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──夜明け。イオナと祈が迎えに来るまで3人揃ってぐっすり眠ってしまっていた。普通、野宿でここまで眠れませんよ。、なんてイオナに嫌味を言われつつ、また始まる1日。
「たまには連絡してくれよ。楽しみにしてるから」
「身体には気を付けるのだぞ」
ハーくん先輩とハーさん二人に見送られ、牧場を後にする。メリープ姉さんとも話せたし、これでサンギ牧場でやり残したことは全部やってきただろう。それにまだ残っていたとしてもこれからもリヒトを連れていつでも行ける。そう思うとここを離れるときに毎度感じる寂しさも少しは紛れるというものだ。
……それから一度、またヒウンシティに戻ってきたわけだが。
「いや並ぶとマジで同じ顔だな」
「当然だ。オレはリヒトのクローンなのだから」
「若干違うでしょう!ほら、目元とか!」
「ぼくにも同じに見えるよお?」
「えー!?」
素直に認めるシュヴェルツェと全然違うと訴えるリヒト。
……今や俺の部屋になっている広い一室。ベッドの端に座る俺とエネの前に二人は並び立っていた。今日は村へ行く予定なのだが、その前に聞かなければならないことがあったのだ。
「シュヴェルツェ」
「どうした、アヤト」
リヒトに頬を引っ張られながら俺の方を向くシュヴェルツェに一度笑うと、ゆっくり瞬きをしてみせる。
「イオナから聞いたんだけど、……シュリをマハトさんへ預けた方がいいって言ったんだって?」
「ああ、言った」
えっ。、驚く声を漏らすエネとは打って変わって、リヒトは至って普通だ。ということは。
「理由を聞いてもいいか」
「構わない。まず第1に、シュリ自身がそれを望んでいる」
「シュリが?」
「ああ。完全にマハトのことを自身の父親だと思っている。そのため共に居たいと望んでいるようだ」
思わず。本当にごく自然にリヒトへ視線を向けてしまった。確かにシュリもリヒトを基に作られているからその思考に至るのも決して不思議なことではないだろう。でも、……でもそれは、……リヒトにとって、どうだろう。
「おれは賛成だよ。あの人が受け入れるかどうかは別として、だけど」
そう言って微笑むリヒトが俺には少し痛々しく見える。俺だったら……きっと反対してしまう。いくら自分に似た者だったとしても、親を取られてしまうような気がして……なんか嫌だ。
「ねえ、シュヴェルツェくんはどうなのお?マハトさんのこと、お父さんだと思っていないのお?」
「思わない。オレは唯一の成功作だ。だからオレの父は、造り手である博士だと認識している」
「なるほどねえ」
「しかしシュリはジャンク品だ。だからマハトを父親だと認識した。自身が造られた物だとも分かっていない。それぐらい不完全だ」
ジャンク品。マハトさんもシュリのことをそういっていたが、まさかシュヴェルツェの口からもその言葉を聞くとは思っていなかった。思わずエネともども顔をしかめてシュヴェルツェを見ると、即座にリヒトが口を挟む。
「ジャンク品だなんて言い方はダメだよ」
「そうか、分かった。リヒトがそういうならば今後その単語は使わないようにしよう」
まるで双子を見ているかのような気分になる。いや実際双子と言ってもいいと思うのだが、シュヴェルツェが絶対に認めないだろう。あくまでも自身はリヒトのクローンだと言い切り続けているし、双子よりもリヒトの召し使いとか言ったほうが喜びそうな気がする。
「それからもうひとつ。シュリもリヒトと同じく、ボールには入れない。よってアヤトの旅に同行するのは難しいだろう。またシュリは未だ成長途中。身近に教育のできる会話可能な大人がいるべきだと判断した」
「マハトさんはハーフじゃないけど会話できるのか?」
「マハトは波動が使えることに加え、波動の扱いに長けている。よって多少の会話は可能だ。後々シュリも波動を使えるようになれば他の生物とも会話可能になるため、マハトに教えを乞うのが良いだろう」
シュヴェルツェの言い分はすごく分かるしシュリにとってもいい話だと思う。ただリヒトが言うように、マハトさんがすんなり受け入れてくれるとも限らない。……まあどちらにしても村に行って直接彼と話をつけなければ何も始まらない。
「分かった。じゃあシュリについては一旦保留にしておいて、……シュヴェルツェ、お前はどうするんだ」
「?、どうするとは」
真顔で俺を見たあとに、アイツは何を言っているんだと言わんばかりの表情で今度はリヒトへ視線を向ける。それにリヒトも向かい合って口を開く。
「シュヴェルツェ。きみはやりたいこと、ないの?」
「オレはリヒトとアヤトがやりたいことを、」
「違う、違うよ。……おれは"きみが"やりたいことを聞いているんだ」
少しばかり目を見開いたあとに真顔に戻って口を結ぶシュヴェルツェ。しばらく沈黙が続く。しかし誰も話さない。みんな分かっているんだ。今シュヴェルツェは、きっと自分の中で回答を必死で探してる。考えているところだと。……それから。唇がゆっくり持ち上がる。
「……オレはリヒトのクローンだ。だから、……、」
