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信じられなかった。普通に考えればありえないことだ。それでも目の前で以前のように楽し気に話している二人をみていると、少しずつ現実味を帯びてゆく。有り得ないことなんて有り得ない。それはまさに今の状況を表す言葉にぴったりだろう。

「イオナくんこそ、こういうことは信じないと思っていたんだけど」
「ええ、そうですね。ですが再生する過程を見せられては、信じざるを得ません」
「……いつから知っていたのさ」
「だいぶ前から、とだけ言っておきましょうか」

口の端を少しだけ持ち上げながら俺を見て、それからキューたんに視線を移す。

「彼が遺体を回収し、アクロマ氏へ研究材料として渡しておりました。再生能力等様々なことに関して実験をしていたようですが、それもリヒトブリックが完全に再生するまでの条件付きの取引だと。……アヤトがひよりさんの血族で良かったですね。でなければ、彼がここまで協力するとは思えません」
「あはは、確かにそうだ」

ばっちり聞こえているであろう会話には入らず、柵に寄り掛かり欠伸をしているキューたんを見た。一度視線が合ったものの、興味が無さそうにゆっくり視線を外して背を向ける。俺をからかいに来たのに、逆にリヒトくんに言い負かされてどうやら思うところがあるらしい。
分かりやすく足音をたてながらキューたんに近づいて、横に並んだついでに脇腹を人差し指で軽くつつくと、一度肩を飛び上がらせてから俺を睨んで噛みつくように口を開く。

「なにすんだバカ猫!」
「お、元気になった」
「はっ、テメェこそもうクソガキに慰めてもらわなくていいのかよ?まだびーびー泣いててもいいんだぜ?」

相変わらず口だけはいつも元気だ。言い返さずにニコニコしたまま無言で見ていると、ニヤついていた顔から次第に楽しさが減っていくのが目に見えて分かる。同じ伝説でもマシロさんと違ってだいぶ分かりやすいぶん、つい構いたくなってしまう。

「で、どういう経緯でリヒトくんを取り返してくれたわけ?」
「クソ猫二号に聞けばいいだろ」
「まさかずっと墓地で見張ってくれていたわけじゃないでしょう?」
「ったりめーだろ。んなこと、この俺様がする訳がねえ」

あからさまに面倒くさそうに片手で頭を掻きむしる姿を見せる。
イオナくんの方が分かりやすく説明はしてくれるだろう。しかし、キューたんはたぶん全てを話してはいない。加えてイオナくんが必要以上のことを聞き出している可能性は低い。ともなれば、直接本人から聞いたほうが早いというものだ。どうでもいいことかもしれないが、ただ純粋に、どういう経緯でキューたんが関わったのかを知りたかった。

「クソ陰湿野郎に呼び出されたんだよ」
「誰のこと言ってるのかさっぱりなんだけど」
「……ギラティナってヤツのことだ。反転世界の管理をしてる伝説のポケモンなんだが、こっちの世界の死者は反転世界を通って冥界へ行くんだとよ。だからこっちの死んだヤツの管理もしてるってわけだ」
「リヒトくんがイレギュラーだったからこそ、そのギラティナが気付いたってこと?にしても、他にも伝説はいるのにどうしてキューたんだけ呼び出されたのかな」

聞けば、キューたんが俺の顔を見てからニヤリと笑う。これは何かよからぬことをしているときと同じ表情だ。

「ハーフのガキが半分死にかけってのもあったが、今回は訳が違う。……アルセウスのクソ野郎が直々に陰湿野郎へハーフのガキを消せと言ってきた」
「どうしてわざわざ……というかアルセウスって、」
「俺様たちの親玉、つまりこの世界を創造した神様とやらだ。神すらも危険視する超回復力だってことだな。自分より優れたものはすぐに消そうとするクソ神なんだぜ」

真っ暗な夜空を見上げて楽しそうに言う。

「特別にクソ猫に教えてやろう。……俺様たち伝説は、基本アルセウスには逆らえねえ。だが唯一、俺様と陰湿野郎は訳が違う。アルセウスからすれば欠陥品だが、だからこそ他の連中と比べて縛りが緩い。ある程度なら反抗できる。神に抗うんだぜ、最高じゃねえか」
「なるほどね。つまりキューたんとギラティナは、何でもいいからアルセウスの言いなりにはなりたくないと。だから今回もリヒトくんを助けたってわけか。いいね、実に気まぐれで伝説ポケモンらしい。俺もそういうのは嫌いじゃないよ」
「だろ」

