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「えーっと、……ここはゆっくり親子だけで話した方がいいと思うのですが……俺みたいな部外者がいたら話したいことも話せないでしょうし……」
逃げたい一心でぎこちない笑顔を浮かべて訊ねるが、爽やかな笑顔で叩き返される。
「なに、ジャンクもここにいるじゃないか。それに君は部外者ではなく、リヒトの唯一の友人だ。そうだろう、リヒト?」
マハトさんの言葉に微動だにしなかったリヒトがゆっくり頷いてみせる。俺よりでかいくせに俺に隠れようとしているもんだから、背中を叩いて前に押し出すと今にも泣きだしそうな目で俺を見てきやがった。甘えんな。俺がここに一緒にいるだけ感謝しろ。、口パクでそう言いながら顎を動かしてみせれば、リヒトは一度悔しそうにキッと目を細めてからぎこちなく前を向く。
「久しぶりだ、リヒト。最後にサンギの家へ帰ったのはいつだったかな」
「……知らないよ。覚えてない」
「……そうだな。私も覚えていない」
おっと、珍しくリヒトが喧嘩腰だ。ほんと俺もとっとと逃げておけばよかったなー!とりあえずシュリに手招きして隣に来させ、今度は俺がリヒトとシュリに隠れるように身を縮めながら二人の様子を窺う。……途切れる会話のわずかな無言の時間が聞いているだけの俺でも辛い。
「リヒト、聞いてもいいかい。……死んだはずのお前が、なぜ今ここにいる?」
「おれを切り札に使おうとしていた父さんなら、おれに聞かないでも知っているでしょう?」
「おいリヒト」
思わず後ろからリヒトの服を引っ張ると、険しい表情で振り返る。
今まで俺とリヒトは父親という存在に対して似たような感情を持っていると思っていたが、どうやら少し違ったようだ。俺はただ"苦手"というだけだったが、リヒトの場合はここに"怒り"が加わっている。詳しい事情は知らないが、ここに居ろと言われたからには知らないままでも口出しさせてもらおうじゃないか。
「マハトさんは分からないから聞いているんだぞ。そんな揚げ足取るようなこと言うなよ」
「…………」
「喧嘩しに来たのか?違うだろう?少し落ち着けよ、な?」
「……」
「……あとでお前の言うことなんでも1つ聞いてやる。だから、頼むから落ち着いて話してくれ」
「……分かったよ」
そっと差し出された小指が見えて、早急に乱暴に一度自分の小指を絡ませてから離すと再びゆっくり前を向くリヒト。ちっ、現金なヤツめ。あーもう何でもいいからなるべく穏やかに話を終わらせてくれ。
「ハーフ特有の治癒能力があったから生き返ったんだよ。……治療を受けたのもあるけど」
「なるほど。色々聞きたいことはあるが……きっとリヒトは教えてくれないだろうし、あとでアヤトくんにじっくり聞くとしようかな」
「……。……アヤトはダメ、おれが話す」
「そうかい?なら聞こう」
フフ、と笑うマハトさんに内心流石と拍手を送る。誘導がうまい。そして迷いもせずすかさず罠に飛び込むリヒトについてはもう何も言うまい。
話が長くなりそう、……というか、単純にマハトさんがリヒトとの会話の時間をわざと長引かせるようにしているような気がする。何でも器用にこなしてしまう人が、息子に対してだけはこうも不器用になるものなのか。……どっかのクソ親父をフッと思い出してから、シュリを連れて近くの木陰に腰を下ろす。
「シュリ、短い間だったけどお前とも今日で一旦お別れだ。あーあ、なんか今になってちょっと寂しくなってきたな」
『お別レ、寂シく……理解不能ダ』
「はは、そっか。大丈夫。これから分かるようになるよ」
頭を撫でると一度俺を見上げてから視線を下げるシュリ。大人しく撫でられているのを見ると、たぶん嫌ではないのだろう。こうしているとリオルの頃のリヒトを思い出す。あの頃はまだ可愛げがあったのになあ……。
「アヤトくん、少しいいかい」
……あれからどれほど経っただろうか。シュリに他愛もないことを話しかけながら気持ちよく木陰で座っていたところ、マハトさんがリヒト越しに俺を呼ぶ。多分付いてくるであろうシュリに待っているように伝えてから1人立ち上がって近寄る。
「アヤトにはもう言ってある。おれの考えは変わらない」
「変えろとは言っていないさ。なに、少しアヤトくんの考えも聞きたくてね」
「なんの話ですか?」
「リヒトが私以外の者には自身が生きていることを言わないでほしいというんだ。彼女、……母親にも言わないでくれと」
