13

『……ここが、』

森を抜けた先、ひとつの建物があった。蔦で覆われて緑に溶け込んでいる。きっと空から見ていたら気づかないほど草木に埋もれていた。しかし地面を見ると、踏まれて草が潰れ倒れている個所は沢山ある。つまり、生き物の出入りが頻繁にあるということだ。
背中から祈が飛び降り擬人化してから、閉ざされている扉へ視線を向ける。……外にも見張りぐらい居てもいいと思うのだが、どうやら誰もいないようだ。

「グレアさん、どうする?」
「中へ入ってみよう。俺が先に行く。祈は後からついてきてくれ」
「分かった」

頷く姿を見てから歩き出し、扉の前で立ち止まる。後ろ、不思議と戸惑い交じりでこちらを見上げる祈を伸ばした片手で背中に隠しながらゆっくり半回転して、後ろを見る。
先ほどまでは確かに誰もいなかった。……しかし今、何か気配を感じる。野生のポケモンではない、何か。

「……出てこい」
「──……、」
「!、あなたは、!」

音も無く突如現れたヤツに祈があっと声をあげる。危険ではないのか。一瞬不安になってしまったものの、俺を通り抜けて駆け寄っていく祈に対する空気がそこまで緊張していないことを感じて、力を少しだけ抜く。
青い髪と赤い目、そして長く青いマントから見えている機械の左手足。……アヤトが助けた、造られたハーフだ。アヤトと共にいなくなる前は、まだ手足はなかった。アヤトに準備ができたかどうかを考えると、多分不可能に近い。ということは、きっとマハトから与えられたものだろう。

「アヤトはどこ?どこにいるの?」

祈がいくら問いかけても一言も話さない。俺たちの言葉が分からないのだろうか。必死な祈の手前、無言で立っている姿にふと、リヒトの姿が重なって思わず奥歯を噛みしめた。あまり接点がなかった俺ですら重なってしまうのだ。父親であったマハトや、……アヤトは。どんな気持ちで造られたハーフを見ていたのだろうか。

『"──……ナ、か"』
「「!」」

スッと。ヤツが扉を指さした途端、言葉が聞こえた。祈と顔を合わせてもう一度見る。……今のは、波動か!?

「中に、いる?」
『"イ、る。場所、分カ、る。キて"』

ゆっくり機械の足を動かし始め、祈と俺を通り過ぎて扉の前に一人立つ。金属が擦れる音を聞きながら、赤い瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。正直なところ、マハトが一枚噛んでいるとしても以前襲われたことがある以上、警戒せざるを得ない。もしかすると罠という可能性もある。……しかし、今はなんとしても早くアヤトを助けたい。であれば、例え罠であったとしても。この話に乗るしかない。

「アヤトのいるところまで案内を頼む」

ドアノブに手をかけながら振り返り、こくりと一度頷くのを見て。

……開かれた扉から、中へ走って入ってゆく。
暗く長い廊下は走ると足音がやけに大きく響いて聞こえていた。それからふと、先頭を走っていたヤツがぴたりと立ち止まると、左腕を口元に宛がい腕を引くと赤い剣を出す。どうやら義手には剣が仕込んであったらしい。真ん中にいた祈もポケモンの姿に戻って警戒態勢に入り、様子を窺う。
同じく俺もポケモンの姿に戻って体勢を整える。……今はまだポケモンの姿でいられる時間が限られているが、ここで出し惜しみする余裕はない。

直後。
ヴーッ!ヴーッ!、けたたましい警報音が鳴り響く。
真っ暗だった廊下が赤色の点滅で覆いつくされる中、ヤツが一人飛び跳ね天井に剣を突き刺しぶら下がる。見上げると、近くに設置してあった監視カメラを右手で指さしながらこちらを見ている。まさか、自身が映らないようにしているのか、?確かに、造り手に敵方へ寝返ったと知られたら大変なことになるだろうが、しかし。そこまで考えられる思考を持っているとしたら。もしも、そうだとしたら、……。

『両方から来る……!』
『数は……多いな。アヤトのいる部屋はどこだ?』
『"もウ、少シ、先。緑、ノ灯りガ、ついテ、いル、とこロ"』

進んでいた廊下の先、小さく光っている緑色の灯りが見えた。あの距離ならば、何とかなるかもしれない。……いいや、何とかしなくては。天井から剣を引き抜いて降りてきたヤツが、剣を構えて後ろを見る。戦う、つもりなのか。よし、ならば。

