12

ゴルーグ。確かじめん・ゴーストタイプだったと思う。ここにきて手持ちポケモンが出てくるということは、確かにこちらが当たりのようだ。場所もそう遠くはないだろう。……となれば、。

『私はここに残ろう』
『……俺の考えを読み取った?』
『波動を使わずとも分かるさ。顔に書いてある』

そういいながら彼が両手を一度合わせて左右に離すと、間から長い骨が現れる。ボーンラッシュの応用か。ルカリオが苦手とするじめん技の備えには十分なる。
……正直なところ、俺はここに残らず先に進みたい。しかしまた感情で簡単に動いてしまうのはどうだろう。一緒に頑張ろうと言ってくれたあの子たちのためにも、そして俺自身のためにも。冷静に状況を見極めて、先に行かせるべき人選をしなくては。

(アヤトくんが心配なのはみんな同じだ。気持ちで決めるのではなく、より早く助け出せるのは……)

すでに戦闘に備えて態勢を整えている背後を見て、視線を合わせる。悩むまでもなかった。

『グレちゃん、祈ちゃんと一緒に先に行って』
『……俺で、いいのか。一緒に旅をしてきたお前ではなく、俺で本当にいいのか』
『当たり前じゃん。君はアヤトくんの父親だろう?そして相棒の祈ちゃん。誰がどう考えても適任だ』

俺の言葉の後、祈ちゃんとグレちゃんが視線を合わせて頷く。すぐさまグレちゃんの背中の上に祈ちゃんが飛び乗ると、蹄の音が地面を鳴らした。一回、二回と前脚を蹴り上げると土埃がたつ。視線はもう、真っ直ぐ前に向けられている。……分かっているじゃないか。このメンバーの中で一番速いのはグレちゃんだ。俺たちがゴルーグに攻撃を仕掛けずとも、グレちゃんの脚力ならすぐに抜けられる。

『ロロ、』
『大丈夫だよ祈ちゃん。俺たちもすぐに追いつくから』
『……うん』

ばちり。走る電気にひげがピリピリする。そういえば、ゼブライカが全速力で走ると雷鳴が響き渡ると図鑑に書いてあったっけ。
お互い、前脚にぐっと力を入れて前のめりになる。そうしてグレちゃんが走りだした瞬間から、バトルははじまる。横に並ぶエネくんにも合図を送り、ゴルーグを見た。

『ロロ』
『それじゃあ』
『『頼んだ』よ』

瞬間、夜空に青白い光が走った。ピシャーン!と弾けたような音が落ち、それと同時に駆け抜ける姿を見た。ゴルーグが手を振りかざすよりも早く、森の奥へと吸い込まれるように消えて行く。

……さあ、ここからが勝負だ。

先ほど上に振り上げられたゴルーグの腕が正面を向き、そのまま地面に向かって落とされる。直後、ひび割れる地面とゴゴゴ、と地鳴りがした。じしんだ。木々が大きく揺れる。エネくんは大丈夫だろうか。ルカリオはじしんのタイミングに合わせて長い骨を軸に地面から飛び上がるとそのままゴルーグに向かって空中からはどうだんを放った。あの巨体はいい的だ。頭に当たり、身体がほんの少し後ろに傾く。
その隙に間近まで近づき、正面に立て直すゴルーグに合わせて飛び跳ねてから一回転し、つじぎりを繰り出す。効果は抜群のはずだが、相手は思っていた以上に堅い体であまり効いている気がしない。持久戦は苦手なんだけど。

ゴルーグが大きく両腕を振りかぶる。警戒して一旦距離を置くと、急速に両腕に冷気を纏いはじめた。、と思った瞬間、ゴウ!という謎の音と共に真っ直ぐ俺に向かって飛んできた。飛べるとか聞いていない!
体制を整えて物凄い速さでやってくるそれを見据えていると、真横からはどうだんが当たる。軌道が若干ずれるがそれでも迫りくるのを転がり避けてから顔をあげると、飛び跳ねたまま宙にいるルカリオがこちらを見ていた。

『助けてもらわなくてもこれぐらい、』
『"後ろ!"』

波動で直接脳内に言葉を叩きこまれた直後、目の前で光がはじけた。れいとうビームとれいとうパンチがぶつかったのだ。飛び散る冷気と一緒に、弾かれたゴルーグが角度を変えて真上に飛んで行く。……後ろ、いつの間にかエネくんがいた。あの威力と同等のれいとうビームを放てるなんて、いつの間にこんなに、。

『ありがとうエネくん、助かったよ』
『はい!』

力強く頷くエネくんを見てから前を向く。ゴルーグに関して、体が堅くて攻撃があまり通らないこと、ロケットのように飛べることが分かった。そして先ほどのれいとうパンチの威力からして、特性は"てつのこぶし"だろう。

