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「ここは動きますか」
「動く、と言っている」
「ここは」
「問題ない、と言っている」

なぜか俺が療養中の部屋でシュヴェルツェが立ち合いのもと、人造ハーフのメンテナンスのようなものが行われている。そんな中、あと数日で退院できるという吉報を受けた俺は、少し離れていただけなのだが随分と久しぶりのように思うイオナの姿をぼんやり眺めていた。当たり前のことではあるが、イオナは全然変わっていない。やつれてもいないし、太ってもいない。平常of平常。

「なるほど。確かに義手義足ともに正常に機能しています。まるで彼専用に造られたもののようですね。あの短期間でよくこんなものが造れたものです。一体どんな技術を隠し持っているのでしょうか」
「……え、俺に聞かれてもわかんねーよ」
「ではハーフの村に、我がコスタス社の支店を建てるというのはいかがでしょう。もしくは村民併せて丸ごと買い取って我が社の従業員にするというのは、」
「却下だ却下!!つーかそんなこと言った時点で俺がマハトさんに殺されちゃうってば!!」
「……ふふ、冗談ですよ」

イオナが言うと本気に聞こえるから笑えない。遠くから俺を見ながら面白そうにしているイオナの向こう側、軽々と飛んですぐ俺の目の前にやってきた人造ハーフことシュリが、俺に機械の腕を見せながら言う。

『アヤト、終了しタ。特に異常なシだ』
「おーよかったなー」

相変わらず、俺はハーフの言葉が分かる。だからなのかシュリも俺と話すときはいつも波動を使っていない。
……シュリという名前は俺が付けた。なぜかって、そりゃ名前がないと色々と不便だからだ。ちなみになぜシュリなのかというと、シュヴェルツェとリヒトの名前の頭文字をくっつけたというすごく単純な理由である。我ながら良い名前だと思うのだが。思うのだが!

「もう少しシュリについて解析したいのでお借りしたいのですが、よろしいですか?」
「だから俺に聞くなよ。―いいか、シュリ」
『アヤトの命トあらバ、了解シた』
「いや命令じゃないんだけど」
「ではお借りしますよ」

俺の話なんて聞いちゃいない。俺が答える前からシュリを連行する気満々のイオナは、早速シュリに目配せをして部屋を出ていく。……俺には分かる。きっとイオナはシュリの世話をしたいのだ。まるで祈のときと同じで、せめてあのぼさぼさの髪を今すぐにでも梳かしてやりたいと思っているに違いない。他人には冷徹なイオナも、一度仲間内になってしまえばどんな相手でもつい気にかけてしまうタイプだと俺は思う。職業病ってやつなのか。

それにしてもシュヴェルツェといいシュリといい、学習能力がめちゃくちゃ高い。天才から造られた故か、言われたことは基本一発で何でもこなしている。そこは普通に羨ましいとは思うが、その度に感情や意志の大切さを再確認してしまうのもまた事実だ。……それでも二人とも、少しずつ変わってきているのは俺でも分かる。やっぱり造られた者であれ、環境次第で心も成長するのだろう。なんだか嬉しいな。

「で、シュヴェルツェ。お前は大丈夫なのか?」
「目のことなら心配ない。研究所跡地で予備を調達してきた。機能するかどうかは別として、後ほど入れる予定だ」
「あー……いや、それもそうなんだけど……」
「ああ、博士のことか」

一度視線を逸らしてから、片方の手を胸元に当てて俺を見る。表情は、なんとも言えないものだった。ただ、無ではない。確実に何かシュヴェルツェの想いが滲み出ている。

「大丈夫だと言いたいところだが、博士のことを思うと胸のあたりが苦しくなる。なんなのだろうか」
「たぶん……お前にとって重要な人だったんだろう。いなくなって寂しいとか悲しいって思っているのかもな」
「これを"寂しい、悲しい"というのか。覚えておこう」

頷きながら言うシュヴェルツェを見て、思わず苦笑いしてしまう。
正直、ずっとベッドにいる俺は、あの後どうなったのかをまだ詳しく知らない。けれどもあの場にマハトさんが来た時点で、男がどうなるのかは予想がついていた。……流石にシュヴェルツェには聞けないから、詳しいことは後でロロかイオナに聞いてみようか。

