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「アヤト様がお決めになったことです。オレも喜びたいっスけど……でも……でもお……っ!」
「トル兄、一生会えないわけではないんだし、明日からトル兄が社長代理なんだからもっとしっかりしてよ」
半泣き状態のトルマリンに抱き着かれていたが、向かい側に座っていたルベライトがやっとトルマリンの襟首を掴んで引きはがしてくれた。
……ビル、応接室内。イオナからすでに引継ぎも済んだと聞いて、トルマリンを含めお世話になった人たちに挨拶に来たわけだが、まさかトルマリン以外の人からも泣いて別れを惜しまれるとは思わず未だにびっくりしている。
「社長がアヤト様になられてからこのビルの雰囲気も良い方向へ変わったので、アヤト様と直接話す機会が無くとも皆感謝しているんです」
「でも俺、何にもしてないんだけど……」
「アヤト様は居てくださるだけでいいんスよ。イオナさんが変わったのもアヤト様たちのおかげですし」
なんとなく嬉しそうな感じの二人を見ながら、それならば祈に感謝をするべきだな、と内心思いながら曖昧に笑ってみせた。それから座りなおしたトルマリンが、不意に表情を曇らせると控え目に話しだす。
「しかしアヤト様。本当にオレに全てを任されてしまって大丈夫っスか……?オレがイオナ様の代わりなんて、全く務まる気がしないっスよ……」
「おいおい、何言ってんだよ」
立ち上がり、トルマリンの背中を叩くと驚いたように顔を勢いよくあげて俺を見る。今までだってイオナが不在のときはトルマリンが中心となって運営していたと聞いている。つまりコイツは、自分に自信がないだけでもうすでにできているのにそれに気付いていないんだ。
「イオナの代わりだなんて考えなくていいんだよ。お前はお前らしく、今までのようにやってくれればそれでいいんだ。……それにさ、お前にはここでやることがあるんだろう?まさか最愛のマスター様に誓ったこと、忘れてないだろうな?」
「もちろん忘れるわけがありません!……というかアヤト様、まだ根に持っていらっしゃる……?」
「ったりめーだ。今でもお前を旅メンバーに加えたいぐらいなんだから」
俺の言葉に苦笑いをするトルマリンを見てからそっと手を差し伸べると、俺の手を握りながら顔をあげる。……あの時も握手を交わしたことを、トルマリンも覚えているだろうか。
「お前だから任せるんだ。俺にとってもここは帰ることのできる大切な場所だから、しっかり守っていてくれよ。頼むぜ、トルマリン」
「──はい。しかと承りました、我がマスター。必ずや貴方様のご期待に応えてみせます」
しっかりと頭を垂れるトルマリンの向こう、ルベライトに口パクとジェスチャーで"トルマリンのことを頼む"と伝えると、大きく頷いてから同じく頭を垂れた。
……これでビルのことはもう完全に大丈夫だ。全て任せて、旅立てる。……あー、……しかしこいつら、いつまで頭を下げているつもりなんだ。
「……なあ」
「?、なんでしょう」
「今日の夕飯、なに?」
しゃがんで視線を合わせながら訊ねると。……トルマリンは一度瞬きを繰り返したあとに、フッと笑って俺を見る。わざわざ聞かないでも、きっと今日は豪華且つ俺の好きなものを全て揃えてくれると分かっていたが、あえて聞いてみるとやっぱり思っていたとおりの答えが返ってきた。加えて、。
「ヒウンアイスも沢山あるっスよ」
なぜか耳打ちで言うトルマリンに可笑しくなって笑ってしまった。……やっぱり俺は、こういう会話ができる彼らのほうが好きだなあとつくづく思う。