そもそもアルセウスという存在が本当にいること自体驚きだが、どうやら伝説ポケモンたちにもそれなりの背景があるようだ。
しかし気まぐれであったとしても、やはり今回は感謝せざるを得ない。手すりに背中から寄り掛かって両肘を引っかけているキューたんの横、頬杖をつきながら顔だけ向けて口を開く。

「何はともあれ、ありがとう。色々と助かったよ」
「……んだよ、素直なテメェはいつにも増して気持ち悪ぃな」

そう言いながら手すりから背を離して一歩後ろに下がると、表情を歪めながら俺を見る。それがまた面白くて、俺も一歩前へ出てから上目遣いで言葉を足した。

「ならもっと素直になってあげようか。……俺をアヤくんの保護者に選んでくれてありがとう。おかげで毎日楽しいよ」

さらに歪む表情にニヤリと笑って見せる。嘘か真か見極めようと無言で目を細めているキューたんだが、今のは紛れもない本心だ。

確かにはじめはひよりちゃんのところへ戻りたい一心で半ば仕方なく一緒に行動していたけれど。……アヤトくんはアヤトくんで、ひよりちゃんとはまた違ったいいところがたくさんある。ここに来るまで、俺が彼からもらったものは数えきれないほどあるだろう。それはきっと、ひよりちゃんとの旅では得られなかったものでもあるに違いない。

ひよりちゃんに出会って大きく変わって、アヤトくんと出会って成長できた。……自分が思っている以上に、俺は幸せ者に違いない。

「……クソ猫、なんか変わったか。ひよりといるときもなんか違……ああ、分かったぞ。テメェ、好きなヤツに自分合わせるタイプだろ」
「あはは、そうかもしれない。というかキューたん、そんなことどこで覚えてきたの?俺以外の誰にそんなこと教わったのさ!」
「んだよそれ。テメェは俺様のなんなんだよ」
「……人生の先生?」
「はっ、テメエが先生?だったら世も末だな」

そういうと、その場から離れて部屋へ戻って行く。からかいに来たことも忘れて、またお腹を満たすため美玖くんの元まで行くのだろう。のんびり移動する背中を見送ると、入れ替わるようにイオナくんがやってきた。俺を見る表情には、珍しくどこか不満が見え隠れしている。

「どうしたの」
「ロロさんは、私よりあのキュレムと話しをしているときのほうが生き生きとしていますね」
「それはまあ、一緒にいた時間がキューたんのほうが長いし、何より気が合うからさ」
「…………そうですか」

思わず目を大きくしながら見つめてしまった。いや、珍しいこともあるものだ。イオナくんも俺のことが嫌いなはずなのに、嫉妬しているように思えるのは気のせいではないだろう。
ふと、思い返せば俺はだいぶイオナくんに対して苦手意識が薄れてきている。それは彼の意識が俺から祈ちゃんに向いたこともあるが、たぶんそれだけではない。旅を通して、彼の上辺だけではなくその内面も垣間見たこともあるし、……なにより。

「イオナくん。君は話し相手には向いてないけど……その。…………頼りには、なる」
「──……ロロさん、」
「過去の出来事や繋がりを消すことはできないけど、向き合い方を変えることはできるんだよね。……アヤトくんとグレちゃん見たらそう思えるようになった。だからさ、……俺もいい加減、君との向き合い方を変えようかな」

すぐに受け入れることはできないけれど。、今まで避けるように見てきた、いつだったか必死で取り戻したいと思っていた翡翠色の瞳をやっと真っ直ぐに見ながら言うと、彼の目がゆっくり大きく見開いた。それから一度視線を外して、時間をかけてまた戻ってくる。

「では、私も本音でお話しましょう」
「…………」
「……ロロさん、私は貴方に嫉妬をしておりました。コスタス様のお傍に仕えているのは私だったのに、最期までコスタス様の一番はロロさんだったのです。もう敵わないと分かった途端、嫉妬が嫌悪に変わっていました」
「へえ。君にも子どもっぽいところがあったんだ」

言われなくともそれぐらいは分かっていた。……初めてイオナくんと会ったとき、ひよりちゃんに襲い掛かる彼と戦ったとき。ひよりちゃんに向けられる殺意より、俺に向けられる殺意の方がよほど強かった記憶がある。だから俺も彼を嫌った。毛嫌いしていた。しかし面白いもので、毛嫌いも長く続くと何かしらの理由を取り付けてでも本当に嫌いになるものだ。……俺はいつから、こんなにもイオナくんを嫌いになっていたんだろうか。今となっては分からない。

