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"何がきっかけだったのか分からない。しかし、その村にはとても穏やかで平和な日常があった。
保護対象となっていたハーフの子どもたちとその親。ポケモンと人間。そして支援員や研究者の人間とポケモン。チャンピオンからの呼びかけではあったが、思っていたよりもハーフたちと過ごす生活は決して悪いものではなかった。
これから、援助金として国や地方から貰った資金で、より良い暮らしを作るためにみんなで協力してゆく。"

(……本当に、昔は仲が良かったんだ)

ページをめくりながら報告書のようなものを読む。援助金を何につかったのか細かく書いてあるページもあった。レシートのようなものも貼ってあり、きちんとしていたことが分かる。写真もところどころに添付されていた。きっとこれを書いた人はマメな人だったに違いない。

しかし、途中から一気にノートが薄くなっていた。写真は変わらず添付されているものの、レシート類が突然なくなっていたのだ。ついでに何にどうお金を使ったのか書いてあった欄が綺麗さっぱりなくなっている。
気になってノートを読み進めると。

"新たに〇〇という者が、上司として着任した。たしかこの人物は、反ハーフ保護派だと聞いているけれど大丈夫だろうか。不安ではあるけれど、上が決めたことに私のような下っ端が口出しできるわけがない。今まで通り、穏やかな日々が続くことを願う。"

(私、……ということはもしかして、)

挟んであった紙を手に取ったまま男の背中を目の端で捉える。綺麗な字と私という一人称。……このノートを書いたのは、もしやあの写真の中の女性なのではないか。そんなことを考えながら、手に持っていた四つ折りの紙を開く。すでに色褪せてきていて折り目もぼろぼろだけど、文字はまだ消えていない。開いてみて、何かと思えば大きな文字で名前と一人の男が大きく載っていた。

(──……ん、この写真、!)

とっとと紙をまた折って戻してから次のページを開くと、見知った顔がそこにあった。若い時の男と、その右隣に並んでいるのは、──……若かりし頃の、マハトさん。その腕には赤子が抱かれていて、マハトさんの左隣にはリヒトの母さんもいる。写真の向こうの彼らはとても幸せそうに微笑んでいて、思わず目を見開いてしまった。

(うそだろ、二人は昔からの知り合いだったのか!?)

"〇〇がやってきた途端、支援員の大幅な入れ替えがあった。研究者は彼の管轄外だったため、それほど入れ替わりはなかったが、悪い方向へ進んでいる気がする。ハーフたちに害が及ばぬよう、注意して彼らを見ておく必要あり。 メモ:マハトと△△の間に生まれた子は、男の子。今までに見たことがないぐらい人間に近いハーフ。とても可愛い。成長が楽しみ。"

(男はリヒトがマハトさんの子供であると知っていた、……だからわざとリヒトに的を絞って実験体として、わざわざリヒトに似たハーフを生み出したのかもしれない。すごい執念だ……。いや、それよりも気になるのはこれから先、)

思った以上に文章にのめり込んでしまっていて、俺自身もどこか不安を抱えながらページをめくる。

"ここ最近、支援員たちが買い物や金銭管理等、全てやると突然言い出し怪しく思っていたが、やはり。〇〇が、援助金を着服している。研究者たちの間で、対応を検討中。すでに警察等も手中にある様子で、我々ではどうすることもできないだろう。それでも何かあるはずだ。早めに打開策を考える必要あり。"

"とうとう我々研究者は、村にも入れてもらえなくなってしまった。〇〇と支援員だけには任せておけない。なんとかハーフたちと連絡を取ろうと小型機械を作成し忍ばせてみたものの、村中に生体反応なし。ハーフたちは、一体どこへ隠されてしまったのだろうか?"

……悪い方向へ進んでいることは、読んでいる俺でも分かる。それでも何とかしようと何ページにも渡って策を考えていた書き手の必死さも読みながら伝わってきている。途中から文字が荒くなってきていることが目に見えて分かるし、何ページか破り捨てられた後もある。……とにかく彼女は、ハーフたちのために何ができるか、仲間の研究者たちと考えていたに違いない。そしてその中には、きっとあの男も混ざっていたはず。なのに。

(続きを読むのが怖いな)

今を知っている俺は、どう転んでもこの先には明るい結末がないことも知っている。だからこそ、ここからページをめくるのが怖かった。……それでも知りたい。どうなってしまったのか、俺は知りたい。
ゆっくり、ゆっくりとページをめくり。

"買収した支援員の話を聞いて、絶望した。私たちは何もできない。どうすればいいのか分からない。どうしよう、どうすればあの子たちを助けられるんだろう。どうしよう、どうすればいいんだろう。"

今までになく荒れた文字の下、初めて別の人間の書いた文字を見た。決してうまい文字ではないものの、しっかりと書き記されている。

"ハーフたちとその家族は、白い建物へ収容されている。ハーフには食事はろくに与えられず、中では被験体として解剖されていたりあらゆる実験を行っているらしい。また、外部のポケモン改造に関する研究者に売られていたり、闇市場へ売り出されているハーフもいる模様。今現在、我々に打つ手は無い。"

(白い建物って、……もしかして村で研究者たちを閉じ込めていたあの建物か、?)