「…………」
それは俺も何度もリヒトに確認した。せめてあの母親にも伝えるべきだと何度も言ったが、……。
一度リヒトを見上げると、唇を少し噛んでいた。視線は一瞬俺に落ちたが、またすぐマハトさんへ向ける。……これは俺が言ってもいいということだろうか。
「リヒトんちの母さんは、あ、もちろんマハトさんもですけど……すごく、リヒトを大切にしていること、俺も知っています。……でも、だからこそ余計に言えないというか、……」
「どうしてだい?リヒトが生きていると分かれば、絶対に喜ぶというのに」
一番大切なことを言っていないのか。言いにくいのは分かる。が、伝えなくてはいけないだろう。……少し考えて、頭を少し掻き乱してから渋々言葉を出す。頼むから俺に続けよ、リヒト。
「……その、リヒトの治癒能力はすごい力を発揮する代償に、…………、」
「代償に、命を削るんだ。さっきも話したとおり、おれは前から数年に及ぶ人体実験のたびに無意識に能力を使って削ってる。そして今回の蘇生でだいぶ削った。……確実に、おれは父さんと母さんよりも早く死ぬ」
「…………」
「……二度と母さんを悲しませたくない。だからもう、母さんには会わないよ」
また、沈黙が訪れる。サアアと風で木々が揺れる音のみが聞こえる。マハトさんの表情は読めないが、いつもの涼やかな笑みはどこにもない。
「それでいいのかい、リヒト」
静かに問われたその言葉には憐憫の情が含まれているように思った。それから子を想う、慈しみ。……しかしリヒトにとっては違うものだったようで、キッと目元を細めて睨むようにマハトさんに視線を向ける。
「何を今更。おれの意志なんて関係ないでしょう。今までのように父さんが勝手に決めればいい。もうおれは言いなりになんてならないけど」
「おいリヒト、落ち着けって言ったのに」
「落ち着いてるよ。すごく冷静だ。でもごめん、昔のことを思うと言わずにはいられない」
「……」
「いいんだアヤトくん。リヒトの言い分は最もだからね」
俺の言葉にマハトさんが言葉を重ねる。それから赤い瞳がリヒトを捉えて、真っ直ぐ見る。それに少したじろぐリヒトを見ると、今までやたら強気に出ていたのは、もしかすると彼に対する苦手意識を少しでも薄れさせるためだったのかもしれない。
「リヒトが死んだと知った時、……正直に言えば、村のためだったとはいえ今まで強いてきたことを少しばかり後悔した。……が、それよりも安心の方が大きかった」
「……」
「この村でハーフとして生まれた以上、リヒトブリックとしての未来はなかったからだ。この意味は分かるだろう?」
リヒトが時間をかけてゆっくり頷く。本来ならば、リヒトがどう足掻こうが結局最終的には村のために戦いに身を投じる未来しかなかったわけだ。しかし実際そうならなかったのは、研究者のアイツや俺との関わりがあったからだろう。
……でも俺は思う。一番初めにリヒトブリックの新たな未来を作ろうとしていたのは、あえて村から遠く離れた場所へリヒトを住まわせたマハトさんではないかと。
そしてそれは、今も、。
「リヒト。お前は死んで、全て清算されたのだろう。もう私はお前に一切干渉しない。好きにするといい」
「…………」
そういうと、マハトさんがシュリを見る。途端、シュリが立ち上がってマハトさんのすぐ隣へ駆けていった。
「アヤトくん、このジャンクの名前は何だったかな」
「あ、えと、シュリ、シュリです」
「シュリ。……来なさい。お前の母親になる人を紹介しよう。その容姿だ、きっと彼女も喜ぶ」
マントを翻して村へと歩き出すマハトさんの後ろ、シュリも歩きはじめた。と思えば、ふっと振り返って俺のところまで駆けてくる。マハトさんも一旦止まるが、そのまま歩みは止めないらしい。シュリよりも俺のほうが慌ててしまう。
「おい、なにやってんだよ。置いていかれちゃうぞ!?」
『シュリは未ダ多数のコとが理解できナい。だケど、お別レ、寂シい……今、少シ理解しタ、……気がスる』
「そうか、へへ、俺もちょっと寂しい。大丈夫、これからはマハトさんたちが色々教えてくれるさ。がんばれよ、またいつか必ず会いに来るから」
目線を合わせて頭を撫でると、真顔でゆっくり頷くシュリを見る。学習能力も高いし、もしかするとシュヴェルツェよりも感受性は高いかもしれない。きっといい子になるはずだ。姿が見えなくなりそうなマハトさんの背に、俺は慌ててシュリを方向転換させてその背を押す。
「ほら、行けよ」