「そういえば、マハトさんは?」
「マハトなら村に戻った。復興に向けてやることが山積みらしい」
「だよなあ……」

思った通りの答えだった。せめてお礼だけでも言えたらよかったんだけどなあ。頭を掻きむしりながらそう思っていると、シュヴェルツェが「大丈夫だ」と言葉を続ける。

「村にはまた必ず行くことになる。だからマハトにもまた会えるだろう」
「必ず?どうしてだよ」
「今は言えないが、必ずだ。そしてマハトからこれを預かっている」

そうして手渡されたのは、紐で固定されている白い石のネックレスのようなものだった。受け取ってよく見てみるが、白いだけでそこらへんにある石と大差ないように思うのだが。

「それは波動石といって、特殊な波動を強く発している石らしい。村人は皆持っていると聞いた。それがあれば村にも簡単に入れるという」
「いつでも歓迎しますってか。これ、俺がもらっていいの?」
「アヤトに渡すように言われたから渡した」
「ありがとな」
「む、覚えている。こういうときは"どういたしまして"、という」

やけに自信ありげに言うもんだから拍手をしながら褒めると、ベッドの端に座っていた俺の目の前に座って頭を突き出してきた。訳がわからないままとりあえずぎこちなく褒めながら頭を撫でると、満足げに立ち上がる。……犬だ。まさに犬。シュヴェルツェ、お前はそれでいいのか。

「アヤト」
「どうした?」
「変なことを聞いてもいいか」

最近、同じような会話をしたような気がするんだけど。しかしまあ、別に聞くぐらいいいやと思って頷いてみせると、シュヴェルツェがまた目の前に屈んで俺と視線を合わせる。近い。なんなんだ。

「アヤトはオレのことは好きか。もしもオレがリヒトに似ていなかったとしても好きだろうか」
「うわーマジで変な質問だったわー。なんなんだよーなんか最近こういうのばっかり」
「どうなんだ」

圧力。赤い隻眼が俺をじいと見つめている。ごまかしたところでコイツに冗談とか通じないのは知っているが、そう簡単に素直になれるものでもなく。

「嫌いではない」
「それは好きという意味か」
「嫌いではないという意味だ!」
「よく分からないが、つまり好きなんだな」

何を言っても無駄らしい。諦めてうんうん頷いて見せると、……シュヴェルツェの目が三日月形に細くなった。口角があがり、少し歯が見えて。思わず食い入るように見ながら立ち上がってしまったが、あっという間にまた無表情に戻ってしまった。咄嗟に両手で肩を掴んでぐらぐら揺らしてみるが、当たり前のように表情は変わることはない。

「えっっ!?お前今笑った!?笑ったよな!?」
「"嬉しい"というのはいいものだ。何かが満たされ……何、本当か?」
「本当だよ!ほら、もう一回やってみろよ!」
「分かった」

………………いや、分かってないじゃん。
ワクワクしながら見ていたが、結局一向に変わらなかった。頬をつまんで伸ばしてみても、無理やり口角に指を置いてあげてみても、やっぱりなんかさっきと違う。本人もよく分かっていないようだが、いや、俺は確かに見た。見間違いなんかじゃない。

「すげーじゃん!お前、笑えるようになってるんだよ!やったじゃん!」
「これは良いことなのか」
「当たり前だろ!?表情がつけば、今よりもっと"楽しい"が増えると思うぜ?」
「なるほど。ならば常に出来るよう努力しよう」
「いや、常にじゃなくていいんだけど」

0か100しか選択肢を持たないところは、まあ仕方がない。これなら自然と出来るまで時間はあまりかからないだろう。……結局、シュヴェルツェの質問の意味は分からないままだけど、まあいいや。ベッドに寝っ転がって、天井を見ながら一息つく。

「……ああ、俺。これからどうしようかな。何しよう」

もしやこれが燃え尽き症候群というものなのだろうか。ここまでひたすらに走ってきて、自分でも何をやっていたんだかよく分からない。とにかくリヒトのことをハーさんとハーくんや、リヒトの母親に伝えなくちゃという一心でいて、それが終わったと思ったら今度は自分自身のことで訳分からなくなっちゃって。……とにかく毎日が忙しなかった気がするけれど、旅という旅をしてきた感じがしないのはどうかと思う。