「アヤト様、明日のお見送りは……」
「何度も言ってるけど、いらねーよ。大したことでもないのに大勢で見送られるなんて恥ずかしすぎるわ」
「ふふ、そうですか。では、今申し上げます」
……いってらっしゃいませ、アヤト様。
ふわりと笑うルベライトはやはり外見だけでは女の子にしか見えなくて、思わず顔がニヤけてしまった。しかもトルマリンにそれがバレてまた憐れむような視線を送られて……あーあ。本当なら、ここでかっこよく「行ってきます」とキメたかったんだけどなあ。
……俺らしいといえば、らしいのかもしれない。
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この数日間で買ったものをバッグに詰めると、思いのほか重くなっていた。なるべく軽くしようと思っていたんだが。
「アヤくん、ちょっといい?」
「やだ」
「テーブル借りるよ」
ロロがひょいっと部屋に入ってきたと思えば、流れるように椅子に座った。俺がどう答えようがロロには関係がない。横目で見てからパンパンに詰め込んだバッグの口を閉め、テーブルの上に置いたパソコンをいじっているロロの隣に座る。
『……あ、アヤくん!』
「げ、……母さん……と父さんも……」
「君のことだ、どうせ報告していないだろうと思って世話を焼いたのさ」
「これこそマジで余計なお世話ってやつだぜ」
ロロの言うとおり、今の今まですっかり忘れていたが確かに俺は何も二人に言っていない。ていうかわざわざ言うことでもないと思っていたのだが、開口一番『どうして教えてくれなかったの?』と母親の小言が始まったから、今になって、ああ……言っておけばこんな面倒くさいことにはならなかったのに、と少し後悔した。でもどうせ大体はロロから聞いてるだろうし、俺が話すことなんて大してないんだが。
『アヤト、これからどうするんだ?』
「まずはイッシュ地方でジムバッジを全部集めるよ。んで、チャンピオンに挑むんだ。四天王戦ってテレビでやるんだろ?その時は連絡入れるから、父さん絶対見ろよ。イッシュ地方にこの偉大な名を刻み込んでやる」
『……ああ、期待していよう』
小さく笑いながら答える父さんに、何笑ってんだよって言うとまた面白そうにしているからわざとらしく口先を尖らせてみせた。今にみてろ、あっという間に有名人になってやる。
それから少し話をして通信を切った。俺の場合はまたいつでも連絡できるし、そうしんみりすることもなく。いやしかし、母さんはともかく思いのほか父さんと話せるようになっていて自分自身に驚きを隠せない。
「ところで、アヤくんは元の世界に戻りたいって思わないんだ?」
「全っ然思わねえ。だってこっちの方が数億倍楽しいし」
そういうと、なぜかロロは少し驚いたような顔をする。いやさっき母さんたちにも言ったが、全く戻りたいなんて思わない。そもそも戻る手段なんてないように思うし、あるとしても母さんたちだけ勝手に戻ってくださいって感じだ。学校行って勉強して働いて、とか。人と同じことをする人生なんてクソくらえ。
「へえ。君こそ帰りたいって言うかなと思ってたけど、……そっか、そうなんだ」
「なんだよ、帰ってもらいたかったってか?ははは!そうはいかないぜ残念だったな!」
「いいや、むしろその逆さ。この先もずっと居てくれるって聞いて安心した」
「……。……そ、そうかよ……」
「そうだよ」
ニコニコしながら答えるロロになんか変な気分になる。なんとなく立ち上がってから、もう荷物は詰め終わったがまたチャックを開けて準備をするフリをした。それに気付いたのか、はたまた最初から気付いていたのか、ロロが面白そうに小さく笑うとパソコンを閉じてから小脇に抱えて立ち上がる。
