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そこは森の奥深く、どこまでも深緑に囲まれた場所にある秘境の村。他の出入りを拒み許さない。……そんなところなのだが、なんと俺が訪れるのは今回で3回目となってしまう。最初なんてめちゃくちゃ遠回りをしてさらには警戒をしながら時間をかけて行ったところを、今じゃ最短距離でなんの心配もなく行けてしまっている。これで本当にいいのだろうか。
「あーあ、俺も詩ちゃんと祈ちゃんと一緒にお出かけしたかったなー」
歩く後ろでぼやくロロの声を聞く。それに同調するように俺の腕に腕を絡ませべったりとくっついたまま歩いているエネがクスリと笑った。
「だめだよおロロさん。詩ちゃんも祈ちゃんも二人っきりでお出かけできるのすっごく楽しみにしてたんだからあ」
「それもそうだ。オジサマが邪魔しちゃいけないよねえ」
……今日、詩と祈は"デート"のためここにはいない。詩はともかく、祈にも女の子らしいことをさせるのはやはり必要だと俺も思う。以前詩と出会いたての頃に言われてからは特にそう思うようになったものだ。
祈は自分よりも俺を優先しがちなところが多々見られる。バトルだって俺のためにやっているだけであって、本人は進んで戦いを好むような性格でもない。かと言って自分からやりたいことを言うわけでもないし。……だからまあ、詩みたいな自分の好きなようにグイグイ引っ張っていく女子は祈にとっても俺にとってもありがたい存在、なのかもしれない。
「女の子たちは女の子たちで目いっぱい楽しんでもらって、その間に俺たちはサクッと蹴りをつけに行く。それでいいんでしょ、アヤくん」
「まあ……サクッと蹴りがつけばいいけどな」
親指でロロを通り越した後ろを指さすと、視線を向けたロロが少し困った表情をした。俺なら困り果てるところだが、ロロにはまだ余裕があるらしい。
「……」「……」「……」
最後尾を歩く似た顔をした三人。唯一会話ができそうなリヒトがだんまりの今、当たり前のように真顔で歩いているシュヴェルツェと無表情で後に続くシュリの間に会話は無い。なんとも異様な雰囲気だ。……俺、絶対あの間には入れない。最終兵器・コミュニケーションお化けのエネを投入するのも良い案だが、もう目標地点にはたどり着くし放っておこう。
「──……うん、ここでいいかな」
あれからまた少し歩いたところでロロがゆっくり立ち止まる。マハトさんからもらった波動石のおかげか、すでに村の入り口である門も見えていた。
ここまで来れば、もうマハトさんの網に俺たちは引っかかっているはずだ。あえてリヒトも気配は消さずに佇んでいる。リヒトの場合、隠しきれない緊張が表情にも表れているが、……果たしてマハトさんの反応はどうだろうか。
「……来た」
シュヴェルツェが顔を左横へ向ける。視線の先は緑が生い茂っていて俺にはよく見えない。が、確かに音は聞こえる。いつも突然現れる彼ではあったが、今はあえて音を出しているのだろう。
「…………」
「どうも。お迎えありがとう」
「マハトさん、お久しぶりです」
茂みを掻きわけ、相変わらず深くフードを被ったまま姿を見せるマハトさんに俺とロロが声をかけるが、反応が無い。聞こえていることには違いないが、視線が明らかに俺たちへは向いていない。それもそうだ。何でも波動で先回りできていた彼だが、……まさか死んだと思っていた実の息子がここにいるなんて、いくら彼でも予想もつかなかったはずだ。
物腰は柔らかいがどことなく近寄りがたい雰囲気のあるマハトさんではあるけれど、俺は彼がリヒトのことを本当は大切に思っていたことを知っている。だからこそ、リヒトとまた会えたときは涙を流さないにしても感動の何かがあるだろうと確信していた。………のだが。
「久しいね、アヤトくん。無事回復したようで安心したよ」
「…………あ、はい」
にこり。視線が俺に戻されて、ロロの言葉は無視、リヒトたちの存在も一気にシャットアウトしたように俺にだけ笑いかける。……嘘だろ。これめちゃくちゃ気まずいやつじゃん。ええと、……これ俺どうすればいいの??
