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来る快気祝いの日。朝からわくわくし続けて、やっと夕方になった。
迎えに来てくれたエアームドに乗って、夕暮れのセッカシティを旅立つ。身に着けた防寒着に顔を埋めながら、雪の舞う中、特に急ぐ必要もなく速度を落として飛んでもらったおかげで下を見る余裕も少しできていた。

「……綺麗だなあ」
「今日は夜も晴れているからね、この夕暮れも綺麗だけどヒウンシティでも綺麗な夜景が見れるよ」
「知ってるぜ、イッシュ三大夜景の1つだろう」
『その通りでございます』

後ろに乗っているロロの言葉に答えると、エアームドが頷いた。つい得意げに言ってしまったが、シュヴェルツェが持っていた料理雑誌にたまたま夜景の情報も載っていたから知っていたまでのこと、残りの2つはどこなのか知らない。それにしても本当に綺麗だ。紫、ピンク、黄、青……色んな色が順番にぼんやりと混ざり合う空。ちょうど降っている雪も併せて輝いて見える。上空からでしか見られない景色……うーん、最高。

「今夜は特別な日になりそうだね」
「美玖さんの料理が食べられる時点で特別な日だけどな!」
「あはは、それもそうだ」

夕暮れ時の空を背景にヒウンシティへ向かう。いかにも旅っぽいなあと心の中で満足しながら、改めて手綱を握った。





「って、なんでお前もいるんだよ!?」
「俺様がいたら悪いかよ」
「悪い!いてほしいときにいないくせに!」
「ったく、うるせーガキだぜ」

誰よりも早くそこにいて、1人でむしゃむしゃ料理を食べているのは紛れもなくあのキュレムだった。おい母さん、コイツの躾はどうなっているんだよって八つ当たりしたくなるぐらい嫌いな奴だ。しかしまあ、そんなコイツもやっぱり母さんのことは気になるらしく、姿が見えるとふらりとすぐに席を立っていた。……ていうかここ、どう見ても俺の席じゃないか?こんなにたくさん席があるのにどうしてここに座っていたんだ?嫌がらせか?

「アヤト様、申し訳ありませんっス……!オレが言ってもどうしても聞かなくて……」
「分かってるから大丈夫、気にすんな」
「少々お待ちください、すぐ改めて準備いたします」
「悪いな」

空になったお皿を下げて、カウンターへ持ってゆくトルマリン。
ビルに着いて久しぶりに会ったときには「ご無事でよかったっスー!!」なんて泣きながら抱き着かれたが、今は完全に仕事人モードに入っていて、ピシッと着こなしているウエイター服も似合っていてカッコいい。いいな、俺も着てみたい。

「す、すごいねえ。ぼくこういうの初めてだあ」
「わたしも……、なんだか少し緊張する」

すでに目の前に用意されている個別のテーブルクロスやその両脇に並べられた様々なフォークやスプーンを眺めている祈とエネ。……そうか、前に美玖さんたちのお店でやったパーティーのときは、まだ2人ともいなかったっけ。随分と長い間一緒にいるからてっきりあの時もいたように思っていたんだけど。

「まだ揃わないようだし、一緒に回ってみるか」
「席から離れてもいいの……?」
「いいんだよ。まだ始まってないし、どうせここに来るのは母さんのポケモンと詩の身内だけだぜ?そう緊張しなくても大丈夫だって」

二人で顔を合わせてから頷き、少しぎこちない動きで椅子から立ち上がる。それを見ながら"ここは俺がしっかり2人をフォローしなくては"なんて謎の義務感を抱きつつ、以前のことを思い出す。たしかあの時はリヒトが、……いや。

「さ、まずはこっちだ。来いよ」

二人を引き連れながら、まずはオープンキッチンへ向かう。ちなみに今、ここに詩はいない。なぜかって?そりゃ真っ先に陽乃乃さんの元へ向かったからだ。きっと今頃「詩ちゃん、すごく綺麗になったね」なんて、何の下心も含まれていない褒め言葉にメロメロになっているに違いない。

男同士の俺には分かる。多分、陽乃乃さんは詩を恋愛対象として見ていない。俺でも分かるんだ、詩ならもうすでに分かっているかも知れない。しかしそれでも詩は諦めずにワンチャン狙い続けているから、そこは素直にすごいと思う。……いや。でもあの猪突猛進女だ。自分がどう見られているのか分かっていない可能性もあるな。恋する乙女は盲目ってか。ははは。

「あ、美玖さん!」

広々としたオープンキッチンには、美玖さんの他数名の料理人がすでに料理を作り始めていた。色とりどり沢山の食材が奥の台に見えて、これを全部使うとなると大変な仕事だなあと思いつつも、食べる側としてはわくわくが止まらない。

