4

ハーフの村を目の前に、アイツが回復するまで森で過ごした3日の間。色々考えながら気づいてしまったことがあった。
それは。
リヒトも俺がハーフだと知りながら、気づかないフリをし続けていたのではないか。ということだ。
はじめ、俺が別の世界から来た人間だから見分けがつかないのだと思っていたに違いない。しかしリヒトは、思い返せばジョウト地方へ一緒に行ったときに父さんにも会っている。ということは、あの時点で俺の父さんがポケモンだということに気づいたであろうリヒトも知っていて当然だったのだ。

それに気付いた途端、怒りがスウと引いていくのが分かった。代わりに何とも言えない虚しさが襲いかかってきて、思わず胸元を力強く握り締めたことを思い出す。

「なんでこう、……うまくいかないんだろう」

ベッドの上で大きなため息を吐きながら寝返りをうち、天井を見上げた。リヒトのために用意されていた部屋で一人寝ている俺。
アイツのところへ戻ろうとしたのだが、マハトさんが大丈夫だと言いながらなかなか帰してくれないもんだから今晩だけは泊まることになったのだ。そうしてまた寝返りを打ってから、ふわふわの枕に顔面を埋める。少しばかり息苦しく感じながらも、この家の匂いを吸い込んだ。

「結局、誰も分かってくれないんだよな」

リヒトの気持ちも、俺の気持ちも。どれだけ一緒に居たって、誰も完全には理解できないのだ。ロロが以前言っていたことを思い出す。「自分自身のことでさえ完全に理解できないのに、他を理解しようだなんて無理に決まっている」、その言葉がまさに今、腑に落ちてしまった。俺もリヒトのことを理解することができなかったし、リヒトも俺のことを最後まで理解できなかったのが証拠だ。

「……生きるって、こんなに難しいもんだったっけ」

毎日家と学校の往復で、ゲームぐらいしか楽しみがなかった俺は何処へやら。何も考えずにただぼんやりと過ごしていた日々をふと思い出して懐かしみ、今を思って目を閉じる。


──「君が率いてくれないかい」

夕方のことだ。帰ってきたマハトさんに着いていった先には、武装をしたハーフが指では数えられないぐらい居た。リヒトのように完璧なものは一人もいないが、戦える状態であることは一目瞭然だったのだ。話を聞くと、日々こうして実戦のような状況で訓練をしているらしい。そういえば、村へ迷い込んだ研究者たちを狩っていた人たちもこんな格好をしていた気がする。

「どうして俺なんですか」
「君ほど完璧なハーフはいないからさ。完璧という意味は言わなくとも分かるだろう」
「それだけで……?」
「ああ。それだけで、彼らは従う。それに君は仮にもトレーナーだったわけだ。司令塔となるに相応しい」

だった。過去形に反論しようとして、寸前で飲み込んだ。……今の俺は、確かにトレーナーではない。太ももの横に下ろしている両手をひっそりきつく握りしめた。

──……そのときの拳は、こんな形だっただろうか。
寝転がりながら天井に向けて真っ直ぐ持ち上げた手で拳を作る。それをぼんやり見ながら、これからどうしようかと考える。
ロロや祈は、俺がいなくなってからどうしているだろう。エネは、詩は、……父さんと母さんは。どう、しているんだろう。面倒事がいなくなって清々しているだろうか。心配して探し回っているだろうか。どうでもよくなっているかもしれない。……どうあれ俺はしばらくここから動けないだろう。正確にいうと動く気力がないと言ったほうが正しい。
かといって、ハーフを率いて侵攻するつもりも覚悟も、今のところは無いのが正直なところだ。俺には重荷すぎる。

「はああああ……」

そうしてまた、大きくため息を吐く。ハーフという言葉や括りがこんなにも重いものだとは微塵も思っていなかった。まるで羽をもがれた鳥のように、急に自由が奪われてしまった感覚に陥っている。
うだうだと何度も悩んで投げやりになってを繰り返しながら、……気づいたら眠っていた。このまま穏やかに眠り、ハーフの村での初めての朝を迎える。はずだったのだが。

ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!

