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噛みしめながらのろのろとヒウンアイスを食べていると、まるでお化けのようにリヒトが林から出てきた。思わず二度見してから飛び上がってしまったものの、すぐに平然を装いつつリヒトを呼ぶ。

「お前、どこ行ってたんだよ」
「ちょっとだけ、遠く……」
「ほら、これ食えよ。ヒウンアイス、お土産だって。これ超美味えよ」
「あ……あり、がとう、」

袋から一つ取り出してリヒトに渡し、俺は二個目に突入する。いやほんと美味いんだって。さらにこのちょっと溶け気味の感じ?最高すぎるんじゃないか?ゆっくり俺の隣に座るリヒトの横、ぶっ壊れたロボットみたいにアイスを掬っては口に入れ、という同じ動作をただひたすらに繰り返す。

「──……、おい、しい……!」
「だろー?これチョンさんがくれたんだぜ。リヒトも見ただろ、ほら、あの画面に映ってた人」

なんかしょぼくれてたリヒトも、今では俺と同じように狂ったようにアイスを食ってる。初めて食べた!って嬉しそうに言ってるし、かなり気にいったようだ。あと二つあるけど、しゃーねーな。リヒトに全部あげるとしよう。

「いい人そう、だったね」
「チョンさんのこと?すっげーいい人だよ……俺ほんとロロじゃなくてチョンさんと一緒がよかった……」
「ロロさんも素敵な人だよ」
「っはあ!?どこがあ!?」

ありえない、ありえない!!リヒトに変な顔をしながら噛みつくように言葉を返すと、きょとんとしてからまた何か考えるように小首を傾げて笑みを浮かべる。「いつかアヤトもそう思うよ」って、どうしてロロとまだ会ったばかりのリヒトからそういう言葉が出てきたのか俺にはさっぱり分からない。アイスを食いながらロロとのことも聞いたけど、どうやら既に釘を刺されていたようでリヒトは何も教えてはくれなかった。……なんだよロロの奴。リヒトには教えて俺には教えないってか。どこまで俺のことが嫌いなんだよチクショウ。俺だって嫌いだばーか。

さて、デザートも食べ終わったところだし、遠くから人や多分バトルしているであろう音もうっすらと聞こえてきた。俺もいつまでもここで座っているわけにはいかない。とっととリオルを捕まえて母さんたちの居場所を突き止めなければ。

「……アヤト、どこ行くの?」
「どこって、リオル探しに行くんだけど」

立ち上がってバッグを肩にかけると座ったままのリヒトが俺の服の裾を引っ張った。それからしょんぼりと俯き、「そっか」なんて小さすぎる返答が耳に入ってくる。フードで隠れているリオル耳も下を向いていて、そうだ、何かに似ていると思ったら道端に捨てられた子犬だ。

「お前も一緒に行きたいの?」
「えっ、……う、ううん。……おれは、行けない」
「じゃあ何だよ」
「──……おれ、おれ、っ、!……えと、」

"なんでもない。"……この言葉に辿り着くまでかなり時間がかかった。我慢した俺偉すぎ。……で、だ。服の裾は掴まれたまんまだし、まあ、朝飯ももらったからにはこのままにしておくわけにはいかない。一度小さくため息を吐いてから、しゃがんでリヒトと目線を合わせると何故か驚いたように赤色と青色の目がまん丸になる。

「今晩、またここに来るよ。俺が寝るまでなら一緒に居てもいい。話も聞くだけなら聞いてやる。約束。だから俺の服から手離して」
「……アヤト、その手は何?」
「え?……あっ!」

リヒトに向けて、小指だけ伸ばして差し出していた手に気付いて慌てて引っ込める。恥ずかしすぎて急に顔に集まってくる熱をどうにかしようと頬を抓るが効果は無し。……やばい、今のは本当に自然とやってしまっていた。つい最近まで誰かと約束とかしてなかったから、勝手に癖が治ったと思いこんでいたらしい。こうなったのも母さんのせいだけど、いいや今のは俺自身のミスだ。さ、最悪だ。

「アヤト、さっきの何?」
「……俺の、悪い癖だよ。……こ、この歳にもなって指きりとか、……恥ずかしいよな、」
「ゆびきりって、何?」
「えっ」

顔を真っ赤にしながら頭を抱えていたものの、リヒトの言葉に驚いて顔を即座にあげた。まだ頬は火照っているが、言葉の衝撃で多少散ってはきている。はじめ、リヒトなりに気遣って知らないフリをしてくれているのかと思った。しかし表情や行動を見る限り、本気で指きりとは何か知らないらしい。
リヒトはポケモンと人間のハーフだと言っていた。なら両親のどちらか確実に人間のはずなんだが、それでも知らないのならもしやこの世界には「指きり」という風習自体無いんだろうか。舞台がイッシュ地方だし考えられなくもない。あー、ここがポケモンの世界で本当によかった!神様ありがとう!

