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「え、マジで!?」
『はい、マジっスよ!どうっスか!?』
「さすがトルマリンだぜ!サンキュー!」
『アヤト様に褒めて頂けるなんて恐悦至極っス……!』

ポケモンセンターにある、いわゆるテレビ電話のようなもの。そこに映し出されているトルマリンは満面の笑みを浮かべている。もちろんそれは、俺も同じだ。
聞いてくれ。トルマリンが快気祝いの準備をしてくれているらしいのだが、そこに出す料理について、なんと!いつものシェフに加えてジョウト地方から!あの、あの!美玖さんを呼び寄せてくれるらしい!!いつの日か誓った、美玖さんの料理を今度こそ腹いっぱいに食べる夢がこんな早々と叶ってしまうなんて!!快気祝い〜?俺乗り気じゃないし〜とか思っていことを撤回する。超楽しみ。

『アヤト様のこと、オレも含めてみんなお待ちしております』
「んな大げさな……」
『大げさではないっスよ!本当のことですから!』
「……そっか。ありがとな」

手を振り、ボタンを押して画面を閉じる。……トルマリンはお世辞で言ったのかもしれないし自惚れかもしれないが、普通に嬉しい。見えなかっただけで、今も色んな人が俺のことを気にかけてくれているようだ。自分が思っている以上に、今もなお俺はたくさんの人と繋がっているのかもしれない。

「"美玖"という名の者は、種族はカメックスか」

後ろ、当たり前のように俺に付きっ切りのシュヴェルツェが訊ねてきた。どうして知っているのか不思議に思いながら頷いてみせると、またどこからともなく料理の雑誌を取り出してきて、あるページを開いて俺に見せてきた。……大きく載っている写真には、料理と一緒に写っている美玖さんがいた。丸々1ページ、全部美玖さんとお店の写真だ。

「密かに人気の有名店らしい。滅多に取材許可しない店で、この雑誌で初めて取り上げられたとか」
「やけに詳しいな」
「興味があった。いつか彼の料理を食べたいと思っていた」
「ならお前の夢も今度叶うじゃん」
「夢……なるほど」

何か納得するように頷くシュヴェルツェの後ろ、やってきたエネがシュヴェルツェに後ろから抱き着いて見上げた。その後ろ、詩と祈もやってきて合流する。

「なんだか嬉しそうだねえ、シュヴェルツェくん!ぼくも嬉しくなっちゃうなあ」
「え、なんで美玖が雑誌に載ってるの?」
「詩の知っている人?」
「ええ。というか身内に近……はっ!ということは、もしや陽乃乃さんも写っているかも知れない……!?シュヴェルツェ、ちょっと貸して!」

……なんだか一気に騒がしくなってしまった。シュヴェルツェから奪うように雑誌を取り上げて凝視する美人お姉さんは相変わらず猪突猛進で、ただひたすらに残念に思う。それに比べて、祈は可愛いし優しいし最高だよなあ。それでエネは……エネは……。

「あのさあ、エネ。俺に身体を摺り寄せるのやめてくれない?ここ公共の場なんだけど」
「部屋でならいいのお?」
「よくない!よくないぞ!!」

おでこを押して引き剥がそうとしても変わらずくっついているエネは諦めて、一旦部屋へ戻ることにした。顔なじみになったジョーイさんがいかにも「微笑ましい」という目で俺たちを見ているのに少し恥ずかしくなりながら、小さく頭を下げてカウンターの前を通り過ぎる。
借りている部屋は、いつかロロが言っていたVIPルームだ。他の部屋に比べてだいぶ広く、とても居心地がいい。手配をしてくれたイオナ様様。

『オかえりなさい、アヤト』
「お、おう……?」

扉を開けると、シュリがすぐ目の前に立っていた。この短時間で、だいぶ流暢な話し方になっている。そのうえボサボサだった髪も綺麗に整えられている上、服装も変わっている。……ということは、もちろん向こうにはイオナ先生がいるわけで。

「トルマリンの様子はどうでしたか」
「俺に聞かないでも分かってるくせに」
「ええ、まあ」

上司であるイオナがトルマリンと連絡を取っていないわけがない。当たり前のように頷くイオナを横目で見るが、イオナの視線は別のところにある。

「シュリはアヤトより利口で良い子ですよ」
「へいへい、どうせ俺は悪い子ですよー」
「そうやってすぐ捻くれないの」

詩に頬を抓られながらシュリを見る。一時はどうなることかと思ったが、もうだいぶみんなとも馴染んでいるようだ。ただ、まだ俺たち以外の者に姿を見せるのは色々とマズいため、外出するときは常に大きいフードを被ってもらっているんだけど。

「そういやロロは?」
「それこそ私に聞かずとも分かっているのではありませんか?」

不敵に笑みを浮かべるイオナから視線を外す。……ということはロロは今、母さんのところにいるんだな。そうかなとは思っていたけどやっぱりか。

「どうした、アヤト。急に波動が揺らぎはじめたぞ」
「おや、ロロさんが自分の元ではなくひよりさんのところにいることが不満ですか?焼きもちですか?」
「バカッ!!違えーし!!」
「ふふ、図星ですか」

