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『…………』
『…………』

相手も下と合流するつもりはないらしく、睨み合いが続いていた。シャンデラとは戦ったことはないものの、ゴーストタイプとならある。幸か不幸か、以前のデスカーン戦がここにきて生かされるというわけだ。だからなのか、そこまで怖くはない。

(実戦経験はあまりないけれど、バトル訓練なら嫌というほどやってきている。……大丈夫、自信を持つのよ)

『ここは先手必勝かしら!』

まずは下手に近づかず、様子を見よう。お腹にぐっと力を入れて、りゅうのはどうを放った。反動で身体が飛ばないように羽を大きく動かす。真っ直ぐシャンデラに向かった技は、目の前までたどり着いた瞬間、パン!と弾かれて消えた。まもる、だ。続けて、りゅうのはどうをもう一度放つと、またまもるで打ち消される。シャンデラは動こうとしない。

(──……もしかして、時間を稼いでいる?)

試しにもう一度放つが、やはりまもるで消えてしまった。これでは埒が明かない。わたしだって早く倒してみんなと一緒にあの馬鹿を迎えにいきたいのに。……罠だとしても、こちらから近づかなければ進まない。
しんぴのまもりで状態異常を無効にしてから、一度、さらに上空へ飛ぶ。そうして、やはり動かないシャンデラを捉えてから羽ばたかせていた羽を水平にする。途端、体で風を切る。どんどん加速して近づき。目前、羽を素早く真上に上げて即座に振り落としながらクロスする。シャンデラが一度びくりと後ろに下がる。ゴーストにはゴーストタイプの技が効く。おどろかす、は威力が弱いものの唯一効果抜群の技だろう。

直後。
ずい、とシャンデラが距離を縮めてきた。突然の動きに素早く後ろに下がるが、向こうの方が速い。すぐにまた距離を詰められ、紫色の炎が揺れる。瞬間、強い光がぽっと生まれて目の前でチカチカ光る。あやしいひかりだと気づくのに一歩遅れた。ふらつく頭と体をなんとか羽で支えながら飛んでいると、次、ゴウと音がする。慌てて回旋してから、迫りくる炎を避ける。……だめだ、目の前がチカチカする。

『……っ、!』

シャンデラが回転をかける。間に合わない。みがわりを出そうかとも思ったけれど、これから何があるか分からないしこれぐらいなら受けても構わない。咄嗟に同じ方向に回転をかけたが、かえんほうしゃが片翼に当たる。チリ、と燃える音に一瞬ひるんでしまったが、すぐに切り替えて距離をあける。
鳥ポケモンにとって、翼は命の次に大事なものだ。飛べない鳥ほど辛く悲しいものはない。だからこそ、できれば翼には攻撃を受けたくはないのだけれど。

『そうは言っていられない、かも』

きっと相手もそれを知っている上で、今もわざと翼を狙ってきたのだろう。……空を仰ぎ、ひと声鳴く。黒い雲が頭上に現れ、ぽつりぽつりと雨を降らせる。気休め程度にしかならないけれど、あまごいでほのお技の威力も多少は落ちる。そのぶん自分の羽も雨で重くはなるけれど、そうでなくともどうせ速さでは勝てない。

『──遊びはここまで』
『!?』

直後、身体が動かなくなってしまった。かと思えば、真っ逆さまに勢いよく落ちて行く。これはーサイコキネシス!森の木々に身体を打ち付けながら地面に思い切り叩き付けられる。土埃と一緒に小石が重力に逆らって飛び散るのを見ながら、咄嗟にみがわりを出した。案の定、今度は急上昇してまた真っ逆さまに落とされるみがわり。この隙に背後から攻撃をする。……よし。

気配をなるべく消しながら高く飛ぶ。不意をつけば、りゅうのはどうも効くだろうか。そんなことを秒で考えながら背後に躍り出た瞬間、一気に放つ。ドォン!、目の前でぶつかり弾ける音がする。当たった。それでも油断は禁物だ。次に備えて態勢を整えながら黒い煙が薄れるのを見る。

『……?』

煙の先、ぎこちなく態勢を戻すシャンデラの前には私が出したみがわり人形が浮いている。オーラを纏っている。……あれは、はかいこうせんの準備、?

