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「俺はまた、間違えてしまっただろうか」

焚火の前、両手を絡めながらぽつりと呟くグレちゃんを見た。それに返す言葉も今は見つからず、木を継ぎ足しながら考える。いや、彼が間違えたのならば俺はもっと間違えている。最後までアヤトくんに隠し通そうとしたのは紛れもない、この俺なのだから。

「アヤト、どうしていなくなっちゃったんだろう」
「そうだねえ……なんでだろう」
「私、やっぱり分からない。イオナにハーフのことも教えてもらったけれど、どうしてハーフだといけないのか分からない。リヒトもアヤトも、みんなと同じなのに……」

そういうと顔を伏せて、だんだんと小さくなってゆく声を聞く。彼女の純粋な疑問はまるで鉛のようだと思った。まだ道半ば、大半を人間の元で暮らしてきた祈ちゃんやエネくんは俺たちと考え方や捉え方が違うらしい。だからこそ、本当にどうしてアヤトがいなくなってしまったのか分からないのだろう。……後ろめたいことだと思って隠してきた俺とは違う。

「……あのね。私、進化したときにアヤトに"姿が変わっても、祈は祈だよ。正真正銘、俺の相棒だ。"って、言ってもらったの、すごく嬉しかった」
「──……それは、」

グレちゃんがふと顔を上げて祈ちゃんを見た。何か気にかかる言葉だったのだろうか、俺には分からないけれど表情を見るとグレちゃんにとっても重要な言葉らしい。

「私もアヤトに伝えたい。アヤトはアヤトだよって、言いたい、のに……っ」

祈ちゃんに寄り添いながら相槌を打つエネくんの背は、炎の色が反射してゆらゆら揺れている。自ら進んで見回りに行った詩ちゃんもそうだが、エネくんも含めてアヤトが欠けた事実はひどく衝撃的なものだろう。強がっているものの、小さな背に乗せるにはあまりにも重い。いつ崩れてしまうのか、不安でないと言えば嘘になる。

「グレちゃん、アヤトくんについては俺にも責任がある。君が間違えたと思うのならば、それは俺の間違いだ。……俺は駄目な保護者だよ。祈ちゃんたちにも過去に俺たちが味わったような喪失感を与えてしまうなんて、最悪だ」
「そう、だな。……しかしなんだ、ロロらしくないな。いつもの暢気さはどこへ行ったんだ」
「グレちゃんこそ皮肉を言う元気はまだあるようで安心したよ」

マグカップを5つ用意する。そろそろ詩ちゃんも戻ってくる頃だろう、きっと肩を落としてくるに違いない。子どもたちにはとびきり甘いココアをあげよう。どうか少しでも元気になってくれるように。そして俺たちは、とびきり苦いコーヒーを。噛みしめるのは、俺たちだけで十分だ。

「……悪い、もう弱音は吐かない。絶対アヤトを見つけ出す」
「同感。ああそうだ。お互い一発、自分自身でも殴っておく?」
「そうしたいのは山々だが、今は遠慮しておこう。俺はこれからアヤトに殴られる予定があるからな」
「あはは、それを言ったら俺もだ」

黒い液体の入ったマグカップを手渡して、二人で小さく乾杯をする。こうなってしまった今に、そしてどうしようもない自分たちに乾杯。
一口飲んで、少しは落ち着いてきたであろう祈ちゃんとエネくんを呼ぶ。そして思った通り、唇を噛みしめたまま戻ってくる詩ちゃんにも手招きをして火を囲む。

ここから先は進むのみ。ハーフの村は見えないが、俺たちの存在に向こうが気づけば勝ったも同然。俺の予想が外れていなければ、の話だけれど。
──……ハーフなら、今だけだったらアヤトくん以外にもここにいる。再び完全にポケモンへ戻りかけている、ハーフが。





それからも同じところをぐるぐると歩いては見たものの、一向に村の姿は見えなかった。が、しかし。

「おや、これは珍しいお客様だね」
「……やっと気づいてくれたんだ」

やはり音も無く現れた、マハトと名乗っていた彼。俺たちのことは知っているから、彼の言う珍しいお客様とはただ一人しかいない。風で森の木々がざわめくのと一緒に、跳ねた黒髪が揺れる。仄かに漂う血の臭いに気が付いたのか、咄嗟に戦闘態勢をとる祈ちゃんたちに目配せをしながら首を横に振って見せると、戸惑いながらも少し力を抜く様子を見せていた。

「お前がマハトか」
「ああ、そうだとも。君は……面白い波動だ。ポケモンなのか人間なのか分からない」
「これでもポケモンなんだが、訳あって期間限定のハーフでもある」
「期間限定……ふふ、そんな存在がいるなんて知ったら村中大変なことになってしまうな」

