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まだ太陽は昇らない。何時だろう。そう思って暗闇の中、携帯を見る。ロック解除を促す眩しすぎる画面には「2:39」の数字が表示されていた。いつもなら寝ている時間だ、そりゃ眠いに決まっている。眩しさに目を細めながら携帯の画面を暗くしてバッグに仕舞う。……その横、そんな俺をさっきから身動き一つしないでただひたすらジッと眺めているのは、言うまでもなくリヒトである。
「ていうかさあ、いつまでここにいるつもりなんだよ」
「え、あ、……おれ、こ、ここに、居ちゃ、駄目……?」
「…………別にいいけど」
暗いからリヒトがどんな顔をしているのかよく分からないが、俺が仕方なく視線を向けると少しだけ布が擦れる音がして、微かに傾いているのが見えていた。フードで顔を隠しているのか、はたまた俺に微笑み返しているのか。……リヒトは、不思議ちゃんか天然の類かもしれない。
「……」
「……」
怪我していたところを眺めているのか、マントの中でもぞもぞ動いている。
俺はまた寝袋に戻って素晴らしい夢を見たいところだけれど、リヒトも一応野生のポケモンだ。怪我をしているし、第一印象は悪くない。が、多少会話を交わした程度では信じるなんてこと、俺には到底できっこない。となると、リヒトがいてはうかうか寝てはいられないのが現状だ。……かと言って他にすることもなく。あるとするならば、あまり好きではない会話のみ。
「あ、あー、リヒト、」
「アヤト、無理に、喋らなくていいよ。……おれも、話すの、苦手だから」
驚いて思わずリヒトを見ると、何故か「ごめん」と謝られた。それを横目に、俺は再び慌てて携帯を取り出してネットに繋げて"リオル"で検索をした後、一番上のサイトを開く。……「リオル。はもんポケモン。」
「はもん、ってやつか?」
「え、……えと、そう。ちょっとだけなら、どんなこと考えているのか、分かるんだ」
「すげえ……」
すげえけど、それって怖くないか?例えば。例えばだけど、俺がキューたんさんのあんなことやこんなことを考えていたとしよう。そういうのもリヒトには知られるってことか?やべえ。他のこと考えるようにしよう。
「……さっきも、ちょっと使った」
「え、いつだよ!?」
「アヤトが、袋、広げてるとき」
ああそうか、だからなんか変な感じがしたのか。にしても、リヒトは本当にすごい。あの馬鹿猫の数倍はすごい。是非とも手持ちにしたいところだが、……だが。なんか捕まえる気にはならない。なんでだ。雰囲気がへにゃへにゃしてるからなのか。
「……アヤト、きみって、すごく不思議、だね。おれ、ハーフ、なのに……本当に、アヤトから、"そういう"感情、伝わってこないんだ」
「そういう感情ってなんだよ。もっとはっきり言えよ。ていうかハーフって何?」
「え、……あれ?アヤト、知らない、の……?」
「知らない」
だって、俺別の世界から来たばっかだもん。そう告げると、携帯の光にほんの少しだけ照らされているリヒトが今までにないぐらいに目が大きく見開く。
まあ、驚くのも当然だ。別の世界から来ただなんてあり得る訳が無いし、信じてもらえるわけがない。でも真実は真実で、俺はリヒトに信じてもらえなくても俺がリヒトを信じていないから、別にどう思われようが構わないと思っていた。……が、しかし。
「……別の世界、?ほんと?」
「ほんと」
「そっか……そっかあ、」
何故か少しばかり残念そうに何度も小さく頷くリヒト。それから黙りこむと、またしばらくしてから「そっかあ」と呟く。……疑う、言葉がいつになっても出てこない。それにただただ、驚く。
「アヤトの、いた世界、楽しかった?」
「え、……ああ、全然。クソつまんなかった。だから俺、こっちの世界に来れて良かったって思ってんだ」