『祈、俺とコイツで敵を足止めする。その隙に先に行ってアヤトを助けてくれ。お前なら敵の隙間を掻い潜って部屋まで辿り着けるはずだ』
『……うん。やってみる』

キィン!、剣と大鎌が接触し弾かれる音を皮切りに、流れ込むようにやってきたハーフと交戦に入る。祈には事前に、ハーフと交戦になったら以前のように癒しの波動を出してもらうことを伝えてあった。が、この様子だと今回は効果が無さそうだ。この短期間に調整されたか。それはそうと、祈を早く先へ進ませなければ。

──……一度。前脚を踏み鳴らすと、響き渡る音と共に空間のあらゆるところでポウと電気を帯びた粒子が生まれる。プラズマシャワーだ。きれい、と呟く祈の手前、振りかざされた拳を受けると一瞬で勢いが電気に変わって自身の力となる。
造られたハーフはリヒトを基としているならば格闘タイプの技を出せるはずだ。しかし、なぜか全てノーマルタイプの技になっているのだ。以前戦ったときに感じた違和感はこれだったらしい。造られたが故かどうかは分からないが、こちらにしたら好都合。

『両側の敵を片方にまとめたい!俺がチャージビームで左側の敵を散らす!それを右へ動かすことは可能か!?』

敵の数は多い。せめて足止めできるように先にいる敵を後ろへ動かしたい。いくつか逃してしまうかもしれない。それでも一か所に集めることは不可能ではないはずだ。まさに機械のように淡々と、自身と全く同じ容姿をした敵を貫いているヤツを見ると、こちらを見ながら一度こくりと頷いた。

『祈はチャージビームの軌道下を走って、一気に部屋まで進んでくれ。できるだけ援護はするが、全ての攻撃を弾くことは難しい』
『大丈夫。攻撃を避けるのは得意だから』
『そうか、頼もしい』

体勢を低く構えて後ろ足に力を溜めている祈の後ろ、迫りくる敵を睨みながら間合いを図る。ギリギリまで引き寄せて、溜めている力を一気に放つ。バチバチと電気が空間を走る中。
──その時は来た。
バシュゥッッ!、チャージビームを放った瞬間、甲高い音が弾けて真っ直ぐ突き抜けてゆく。それと同時に祈とヤツが動き出す。祈はリボンをなびかせながら下を風の如く駆け抜けて、ヤツは大きく飛び上がるとビームで体勢を崩したハーフを次々剣で無理やり後ろへ向かって押し弾く。放り投げられたハーフに当たらないように気を付けながら、祈が駆け抜けるまでビームを保つ。全身に力を入れて、状況をよく見て。

『ッ!』

ヤツが弾ききれないハーフが時限式の罠のように次々と祈に向かって鎌を振り上げていたが、言葉通り、器用にリボンの触覚を使って弾いたり走る反動を利用して前へ転がってすべて避けている。ギリギリのシーンもあるが、これなら―抜けられる!!
がら空きの背後は放電と後ろ脚で蹴り上げて軽傷のまま対処している。が、こちらもそろそろ限界だ。ビームが次第に薄れて消え、苦しさに少しずつ息を吸いながらニトロチャージで自身の周りを炎で防御しつつ先を見る。祈は、……!

……扉の前まで辿りついている!が、目の前で立ち止まりながら、ようせいの風でヤツが対処しきれなかった敵と戦っている。……そうか、普通扉には鍵がかかっていて入れない……!ワイルドボルトで応援に行くべきか悩んだ。しかし俺が動けば、せっかくヤツがこちらに移したハーフがまた向こうへ流れ込んでしまう。

『っ、アヤトが、ここにいるのなら……!』

ぶわっ!、ようせいの風が一度強風となりこっちまで流れてきた。見ると、風で下がったハーフたちと祈の間に透明な壁ができている。ひかりのかべ。強度は低いが、時間稼ぎにはなる。両側へ開く扉の中心の一点を狙ってスピードスターとアイアンテールでこじ開けようとしていた。隙間は少しずつではあるが、できてきている。
このまま祈を見届けたいところだが、どうやらこちらも大人しく待っていてはくれないらしい。こちらもひかりのかべを使ったり放電で逃げ切っていたが。……流石に持久戦はキツイ。いくら電気で麻痺やショートさせても生きている限り攻撃してくる。かといって、アヤトが守ろうとしていたハーフを自ら殺すのは、。

『だから甘いと言われてしまうのだろうな』

荒い息を整えながら、電気を放つ。じゅうでんも追いつかない。それでもここで折れる選択はない。……ぱりん!音のしたほうへ視線を向ける。祈が張ったひかりのかべもじわじわと破られている。ヤツも対処してはいるが間に合わないだろう。
一度。攻撃を避けながら考えた。……きっとひよりには怒られてしまうだろうが、泣かせはしない。