「君、ひどいヤツだねえ。せっかく息子さんとの感動の再会を準備したのに無反応だなんて」
「無反応ではないさ。これでも少しは驚いているんだ」
ロロを見てそういうマハトさんの表情はやはりいつもと同じで全く崩れる気配がない。……少し。これ以上ないサプライズを用意したというのに、少しの驚きで終わってしまうのか。あー俺もう一生マハトさんを驚かせることできないわ。てか、そもそもそんな機会はもう二度とないかも知れないんだけど。
「しかし、これでどうしてアヤトくんがここで立ち止まったのか理解したよ。なるほど、このまま村に入って来られたら大騒ぎになるところだった。いなくなったはずの村の神的存在が復活して、さらには増えて戻ってくるなんて、それこそ真の神になってしまう。……まあ、私としてはその方が都合が良かったのだけどね」
「…………」
明らかに今の言葉はリヒトへ向けたものだった。視線もリヒトへ向けられているが、当の本人は目元をフードで隠しながら唇を噛んでいた。無言で何かを必死に抑えているように見える。……リヒト、大丈夫かな。
ふと、エネが俺の手を握る。それに視線をあげたついで、ロロが視界の端に映っていかにも「やれやれ」と言ったような表情を見せてきた。言われなくても分かっている。……マハトさんは、本心では言っていない。性格はロロ並みにひねくれていそうだ。どうしてわざとリヒトを試すようなことを言うのか。
「あー、あー、あの、マハトさん。実は今日、お願いがあって来たんですけど」
「ほう?この私にお願いとは何だろう」
とりあえず今は話題を逸らしておく。親子でやりあうのはもう少し待ってくれ。
そうしてシュリに向かって手招きすると、一度頷いてから俺の横へ小走りにやってきた。ぴくりとマハトさんの片方の眉が少し動く。もう彼ならば言わずとも分かるだろうが、今一度シュヴェルツェから経緯を話してもらって反応を伺う。
「……つまりこのジャンクを引き取ってほしいということかい」
「マハト、ジャンクと言ってはいけない。リヒトがそう言っていた」
「っシュヴェルツェ!」
リヒトがすぐさまシュヴェルツェを引っ張って手で口を塞ぐが全く意味を成していない。口を塞がれた当の本人は全く意味が分かっていないようで、真顔でリヒトを見ている。そんなリヒトはというと、気まずさを全身から滲み出しながら視線を斜めに下げていた。……なんかこれ、今までリヒトは父親であるマハトさんに一度も反論したことがないように見えるんだけど。気のせいだよな?え?
「ジャンク品であることに変わりはないだろう」
「こら、マハト。だめだぞ」
「シュヴェルツェ!お願いだから今だけは何も話さないで……!」
「…………」
少し目を大きく開くマハトさんの手前、リヒトの手を器用に退かして注意だけしてからシュヴェルツェが今度こそ口を閉じる。リヒトの様子がいつもと違うことにやっと気づいたのだろうか、今度は自分の手で口を塞ぎながら静かにリヒトから距離を開けて、なぜか俺の横にやってきた。散々空気を乱してから戻ってきやがった。笑える。
それからマハトさんが片手を顎に添えながらシュリを軽く眺めて、ひとつため息を吐く。
「……いいだろう。引き受けよう」
「ほっ、本当ですか!?いいんですか!?」
思わず一歩足を踏み出して身を乗り出すと、マハトさんがゆっくり頷いてみせた。……実のところ、断られる確率のほうが高いと思っていた。シュリはあの研究者の男が造り出した存在だし、そもそも面倒事は抱えないような人なのかと思っていたのだが。
「村人を助けてもらったお礼を返しきれていなかったからね。そこにいる猫に借りを作るよりはマシさ」
「あはは、俺ってばいつの間にそんなに嫌われちゃってたのかな?ま、俺も君に借りを作るのはまっぴらごめんだけど」
こっちはこっちですぐ険悪になるのほんと勘弁してほしい。すぐさま俺とエネが間に入ってまあまあとなだめてみるが、意味があるかは分からない。
「てなわけで、俺は先に村へ入らせてもらうよ。俺もまだ借りを返してないからさ」
「ほう?」
「どうせまだ復興途中でしょう?肉体労働は苦手だけど、農作業ぐらいは手伝うよ」
「それは有難い。入村を許可しよう」
ロロの借りとはもしや俺についてのことなのでは。そう思ったが、はっきりは聞けないからとりあえず黙っておく。
腕まくりをしながら歩き出すロロが、一度俺を見てウインクをして手を振る。……そうしてやっと気づいた。あ、コイツ、後のこと俺に全部任せるつもりだ。俺にマハトさんとリヒトの仲を取り持つようにさせる気だ。むりむり、絶対むり。
「ぼくもお手伝いしたいなあ。ねえ、いいでしょおマハトさあん?」
「いいだろう。頼んだよ」
「わあい!ありがとお」
ロロに続いてエネが俺に投げキッスをして手を振る。クソ猫どもめッ!!俺だけ残しやがった!!
「あ、あー、……マハトさん、俺も……」
「アヤトくんはダメだ」
「アヤトはダメ!」
「…………はい」
同時に待ったを食らった俺は、とりあえずシュヴェルツェだけボールに戻してその場に残る。シュヴェルツェがいたらややこしくなりそうだからボールに入れたが、いややっぱり隣にいてもらうべきだったのかもしれない。
……空気が重すぎる。無理、逃げたい。ねえ、何で俺ここにいるんだろう??