シュヴェルツェめ、余計なことを言いやがって!!しかも空かさず口を挟んでくるイオナ!!あーっクソ!口じゃ勝てないのは分かってるから何も言えねー!詩とエネもにやにやしてるし、祈ですら微笑んでいる始末。唯一、訳が分かっていないシュヴェルツェとシュリが救いか。

「ロロおじさまに言っちゃおー」
「だっから違うって言って、!」
「なになに、俺がなんだって?」

いた。後ろにいた。眼帯を付けたロロがそこにいる。……おい、いつの間にいたんだ。全然足音聞こえなかったし、その前にいつこの部屋に戻ってきていたのかさっぱり分からない。驚く俺をよそに、止める間もなく詩がロロに耳打ちするではないか。もういい、知らない。

「えーアヤくん、また俺がいなくて寂しかったのー?やっぱり俺のこと、そんなに好きなんだー?」
「クソうぜえ……」

肩に腕を回してから俺を引き寄せたと思えば。頬に柔らかい何かを押し当てられた。……今、チュッって音がしたんだけど、何??

「俺もアヤくんのこと好きだよ?」
「…………」
「あーん、ロロさんだけずるいよお!ぼくもアヤトくんにチュウしたい!」
「……おげえっ!」

頬がヒリヒリするまで手のひらで擦って擦って、擦りまくった。本気で口にキスしようとしてきているエネは全力で押し返しつつも無視するとして、「なんで拭っちゃうの」なんてわざとらしく悲しむ姿を見せているロロは完全におふざけが入っている。いやマジでなに??気持ち悪っ……早く顔を洗いたい。

「冗談はさておき、ひよりちゃんたちは先にヒウンシティに向かったよ。美玖くんと陽乃乃くんもすでにヒウンシティに来ているっていう話だし」
「ひ、陽乃乃さんもっ……!?」

急に乙女モードスイッチの入った詩も放っておくとして、どうやらロロは見送りに行っていたらしい。そういやこの前お見舞いに来たときに、先に行くとかなんとか言ってたような気がしなくもない。

「てことで、あとはアヤくんの退院を待つだけだ」
「明後日だな」
「ではそれまでに、皆準備を済ませておくよう。いいですね」

準備と言っても旅をしている身、全員あまり持ち物はないはずなのだが。イオナの言葉に各々が頷いてから散らばった。詩は明後日に向けて色々気合を入れることがあるらしく、早速祈と一緒に買い物に出て行った。荷物を増やしてどうすんだって話だが、口に出したら確実に詩の怒りを買うから喉元で止めた。俺、えらい。イオナはというと、少し離れた場所でシュヴェルツェとシュリに勉強を教えるという。そして残りのロロとエネはといえば。

「……なんでここにいるんだよ」
「アヤトくんのことが好きだからだよお」
「俺は昼寝でもしようと思ってね。こんな大きなベッドだもの、俺が隣で寝たって問題ないでしょう?」
「もういいや、勝手にしろよ」
「あれっ、アヤトくん、どこ行くのお?」
「トイレだよ、便所」
「ぼくもお」
「ざけんな」

立ち上がり、エネを引き剥がして歩いてゆく。もう点滴も取れたし普通に歩けるようになった。それがどれほどありがたいことか……!
手ぶらで用を済ましてから、少しでも以前と同じく動けるようにするため軽く筋トレをした。それから少しイオナたちのところに行って様子をみてから再びベッドまで戻ると、大きなベッドの右端あたり。レパルダスとエネコが丸くなって寝ていた。

「…………」

ゆっくり近づいてからベッドに座って見てみる。……いや、普通に可愛いな。あーあ、いつもこうしていてくれればいいのに。我慢できず、隣に寝っ転がってから片方ずつ手を伸ばして少し撫でてみた。こうして撫でるとやっぱりロロの方が断然毛並みがいい。ずっと触っていられる。めっっちゃ気持ちいい。けど、エネも前に比べるとだいぶ良くなっていると思う。

「うわ、俺も眠くなってきた」

二人とも起きないのをいいことに寝っ転がりながら撫でまくっていたら俺まで眠くなってきた。心地いい手触りと温かさからなのか。猫といると眠くなる、謎。
それから眠りに落ちるまではすぐだった。猫と一緒に昼寝とかなんて贅沢な時間の使い方。……そう思っていたのだが。

「……いや、なんでだよ」

即座に上半身を起こして片手で目元を覆い隠した。というのも、昼寝から目が覚めた今。眠気眼で顔を動かしてしまったら、両脇すぐ近くに男の顔があったからだ。いくら可愛い顔立ちと整った顔立ちだとしても、所詮男は男。見てから後悔した。ああ……猫との幸せなお昼寝は何処へ行ってしまったのか。
ここまでくれば俺の気分がさらに悪くなったことなんて言うまでもないだろう。カムバック、癒しの時間。




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