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いつの間にか鞄に入っていた包帯を腕に巻き、足にも傷薬を吹きかける。
……それにしても、どうしてコイツは顔を横に向けたまま一度もこちらを見ようともしないのか。あんなに警戒していたのなら手当てであったとしても、自分がどうされるのか気になるはずではないのか。なのに見ないし今では抵抗すらしようともしない。一体なんなんだ。

「……よし、」

きつく包帯を縛り、曲げていた腰を伸ばす。腕で額を拭ってから膝立ちで男を見降ろしたものの、やはり顔をこちらに向けることは無い。それにしても、まさかこんな所で俺の包帯巻きの技術が生かされるとは思ってなかった。ゲームのキャラに憧れて自分の腕を練習台に何度も包帯を巻く練習をしていたあの日々……ああ、懐かしい。

「あの、終わったんですけど。でも応急処置……?というか適当だから、早めにポケモンセンター行ったほうがいいですよ」
「…………」

無言のままぴくりともしない男。……んだよ。手当てしてやったのに、せめて「ありがとう」ぐらいは言えよばーか。

「……じゃ、俺寝るんで」

一応傷薬と包帯を数個芝生に置いて背を向けると、くいと足首辺りのズボンに何かが引っかかっている。見れば、俺のズボンの裾を握っている青い獣の大きな手。指なんてでかいのが三本しかないのにどうやって握っているんだ。……って、いや、そうじゃなくて。どうして裾を掴まれているんだ。相変わらず顔は横を向いたままフードに隠されていて見えないし。
……もしや歩けないのか。仕方なく再び男の横にしゃがむと、スッと裾を掴んでいた手が離れた。が、無言のままであるのは変わらない。いつまで経っても言葉は出ない。頬を人差し指で引っ掻いた後、頭もぽりぽりと掻く。

「あー……、あの、何ですか。俺に何か用でもあるんですか」
「……、」

ちらり。フードが動いて目が見えた。青い目が俺を見つめ、赤い目が俺を射る。……やっぱりコイツ、オッドアイだ。さらに赤と青ってカッコいいじゃん。

「──……あの、」
「うお、しゃべった」
「……おっ、おれ、だって、……喋る、よ……」

思わず出てしまった言葉に小声で返す男を見る。フードから覗きこむように俺を見ている男をよおく見てみれば、思っていたよりも若い顔立ちだった。それに普通に話す声もそんなに低くはない。

「で、なんですか」
「!、……え、えと、……手当て、してくれて、ありがとう。……ごめ、ん。おれ、人と話すの、久しぶり、だから、……どう、すればいいのか。わから、なくて、」
「え?引きこもり?」
「引き、こもり、じゃ、ない……」

そういって、またフードで顔を隠す。その仕草が何となく気になって、手を伸ばしてフードの両端を掴んでから後ろに放り投げる。すると彼はすぐさま落ちたフードを深く被り直して体を縮める。

「へー、やっぱり耳は生えてるんだ。それに尻尾も」

そこはロロと同じだ。ポケモンのときの姿が可愛いからなのかなんなのか、こうして耳と尻尾だけを見るとこいつもヘンタイの一枠に入るのだが。

「半身だけポケモンのままなんだ。すげーカッコいいのな」
「──……え、?」
「え?お前これ何にも考えないでやってんのか?すげー」
「…………」

まん丸の目がさらに飛び出そうなぐらいに見開いて俺を見ている。思わず引くぐらい俺のことを見てくるから、その視線から逃げるように男の腕と足を眺めた。片足人間で片足ポケモン。この人間であって人間じゃないような外見、すごく良い。ああ、そういやこいつは人間じゃなかったか。

「……お、おれの、こと、なんとも、お、思わない、の……?」
「は?どういうこと?」

随分とたどたどしい喋り方だ。人と久々に話すとこうなるのか。怖え。ていうかなんか知らんがコイツ泣きそうになってんぞ。なんだ?なんなんだ?
呆れながらも黙って見ていると、とうとう涙が一粒零れた。それから胸元を片手で力強く握りしめ、絞り出すように声を出す。