『ひとつ、教えてあげる。──ワタシ、かくれとくせいなの』
『かくれとくせい……?』

直後。シャンデラから放たれたはかいこうせんは一直線にみがわり人形に向かっていった。なぜ、みがわり人形だと分かっていながら威力の強い技を?訝しく思っていた次の瞬間。

『う゛っ……!?』

突如、身体に強い衝撃が走る。思わず羽を動かすのを忘れるほどに痛い。身体が傾き、落ちてゆく。なんで、どうして。今受けた痛みは一体。内側からじわじわと広がる激痛が末端まで来て、ぴくりとも動かすことができない。このままでは地に落ちる。

『驚いた?』

急に身体が浮かび上がり、シャンデラの目の前に運ばれる。相手のサイコキネシスだ、もちろん身体の自由は利かない。片翼に圧力がかけられている。それが分かった途端、急に息が荒くなる。鼓動と同じ速さで息を吐く。焦るな、怖がるな……!

『ワタシのとくせい、"すりぬけ"。みがわり人形も、すり抜けて攻撃できるの』
『……っ!』

わたしとシャンデラの間、みがわり人形がサイコキネシスに操られて浮いている。シャンデラが人形の片腕部分に青紫色の炎をかざすと、片翼が内側から熱くなってきて次第に焦げ臭くなる。
叫びたいほどに痛い。それでも、わたしがここで弱音を吐くことは出来ない。下には祈とエネがいる。信じてと言ったのはわたしだ。ここで何としても勝たなければ、わたしのプライドが許さない。

『……あら、?』

ぐ、ぐ、ぐ、。サイコキネシスに抗う。このまま大人しくやられるものか。全身に力を入れて羽を動かす。もう少し、もう少しで解ける……っ!!

『だめ。逃げないで』

言葉と同時にサイコキネシスが強まる。見れば、いつの間にかみがわり人形の片腕が燃えてなくなっていた。それでもまだ力を入れれば動かせる。大丈夫。羽が無くならない限り、わたしは飛べる。
動けないなら、他の手だ。……大きく息を吸い、シャンデラに狙いを定めて。一気にれいとうビームをぶつける。効かなくてもいい。サイコキネシスさえ弱まれば──!

『……う、』
『ッはあああっ!!』

パアン!、サイコキネシスを力技で解いた途端、身体ががくりと傾く。やっぱり片腕だけで自身の身体を支えるのは無理があるか。……でも、次で仕留めれば。

『…………』

チルットの身体では、あの技の威力に負けて技に釣り合わないような大きな反動が返ってくるらしい。だから絶対に使ってはいけないと言われていたけれど、それでも。

……お父様、お母様、ごめんなさい。詩は初めて、お二人とのお約束を破ります。

全部の力を全身に渡らせて、シャンデラを見る。沸々と湧き上がる力を中心に集めて、──……放つ。空が一気に紅く燃え上がりシャンデラを飲み込んで行く。ただの炎ではない。これは、……げきりんだ。避けようとするシャンデラと距離を詰めて、片翼で叩き落せばまた炎に喰われる。避ける隙も、みがわりを出す隙も与えない。ここでわたしが、仕留める。

『これで──終わりッッ!!』

ドオオォンッ!!空で爆発が起きて風圧で少し飛ばされた。一回転しながらふらつく身体をなんとか羽でバランスを取りながら前方を見た。混乱で眩暈がする。でもまだ、最後まで見届けないと、。

『……アナタ、とても強いね』
『なんっ……!?』
『……しっぺがえし』

ぬっと目の前に現れたシャンデラが、紫色のオーラを纏って真正面からぶつかる。技の反動で動けず、無理やり保っていたバランスも完全に崩れる。
……落ちる寸前、ボロボロのシャンデラが見えた。だんだん小さくなって行き、背後から風がうるさいぐらいに吹き付ける。

(──……わたし、負けたの?)

頷くように身体中が悲鳴をあげている。つい先ほどまで荒れていた空がすっかり綺麗になっていた。雨ももう、止んでいる。
……そっか、そうか。
もう少しで倒せたのに、結局負けてしまった。……祈、エネ、ごめんなさい。信じてなんて大きなこと言わなければよかった。そのうちシャンデラも下のゴルーグと合流して、今度は祈たちと戦うのだろう。……ああ、心配されたくないのに。わたしのために泣かせたくないのに。二人のことを考えると、途端に悲しくなってボロボロと涙が溢れ出る。落ちるわたしとは正反対に空へ舞う雫。

"──……詩。お前にできないことなんてないだろう"

ふと。走馬灯のように流れ始めた最初の声にハッと目を見開いた。落ちながら擬人化した人間の手を上に伸ばして、指を広げる。あの時添えられた手は、小さく震えながらもわたしをしっかり掴んでいた。

"お前は誰の子どもなんだっけ?"

