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オレはマシュマロを焼きたかったのか。アヤトには冗談だと言われたが、こうして焼いていると本当にそうだったのかもしれないと思えてくる。……白くて柔らかいこれは、焼き加減が難しい。

「エネ」
「なあに……ってシュヴェルツェくんのマシュマロ、真っ黒だよお!?」
「早く食したく火の燃え盛る場で焼いていたらこうなってしまった」
「マシュマロはねえ、じっくり弱火で焼いていくんだってえ。仕方ないなあ」

エネが少し腰を浮かせると、座っていた場から少しずれて空いた席を手の平で軽くたたく。座れという意味だろうか。空いた場所に座ると、エネが両手に持っていた長い竹串を一本こちらへ差し出す。エネが焼いたマシュマロは黒くなっていない。何故。
受け取った竹串の先、まんべんなく程よい焦げがついたマシュマロを食む。熱い。しかし外側はカリッとしていて噛むと柔らかい食感と甘みが溶けだしてくるこれは……。

「美味い。マシュマロは美味いものだな」
「でしょお?焼くと普通のやつより美味しいよねえ。あ、これも食べてみるう?クッキーで挟んだの。ぼくの食べかけだけどお」
「構わない。頂こう」

一口ぶん欠けているものも受け取って食す。美味しい。同じマシュマロのはずだが、クッキーと合わせるだけでこうも美味しくなるものなのか。
本当に"食"とは面白いものだ。どの食材にも数えきれないほどの食材との組み合わせがあり、また調理の仕方でさらにいくつもの変化の可能性を持っている。人間の知恵や探求心が生み出したものは素晴らしい。木の実を齧るだけのポケモンとは違う。

「シュヴェルツェくん、ちょっと嬉しそう?」
「ああ、人間に感謝をしていた」
「ええ?なにそれえ」
「ポケモンだけでは"料理"も生まれなかっただろう。それにオレを造ったのも人間である博士だ。だから素晴らしいと思っていた」
「あはは、よく分からないけどなんかすごいこと考えてたんだねえ」

エネが笑う。何故笑っているのか分からないが、楽しいことは良いことだ。貰ったクッキーに挟まれたマシュマロを食べながら少し離れた場所、火の周りにいるアヤトたちの姿を眺める。アヤトはリヒトと祈と共に竹串に刺したマシュマロを火にかざしている。詩はロロとイオナとトルマリンと共に他の食材の準備をしている。

「ねえ、シュヴェルツェくん。今楽しい?」
「ああ」
「ふふ、よかったあ。ぼくもねえ、楽しいよお」

横に置いてあった紙コップを両手で挟み持ちながらエネが言う。それからふっと顔をあげてこちらを見ると目を細める。

「あのね、ぼくもやりたいことあるんだあ。シュヴェルツェくんの参考にはならないと思うけど」
「それでもいい。聞かせてくれ」

急にどうしたいのか、やりたいことはないのかと聞かれて困惑している。皆、常に明確な目標があるものなのか。特に無い者はどうすれば良いのか。この問いの解答へ少しでも近づけるのならば何でも聞こう。その意思の示しにエネに頷いてみせると、エネが視線を動かしアヤトを見る。

「ぼくはねえ、みんなを愛し続けることだよお」
「……抽象的だ」
「いいんだよお、これぐらいで。シュヴェルツェくんは難しく考えすぎだよお」

歯を見せ笑うエネに戸惑う。分からない。そんな具体性に欠けたものに意味はあるのか。

「ぼくはアヤトくんに救われた。祈ちゃんと詩ちゃんに助けてもらって、ロロさんとイオナさんに支えてもらった。……みんな、こんなぼくにも無条件に愛をくれたんだ。だからぼくは一生かけてもらった以上の愛をあげたいなあって」
「……」
「ねえ、シュヴェルツェくんもぼくの愛、分かってる?感じてるう?」
「む」

未だ愛情を理解するまでには至っていないが、先ほどもらったマシュマロを指さされて視線を向ける。これも愛なのか。愛の定義はあやふやで幅広すぎる。理解するため要する時間は測定不能。