「ええそうですね。実に幼く浅はかでした。しかしその浅はかな感情があったからこそ、……今になってやっと私はロロさんのことを認められたのだと思います。……コスタス様が執着していた理由も、なんとなくですが分かってしまいました。外見は勿論ですが、ロロさんには何か惹かれるものがあるのです」
「……なにそれ」
「……なんでしょう。私にも分からず、困っています」

目を細めながら小さく笑う彼を見て、内心ひどく驚いていた。……こんな笑い方もできるのか。きっとまだ、イオナくんにも知られざる一面があるに違いない。それが分かれば、より苦手意識は薄れるだろうか。
揺れるワインレッドの髪をぼんやり眺めていると、視線がまた戻ってきてこちらを見る。

「ロロさん。私はアヤトのポケモンとして貴方とも共に旅をしてきて、貴方への見方が少し変わりました。それを踏まえた上でお伝えいたします。……私は、今後とも貴方の力となりたい。コスタス様の遺言は関係なく、私自身がそう思うのです」

そう言う彼の手前、片手を差し出して視線をあげる。
好かれたとしても、苦手意識が完全になくなるわけではないけれど。……真っ直ぐに向き合ってくれるのならば、俺もそうしなければ。
目の前に差し出された俺の手を見てから顔をあげる彼を見て。

「……まだ、お傍にいてもよろしいのですね」
「アヤくんの力になってくれるのなら、一生居て欲しいぐらいだ」
「それは勿論、今後ともマスターの力にはなりますが、……不思議です。ロロさんにそう言って頂けると、とても嬉しいものですね」

ゆっくりと握り返される手にも驚いたが、いやそれどころではない。だって、。

「おいおい、嘘だろ……、あのイオナが笑ったぜ……!?しかも今まで見たことのない満面の笑み……ッ!明日は槍が降るどころじゃないぞ、きっと世界が滅びる」

いつの間に来ていたのか、俺の心の声を丸々代弁してくれたのはアヤくんだった。微妙に俺の後ろに隠れながら目をまん丸にしているアヤくんと同じく、きっと俺も目を丸くしているに違いない。信じられず、一度アヤくんに向けた視線を前に戻した。……が、やはりイオナくんはすでに真顔に戻っている。

「……失礼しました。今のは忘れてください」
「それは無理だな。な〜、ロロ」
「そうだよね〜、アヤくん〜」
「…………」

こんなチャンス滅多にない。お互いそう思っているのだろう、ニヤニヤを隠しきれずにアヤくんと二人して顔を合わせていたその後ろ。リヒトくんが小さな四角く少し分厚い紙のようなものを持っていた。それをアヤくんに見せると、途端、アヤくんのニヤニヤがさらに増す。ついでに俺も覗き込んで、……流石、イオナくんが信頼している部下である。

「イオナぁ、めちゃくちゃ良い顔だなあ?」

案の定、リヒトくんから写真を受け取ったアヤくんが指でつまんでぴらぴら揺らしながら見せつける。しかしそれも次の瞬間にはイオナくんにあっという間に奪い取られて、そのまま俺たちを通り過ぎて行った。「あー!?」なんてアヤくんの荒げる声を聞きながら、振り返って彼の背を見る。……やはり、イオナくんが少し離れた物陰に急いで隠れた赤色を見逃すわけがなかったか。

「……トルマリン、ルベライト。即刻出てきなさい」
「……っ、」
「いっ、嫌っスー!いいじゃないっスか!?イオナさんの笑顔なんて、オレ初めて見たものでつい、!って、あああ!申し訳ありません!……いっ、あっ、アヤト様ー!ヘルプっスー!!」
「おー、今いくー」

ついでにリヒトくんの腕を引っ張り連れて行くアヤくんの歩みは遅い。きっと怒られるトルマリンくんたちの姿を見たい気持ちもあるのだろう。それにまた、面白くなってひとりで小さく笑ってから顔をあげ。

「……イオナくん!」
「……なんでしょう」
「"これからも"、よろしく頼むよ」

片手を少しあげて見せると、一度動きを止め、ゆっくり頭を下げて見せてから、またこちらに背を向けてトルマリンくんに向かって真っすぐ歩いて行っていた。
その代わりのつもりか、驚きながらもなぜか嬉しそうに顔を緩ませているアヤくんが俺に向かって親指を上に立てた手を見せている。その横、きっとよく分かっていないであろうリヒトくんも真似してグッドのサインを出していた。

ああ、こんなに面白いことがあるなんて。ひとりクツクツ笑いながら、まだこの世界も捨てたものではないなとふっと思った。




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