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一度、村の様子を見て回った結果から言うと。ひよりちゃんを連れていくのは危険な場所である。いいや、正確に言えば人間そのものが入るのに危険な場所だと判断したのだ。前回はアヤくんがハーフだったからこそ入れた訳で、外との関わりを遮断しているあの村は基本的によそ者に対して、特に人間そのものに対して嫌悪している様子が伺えたことを覚えている。あの村にも少なからず人間も住んでいるというのになんとも不思議な話だとは思うが、我が子を蔑ろにされた傷の深さを考えると納得はできる。

「チョン、セイロン。ひよりちゃんのこと頼むよ」
「……任せて。ロロにいたちも気を付けて」

ポケモンセンターの一室、扉の前。セイロンの言葉に頷いてから、奥の閉ざされた扉に視線を向ける。

アヤくんがいなくなってから三日目。一日目こそすごい形相で森の中を誰よりもアヤくんを探し回っていたひよりちゃんだったが、二日目になってとうとう体調を崩してしまっていた。心労が重なったことが一番の原因だろう。ふらふらになりながらそれでも俺たちに着いていくと言って聞かなかったのだが、グレちゃんになんとか説得してもらって今に至る。

「任せてしまって悪いな」
「いいんだよー。その代わり、ちゃんとアヤトくんと一緒に帰ってきてね」
「……ああ」

グレちゃんの肩をぽんぽんと軽くたたくチョンを見てから祈ちゃん・詩ちゃん・エネくんを見る。三人とも準備は万端だ。それからグレちゃんと視線を合わせてドアノブに手をかけた。

向かうは、ハーフの村。





「……そうですか」

ロロさんたちがハーフの村へ向かったことを、つい先ほど聞いた。アヤトがいなくなってしまったらしい。というのも、自分がハーフだということを知ってしまったからだという。どのような経緯で知ったのかまでは知らされてはいないが、いよいよこちらの出番も近づいてきたというわけだ。

「それで、あとどれぐらいで戻るのですか」
「ざっと一週間ってところか。丁度いいだろう?」
「……ええ、まあ」
「んだよ。俺様が何度も脅したり急かしてやったからこその日数なんだぜ?感謝しろよクソ猫二号」

ソファにふんぞり返りながら座っているキュレムが口の中へフルーツを投げ入れて口を動かす。それを横目で見てから、電子画面に視線を戻した。秘密裏に子どもたち全員に付けていた発信器がまさかここで役立つとは思っても見なかったが。これでそれぞれが現在どこにいるのかが分かる。以前とは別のルートで向かっているようだが、きっと彼らが村に辿り着くことはできないだろう。
なぜならば。

「イオナさん、いいんスか。……正規のハーフがいないと村へ辿り着けないということを言わなくて」
「いいんだ、黙っとけ。言わないほうが面白えだろーが」
「貴方にはお伺いしておりません!」

薄っすら笑みを浮かべているキュレムの横、トルマリンが口先を尖らせる。アヤトのことを心底心配しているからこそ、キュレムの暢気な態度が気に障るのだろう。根っからの性格のおかげというべきか、せい、というべきか。心を完全に殺せなかった部下を眺めつつ、そっと視線を画面に戻す。

「理由はともかく、時が来るまで黙秘を通します。いいですね」
「……はい」

静かに頷く声を聞き、キーボードをたたく。……ロロさんたちは気づいているだろうか。自分たちがすでに同じ道をずっと歩き続けていることを。ぐるぐる回っている複数の赤い点を目で追い、指先で別の資料を電子画面に引っ張ってくる。

「そういやテメエ、この街がハーフに襲撃されたとき戦いに狩り出されていたんだってな」
「そうですが、何か」
「テメエもあのクソガキが本物のハーフだって知ったのはつい最近のことだろう?どうだよ、あの時街をめちゃくちゃにして何人も殺した相手と同じ生き物だと知ったときの気持ちは」

背後から聞こえる会話に密かに耳を傾ける。他人のことは言えないが、このキュレムもだいぶ良い性格をしている。わざわざトルマリンに聞くところも意地が悪い。しかしまあ、自分がキュレムの立場だったらと考えるとやはり私がどうこう言う資格はないのだが。