『厄介だな』
『だから言ったろう。手強いと』

そういうとまた一人で向かっていく彼を見た。
……でも、勝てる。態勢を整えてから、一度上空を見上げる。相変わらず白い霧に包まれていて何も見えない。詩ちゃんは大丈夫だろうか。そういえば、俺以上に気に掛けているであろうエネくんは一度も空を見ず、ただひたすらに前だけを向いている。自分で精一杯というわけでないのに気にする素振りも見せないのは、それほど詩ちゃんの力と彼女自身を信じているからなのだろう。
俺には見えていないだけで、きっと子どもたちには子どもたちだけの特別な繋がりがあるのかもしれない。
……それから少し、考えて。

『エネくん』
『はい』
『君の好きなように戦って。俺が援護する』
『えっ……!?』

戸惑う様子を見せる。今も俺とルカリオの援護をするつもりだったのだろう。それもそうだ。エネくんは、今まで彼自身が主体として敵と戦ったことがない。その力は常に仲間の援護のために使われていた。経験不足や苦手意識からの役回りだったのかもしれない。
でも。

『エネくん。君は、君が思っているよりも強くなっている。君自身が知らないだけなんだ』
『……でも、ぼく、!』
『あと君に足らないもの。それは、自信だ』

自信。
……そう言われたとき、ハッとした。

ぼくは自分に自信がない。それは、未だに身体を売ることでしか自分の世界を守れなかった過去を引きずっているからだろうか。それとも、祈ちゃんと詩ちゃんの背中ばかりを追いかけ、いつになっても追いつけないことを自覚しているからだろうか。……きっと、両方だ。

『君はあれから随分変わった。そして今、さらに変われる』

ぼくの横に来て、真っ青の瞳を細める彼を見る。
ぼくはこの瞳を初めて見たとき、まるで義眼のようだと思った。ちゃんとぼくは映っているんだろうかと不安になったりもした。確かに今でもふとしたときに義眼のようだと思うけれど……ぼくは。内側を、ぼく自身を真っ直ぐ見てくれる彼の眼が、ロロさんが、大好きだ。祈ちゃんも詩ちゃんも、イオナさんもシュヴェルツェくんも。みんなみんな、大好きだ。
それから。
ぼくの手を掴んでくれた、優しくて泣き虫で強がりなアヤトくんが、大好きだ。

『──……なりたいぼくに、なれるかな』

大好きな、愛するみんなを守れるぼくになれるだろうか。
足手まといではなく、自身の力で守れるぼくに。

『もちろん。なれるよ。……エネくんなら、きっとなれる』

大きく頷く姿を見て。……前を、向いた。
前足にぐっと力を入れて、亀裂の入った凸凹の地面を踏みしめる。自分の倍以上ある巨体を見上げて、一度ぶるりと震えた。武者震いだ。こんな相手と戦えるなんて。"任せてもらえる"なんて。

『私も援護に回ろう。好きにやるといい』

ロロさんとは反対側にマハトさんが降り立ち、ぼくを見る。それに驚きつつも嬉しくなって大きく頷いて見せると、彼は口元をフッと緩ませてから視線を前に向けた。
ロロさんとマハトさんの方がぼくより遥かに強い。それでも。……この場の主役はぼくだ。
祈ちゃんのように技の完成度は高くない。詩ちゃんのように威力があるわけでもない。けれどもぼくは、ぼくなりにやれることをやろう。なりたいぼくに、なるために。

『全力で、戦います』

足を踏み込み飛び出す。速さなら負けない。体勢を整えて大きく振りかぶる腕を走りながら避けて、真正面で飛び上がる。地面に向かって斜めに向いている腕を踏み台にしてさらに加速しながら力を溜める。ドオン!、地面に避けたゴルーグの腕がめり込み背後で土埃が立つ。その風圧で身体が少し持っていかれたが、体勢は崩さない。お腹にぐっと力をためて、顔面めがけてれいとうビームを放つが、片腕にガードされてしまった。
効いているのか分からない。どうすれば倒せるのか考えながらビームの反動で背後に押し出される身体の後ろ、地面からこちらに向かってくるゴルーグの腕が見えた。焦りもつかの間、ぼくと腕の間にすかさずマハトさんが入る。長い骨を振り上げて、襲い来る腕を見て。

『邪魔はさせない』

真上から腕を叩き付けるように骨を当てると、ゴルーグの片腕が地面へ向かって真っ逆さまに落ちてゆく。腕に引きずられて体勢が崩れた。ゴルーグが前のめりに転ぶ。そのまま打たれた釘のように突き刺さった腕は、地中でなんとか抜け出そうともがいているが上にはマハトさんが乗っかっていて砕く勢いではどうだんを打ち込む。