「それにしても、君との付き合いも随分と長くなったものだ」
「ほんとだよなあ。てか一番付き合いが長いのがロロとか最悪なんだけど」
「照れ隠し?相変わらずかわいいねえ」
「は?」
近くにあったペットボトルをぶん取ってからロロに向かって投げると、難なくキャッチしてテーブルに静かに置く。あわよくばその整った顔面に思い切りぶち当たってくれないかなあと思ったけど、やはりダメだったか。
「実は俺、そろそろひよりちゃんのところへ戻ろうかなって」
「……え…………」
「思ってたけど、まだまだアヤくんには俺が必要みたいだね?まあ、明日からもよろしく頼むよ」
そういってロロが背を向け、部屋を出る。……手前。慌てて立ち上がり追いついて、腰のあたりの服を思い切り握って引っ張った。視線をあげると、ゆっくり振り返ったロロと目が合う。
「どうしたの?」
「……その、」
「うん」
「……おっ、お前はもう俺のポケモンなんだぞ。……だから母さんのとこ、戻るとか……絶対許さないから」
明日からまた新しい旅が始まるっていうのに、どうして急に不安になるようなことを言うんだ。唇を少し噛みながら視線を落とすと、……くつくつとロロの笑い声が聞こえてくる。それはすぐに大きくなって、俺の頭を雑に撫でながら爆笑するロロを思い切り睨み上げるが効果はない。
「……お前、わざとだろ」
「当たり前じゃん!いやあ、やっぱりアヤくんは素直でかわいいねえ!」
腕を叩き落してから部屋の扉を大きく開けてロロの背中を思い切り押す。とっとと出ていけこの馬鹿猫クソ猫うんこ猫ーッ!!
「あはは、大丈夫だって、俺はずっと君の側にいるさ。絶対戻らないよ」
「うっせ!早く出ていけ!」
「あのね、もちろんひよりちゃんも大事なマスターだけど、今のマスターはアヤくんだし。俺にとって、今は君の方が大切だからさ。これからもよろしくね、アヤトくん」
「……」
「それじゃあ、おやすみ。あ、明日は朝早いから早く寝ないとダメだぞー」
「うるせー。……おやすみ」
無理やり扉を閉める手前、完全に保護者面で微笑むロロが見えて片手で目元を覆った。……最悪だ。ロロの存在が当たり前になりすぎていて、自分が思っている以上に依存しかけていることに気付いてしまった。最悪だ。いやそうだ、きっとロロに対してだけではない。自分が仲間と思っているヤツに対して俺は相当…………あ、もう考えるのやめよ。
ロロと話すとどうしてこう疲れるのか。ベッドに飛び込んでうつ伏せになりながら少しボーっとする。明日の準備は終わったし、寝るまでにはまだ時間がある。かといって部屋から出る気もおきないし。
……コンコン。
ふと、部屋の扉を叩く音がした。くそ、またロロか。面倒くさいから無視しよう。
……コンコン。
「……アヤト、寝ちゃった……?」
「ッ起きてますッ!!!」
小さく聞こえた扉越しの祈の声に、ベッドから飛び起きて転がるように扉までダッシュを決めて素早く開ける。瞬間、シャンプーの匂いに襲われた。しかもまだ少し髪が濡れているということは、風呂からあがったばかり……なのでは……。
「……あの、こんな時間にごめんなさい。入ってもいい?」
「へあっ!?あ、う、おう、いいぜっ!?」
裏返る声、本当に勘弁してほしい。でも今は恥ずかしいよりも緊張が上回っている。仮とはいえ俺の部屋に祈がひとりで入ってきた……つまり……お家デー……。いやいやバカだな俺は!?祈は俺の相棒だ、部屋に来るのなんて普通のことだろーが!!
