戻ることが出来るわけだ。つまり、もしもそうなったらちっこい母さんなんて一瞬でプチッとなる。怖すぎる。ヤバイ。のに、なんかすっげー親しい感じなの何なんだ。ああ、もう、色々訳が分からなすぎて語彙力が追い付かないし頭が全然回らない。誰か、切実に助けて欲しい。誰かー!

「そうだキューたんに構ってる暇無かった!アヤくん!」

男の頬を抓っていた母さんが、突然ハッとしてこちらに振り向き駆け出してきた。……が、まだ足取りが何となく覚束ない。やれやれ。俺もなんとか立ち上がり、一歩踏み出そうとした時だった。
リヒトが俺の前に立ちはだかり、背を向けたまま腕を真横に真っ直ぐ伸ばす。尻尾は依然、逆立ったまま。後ろ姿しか分からないものの、多分手前で立ち止まるしかない母さんをきつく睨んでいるはずだ。

「リヒト?」
「──……キュレムを連れているなんて怪しい。まさか父さんたちの、」
「リヒト、おい!」

リヒトが一体何のことを言っているのか分からなかったが、それよりも今の言葉があの男にも聞こえたらしく、途端、殺気が走る。今の俺は例えるならば蛇に睨まれた蛙だ。まさに一発触発の今、一刻も早くリヒトを下がらせる必要がある。
リヒトの肩を掴み、後ろに引くもびくともせず。フードで隠れていてその表情も見えないし、向こう側の男が怖すぎて耐えられない。そういやキュレムの特性はプレッシャーだったなと思いだし、また震えあがる。……唯一の救いは、じっとリヒトを見つめているであろう母さんの姿が見えることだけ。

「退け、ハーフのクソガキ。邪魔すんな」
「…………」
「……俺様に刃向かおうなんざ、百年早えぞ」

ゆらり。男がこちらに歩いてくる。何度もリヒトの肩を揺らすが、完全に戦闘モードに入っているのか呻り声が大きくなる一方で。……あの夜、俺を襲ってきたときの感じと同じだ。今のリヒトは、まさに野生のポケモンのそれ。

一歩、一歩と殺気が強くなるのが分かる。もうだめだ。また腰が抜けて座り込む手前。

「キューたん」

その一声で、母さんの真横まで来ていた男がぴたりと止まる。男がゆっくり目線だけ母さんに向け、また母さんも同じく。おいおい、嘘だろって思っていたが、……いや、嘘じゃなかった。母さんと男は数秒見つめ合い、ふと、ある時を越えたとき。男が舌打ちをすると、なんと、俺たちに背を向け距離を開けたのだ。それを見ながら「ありがとう」なんて、小さく笑顔を浮かべる母さんが見えて、ただひたすらに驚くことしかできない。

男が後ろに下がるのを確認してから、母さんが動き出す。一難去ってまた一難。またもや俺は肝を冷やしながらそれを見守り、最悪のことも考えながら足にグッと力を入れておく。
ゆっくり近づいてくる母さんにリヒトがさらに体勢を低く構え。……そうして、少し手前で、母さんが立ち止まって静かにしゃがんだ。思い切り伸ばせばリヒトの爪先が母さんに届いてしまう。そんな距離だった。

「リヒトくん、はじめまして。私、ひよりって言うの。アヤくんのママだよ」
「…………」
「ごめんね、突然でびっくりしたよね」
「…………」

沈黙を貫くリヒトとは打って変わって母さんは話し続ける。にこにこしながらお得意の忙しいジェスチャーも健在だし、どうやら母さんにはリヒトの威嚇も利かないようだ。そういう空気に鈍感なだけなのか、はたまた気付いていながらも普通を装っているのか。どちらにせよ絶対俺には出来ない。

「リヒトくんのこと、ちょっとだけだけどロロから聞いたよ。アヤくんの面倒見てくれてるんだって?」
「は!?アイツ、そうやって母さんに言ったのか!?」
「うん。あと"アヤくん、まだ手持ち一匹もいないんだよ!まああの性格じゃ無理だよね、あはは"って笑ってた」
「……あんのクソ猫…………」

母さんの全然似ていない真似からでも容易にあのムカつく顔を想像することができる。リヒトの後ろで歯軋りをしながらロロの顔を脳内でひたすらぶん殴っていると、ふと、青い尻尾がだんだんと元に戻りつつあるのを見る。

「確かにアヤくんは素直じゃないし口が悪いけど、本当はすごく優しいし可愛いところもいっぱいある、というかそっちのほうが沢山あるんだよ!……リヒトくん、知ってた?」

手を頬に添え、目を輝かせてから三日月型に細める母さんを横目で見る。
はい出た親馬鹿。いつものことだから「うわまた始まった」ぐらいに思いながら視線を外そうと思ったが、……母さんの問いかけに、リヒトがこくりと一度頷くのを初めて見た。思わずぴたりと固まり、途切れ途切れに流れてくるか細い声を拾う。

「──……素直じゃ、ないのは、……アヤトの、良いところの、一つ、……だと、思います。口が、悪いところは、おれと似てるから、……おれは、そっちのほうが、……いいです」
「私もね、クソババアって言われるとムッとするけど、でも素直なアヤくんもなんか違うなって思う」
「お……おれも、素直なアヤト、なんかイヤ、です……」
「うんうん、リヒトくんとは話が合うなあ」
「……、」

……目の前、青い尻尾がぱたぱた揺れ始めた。ていうか後ろから見てても分かる。リヒト、今絶対嬉しそうな顔してんぞ。こいつ案外チョロイぞ。それよりも問題なのは話題だ。本人の目の前でそこがいいだの可愛いだの好きだのって、……マジ恥ずかしすぎて死にそうなので……勘弁しろ、ください。




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