『今がチャンスかも……!』

地面に着地してすぐ走り出す。高速移動しながら近づいて後ろに回って飛び跳ねる。宙で回転をかけて威力をあげながら、ねこのてでロロさんから借りた辻斬りを振りかざす。瞬間、ギュンッ!と物凄い勢いでゴルーグがこちらを向いた。……ッ反応が早い!
思わずひるんだ途端、地面に横たわっていたゴルーグがそのまま転がった。真横から勢いをつけた腕が来る。

『大丈夫、俺に任せて』

後ろからぼくの横を通り過ぎるロロさん。すると全身から紫色のオーラを発し、腕に向かって弾け飛んだ。あれは、あくのはどう。地面に降りて、すぐさま顔を上げる。ぎこちなく立ち上がるゴルーグを前に思う。強すぎる。でもここにはロロさんもマハトさんもいる。二人が助けてくれる間にぼくが一発、近距離で強い技を急所に決められれば。

(──そうだ!)

よろめきながら立つゴルーグを見ながら、両隣に戻ってきた二人に頼むと即座に頷く。まずはぼくがロロさんの背中に乗って、その間にマハトさんは骨こん棒を準備してもらう。──……直後、再び地面が大きく揺れる。

『これぐらい構わない!急げ!』

崩れる足場と飛び散る岩石に目を細めながらも吠える。その一声でロロさんがぼくを乗せたまま骨こん棒の先に乗っかり、体勢を整える。ぼくがこんなことを言い出さなければ、今マハトさんはじしんを避けることもできただろう。それでもこのまま続けてくれている。……何があってもやり遂げよう。
肩に乗っけていた骨こん棒を両腕でしっかり掴むと、ぼくたちが乗っている反対側もゆっくり持ち上がる。そのままその場でぐるりと回り、遠心力を付けてゆく。

『……っ!』

飛ぶ前に飛ばされないようにロロさんの尻尾にしがみつく。そして。ゴルーグのばくれつパンチが襲いかかる直前。
ブオンッッ!!、骨こん棒が、ブーメランのようにゴルーグ向かって飛ばされた。パンチの間をロケットのごとくものすごい勢いで飛んで行く。その間1秒にも満たなかっただろう。ゴルーグにたどり着く手前、骨が叩き割られた直後にロロさんの尻尾にぐっと力が入る。瞬間、パンチがロロさんの身体にぶち当たる。目を大きく見開いて息を飲む。

『っロロさ、!』
『……ッ行けええ!!』

殴られた勢いまでも活かすのか。後ろに向く身体とは反対に、真っ直ぐゴルーグの顔面に向けられる紫色の尻尾。──……思い切り、飛ぶ。さっきがロケットならば、今のぼくは隕石だ。より速く、より強く。

『っくらえぇぇええ!!』

ドンッ!!、迎え撃とうと振り上げられた腕より速く、ゴルーグの顔面に思い切りぶつかる。すてみタックルだ。その名の通り、捨て身だからものすごく痛いけれどその分威力も強い。全身に衝撃が走ったあと、反動で宙に放りだされた。薄目で下を見るとゴルーグの身体が傾いて、……最後のあがきに、振り上げられた腕が振り落とされる。

『──……っエネくん!』

咄嗟に動く二人が見えた。それにフッと笑ってから、目を開き。
……放つ。
思い切り、れいとうビームを放った。その一瞬、辺りが光に包まれた。れいとうビームの光と、それからこれは……。

ドォン。落ちる手前、ゴルーグが倒れる姿が見えた。それから気付くとロロさんに受け止められていて、心配そうな表情に何とか笑ってみせると青い瞳も三日月になる。そして、空から降り注ぐ本物の隕石をぼんやり見た。あちこちに落ちては地面を揺らす。

「これは、……りゅうせいぐんかな。まさかあの子がこの技を?」
「だろうね。この威力だと、詩ちゃんチルタリスに進化したかな」

詩ちゃんが、進化。……そっか、また、あの背中が遠くへ行ってしまったのか。視線を下げて、抱えられている身体を少しだけ縮めた。ぼくはあれだけで、こんなに動けなくなってしまうらしい。……なんて、弱、。

「エネくん」

そっと。片手が頭に添えられて、もう片方で包まれるように抱きしめられる。添えられた手が頭を優しく撫でてくれて、どうしてか、……泣きたく、なってしまった。

「見てごらん、エネくん。君の力で倒したんだ。バトルに勝ったんだ」
「…………、」
「比べる必要はないよ。何かを守るために必要なのは、力だけじゃないでしょう。エネくんはエネくんらしく進めばいい」
「……っはい」
「よく頑張ったね、エネくん」
「はい……っ!」

服を握り締めながら胸元に顔を埋めると、また優しく頭を撫でるその手に甘えてしまった。それからひっそり涙を零しながら思う。
なりたいぼくには、まだまだ遠い。
それでも。
……ぼくの中で何かが変わったことは、確かに分かった。




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