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この世界って、本当にクソだ。

教室という名の狭い空間には、どこを見ても何も考えていないアホ面ばかりが並ぶ。
一人、溜息を漏らしてから肘をついて頬を乗せる。ほんの少しの隙間から入ってくる風にのって、外からバカ騒ぎしながらラケットを振り回しているテニス部の声がした。……あーあ、つまんねえ。

ニュースを見たってどこの国でテロだ戦争だっていつまでもくだらないことばかり続けているし、我が国ではまた総理大臣が変わるらしい。ということは、俺たち学生が覚えなくちゃいけないどうでもいい名前がまた一つ増えるってことだ。ふざけんな。

目を閉じてうつ伏せになってから、ふと、思い出す。……そういや受験希望の高校名を書いた紙、今日提出するんだったっけ。でもまあ、どこの高校へ進学したって結局その先に希望はない。安月給に加えて社畜とやらに成り果ててオワリっていうオチだろう。あー、やだやだ。

……とまあ、そんなこんなで俺は齢14にして、すでにこの世界に絶望していた。明日にでも世界が滅亡すればいいと思っていた。ていうか多分そうなるってここ最近毎日思ってる。

思ってはいるが、そうならないところもまたこの世界のクソなところだ。
毎朝、携帯のアラームと母さんの大声のコンボで渋々ベッドから抜けだして、朝飯食ってチャリに乗って……で、学校に行くだけという日々。それから家に帰ってゲームして寝る。つまんねー。俺の人生、超つまんねーよ。


しかしながら、そんな俺にもとうとう奇跡が訪れたのだ。
──……その夜。
いつも通りの夜だった。家族揃ってから食べたいと言い張り続ける母さんのせいで晩飯のお預けを食らっていた俺は、ゲームをしながら仕方なく父さんの帰りを待っていた。ソファに座っていた俺の隣に、夕飯の匂いを纏っている母さんが座ってきてはいちいち口を挟んでくる。

「えっ、アヤくん何でロロ殺しちゃったの!?」
「ロロって何?レパルダスのこと?ていうか母さん、また勝手に俺の手持ち変えただろ。あとニックネーム付けるのやめろってば」
「瀕死になってる、傷薬!」
「アイテム使うのが勿体ないし、レパルダスがクソ弱すぎなんだよ」
「そんなことないってば、ほら早く」

煩い母さんは放っておいてボタンを連打しながら俺のガブリアスがボールから出てくる画面を見ていると、玄関の鍵が回る音がした。どうやら父さんが帰ってきたようだ。
その音にすぐさまソファから立ち上がっては跳ねるように玄関に向かう母さんの背を見送った俺はと言うと、真っ先に料理の並ぶテーブルに向かい椅子に座って箸を構える。これでやっと飯が食える!父さん?どうでもいい。

「おかえりパパ」
「ただいま、ひより」

そこから数分待っていたが、なかなか戻ってこない二人に構えていた箸がどんどん下に落ちてゆく。……見なくても想像できてしまうのが、また吐き気を促す。
俺の父さんと母さんは、馬鹿みたいに仲が良い。学校帰りにご近所さんに「仲良しで羨ましいわあ」なんて言われたときは曖昧な笑いしか出来なかったものの。……いやいや羨ましいだなんてとんでもない。よおーく考えてほしい。自分の両親が何年経ってもイチャコラしてるんだぞ?普通に気持ち悪いだろう。おげええっ。

「ただいま、アヤト」
「……おかえり」
「アヤくん、お待たせ!さ、ご飯食べよ」

父さんの上着をハンガーに掛けてから満面の笑みで椅子に座る母さんを見る。「いただきます」。両手を合わせてから、俺は一心不乱に箸を動かした。単に腹が減っていたのもあるけど、別の意味もある。
……実は、俺は父さんが苦手だ。今日も一人で楽しげにぺらぺら喋っている母さんがいなければ、きっと今頃無言の食卓となっていただろう。嫌いというわけじゃない。それでもやっぱり父さんは何となく苦手だった。もしも二人きりにされたら気まずさで死ねるレベル。

夕飯を食べてから、またゲームをした後。風呂に入ってまたゲーム。「明日こそ一人で起きてね」、頬を膨らます母さんと、それを見ながら切れ長な目を細めては「おやすみ」なんて言う父さんに適当に返事をしてから自分の部屋に入る。そうして明日の準備をとっとと終わらせてからベッドにダイブして、ゲーム機を手に取る。

「……あ?なんで真っ暗?」

電源を入れればすぐゲーム画面が出るはずなのに、いつまで経っても暗いまま。……そう、このときからすでに奇跡は始まっていたのだ。
そうとは知らない俺は、とうとうイカれたのかと思ってゲーム機を叩いた。ベッドにぶん投げたりもしたけれど、相変わらず画面は黒一色。不機嫌な俺の顔が反射して映っている。

「は?マジねえわ。つかセーブしてないんだけど」

イライラしながら色んなボタンを連打してから、もう諦めて蓋を閉じる寸前。真っ黒の画面の下、白い文字が急に流れ始めた。どうせぶっ壊れたときに出る謎の暗号だろうと思っていたものの、なんと俺でも読める文字だった。舌打ちしてから読んでみる。

" ひさしぶりだな クソガキ。テメエに オレサマから いいもんをくれてやる。ありがたく うけとれ "
「は?なにこれ」

全くもって意味が分からないし、上から目線な文章に腹が立つ。
……けれど。その文字の直後、上画面に映った女の人の姿を見た瞬間、そんなのはもうどうでもよくなった。だって彼女は俺の憧れのあの子よりも数千倍、いや、数億倍綺麗だったんだ。彩度の淡いさらりとした長い髪に、薄黄色の瞳はどこまでも透き通っていて。真っ白な肌と艶やかな唇に……胸も、……すごく、おお、きい。い、いやほら、どっどうしてもそこに目がいってしまうのは仕方ないよな!?だって俺今、中学二年生っていう思春期真っ盛りの年頃だしっ!?

「……、」

無意識に生唾を飲み込んでしまい、ごくりと喉が鳴る。そうすれば、画面の彼女は一回驚いたようにちょっとだけ目を大きくさせると、今度は目を伏せて悪戯な笑みを浮かべた。画面が揺れ、彼女の全身が映る。うわ足ほっそ。ていうかスカート短……あ、見えそう……もうちょっと、足を、……って、あ、あれ。俺、エロゲなんて持ってたっけ。

" サービスは ここまでだぜ。 つづきがみたけりゃ とっととこっちに こい"
「こっちにこい……?どういう、」

どういう意味だ?、そう、最後まで言い切る前に、急に瞼が重くなり。
俺の意識はプツンと途切れた。




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