「あ、アヤトくん」

俺に気付いた美玖さんがやってきて、濡れた手をタオルで拭いながら言う。……美玖さん、いつ見ても超かっけー。それに加えて初対面の時の好印象が今もなお頭から離れず、俺の中で美玖さんの株は常に上昇中である。こんな兄貴欲しかったなあ。

「久しぶりだね。また会えて嬉しいな」
「お、俺も嬉しいです!わざわざ来てくださってありがとうございます!俺、美玖さんの料理食べたかったんです!」
「ありがとう、そういってもらえると嬉しいよ。今日は何でも作るから、食べたいものがあったら遠慮なく言って、」
「おい美玖!次の料理はまだか!」
「……はい、ただいまー」

美玖さんの言葉を遮るのは、キュウムと同じぐらい我が道を行く詩の父親こと通称・殿。親がこれだ、娘もああなるわーと1人で納得しながら、俺に目配せをしながら小さく謝ってキッチンへ戻ってゆく美玖さんに軽く頭を下げた。
俺だったらカチンと来るところだが、美玖さんは言われ慣れているようで文句のひとつも言わずにテキパキと調理を始める。これが大人ってやつなのか。また美玖さんへの好感度が上がったのは言うまでもない。
……そこで気づいたのだが。

「おいシュヴェルツェ。そんなとこで何やってんだよ」
「美玖に許可を得た。だから間近で見ている」

……いた。いないと思っていたら、まさかのキッチンにいた。真顔で美玖さんの手元をジッと見つめている。あれ、絶対に作りにくいだろ。

「す、すみません美玖さん……」
「大丈夫。調理を見られるのは慣れているからね」

まぶしいえがお。思わず目を細めて見ていると、後ろからぬっと現れた金色に反射的に身体が一度飛び上がる。素早く振り返って距離を開けると、ケラケラと笑いながら扇子を優雅に揺らしていた。

「そう警戒せずとも、無暗に叩いたりはせぬ」
「…………」
「ついでに主に教えてやろう。美玖はわっちが育てたのだ。故に、バトルも料理もすべて師はこのわっちということだ」
「……失礼ですが、おいくつですか」
「さて、いくつだっただろうな」

赤い扇子で口元を隠しているが、面白そうにニヤニヤしている表情は隠しきれていない。……嘘っていう可能性もあるが、美玖さんが渋々頷いているのを見ると本当のことなんだろう。……いや、マジでこの人何年生きているんだ。ポケモンはどうやら種族によって歳のとりかたが違うらしいが、にしてもこのお殿様、見た目よりもだいぶ歳くってるに違いない。

「して、主、」

突然くるりと振り返った殿は、まず祈を見ていた。背筋を伸ばした祈が顔をあげて視線を合わせる。

「名はなんという?」
「祈……」
「ほう、主が。とても愛らしい顔立ちだ。いつも詩が世話になっている」

そういうと、そっと手を伸ばして優しく祈の頭を撫でる。祈も少し照れながら恥ずかしそうにしていて、声に出しては言えないけど俺の相棒、超かわいい。……にしてもなんだろう、この差は。俺なんか初対面であのクソ硬い扇子でぶっ叩かれたのに。ひどいぞ、男女差別だ。……って思ったその横。

「主は?」
「ぼ、ぼくはエネ、……です」
「エネ。主も愛らしい顔立ちだな。まるで女子のようではないか。昔の美玖を思い出すな」
「え?みく、さん?」
「殿ッッ!!!」

ものすごい勢いで美玖さんから声が飛んできた横、なぜかエネも優しく撫でられていた。……なんだ、やっぱり世の中顔かよ。

改めて世界の真理を思い知らされたところで、開け放たれていた扉がゆっくり閉まってゆくのが見えた。扉が閉まったということは、全員揃ったということだ。奪うように祈とエネの手を引いて、やっぱり面白そうにニヤニヤしているお殿様から離れてから席につく。

別の丸テーブルに座っている父さんと母さんの横にロロの姿が見えた。俺の視線に気づくと、ひらりと手を振ってからウインクをしてきやがった。横目で見つつ飛んできた星を弾く素振りを見せると、ロロは口元を緩ませてから視線を外す。俺も釣られて視線を移すと、グラスを持ったチョンさんがいた。──……あの時と、同じだ。

「それではー、アヤトくんの快気を祝してー!乾杯ー!」
「「乾杯ー!」」

チイン、と連続で響くグラスの音。それと一緒に、一瞬静かになっていた会場に再び賑やかな声がドッ!と溢れ返る。
……快気祝いと称した、パーティーのはじまりだ。




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