風に揺らめくマントに着いている血は返り血だろう。当の本人は無傷のまま、気にせずそこに立っている。……また村では一人、研究者が殺されたらしい。しかし珍しいと思った。もちろん彼のことはよく知らないが、殺し合いを見世物としているぐらいだ。それをわざわざ彼が手を下すまでもないだろうに。

「ところで随分とこの辺りにいるようだが、何か村に用事でもあるのかい?」
「白々しいねえ。……俺たち、アヤトくんを迎えに来たんだけど」
「ほう。であれば、今はまだ会うべきではないな」
「どうして……!?」

声を上げる祈ちゃんに視線を向けると、薄っすらと微笑んでから口を開く。

「彼はまだ葛藤している最中だ。未だ自身の中で答えを出し切れていない。そんなときに君たちから言葉を投げかけられても、きっと何も届きはしないだろう」
「…………」

嘘か真かは分からないが、言葉に誠実さは感じられる。きっとアヤトくんなら、面識のあるこの彼を真っ先に頼るだろう。であれば、今の言葉も無下にはできない。会えることには会える。しかし、今のままではいたちごっこのようになってしまう可能性もある。アヤトくんにとって真実は、今まで旅と一緒に積み重ねてきた信頼が崩れるぐらいの衝撃だったのだろう。……今更どうにもできないが、やっぱり後悔せざるを得ない。

「……それでも、傍にいさせてくれませんか」
「……ほう」
「エネくん、」
「言葉が届かなくても、ぼくたちはアヤトくんのポケモンです。傍にいるぐらい、許されるでしょう……?」

俯いていた祈ちゃんと視線を下げていた詩ちゃんがハッとしたように顔を上げてエネくんを見て、それから両隣に並んで視線を真っ直ぐ彼に向ける。驚きながらそれを見守っていると、少し間を開けてから彼が口を開いた。

「いいだろう。君たちに免じて村へは入れよう。……しかし、ひとつ条件がある」

視線がエネくんたちから俺とグレちゃんに移った。交渉というわけだ。

「で、条件って何かな」
「──近々、村は火の海になるだろう。そうなったら、できる限り村の者たちを助けてほしい」
「…………」

突然何を言っているのかと思ったが、どうやら冗談ではなさそうだ。一度グレちゃんと顔を見合わせてから、視線を彼に戻す。圧倒的な力を持っているにも関わらず、ふらりと立ち寄った俺たちにも助けを求めなければならないほどの相手とは。

「助けるのはもちろん良いが、襲われると分かっているのなら事前に避難すればいいだろう?」
「ハーフたちに、他へ逃げる場所があるとでも思っているのかな?冗談はやめておくれ」
「……すまない」
「それにまあ、これは私の勘であって定かではない。もしもの話だ」

勘とは言っているが、それがいつになるのか分からないだけの話で多分現実になるだろう。こういうときの勘は当たるものだし、ましてや村の長をしている者が言うぐらいだ。……これは交渉なんかじゃない。賭けだ。しかしアヤトくんが村にいる以上、俺たちはこの話に乗るしかない。どんな負け戦であろうとも飛び込む他ないのだ。
後ろを振り返って祈ちゃんたちを見ると、こくりと頷いて見せる。覚悟はもう、できている。

「条件は飲んでいただけるということでいいかな」
「ああ。でもひとつだけいいかな」
「どうぞ?」
「村の人たちも助けるけれど、俺たちはアヤトくんを第一に優先する。当たり前のことだけど一応言っておこうと思ってね」
「さすが抜かりない。いいだろう、心得ておくよ」

彼の目の前まで出るグレちゃんがスッと片手を差し出した。それに一瞬だけ、少しばかり驚いたような表情を浮かべてから同じく片手を出して握手をする二人を見る。

「俺はグレア。種族はゼブライカだ。息子のアヤトが世話になっている」
「なるほど、君がアヤトくんの父親だったのか。言われてみれば似ている気がするな」
「そう言うマハトこそ、まさにリヒトがそのまま大きくなったようだ」
「リヒトにも会っていたのかい?それは、こちらこそ世話になった。改めて、短い間だがよろしく願おう」

父親同士の交流だなんて面白いものを見せてくれるものだ。お互い何を秘めているのかは知らないが今は和やかに挨拶をしているように見える二人の姿を、もしもアヤトくんとリヒトくんがこの場にいたらどんな風に見ていただろうか。きっと二人とも変な顔をしながら見ていたに違いない。……なんて、一人で考えながら眺めていた。




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