「教えてよ、ゆびきりって何?」
「お前"針"は分かるか?尖っててちくちくするやつ」
「知ってる。裁縫針とかの針だよね?」
「そう。なら大丈夫だな。……いいか、こうやって、」

手を出す。リヒトも俺を真似て、人間の方の手を出して小指だけを立てた。手を近づけて小指を絡ませると、一度びくりと飛び上がる。なんでこう触れると過剰反応するのか訳が分からないが、いちいち気にするのも面倒だから無視して続行。今にも抜けおちそうなリヒトの小指を、小指で捕まえて小さく上下に揺らし始める。

「ゆーびきりげんまん、嘘吐いたら針千本呑ーます。指切った!」
「げんまん……?針、せんぼん?」
「そ。今のが指きりっていうんだけど。指きりで交わした約束を破ると今の歌の通り、一万回殴られるし針を千本呑まないといけないんだ」
「ええっ!?おっ、おれ絶対嘘つかない!!」
「っぷ、……っはは!」

リヒトのやつ、冗談に決まってんのに本気でビビってるんだもん。必死すぎる顔が面白すぎて一人で爆笑してると、リヒトは瞬きをゆっくり繰り返してから今度は気持ち悪いにやけ顔になっていた。これには俺も笑いが止まり、フッと真顔になる。

「な、なんだよその顔……」
「アヤトがこんなに笑ってるところ初めて見た!あ、あと、指きり教えてもらってすごく嬉しいからかも知れない」
「……お、おう、そうか」
「アヤト、もう一回指きり!さっきの歌も教えてよ。今度はおれが歌うから」

リヒトの後ろの方。マントがさっきからばたばた動いてる。あの動き方、多分尻尾が動いているに違いない。こいつマジ犬だわ。かわ、……いくはない。

「あ、あの、アヤト、」
「あ?」

煩いからもう一度手を出したのに一向にやろうとはせず。それから何か言いだしにくそうにしているリヒトにまた「なんだよ」って言えば、視線を一度斜めに向けてから俺を見て。

「……手、触ってもいい?」
「はあ?」

何かと思えばこれだぜ?なんだよ。男から言われる台詞ではない。絶対ない。ありえない。

「あ、の。嫌だったら、」
「いいかリヒト。いちいち俺にそんなこと聞かないでいいから。てか毎回そんなの聞かれるなんて、俺が気持ち悪くて仕方ないからやめてくれ」

少しだけショックを受けたような表情で小さく頷き、ゆっくり小指を絡ませる。それで一緒に歌を歌って……って、何してるんだって、いや俺もそう思ってるんだけど。
……リヒトは、見た目こそ俺よりも大人っぽいのに中身が幼すぎる面が多々ある。昨晩の話し方とかは見た目相応だったから特に気になることは無かったものの、こうして会話を交わす度にリヒトの"おかしな一面"を発見してしまう。足りているはずなのに、何かが欠けているのだ。今のところ、俺には「謎」という単語で片づけることしかできない。

「お前、歌うまいのな」
「えっそうかな……初めて言われた、」
「絵はクソ下手なのに」
「……それも初めて言われた」

手を離し、リオルの耳があがったり下がったりしているのを見る。リヒトの場合「目は口ほどに物を言う」よりも「耳は口ほどに物を言う」か。いや、目も耳も尻尾も。結局全部だ。はは。
ところで。
右足を隠しているマントの裾をそっと掴んで捲ると、一瞬リヒトの身体が石のように固まった。昨晩は暗くてよく見えなかったものの、やっぱり右足だけ、真っ黒いリオルの足だ。獣の足。俺の視線から逃げるようにさりげなくまたマントに向かって動いている右足首を掴むと、リヒトは今までに見た中で一番に目を大きくする。

「や、……やっぱり、気持ち悪い、でしょう」
「だからそれやめろよ。そんなの1ミリも思ってねーし」
「じゃあ、何……?」
「肉球」
「へ?」

ずっと気になってた。猫の肉球って気持ちいいじゃん。だからってロロのは触りたくもないけれど。それと同じでリオルは犬っぽいから、犬の肉球はどうなんだろうなと思って。大人しく俺に捕まったままのリヒトの足裏に手を伸ばし難なくピンク色の肉球を発見する。その上に両手の親指を乗せて押し付ける。

「えっ、あ、アヤト、!?」
「うおー、やっぱぷにぷにだ。すげー」
「っそこ!く、くすぐったいからあ!駄目!っひー!」

身をよじりながら笑い転げるリヒトにお構いなしに肉球を押した。感想。猫と同じぐらいぷにぷにしてて気持ち良かった。以上。意外なところに小さな癒しがあることを発見した俺は、未だヒーヒー言いながら草の上に寝っ転がっているリヒトを見降ろし片手を上げる。

「じゃ、俺行くわ。また夜な」
「──……うん、また夜に!」

涙目で満面の笑みを浮かべながら俺に向かってぶんぶん手を振るリヒトを背に、ひっそりと笑った。それから携帯をバッグから出して液晶画面に出ている数字を見る。うわ、随分と無駄な時間を過ごしてしまった。
……でも、なんか楽しかった。あんなくだらないやりとりでも、……もしかしたら、無駄じゃなかったのかもしれない。

そうして俺は、今日もまたサンギ牧場で一人草むらを駆けまわる。
……今日も今日とて、リオルはいない。




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