「大した用事じゃないの。でも、アヤトに会いたくて」
「あ、ああ」
椅子に座る祈を、ベッドの端に座りながら見る。いや何度みても可愛いな。……ふと、目が合うと、なぜか祈が近づいてきてすぐ近くで俺を見る。……なんだ、なんなんだ。
「アヤト、なんか変だよ。わたしがこの姿のとき、いつもよそよそしい……」
「えっ!?あ、……それはその、まだその姿に見慣れてなくてだな、……」
「そうなんだ、分かった」
ボン、と目の前で美少女がポケモンに……いやまあ、確かにニンフィアも可愛いしポケモンの姿なら緊張しないで話せるけども。……なんか損した気分だ。
ニンフィアが軽々とベッドの上に乗り、俺のすぐ隣に座る。そっと触れるとふわふわで気持ちいい。
『アヤトに触ってもらうの、好きなの。……イーブイの頃からずっと』
「ポケモンの姿ならいくらでも撫でてやるよ。……詩がいないときならな」
『ほんと?嬉しい』
考えると祈はこっちが本来の姿だし、姿が変わったぐらいで緊張することもないとは思うが多分俺には無理だろう。ニンフィアの姿ならこうやって膝の上に乗られて頬を摺り寄せられても「かわいいなあ」だけで終わるんだけど。
『……アヤト、わたしね。明日からもっとがんばるから、ジム戦でもわたしを出して』
「でも祈、戦うのあんまり好きじゃないんじゃ……」
『ほんとはそう。だけどアヤトが喜んでくれるとわたしも嬉しいし、……初めてジム戦で勝ったとき、わたしもすっごく楽しかったの。だからね、またジムを巡るって聞いてワクワクしてるよ』
「そっか。なら、祈にも頑張ってもらおうかな」
『うん!』
……そうだなあ。俺もまたジム巡りをやろうと思えるようになるなんて思ってなかったから、嬉しいと言えば嬉しい。前はジム戦の前にレベルを上げるために特訓をしていたけれど、今はもうそんなに時間をかけなくてもどのジムでも良い勝負が出来そうな気がする。ここまで色々あったが、過ぎてしまえばもうあっという間に遠い昔のことのように思う。
旅にでれば、楽しいことも沢山あるがきっとまた辛いこともあるだろう。楽しみな反面、ハーフという大きな不安要素を忘れることは出来ないが。
『大丈夫だよ、アヤト。アヤトのこともリヒトのことも、わたしたちが守るから。例えみんなが忌み嫌っても、わたしたちは愛しているから』
寄り添ってくれる祈が、心底愛おしい。片手に優しく絡まるリボンを見て、思わずそっと持ち上げてから唇で触れる。……瞬間、膝にかかる重さが変わり、目の前で薄桃色の髪が揺れるのが見えた。
「──愛してくれてありがとう。わたしもね、アヤトのことが大好きだよ。これまでも、これからも」
「、え、……」
……思わず。持ち上げていたリボンが手から滑り落ちて、すぐ目の前で瞬きをする瞳と長いまつ毛に目を見開く。驚きで固まる俺の前、祈は何事もなかったかのように膝の上から立ち上がると柔らかい笑みを見せる。
「……早くこっちの姿にも慣れてほしいな」
「え、っあ、ああ……がんばる……」
「ありがとう。また旅に出る前に、アヤトとふたりきりで話せてよかった。……おやすみなさい。また明日」
「あ、ああ……おやすみ……」
小さく手を振って部屋を出る祈を、右手を振って見送った。……扉が閉まり、頬に指先が触れたままの左手をようやく離して上の方へ視線を向ける。
「…………」
あの俺の頬に触れた柔らかいのは……もしかしなくても唇、だったのでは……。
「エッッ!?!?あーーっ!?夢か、夢なのかーッ!?」
これぞまさに後の祭り。あの時もっとマシな反応していれば祈の真相を探れたかも……いや、あの調子だと俺は確実に男として見られていないのは分かっているけども!!それでも勝手に期待ぐらいはしてもいいだろうか!?
ベッドの上で激しく飛び跳ねてから乱暴に寝っ転がって枕に向かって思い切り叫んでみたが、……やっぱりあれは、夢じゃない!!
明日から旅に出るというのに、寝るどころではなくなってしまった。とりあえず電気を消しては見たものの、枕を抱きかかえたままベッドの端から端までゴロゴロゴロ……。
そうして結局、きちんと眠れないまま。──……夜が明けた。そう、明けてしまったのだ。ほとんど眠れていないまま。
……これが俺の、旅の終わりの始まり!?
ええ!?嘘だろう!?