少し間を空けてから。リヒトが独り言のように「おれは、アヤトの世界に、別の世界に、行きたいな」って言っていた。俺はそれに対して特に返答はしないで、燃え上がる焚火を眺める。どうしてリヒトはこんなにも俺の言葉を素直に受け入れているのか。初対面なのに、ありえない。……ありえないが、……悪い気はしない。
「おれ、実は、昼間、アヤトのこと見つけて、見てたんだ」
「あ!?あれリヒトだったのか!?」
「そ、そう。……アヤトも、おれと同じ、ハーフかなって、思って」
「どうして?」
俺はリヒトのように身体の一部分だけポケモンになんてなれないし、獣の耳や尻尾を生やすことなんて当たり前のように不可能だ。なのに何故、リヒトは俺をハーフだと思ったのか。
「アヤトが、ポケモンと、話していたから……」
「でもポケモンたち人間の言葉喋ってるし、それ分かるの当たり前じゃね?ポケモンと話すってみんな出来んじゃん」
「……?……え、ええと、アヤトの言ってること、よく分からない、けど。……ポケモンと話すことが、出来るのは、擬人化したポケモンか、ハーフだけ、だよ」
「…………は?」
すまんリヒト。俺はお前の言っていることがよく分からない。額に手を添えながらリヒトを見ると、リヒトはふと周りを見回してから落ちていた折れた枝を持って地面にがりがりと文字を書き始めた。それを俺が横から携帯のライトで照らして茶色い地面を見る。……がりがり。描かれる文字と絵。なんか顔が歪んでるポケモンみたいな何か。変な絵。はは、こいつ絵心ねえわ。
「普通の人間は、ポケモンの言葉は、分からないよ」
「そうなのかっ!?」
「でも、見た目が人間でも、擬人化したポケモンは、ポケモンの言葉は分かるよ。ハーフも、ポケモンの血が混ざってるから、分かるんだ」
「へえ……」
「ポケモン同士なら、お互いに擬人化していても、ポケモンか人間か分かる。ハーフも、相手がポケモンか人間か、見分けがつくよ。……ただ、相手がハーフだと、見分けがつかない。それで、その、……アヤトも、見分けがつかないから、もしかしたら、」
だから俺をハーフだと思ったのか?、そう訊ねるとリヒトがコクリと頷いた。
まず、普通の人間はポケモンの言葉を理解できないということを今知った。ロロからは色々あってちゃんと話を聞いてなかったし、どうやら俺は「ポケモン"が"、人間の言葉を喋っている」という思い込みの勘違いをしていたらしい。実際のところ、ポケモンはポケモンの言葉を喋っているようだ。なのに何故、人間の俺はそれを理解出来るのか。…………これはもしや俺だけの特別な能力なのでは。いいぞいいぞー!!
──……って、数分前までは思ってた。物凄く思ってたんだけど、リヒトの話を聞いて何とも言えない気持ちになる。
「アヤト、気を付けて。……人前で、ポケモンと、話してはいけないよ。アヤトも、ハーフだと、思われてしまう」
「え?なんで。別にいいじゃん」
「……この世界では、人間とポケモンのハーフ、は、……本来、居てはいけない存在で、忌み嫌われて、いるから……」
……見つかったら、とても大変なことになる。
消え入りそうな声でリヒトが言う。それから膝を抱えて、これでもかというほど丸くなる姿が見える。ふと、一時的に雲に隠れていた月がまた出てきたようで、何かに怯えるようなその姿をぼんやりと照らす。
仄明るい光に照らされるリヒト。今すぐにでも消えてなくなってしまいそうだ。
……なんて、思ったとき。気付いたら何故か、少し離れた距離に座っていたリヒトの腕をしっかり掴んでいた。自分でもどうしてそんなことをしてしまったのか訳が分からなくてすぐに放し、さらに距離を開けて座り直す。ふと、リヒトが小さく笑う声が聞こえる。
「……アヤト、きみって、優しいんだね」
目が無くなるほど細めて、溶けそうな顔で笑みを浮かべながら俺に向かってそういうリヒト。……もしや、また波動を使ったのか。急に気恥ずかしくなって顔を背けると、またクスクスと笑い声が聞こえた。俺も俺で、初対面のやつにこんなに気を許すなんてどうかしている。
頭を雑に掻きむしる。……とりあえず、満月のせいにでもしておくか。