Re:vival -3

「──……聞こえますか?」
「…………」

反応はない。
アクロマがシュヴェルツェに視線を向けると、そっとカプセルに手を添えて隻眼を閉じる。もう片方の目には白い包帯が巻かれていた。……今、片目を与えた相手に向かって波動を送っている最中らしい。
そんな無音の中、ひとつ欠伸が聞こえた。言わずもがな、後ろで書類が山積みになっている机の上に座っているキュレムである。

「で、どうなんだよ。"生き返った"のか?」
「お静かにッ!」

アクロマが放り投げたボールからオーベムが出てきて即座にキュレムに向かって念を発す。んんんー!、くぐもった声が聞こえる。今は前方から目が離せないから分からないが、きっとエスパーで口が開かないようにでもされたのだろう。

──……そして。
シュヴェルツェが目を開けた。途端、カプセルが勢いよく割れた。
バリィン!というけたたましい音と同時に周りに破片が飛び散って、中を満たしていた液体が波のように床に向かって勢いよく落ちる。アクロマに向かって飛んできたガラスの破片はオーベムがねんりきで止めていたが、こちらの破片は容赦なく降ってきた。適当に避けたり腕で弾いてからシュヴェルツェを見る。

「…………」
「…………」

彼は倒れ出てきた"それ"を水浸しになった床に仰向けに寝かせると、顎を上向きにして気道を確保し息を吸い込む。上半身を折り曲げて口と口を密着させると、ゆっくり息を吹き込んだ。出来たばかりの身体の胸元が少し上がる。一旦口を離すと、それの口元に手の平を当てた。……肺もまだ出来立てでうまく機能していないのだろう。このまま息をすることなくもう一度死ぬか、それとも。

「おいクソ眼鏡。全然ダメじゃねえか」
「ですからお静かにッ!」

二度目のくぐもった声は聞こえないフリをして、蘇生を試み続けているシュヴェルツェを見守る。胸骨圧迫をしないで人工呼吸のみ行っているのは、やると骨を折ってしまうことを想定してのことだろう。どこもかしこも生まれたてのあの身体は、今は少しの衝撃にも耐えられない。電気ショックですら負荷になるため、こうする他ないのだ。

私は思う。
なんて憐れな存在なのだろう、と。
こんなことになるのなら、はじめから生まれてこないほうが幸せだったのではないかと思えてしまうほどに憐れに感じてしまった。もちろんこれは私の考えであり決して言葉には出せないものではあるが、昔からハーフを表舞台に出さないようにしているのは外見の嫌悪だけではなく、憐れむ気持ちもあったからなのでは、とも思う。

善意がすべていい方向に向かうとは限らない。
それは今も言えることではあるが、しかし。

「っ、!」

横たわっていた身体が一度びくりと飛び跳ねると、大きく開かれた口の端から水が零れた。シュヴェルツェが即座に反応してその身体を横に向けると、激しく咳き込みながら水を吐き出す。身体を丸めながら細い手で胸元を押さえて苦しそうに激しく咳を繰り返していた。

「へえ……本当に生き返りやがった」

のろのろと上半身を起こすそれの手前。
シュヴェルツェが、大きく腕を広げると思い切り抱きしめていた。
折れそうな細い首筋に顔を埋めてひたすらに抱きしめる。存在を確かめるように、親にすがる子どものように。しかし当の本人は、見えていないせいもあるのか未だぼんやりとされるがままになっている。あの様子だと、もしかすると視覚だけではなく聴覚もまだ回復していないのだろう。

「いいですねッ!この回復力を応用するには……、ですが根本的に……!」

転がるように電子画面のところに戻ってキーボードを一心不乱に弾くアクロマ。完全に傍観者となっているわけにもいかず、とりあえずシュヴェルツェのもとへ向かう。いくら回復力が桁違いとはいえ、このまま放置しておけばまたぱたりと死んでしまうかもしれない。
データ収集に熱中しているアクロマは頼りにならないだろうと判断して、未だそれを抱きしめて離さないでいるシュヴェルツェの肩に手を添えるとやっと顔を上げてこちらを見る。

「そちらのベッドへ運んでください。高酸素カプセル内で安静にしましょう」
「……ああ」

表情は相変わらず無に近いが、なんとなく張りつめていた気が緩んでいる。横抱きにそっと抱えてベッドに下ろすのを確認してから機械を操作しカプセルの蓋を閉じる。……暴れる様子はない。起きてはいるが、大人しく横たわっている。

出来立てで、あらゆることが本人もそして我々にも分からない今。
シュヴェルツェただ一人だけが、喜びに満ち溢れているようだった。そう。彼は、再び自分の生きる理由ができたのだ。それは使命のようなものでもあり、造られた彼が絶対としているもの。

「──……おめでとう、リヒト」

今日はリヒトブリックの、二度目の生誕の日だ。

生という呪いを与えられた、……いいや。呪いからは"まだ"逃れられない、彼の新しい物語の一頁目。彼の第一声を楽しみにしつつ、祝いの言葉を贈ったシュヴェルツェの横でそっとカプセルに指先を添える私が送る言葉は。

「おかえりなさい、リヒトブリック。こちらの世界は相変わらず美しく残酷ですよ」




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