「別に、なんとも思いません」
「……へえ?」
「確かに多少は戸惑いもしました。……でも、アヤト様が何者であろうと。オレの、オレたちのマスターであることに変わりはありません。何があろうと最後までお仕え致します」

トルマリンの言葉に返される言葉はなかった。代わりに無言で立ち上がり、部屋の扉を開ける音がした。どこへ行くのか知らない上、さして興味もないため引き留めもしない。椅子を少しだけ引いて振り返ると、トルマリンが小さくため息を漏らしているところだった。まさか私が振り返るとは思っていなかったのだろう、気づくと即座に姿勢を正してこちらを見る。

「客人に対する度重なる無礼。主がコスタス様ならば、即懲罰ものです」
「もっ申し訳ございません……!」
「ですが今は違います。それに私個人としては、先ほどの貴方の回答は昇格に値するものだと判断してます。……言うようになったではありませんか、トルマリン」
「イオナさん……っ!」

あからさまに目を輝かせながらこちらを見るトルマリンに背を向けて、画面の前で腕を組む。すると後ろから歩み寄ってきたトルマリンがすぐ後ろまでやってくると、そこで立ち止まり音が消える。電子画面を通してアヤトのことを考えているのだろう。後ろは気にせず、アクロマから無断で拝借してきたクローン関連の資料に目を通す。何度読んでも複雑怪奇。よくもまあ、こんな資料ばかり飽きずに読んでいられるものだと心底思う。

「イオナさんなら、先ほどの質問にはどう答えますか」
「貴方と同じです。"別に、なんとも思いません"。ハーフだ何だと区別するのは、人間お得意のことではありませんか。便宜上、色々なものに名称を定めることは良いと思いますが、区別した上で差別をするのは低俗な人間ぐらいですよ」
「つまり、」
「くだらない、ということです。人間やそれと共にいるポケモンにとってはとても大切なことでしょうから黙っていましたが、野生の観点で見ればなんてくだらないことで悩んでいるんだろうと」
「さ、さすがイオナさんっスね……」

文字を目で追いながらトルマリンの声を聞く。いつまでここにいるのかと思いつつ、スクロールバーを下へ運ぶ。……あと1週間。それまで何も起こらなければハーフの村へ真っ直ぐ向かえるのだが、どうもそうはいかないような気がしてならない。アヤトが動くということは、つまり地雷が歩くも同然だ。いつ誰がどのように踏むのか分からないこの状況。危険でないはずがない。

「──オレは、ハーフだからと言って差別したくないんス。確かに外見は他とはだいぶ違うけれど、……オレたちと同じように生きていたんですよ。同じ赤い血が流れているし、散る間際まで温かかった。その血を頭から被って知るっていうのも、皮肉っスけど」
「ふふ、最近まで物扱いされていただけあって説得力がありますね」
「イオナさんだって同じじゃないっスか。だから少しでも分かってもらえるかなあと思って、こうして話をしているんスよ」
「……さて、どうでしょう」

机に寄り掛かるトルマリンの腰を片手でピシャリと叩くと、ハッとしたように飛び上がってから立ち直す。油断するとすぐこれだ。私の教育が甘かったのが原因か。

「とにかく、オレはアヤト様が何者であろうと見方を変える気は微塵もありません」
「それを私に言っても仕方が無いのでは」
「そうなんスよ……!だから!」
「二度は言いませんよ」
「……はい」

肩を落として扉へ足を運ぶトルマリンには目もくれず、画面を見ながら一度小さくため息を吐く。キーボードを打つ手は止めず。

「アヤトが帰ってきたら、直接本人に言いなさい」
「帰って、きますか?」
「当たり前です。引きずってでも連れて帰ります」
「……はいっス!」

扉を開く音がする。気が済んだのか、やっと職務に戻るらしい。頭が痛くなりそうな資料を閉じて、ティーカップに指を引っかけたときだった。

「オレ、イオナさんのそういうとこ好きっスよ」

閉まる扉と捨て台詞のように残された言葉に、一人わざとらしく顔をしかめた。




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