Re:vival -4

──……あれからどれほど経っただろう。
ふと、座っていたシュヴェルツェが立ち上がってカプセル内をそっと覗くと、こちらに視線を送る。それに頷き、バスタオルとシャツを持っていきながらカプセルのスイッチを押すと、蓋がゆっくり上に開く。

「リヒト、リヒト」

何度も名前を呼びながら身を乗り出すシュヴェルツェに対し、目は開いているがそのまま動かないハーフの少年……いや、青年と言った方が正しいだろう。死んだときは確かにリオルの少年だったのに、生き返った今、なぜかルカリオに進化している。身体が成長しただけではなく、生えている耳と尻尾、半身はまさにルカリオのそれ。
あの研究者のことだ。ただでは蘇らせないとは思っていたが、もしや進化を誘発させる実験でもしていたのか。ルカリオは特殊な進化方法ゆえ、有り得なくはない。

「反応しないぞ」
「視力と聴力も不完全なのでしょう。しかし彼の再生力ならば、あと数日もあれば元に戻るかと」

睨み殺す勢いでアクロマを見たシュヴェルツェが、視線をカプセル内に戻して小さく息を吐く。その向かい側に立ち、裸のまま横たわっているそれを見下ろした。面白いほど、丁度半分にポケモンと人間の身体になっている。生殖器もあるが、……果たして機能するのか。機能したらしたでまた大問題なのだろうが、今重要なことではない。
確かに被験体としては興味をそそらせると思いつつ、バスタオルをかける。触覚も鈍っているのか、何かが当たったことは分かったのだろう。のろのろと片手を動かすと確認するようにタオルを撫でる姿を見せる。

「波動なら分かるか」
「ええ、それなら反応するでしょう」

シュヴェルツェが頷き、赤い瞳が青に変化した瞬間。リヒトブリックがカプセル内でビクリと身体を飛び上がらせると、咄嗟に耳を塞いでうずくまった。ぶるぶる震えながら頭を左右に動かして、何かに苦しんでいるようにも見える。それを見て、真っ先に動揺を見せたのはシュヴェルツェだった。

「どうしたのですか」
「分からない。オレはリヒトの名を呼んだだけなのだが、ずっと"いやだ、やめて"と言っている」
「……まだ混乱しているのでしょう。しばらくこのまま、」

言葉の途中。……突然、開いた扉から慌ただしくトルマリンが走ってきた。咄嗟に身構えていたシュヴェルツェが肩の力を抜くのと同時に目の前までやってくるトルマリンを見る。

「イっ、イオナさん大変っス……!」
「何事ですか」
「とにかく地図をご覧ください!」

トルマリンがボタンを押すと透明な画面が大きく現れる。地図の上には印が4つ。見間違いでなければ、それぞれ別々の場所にいるようだ。それだけでも驚きだが、一緒に地図を見ていたシュヴェルツェが言った言葉にさらに驚く。

「アヤトがいるところ、そして祈が向かっているところ。オレの記憶が正しければ、博士の研究所がある場所だ。なぜアヤトがそんなところにいるんだ」
「私が見た時は確かに村にいました。……ということは、」
「つ、捕まってしまったってことっスか!?」

焦るような声をあげるトルマリンの頬をきつく抓りながら考える。アヤトが自らそんな場所に行くとは考えにくい。ましてやあのルカリオが対立している相手にアヤトを売るなんてこともほぼ皆無と言えるだろう。ならばトルマリンの言葉通り、捕まって村から無理やり引きずり出された可能性が一番高い。

「仕方がありませんね、マスターの危機ならば私も向かわざるを得ません。トルマリン。貴方はここに残り、引き続き偵察及び非常時の際は司令塔となるよう命じます」
「承りました」

何時如何なる時も常に冷静であれ。叩き込まれたはずであろうルールを思い出したであろうトルマリンが片頬に手を添えたまま腰を曲げる。それを見てから振り返り、シュヴェルツェに視線を送る。

「シュヴェルツェ。貴方はどうしますか」
「どうする、とはどういう意味だ」
「このままリヒトブリックの傍にいるのか、それとも私と共にアヤトの元へ行くのか」
「…………」

少しばかり目を大きく見開いて、カプセル内にいる彼に視線をゆっくり落とす。
……シュヴェルツェは、自ら選ばなければならない。これが彼にとって何度目の選択になるのかは知らないが、クローンとして造られ自らの意志を持たず言いなりになっていた彼が、どれほど成長しているのかを知るにはとてもいい機会だ。

シュヴェルツェは、悩んでいる。
リヒトブリックか、アヤトか。どちらを選ぶべきか、自らの頭と心で考えている。以前の彼ならば迷わずリヒトブリックを選んでいただろう。なぜなら彼が蘇った今、代わりにアヤトを守るという約定は破棄されたも同然だ。つまり、もうシュヴェルツェがアヤトを気にする必要は一切ない。にも関わらず、今、答えあぐねている。……自我が、あるのだ。

「オレは、……」

そっと手を伸ばして、未だ震えながらうずくまっているリヒトブリックに触れる。やはりシュヴェルツェにとって一番優先すべきなのは彼なのか。それを見てから扉へ足を向けた途端、声がした。

「オレも、共に行く」

再び振り返ると、シュヴェルツェは真っ直ぐにこちらを見ていた。赤い瞳に迷いは無い。触れていた手をもとに戻して、すぐ手前まで歩いてくるともう一度言う。

「イオナ、オレもアヤトたちの元へ行く」
「本当に、いいのですか?リヒトブリックの傍に居なくても?」
「ああ、決めた。リヒトの一番大切な人物はアヤトだ。ならばオレの一番でもある。だから行く。……それに、……」

急に歯切れの悪くなったシュヴェルツェを待つ。はじめの理由だけならば考え物ではあったが、どうやらその心配もなさそうだ。

「皆の姿を確認しなければいけないような気がしてならない。地図をみてから、心臓がおかしい。重く、騒がしい……?イオナ、オレは壊れてしまったのだろうか」

右手で胸元を掴むように抑えながら顔を上げる姿を見て、思わずフ、と笑ってしまった。今の彼には、その心境を言い表せる言葉が見つからないのだろう。やっと生き物らしくなってきたようだ。

「いいえ、壊れてなんていませんよ」
「そうか、ならば良いが」

頷くシュヴェルツェの先、トルマリンに目配せをしてカプセルの蓋を閉める。万が一、リヒトブリックの容態が急変したとしても、ここにはまだ研究に没頭しているアクロマがいる。それに加えて、当てになるかどうかは分からないが居眠りしているキュレムもいる今、トルマリンに全て任せても問題はない。

「シュヴェルツェ、行きましょう」
「ああ」
「屋上にてエアームドを待機させております。ご利用ください」

いち早く扉の前に来て、開きながら私を見るトルマリンに頷く。現地の状況に関しては、向かっている最中に確認すれば十分だろう。飛行用の皮手袋をシュヴェルツェに渡してから自分も身に着ける。

「いってらっしゃいませ。お帰り、お待ちしております」

扉を抜けるとき、腰を曲げていたトルマリンが顔を少しだけあげて笑みを見せる。言われずとも分かっているという表情か。

……これから向かう先、一体何がどうなっているのか。
少しばかりの不安と大きな楽しみを胸に秘めて、閉まる扉に背を向け。屋上目指して、長い廊下を足早に歩き出した。




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