思い当たるのはそれしかない。もしもあの場だとしたら、それはとても、……とても、悲しいことだと思う。男だけではなく、マハトさんたちハーフも未だに復讐を続けていることになるのではないか。しかしこれを読む限り、研究者たちとハーフの双方で悪い点は見当たらない。むしろ悪いのは途中からやってきたヤツではないか。

「……あれ?」

ページをめくると、何もなかった。つまり、結末が書いていない。重要なところがすっかりないのだ。何度か前のページに戻ったり進んだりしたが、やはりない。ノートと男を見比べてから、戸惑いながらも口を開く。

「この後、どうなったんだ……?」

男が振り返り、ゆっくり立ち上がると俺のところまでやってきた。ぬっと現れ、俺が読んでいたノートをひったくるように取るとそのまま無言で去ってゆく。

「お、おい……!」
「残りは電子データでしか残していない。今そちらへ画面を移動する」

椅子に座ったのと同時だろうか。すぐに俺の目の前に透明な電子画面が現れて、文字がびっしり書いてある。少し読んで男の背を見る。

「これ、さっきのノートとは違う人間が書いただろ」
「…………」

無言ということは、やはりノートの書き手と違うらしい。きっとこの文章はこの男が書いたものだろう。……ならばノートを書いていた彼女は。
視線を電子画面に戻してから指先を添えて、スクロールバーを上へ流す。

"上から緊急要請あり。村の長であったルカリオが暴走した模様。詳しい内容は下記にて。"
"・全支援員、死亡確認・研究者、数名死傷・村の長、処刑。跡継ぎとしてルカリオ、個体名マハトが選出"

正直、ここまで読んでもどうして研究者とハーフが今の今まで対立しているのかが分からない。一番の元凶は全員死んだはずだ。ならそれで終わり、というわけにはいかなかったのだろうか。

「もしかして、この反乱にその女の人は巻き込まれたのか?どうしてそんな危ないところに行っ、」
「少年。時間切れだ」
「、…………」

その言葉に机の上の画面を見ると、いつの間にか0になっていた。無駄なあがきもここまでということだ。……結局俺は、知りたいことをすべて知ることができなかった。知ってどうする。確かにそうだ。知ってもどうしようもないけれど、憎しみの元凶を知りたかった。

男に同情するつもりはないが、こう思う。もしも俺に仲間がいなかったら、きっと俺自身も男のようになっていただろうと。リヒトという大切な存在を失い、復讐を主として生活する。それはたぶん、全然楽しくない。幸せじゃない。間違っている。けれどそう、男のそばには誰もいなかった。……だからこんなことになってしまったんだろう。もう手遅れであることに違いはないけれど。

「さて少年。口が利けなくなる前に聞こう。どうして、どうやって人間からハーフになった」
「……約束と違う。結局どうなったんだよ」
「今すぐ実験を始めてもいいのだが」

容赦なく注射針が右腕に刺されてじわりと何かが広がってゆくのを感じる。薄れていた恐れがまた強まってきて唇を噛んだ。……右腕が動かない。局部麻酔か、はたまた俺の知らない何かか。そうすると、次第に腕が熱くなってきた。傷口のあたりが心臓のようにドクンドクンと音を鳴らしているようだ。額に薄っすらと汗を浮かべながら男を見ると、口元をふっと緩ませる。

「少年が話さないのならそれでもいい。君を使ってまずは両親を捕まえ同じように聞き出せばいいのだから」
「……っ、」

リヒトと同じ道を辿っている。きっと男にはもう大切な人はいないのだろう。だからこうして簡単に脅す。……従わない、わけにはいかないよなあ。

「……分かった。教えるよ。先に言っておくけど嘘は吐かない」
「それで?」
「俺がどうしてハーフになったのか。……それは、」

──……瞬間。
ヴーッ!ヴーッ!、けたたましい警報音が鳴り響く。驚きのあまり一度身体を飛び上がらせて硬直する俺を他所に、男は器具を放り投げると急いで電子画面の前まで戻ってゆく。再び大の字に研究台に張り付けられている俺には何をどうすることもできず、不安に駆られる不協和音をただただジッとしながら聞いているだけしかできなかった。

「……少年。君の血液から君に混ざっている血液の中で一番近いポケモンの種族を検索した結果、シママ・ゼブライカが該当した。合っているな?」
「そうだけど、どうして今それ、……っ!?まっ、まさかこの警報って、!」
「ああ、どうやら……君を迎えに来たようだ」

言葉の終わりと同時に宙に現れた大きな画面に、思わず目を見開いた。映っているのは、……ゼブライカと、ニンフィアだ。
助かったとか嬉しいよりもまず真っ先に、どうしてここにいるんだと苛立ってしまった。俺のことなんか放っておいていいのに。どうして。なんで。

「ふっ、二匹だけ先にこちらへ進ませたのか。だが甘い。こちらにはまだ手駒がある」

映像が乱れる。するとコマ割りされた画面になった。1つの画面に6か所の映像が映っている。きっとここまでの道のりの間にカメラを仕掛けているに違いない。その1つの画面から、複数の人造ハーフたちが飛び出してゆく。そうしてすぐに交戦するのをじっと静かに見ていた。内心は不安と緊張で心臓がはち切れそうになっている。

そうして余裕綽々に再び俺の横に戻ってきて、器具を手に取る男を見る。

……万が一、俺のせいで誰かが犠牲にでもなったりしたらどうしよう。そう思うと一気に不安に駆られてどうしようもなくなる。ジンジンと痛む右腕に、また別の鈍い痛みが加わって顔をしかめながら考えた。

何か、何か俺にできることはないのか。

眩しい光越しに忙しく流れている映像に映っている二人を見ながら、ただひたすらに考えていた。




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