……ムカつく。なんだって、一番初めに思い出すのがあんなヤツなのか。歯を食いしばり、未だに上へ飛んで星のように散らばる涙を見ながら無理やり指先に力を入れる。わたしを馬鹿にするような声と、ぎこちなく笑みを浮かべるムカつく顔。──……ああ、そうだ。どうでもよすぎて忘れてた。

"ならお前は、世界一可愛くて強い娘じゃないのかよ"

「ええ、そうよ。──……わたしを、誰だと思ってんのよ」

"詩ちゃんがさらに強くなりたいと願うのならば。……赤い宝石を、壊すといいよ"

襟から宝石を取ってキスをする。それから一度目を閉じて。
──……パリィン、。赤く輝く欠片が空へと散らばり飛んで行く瞬間。

光が、溢れた。夜を溶かすように眩しい光が生まれてわたしを包む。……内側から暖かくなっているのが分かる。力が、溢れてくるのが分かる。身体中が痛いことに変わりはない。けれど、……これでもう、本当に終わりだ。

森の中に墜落する寸前。一回り以上大きくなった羽を力強く動かすと、一気に上へ飛ぶ。森がざわめく音が一瞬のうちに遠のき、再び大空へと舞う。
風を切り、急上昇してシャンデラの前に躍り出ると驚いたように後ろへ下がる姿を見た。その手前、大きく羽を広げてから空を仰ぐとゴゴゴゴ、と地響きに似た音が聞こえる。お母様と同じ姿になったら、一番初めにやってみたかった技。……そう、これは。

『りゅうせいぐん』

羽をシャンデラに向けて落とした瞬間、巨大な岩がいくつも空から降り注ぐ。ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!、続く轟音とギリギリで避けるシャンデラを見てから背を向けた。……最後の一つ。シャンデラを巻き込んで地面に落ちると衝撃で地面が揺れたのか木々が擦れてざわめく。

『そうよ、私は。……世界一可愛くて強い娘なんだから、負けるわけないじゃない』

地面に伏しているシャンデラの姿を捉えた。
……今度こそ決着はついた。私の、勝ちだ。勝った、んだ。
直後、羽の動きが急に止まり再び落ちる。たび重なる負担に、進化してもとうとう持ち堪えられなくなってしまったらしい。もう動ける余裕はなさそうで、コットンガードを出してから大人しく落ちて行く。

『あーあ、格好悪い』

このまま落ちていくこともそうだけど、何より一番の理由は、"また"アイツの言葉に救われてしまったことだ。
森の中に突入し、すぐさま地面に流れ落ちた。同時に役目を終えたコットンガードも消え去って、残ったのは私ひとり。
……まだ、音が聞こえている。祈やエネたちはまだ戦っているようだ。私も急いでいかないと。
そう思って起き上がろうと腕に力を入れた途端、身体中に激痛が走る。思わずまたそのまま地面に仰向けになってしまった。身体が、動かない。全身が痛い。

「……だめ、かな」

首をゆっくり横に向けると、長い金色の髪が地面に広がっていた。糸のように細く綺麗なそれは、まるでお父様と同じに見えて一人寝転びながら小さく笑う。
私を信じて戦っている祈とエネ。心配だけど、私も二人を信じよう。大丈夫、みんな成長しているんだもの。以前のように守られる必要はない。みんな、それぞれ戦える。
……アヤトのために、戦っている。

「──……全く。戻ってきたら、ただじゃおかないんだから」

思い出して苛立って、荒い息を整えながら目を閉じる。少し休んだら立てるだろう。遠くで聞こえる音を聞きながら閉じた瞼の裏で思う。
どうしようもないダメ男だけど、仲間想いでどれだけ辛くても前に進める力を持っているヤツのこと。

戻れないのなら戻してあげよう。無理やりにでも、引っ張ってやる。
だって、アヤトは……私たちのトレーナー、なのだから。




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