「ぼくが愛だと思ってやることは、全部エゴや偽善かもしれない。相手にとって不要なものかもしれない。それでもぼくはきっとやめられないと思うんだ。アヤトくんが、みんなが大好きだから。……でもアヤトくんにはお前の愛は重いからいらないってよく言われるう」
「愛にも重量があるのか?」
「あるんだよお。それぞれ感じ方は違うけどねえ」

エネがニシシ、と面白そうに笑う。エネのやりたいことは、具体性に欠けたオレにはきちんと理解できないこと。しかし、……しかし。

「よく分からないがエネのやりたいことは良いことだ。そう思う。エネの言う通り、たとえそれがエゴや偽善であったとしても、救われるものは必ずいるだろう」
「……そうだといいねえ」
「オレには分かる。必ずいる」
「えへへ、ありがとお。じゃあぼく、もっとシュヴェルツェくんに愛をあげたいからマシュマロ焼いてくる!あ、一緒に焼くう?焼き方のコツ教えてあげるよお」
「本当か。教えてくれ」

エネに続いて立ち上がると、目の前に手のひらを差し出される。エネの手は小さい。それを見てから視線をあげると、するりと手が絡みついてこちらの手を握ってきた。想定外の出来事に少し驚く。握手は挨拶の際にするものではないのか。今、挨拶をする理由はなんだ。

「エネ、なぜ手を繋ぐ?」
「?、なぜって、ぼくが繋ぎたかったからあ」
「挨拶か?」
「違うよお。スキンシップ!ほら、触れ合うとなんか良い感じするでしょお?」

もう一度手を握るエネを見下ろして、同じように手を握り返してみる。良い感じ、……かどうかは分からないが。

「……少し、内部が満たされるような気がする。なるほど、スキンシップも良いものだ」
「そうだよねえ。……あ、今度アヤトくんに抱き着いてみるといいよお。癒されるよお」
「エネがそういうならやってみよう」
「ふふ。じゃあ抱き着く前にぼく呼んでね!絶対だよお?」
「?、ああ」

目を細めて面白そうに笑うエネに手を引かれて歩き出す。
やはりこの世界には、オレがまだ知らないことが沢山ある。良いことも悪いことも知識として知っているものでさえ、実際は殆ど理解はできていない。自分だけでは分からないが、こうして他の者と話すと分かることが沢山あることを学んだ。不完全な自身が他者と関わり合うことの重要性。──……知る、幸福。

「──……、」
「シュヴェルツェくん?どうしたのお?」
「エネ、見つけた……、」

立ち止まるオレにエネも足を止めて振り返ると、少し目を大きくして見上げる。

……これは多分リヒトとは違う、オレ自身で掴んだ回答。果たして造られたクローンの分際でこのような回答を得て良いのか分からない。いや、本来ならば自ら考えることすら禁止されるべきことだろう。
──……しかしもう、この思いを消すことは不可能だ。

「オレが、……オレがやりたいことを、見つけたんだ……!」

顔をあげ、エネに向かってそういうと。エネが急に抱き着いてきた。腰に手を回して思い切り顔を埋めて抱きしめてから、勢いよく顔をあげる。頬が薄っすらと赤くなって、興奮気味に声を出す。

「っやったね、シュヴェルツェくん!よかったね、よかったねえ!」

その言葉に、その表情に、声に、触れ合う体に。……こんなにも、満たされるなんて。

「……ありがとう、エネ」
「え、ぼくう?何もしてないよお!?」

……ああ博士。やはりオレは貴方の失敗作だ。しかしそれでいい。失敗作で本当に良かった。もしも完璧だったのならば、知る喜びも与えられる愛も。何も分からないままだっただろう。

「それよりシュヴェルツェくん、みんなに報告しなくちゃ!」

強く引かれる手と、短い距離を足早に走った先。エネの言葉に、アヤトたちもエネと同じく笑顔を見せる。オレのことなのに、何故自分のことのように嬉しそうに笑うのか。そうしてふと、思い出す。祈が以前言っていた。こういうことを"共感"というのだと。

……オレはリヒトの代わりにはなれなかった。が、それで良かったと今思う。
この喜びも思いも、他の誰のものでもない。
シュヴェルツェただ一人のものだというその事実が、……"本当に、嬉しかった"。




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