「アヤトのやりたいことをやればいい。皆反対はしない」
「だよなあ。……じゃあ、ジム戦やろうかな。バッジも中途半端な数しか持ってないし、どうせなら俺も四天王に挑んでテレビに映りたいしな」

うん、よし、そうしよう。それがいい。ベッドの端に座りなおしたシュヴェルツェを、からかい半分で伸びついでに足で押すと真顔で足を掴まれて元の位置に戻された。懲りずにまた脇腹あたりに片足を持っていくと、また真顔で戻される。

「ああ、そうだ」

そうしてふと、シュヴェルツェが俺を見た。やっとちょっかいを出されていることに気付いたのか。シュヴェルツェはどう返してくるのかちょっとわくわくしていた俺だったが。俺の両足を掴んで揃えて布団の上にゆっくり置くと、そのまま毛布を優しくかけられた。……だめだこりゃ。完全にやり切った顔をしている。

「思い出した。重要なことだ、忘れるところだった」
「なんだよ?」
「アヤトが動けるようになったら、ヒウンシティに戻って快気祝いをするらしい。何か食べたいものがあれば早めに言っておくようにと、イオナが言っていた」
「祝われるほどでもないんだけどなあ……」

正直、消えてほしいと思っていたとはいえ、シュヴェルツェにとって重要な人がいなくなった直後だ。なんとなく気分的にも乗らないし、今回の怪我だって自業自得といってしまえばそれまでだ。素直に喜べないのが本心だった。……のだが、しかし。

「アヤト、オレはこの"ろこもこ"というものが気になっている。あとこの黒くて怪しい"がとーしょこら"も興味がある」
「……お前なあ〜」

どこからともなく取り出した料理本を開くシュヴェルツェに、思わず笑ってしまった。コイツに俺を気遣うなんて芸はまだできないだろうし、どんな料理でも頼めるだろうこの機を逃さないよう本気で選びに来ているらしい。そんなのを見せられては、ぐずぐず思っている俺が馬鹿みたいじゃないか。

「……なあ、シュヴェルツェ」
「どうした、アヤト」
「お前は、本当にこれで良かったのかよ。お前を造ったアイツのこと」

我ながらしつこいとは思う。けれどもやっぱり、俺にとって敵だったアイツもシュヴェルツェやあのゴチルゼルにとっては大切な人だったのだ。そう思うと、シュヴェルツェがどう思っているのか気になるのは仕方ないことだろう。
俺を見てから一度視線を上に持ち上げたシュヴェルツェが、ゆっくり口を開いて言う。

「オレは、これで良かったのだと思う。なぜならこれは、オレではなく博士自身が選んだ結末だ。誰にも助けを乞うことなく、最後まで意地を通した。彼女もまた同じだ。……すごいな。生きている者は、皆すごいと心底思った」
「…………」
「それにオレも言いたいことは全て言えた。伝わっていなくとも、言えたからもう良い。悔いはない」
「……なるほどね。ならいいや」

シュヴェルツェの中ではとっくに区切りがついていたらしい。そういうところ、流石だなあと思う。それからベッドから起きて隣に座り、料理本をのぞき込むと今度はカロス地方のページを開いていた。……カロス地方ってなんだ。そんな地方があるのか?もしや向こうの世界ではこれからゲームの舞台になる地方なのでは!?というかこのめちゃくちゃ伸びてるチーズみたいな"アリゴ"ってなんだ。俺も食べたことないんだけど。

「料理はいいものだな。同じ食材でも、調理手順や組み合わせる材料によって全く別の物ができる。素晴らしい術だ」
「はは、べた褒めだ。でもそうだ、言われてみると確かにすごいよな。あ、俺これ食いたい」
「了解した。覚えておく。後ほどイオナに伝えよう」
「せっかくだし、お前も食べたいの頼めよ。イオナならきっとなんでも用意してくれるぜ?」
「本当か。ならばより真剣に考えなければ」
「……ふはっ!」

思わず吹き出すと、シュヴェルツェが一度俺を見て首を傾げていた。なぜ笑われているのか全く分かっていないらしい。それがまた面白くて笑ってしまった。
過去の俺、想像できるか。シュヴェルツェと普通に雑談する日が来るんだぞ。今となっては普通だが、出会いたてのあの頃からでは絶対にありえないことだ。

人生何があるか分からないものだなあ。と、短い人生ながら、つくづく実感したのだった。




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