『……あと、五分」

息を整えて。人間の姿に戻ってから、自分の前に張っていたひかりのかべを自らの意志で消す。ぼんやり消えて行く電気の粒子の中、祈の方へ向かって両腕を合わせて伸ばし、一気に左右へ広げる。

『!、どうして、ひかりの、かべ……?だれが、……!』

輝きながら消えてゆく壁の外側、新たにできた壁に驚く様子を見せながらこちらへ向けられた視線に一度頷いて見せる。
瞬間、風を切る音が聞こえた。咄嗟に身を屈め攻撃を避けて後ろへ飛んでみたものの、別の方向からの攻撃が掠る。気にしている暇はない。ポケモンの姿に変わってから上を向く。狭い廊下に黒い雲が生まれてあっという間に雨を降らせる。あまごい。それにしても、少しでも立ち止まるとあっという間に切り傷が増えるものだ。

「あと三分」

小回りの利く人間の姿で急所を避けながら攻撃を受け流して力を溜める。……足場に広がる水たまり。雨もまだ降っている。ガン!ガン!、響く、扉をこじ開ける音を聞きながら息を切らしてとにかく避ける。毛先から垂れてきた雫が頬を伝う。それを屈みながら拭うとちくりと痛んだ。血を雨水と間違えたか。

──……後ろ、何度目かの放り投げられる敵の姿を捉えた。それから気付いた時には隣にいたヤツが言う。

『"こレ、で、最後。まトめ、た"』

後ろを振り返る。ひかりのかべと俺たちの間にいた敵が、全て俺たちの前へ来ていた。つまり、もう背後には祈とかべしかないということだ。
……顔を、あげる。はじめと変わらない感情の見えないその顔には、切られた傷口から流れた血が雨で滲んで広がっていた。ふと、即座に前に出ると飛び跳ねて襲い掛かる敵に剣を振るいあげる。揺れたマントから見えた義足も、いつの間にか今にも壊れそうなほど傷やヒビが入っている。

「……疑って、悪かった」

立ち上がりながら進行形で敵を剣で刺し払っている後ろ姿に言うと、振り返って俺を見る。表情が無い。理解しているのかいないのか、全くと言っていいほど分からないが。
ゆっくり歩み寄って再び隣に並ぶと、赤い瞳が見上げるように俺を見た。それから視線を合わせたまま、そっと頭に手を添えて雨で濡れた頭を撫でると、一瞬ギシ、と義手が擦れる音が鳴る。

「ありがとう」

視線を外して手を下げて、肩を少しだけ後ろへ押した。ばちり、電気が走る。

「……ひかりのかべの向こう側まで走れ。分かったな」
『"分カった"』

即座に走り出すのを確認してからポケモンの姿に戻り、蹄を鳴らす。雨を降らせていた黒い雲の向こう、稲妻が轟いている。俺の役目は、祈を先に進ませること。──ならば。ここまで溜めに溜めた力を、今ここで。

『あと、……』

──……一気に、放つ。

ドォンッ!!床から、雲から、天井から。轟音が全体を揺さぶりながら一瞬のうちに広がり、次の瞬間。電光が水を光の速さで走り、あらゆるところに重く深く突き刺さる。空中を裂き、雨を破いて激しい破裂音と共に稲妻が伸びる。視界を殺す勢いで広がる光に、何もかもが飲み込まれた。

そうして。光が弾けて、雷鳴が最後に一回轟いた後。

「……っ、はあ、はあ、……!」

肩で息を激しく繰り返しながら、水たまりの中に片膝をついて辺りを見る。……立っている敵は、いない。皆水たまりの上で横たわり、びくびくと感電した筋肉を震わせている。例え意識があったとしても、あれならしばらく動けはしないだろう。

──そしてそれは、俺も同じだ。力を使い切ってしまった。しばらくまた、ポケモンの姿にはなれないだろう。一度、倒れるように床へ寝転ぶと水が弾けた。それから這うように床を進んで、無理やり身体を起こしてから壁に背を預ける。

「祈、たちは、……」

扉は、……開いていた。
それを見てから一度大きく息を吐き、ゆっくり目を閉じる。そう、まだ、全ては終わっていない。
破裂しそうなほど激しく動いている心臓の音を聞きながら、先へ進んだ祈とヤツと。それから。……アヤトを思い、目を開ける。

祈るなんて柄ではないが、今は切に願ってしまう。
どうかアヤトが、無事でありますようにと。




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