「シュヴェルツェ、きみの役目は終わったんだよ。おれの代わりになることなんてもう考えなくてもいいんだ。例えおれの目がまた無くなろうとも、もうきみから貰うこともないんだよ」
リヒトが優しく諭すが、あからさまにショックを受けた表情を見せる。いつも平坦な眉が戸惑うように斜め下に下がり、視線も少し泳いでいる。動揺しているのだ。それもそうだ。だってシュヴェルツェはリヒトのために造られたうえ、今までずっと"リヒトのために生きろ"と言われ続けていたのに、たった今、本人からその呪いのような使命を破棄されたのだ。戸惑わないわけがない。
「オレはもう……必要ない、ということか」
「いらないという意味じゃない。シュヴェルツェ、きみの役目は終わった。だからもう、きみは"自由"なんだ」
「自由、?」
「そうだよ、自由だ。きみを縛るものは何もない。きみがやりたいことを思うがままにしていいんだよ」
リヒトがシュヴェルツェの前で大きく腕を広げてみせる。シュヴェルツェもハーフではあるが、完全なルカリオの姿にもなれる。それに擬人化しても片腕の一部分だけ隠していれば普通のポケモン同様だ。……自由。シュヴェルツェにはこの言葉の意味が分かるだろうか。
「きみから片目を貰ったとき、少しだけ記憶を共有したよ。きみは食べ物に興味があるんでしょう?」
「ああ。見ているだけで楽しい」
「ふふ。……おれはね、食べ物にそこまで執着していないよ。出来上がるまでの過程にも興味はあまりないんだ」
「…………」
「ねえ、もう気付いているでしょう。確かにきみはおれのクローン、分身だ。外見もそっくりだよ。でももう中身は完全に別人だ。……シュヴェルツェ。きみはもう、この世にたった一人しかいない存在なんだよ」
そっとリヒトがシュヴェルツェの両手を包み込むように握って、視線をあげる。
「きみにはリヒトブリックのクローンとしてではなく、"シュヴェルツェとして"生きてほしいんだ。おれのことなんか忘れるぐらい、"シュヴェルツェとして"幸せになってほしい」
「……」
「時間はまだあるよ。よく考えてみて」
「…………」
リヒトが手を離すとシュヴェルツェの手が落ちる。
それからまた沈黙が続くと思えたが、その前にエネがシュヴェルツェの服の裾を摘まんでちょいちょいと引っ張った。女の子のような仕草ですらエネには似合う。見慣れてしまったせいか最近男の娘もいいかもとか思ってしまった自分を戒めようと思っていたところなのに。……傍からみても可愛いじゃねーかちくしょう。なんで男なんだ。
「どうした、エネ」
「シュヴェルツェくんのやりたいこと、ぼく知ってるよお」
「本当か。それはなんだ、教えてくれ」
ベッドの端に座っていたエネの手前、シュヴェルツェが片膝を床へ付けてしゃがんで目線を合わせる。それにエネは少し驚いた表情を見せたが、それもすぐに笑顔に戻り、桜色の唇が持ち上がる。
「みんなで一緒にマシュマロ、焼くことだよねえ」
満面の笑みで答えたエネに対して完全に肩透かしを食らったシュヴェルツェ。一度困惑したように視線を泳がせてから、のろのろエネに視線を戻して大きくゆっくり頷いた。
「………………そうだな」
まるで自分自身もとりあえず納得させるかのように、だいぶ時間をかけての頷きだった。
分かる。気持ちは分かるが。……正直言うと面白い。
「よっしゃ、じゃあ村行くのは明日にして、今日はヤグルマの森に行ってキャンプしてくるか」
「わあい!ぼく、祈ちゃんと詩ちゃん誘ってくるねえ」
「じゃあおれはロロさんとイオナさんに伝えてくるよ」
エネとリヒトが続いて部屋を出ていく姿をやはり真顔のまま見送るシュヴェルツェ。そうして部屋に残った俺に視線を向けるもまた無言。……そんな目で見ないでほしい。
「オレは……マシュマロが焼きたかったのか……?」
「ははは、エネの冗談だよ。でもまあマシュマロ焼いて食うことだって、お前のやりたいことのひとつだろ?」
「そうだな」
「いいんだよ、そういう小さなことの積み重ねで」
ベッドから立ち上がって伸びをする。トルマリンも誘ってみるか。忙しくても一緒に来てくれそうな気がするし。なんならバーベキューやってもいいな。焼肉いいなあ、肉食いてえ、肉。あと米。
「アヤトも教えてはくれないのか」
「教えるも何も、お前がやりたいことは誰にも分からないぞ。それはお前自身で見つけなくっちゃ」
「……」
「何も今すぐ見つけろとは言わないさ。時間はたっぷりある。見つかるまで俺たちと一緒に旅をしていればいいよ」
「……ああ」
「ほら、俺たちも行こうぜ。食材たくさん持って行かなくちゃ!」
背中を一度強く叩くと、やっとシュヴェルツェの足も動く。まだ何か言いたそうな感じだが、今はとりあえず放っておくのが正解のような気がする。
シュヴェルツェは今、分岐点に立っている。言いなりになることもなく、また誰かと同じ道を辿って行くわけでもない。進むべき道を、シュヴェルツェ自身が選ぶのだ。
決めるのはシュヴェルツェだが、少しでも力になれたらいいなとは思っている。……あれ、いつから俺はこんな世話焼きみたいになったんだろうか。知らない間に自分も少し変わったのかもしれない。そう思うとなんだか可笑しくなってきて、密かに唇を少し噛みながらシュヴェルツェと一緒に部屋を出た。