like this boy!

朝日が目に染みる。……ああ、日が昇るのを見るなんていつぶりだろうか。とにかくクソ眠いが、外の空気は澄んでいて、冷えているのが逆に気持ち良い。目を覚ますにはもってこいだ。

「アヤト、今日は随分と早起きだね」

その声にゆっくり振り返ってみると、フードを深く被ったリヒトがいた。それから静かに扉を閉めて俺の横までやってくると、俺と同じように白いフェンスに寄りかかる。水平線の向こう、じわじわと昇っているであろう朝日にじっくり照らされてゆく海面と、まだ薄暗いヒウンシティの街並みを見下ろす。

「相変わらず起きるのすっげー早いな。てかなんで俺がここにいるって分かったんだよ」
「波動でね。でもその前にシュヴェルツェがおれの部屋に来て、アヤトが動いたって言いに来たんだ」
「……悪気が無いのは分かるが、なんか監視されてるみたいで嫌だな……」
「離れていてもアヤトのことはなるべく見ているようにするって言ってたしね」
「んなことしないで、好きなだけ遠く行って美味いもの食ってろってな」

ははは。笑うと自分の声がやけに大きく聞こえた。世界はまだ目覚めの段階なのだろう。静かで心地の良い時間だ。それからしばらくお互いに何も話さず無言のまま、まだあまりひと気のないヒウンシティをふたり並んで見ていた。

「……ねえ、アヤト。おれ、やっと夢が叶うというのに全然実感がないんだ」

視線は街に向けたまま、穏やかな口調の言葉を聞いていた。

……そう。やっと。やっとだ。ようやく俺たちの旅が始まる。
"ふたり一緒に旅をする"という、リヒトと俺の夢が、今日叶う。

ここまでの道のりはすごく長くて果てしないもののように思っていたが、いざ叶うとなると嬉しい反面ひどくあっさりしていてなんだか変な感じだ。

「俺も実感なんてあんまりないよ。でも夢ってそういうものなのかなって思った。もしかすると、叶うまでが一番楽しいときなのかもしれない」
「……そうかもね。おれなんて今日がすごく嬉しいはずなのに、今はどこか少し寂しい気もしているんだ」

ぽつりと呟くように言うリヒトを見ると、遅れてリヒトもこちらを見る。
たしかに、夢が叶うということはつまり終わりを意味している。……けれどもまだ、俺たちは終わっていない。

「いいや、リヒト。寂しくなるのはまだ早いぜ」
「え?」

あの日、サンギ牧場で聞いたリヒトのもうひとつの夢。そして今は俺の夢でもあるものを、けっして忘れたりはしない。


「ハーフも堂々と生きられる世界を作るって夢、まだ叶えてないだろう?」

……瞬間。
リヒトが驚いたように俺を見つめる。まさか、とでも言いたそうな顔だ。目を大きく見開いて、そっと視線を下げると何度か口をぱくぱくしていた。次いで、ぎこちなく口を開いて俺に言う。

「……それは、そうだけど。それこそ叶わないからこその夢ってものだよ」
「いーや。夢は叶えてこその夢だろ」

リヒトを連れて旅をすると決めた以上、俺にはやりたいことがあった。
ハーフを受け入れてくれる場所がこの世界のどこかには必ずあると信じている。そこを探しに行く旅でもあるわけだが、それではこのイッシュ地方から逃げるような感じがしてどこかもやもやしていたのだ。
……だから、俺は決めた。

「リヒト。俺はジムに挑むとき、毎回自分がハーフだって言おうと思ってる」
「そ、そんなの、……アヤトじゃ冗談だと思われて終わり、」
「そして俺は、ジム戦にお前も毎回出そうと思っているんだ」
「……!」

出来ることなら旅で出会うトレーナーたちとのバトルにもリヒトを出したいぐらいだが、今それをやったところで危険が増えるだけだろう。それに何より、心無い視線と言葉でリヒトが傷つくことが一番怖い。
……そこで俺は考えた。ならばイッシュ地方のジム戦、その街の象徴であるジムリーダーたちから相手にすればいい。今までのジム戦でもそうだったが、彼らには自信と誇り、そしてどんな相手に対しても敬う気持ちが必ずあった。……きっと俺たちとバトルをすれば、その見方も変えてくれるはずなんだ。

「……その、……おれは、……、」
「お前が人目をひどく恐れているのは知ってる。怖いのは分かってるよ。……でもさ、」

戸惑っているリヒトの右手を掴んで、思い切り引っ張る。身体が傾いたところで顔を近づけて、……触れる程度に唇を重ねた。青く長い前髪の隙間、すぐ目の前の瞳が大きく見開く。それからすぐ離れ、向かいあったまま大げさに笑ってみせた。

「お前の愛しい俺がいるんだぜ。何があっても大丈夫だろう?なあ!」

そうすれば、リヒトの驚いていた表情がゆっくり崩れて「ふは、」と小さく笑いだす。

「……口拭きながらそう言われてもなあ」
「いや、あのな。この前の仕返しにやってみたけど、やっぱりやらなければよかったと今心底後悔してるんだ」

勝手にやっておいて勝手に傷つきながら袖で口元を擦る俺の手前、リヒトがフードに手をかけてゆっくり後ろへと落とした。そうして自身の右手を見てから再び俺に視線を向けると、目をきゅっと細めて面白そうに口を開く。

「……うん、そうだね。おれ、アヤトがいてくれるなら、何でも大丈夫なような気がするよ」
「へへ、そうだろ?それにさ、俺だけじゃなくてみんなも居てくれる。俺もお前も、もう一人じゃないんだよ。だからきっと大丈夫さ」

……傷つける覚悟も傷つく覚悟も、もうとうの昔にできている。きっとリヒトも俺と同じだ。俺と一緒に旅をすると決めたときから、できていたに違いない。

──……ふと、強い光が目の端に入る。同時に海の向こうへ視線を向けると、朝日がやっと顔を出してきていた。蜃気楼で揺れているように見える朝日は、静かな街にいくつもの光を当てながらゆっくりゆっくり昇ってゆく。


今日が、はじまる。

「さあ、行こうぜリヒト。俺たちの、旅のはじまりだ」
「うん、行こう。アヤトとなら、どこまでも」

俺の隣、フードを被りなおそうとして手を止めたリヒトを見てから、フェンスに背を向け歩き出す。それからさりげなく振り返ってもう一度リヒトを見てみれば、朝日を背にして照れくさそうに着いてきていた。……それがなんとなく嬉しくて、ついふと笑ってしまった。


一緒なら、どんなことでもできる気がするからさ。
……いつかきっと、リヒトがフードを被らないでも歩ける世界にしてみせよう。


抱いた大志を叶えるまで、何があっても旅は絶対に終わらせない。
……ずっとずっと、進み続けてやろう。




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