一歩前に踏み出したシュリが、また振り返る。それから屈んだままの俺にそっと腕を伸ばすと、首元に腕を絡めて顔を埋めてきた。……驚いた。シュリから何か行動を起こすのも、ましてや誰かに触れるのも初めてではないだろうか。最後の最後でものすごく驚いた。
『アヤト』
「ど、どうしたんだよ?」
『……シュリが今、こコにいらレるの、アヤトのおカげ。シュリの声、みンなノ言葉、拾っテくれて、アりガとう』
「……ああ」
『ミんないなクなったけド、シュリも繋がッテいたカら分かル。アヤトが助ケよウとしテくれタこと、みんナ分かっテイた。アりガとうっテ、言っテいタ』
「…………そっか」
シュリの背に手を添えて抱きしめる。ここにはリヒトもいる。そう簡単には泣くまいと唇を少し噛んでみるが、少し遅かったようにも思う。こういうことはさっき二人で話していたときに言ってほしかったなあ。
「……俺も、ありがと。辛いとき、傍にいてくれてありがとな。さ、もう行け」
『アヤト、アリがとウ。感謝スる』
最後にもう一度抱きしめてから手を放すと、シュリが離れて駆けてゆく。ああ、まるで雛鳥を送り出すような気分だ……。リヒトに悟られないようにさりげなく指で目元を拭ってみる。
『アヤト』
少し離れた先、またシュリが振り返る。今度はなんだ。
「どうしたー?」
『アヤト。シュリもみンなも、アヤトのこトを愛シテいる。今モ、これカらも』
真顔でそう言って、今度こそマハトさんの後を追って走り去るシュリのその背を呆気にとられたまま見送った。……きっとエネに吹き込まれたんだ。いやいやしかし、真顔で愛していると言われても。
「……ふはっ。俺めちゃくちゃみんなに愛されてんじゃん。困るわ〜」
「……一番はおれだから」
「あ?」
「一番はおれなの!」
屈んだまま上を見上げると、リヒトが後ろに立って俺を見下ろしていた。マハトさんとのやりとりがまだきちんと終わっていないリヒトの表情は相変わらず不機嫌だ。こんなに感情を出すリヒトは珍しい。だから余計に面白い。
立ち上がってからリヒトの隣に並び、肩に腕を乗せてぐっと身体を引き寄せる。
「知ってる。お前が俺のこと超〜好きなのは知ってるぜ?」
「なにその顔……」
「だってさあ、ほら、……俺ってばお前にキスされちゃったしい?」
わざとらしく自分の唇に人差し指を添えながら上目遣いでリヒトを見る。……最初。アホみたいな俺を横目に見ながら訳が分からないような顔をしていたリヒトだったが、すぐに思い出したようで一瞬にしてルカリオの耳が上を向く。分かりやすすぎて超面白い。
「あっ、あれは!!その……っ!あーっ、なんでそういうこと言うかなあ!?」
「なんだよ照れんなよ〜、なんなら今度は俺からしてやろうかあ?」
「……やれるもんならやってみなよ」
「…………」
したり顔をされる前に肩に乗せていた腕でフードを後ろに落としてからめちゃくちゃに頭を掻き乱し、飛ぶように離れる。それから少し表情を緩めてフードを被りなおすリヒトを見てから村の入り口である門に視線を向ける。
「なあ、俺たちも行こうぜ、リヒト。村を回ろう。誰にも見つからないようにな」
「……村は嫌いだから見たくない」
「……。嫌なら仕方ない、一人で行くかあ。あーあ、俺はリヒトと二人っきりで回りたかったんだけどなあ……」
大袈裟に動いて背を向けて、ひとり村に向かって歩き出す。追ってくるような足音は聞こえない。が。
「お前ってほんと扱いやすいのな」
「……うるさい」
隣を歩くリヒトを肘で小突くと、倍の力で背中を叩かれて前のめりになってしまった。
いつまでも昔の記憶に囚われていては前に進むことはできない。きっとリヒトも村を見れば少しは考えが変わるはず。少しでもそうなることを望みながら、二人で森を歩き出す。
「まだ話は終わってないだろ?村見ながら考えておけよ」
「……分かった」
フードを深く被って目元を隠す仕草に思わずフッと笑うと、すかさずリヒトが俺を見て睨む。それでもニヤニヤしたまま見ていると、諦めたようにひとつため息を吐いてから視線を外してそっと口を開いて。
「……ありがと、アヤト」
「貸しイチな」
「ええー!?」
……もしかするとリヒトにとって村を見るのも訪れるのも、今日で最後になってしまうかもしれない。だからこそ、マハトさんともあれで終わりになんてしてほしくはない。余計なお節介だと自分でも思うが、いつまでも浮かない顔を見せられるぐらいなら、いくらでも何度でもその背を思い切り押してやろう。
悔いのない、最高の人生になるように。