「……だ、だって、半分、人間で、……半分、……ポケモンで、……ばらばらで、目の色も、左右、で違うし、……耳も、4つ、あるのに……」
「あ、ほんとだ」
「本当は、君、だって、気持ち悪い、って、思っている、んでしょう、?」
「はああああ?」

ますます意味が分からない。が、唇を噛みしめて肩を小刻みに震わせている姿を見る限り、本気で思って俺に尋ねてきているらしい。
……俺の頬の傷と同じように、ロロの瞳と同じように。コイツにとってのコンプレックスは容姿そのものなんだろうか。ポケモンが擬人化するとき、耳やらは残るものっぽいしそんなこと気にしないでもいいんじゃないかと思ったものの、俺はコイツじゃないから分からないし、きっとコイツなりに思うところがあるんだろう。

「ていうかこっちの世界のヤツら、みんな自分のこと卑下しすぎじゃねーの……めんどくさ……」

俺だって自分のことはそんなに好きじゃない。けど、自分のことを気持ち悪いとか思うぐらい嫌いになったことは一度もない。だからどういう心境なのかは知らないが、まあどうでもいい。

「あのなあ、俺お世辞は言わないし」
「そんなの、……知らない、……」
「そりゃ会ったばっかだもん、知らないよな。でもそうなんだよ」

……あ、……あーあー。いつまでも泣かれるのもなんか、あれだ。
頬を伝う涙を全く拭おうとしないから、仕方なく服の袖で手の甲まで隠してから乱暴に顔を拭うと、黒い制服にさらに黒い染みが出来た。男はというと、一度ぴたりと泣きやんで信じられないという表情を浮かべている。あとで制服洗おう。

「考えてみろよ。もし俺がお前のことを気持ち悪いとか思ってたら、手当する前に逃げてるし。てか……うわ……お前鼻水出てたのかよ……うわ、拭かなければよかった……鼻水は気持ち悪い……」
「……ごめん」
「と、とにかく。自分に関係ないヤツからどう思われようが別にどうでもいいじゃん。お前はお前だろ。ま、俺はお前のことカッコいいと思うからさ、もっと自分に自信を持っていいと思うぜ」
「…………、」

鞄から取り出したティッシュで制服と男の顔を適当に拭う。それから丸めたティッシュを一旦男に全て持たせて鞄からビニール袋を取り出していると、一瞬、何かが身体を通り抜けたような感覚が走る。思わず肩を飛び上がらせてから男を見れば、相変わらず心底驚いたような表情で俺を見ていた。

「……あ、あのっ、」
「ん?」

ティッシュを袋に入れて口を縛っていると、やっと泣きやんだ男が目を腫らしながら口をゆっくりと開く。

「……あの、……きみの、きみの名前、……知り、たいん、だけど、」
「俺?俺は、アヤト」
「──……アヤト、」

名乗って、ハッとする。いやなんで素直に名前教えているんだ馬鹿。でもま、どうせ相手は野生のリオルだし今日までの仲だ。名前ぐらい教えても別に問題ないだろう。

薄い唇に何度も俺の名前を乗せたあと、何を思ったのか男は頑なに被っていたフードを突如後ろに落として、頭全体を露わにさせた。外ハネの青い髪が風に揺られ、また同じように青く小さな耳も一度上下に跳ねる。

「おれ、……おれの、名前、リヒト、ブリック」
「リヒトブリック?」
「リヒト、で、いいよ」
「お、おう……」

目をゆるりと細めて不器用に笑みを浮かべるリヒトを見ながら、俺は一人で偶然にしては出来過ぎている出来ごとに驚きを隠せないでいた。

「"希望の光"」
「え?」
「リヒトブリックって、ドイツ語で"希望の光"っていう意味なんだ」
「どいつ、ご?」
「あー、……えっと、別の国の言葉」
「……そう、なんだ……」

なんとも言えない表情を浮かべ、照れ隠しのようにフードをまた被る。
……リヒトブリック。"希望の光"。それは、俺がゲームで使用している名前だ。
容姿からしてかっこいいリヒトは、なんと本名までもが格好良かったのだ。なんて贅沢なヤツ。




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