真夜中。突如、村中に鳴り響く不協和音に驚いて飛び起きた。心臓をバクバクさせながら訳が分からないままベッドから飛び降りてカーテンを開けて、驚愕する。

「な、なんだよ……これ……」

──村が、火の海となっていたのだ。幸い、まだここまで火の手は回っていない。外から聞こえてくる甲高い声に心臓を大きく鳴らしながら階段を駆け下りると、荷物を背負ったリヒトの母さんがいた。俺を見るなり、マントを上から被せると、フードも深く被らせられる。

「い、一体何が!?」
「大丈夫よリヒト、私が絶対に守るから。さあこっち、早く」
「……っ」

腕を引かれて裏口から家を出る。どうやらこのまま森へ入って村を出るらしい。俺のことをリヒトだと思っている彼女は力強く俺の手を握り締めていて、とてもじゃないが振り払うことはできそうもない。仕方なく訳が分からないまま一緒に走りだす。……その間、後ろを少しだけ振り返ってみると。

「──……嘘だろ、」

昼間に見た、武装したハーフたちと一戦交えているのは……"あの"ハーフたちだった。リヒトに似せた容姿は相変わらず、強さもそのままらしい。ハーフを使ってハーフを殺す。いつだったか、聞いたことのある悪夢を目の前にしながら無言で足を動かしていた。
どうしてこうピンポイントに襲われるんだ。ここまできたら俺の運の無さを呪うしかない。

「あ、あの!マハトさんは!?」
「あの人なら心配ないわ」

俺は彼が今、どこで何をしているのかを知りたかったのだが、言葉はそのまま切られたままだった。それよりも今は自分と俺のことでいっぱいいっぱいらしい。息を切らしながら、ひたすら森を目指して煙臭く背後から赤く照らされている田舎道を走っていた。
のだが。
急に彼女がぴたりと止まる。まさにあと数メートルで森へ行けるところだった。思わず背中にぶつかってしまい、下げていた視線をあげた時。

「探したぞ、少年」

本来ならば白いであろうコートが揺れる。思わずその姿を見て、ぞくりと一度震えあがってしまった。……目の前にいたのは、あの研究者の男だったのだ。あんなにも殺したくて死んでほしくて堪らなかった相手なのに、今は戦意よりも恐怖の方が勝ってしまっている。なぜならば。俺も、ハーフだと知ってしまった今。捕まったらどうなるか、容易に想像できてしまうからだ。リヒトの傷は何度も見ている。ハーフたちが最期どうなるのか嫌というほど見ている。

「まさかこんなところにいるとは思っていなかったが、好都合だ。間抜けな研究者どもに恩を売れるついでに最高の被験体も回収できる……なんて良い日だろう」
「この子は絶対に渡さない……!」

リヒトの母さんは俺を隠すように男と俺の間に入っていたが、直後、横に弾かれたように飛ばされ倒れる。一瞬の出来事にすぐ後ろにいた俺ですら何が何だか分からない。咄嗟に駆け寄り身体を仰向けにしてから慌てて視線を動かすと、少し離れた茂みが動いた。あれは人造ハーフだ。ということは今のは波動弾あたりだろうか。何にしろ、生身の人間相手にポケモンの技をぶつけてくるとか正気じゃない。

「リヒトは超再生だったが、さて少年、君はどんな能力を持っている?」
「っ俺にはそんなの何もない!」
「そんなはずはない。人間の姿に近いハーフほど超越した力を持っているなんてこと、研究者ならば誰でも知っている。さあ、来い」

迫りくる腕に腕を掴まれる寸前。
──……目の前に黒い塊が落ちてきた。音もなく現れたそれは即座に両手を構えると、秒も経たないうちに波動弾を打ち放つ。ドォン!と地面に当たって土埃が一瞬の突風とともに豪速で俺に襲い掛かる。咄嗟に目を細めて腕で顔を守ってから、顔を上げて前を見る。黒いマントが、揺れている。

「……やはり、来たか」
「村も大事だが、何を優先すべきかは私にだって分かっている」

静かにそう言ってから振り返り、俺の腕に支えられている彼女に視線を向けていた。それから俺を見て、リヒトの母さんは無事だという意味も込めて頷いて見せると、スッと視線を前に戻す。
火の手がだんだんと後ろから近づいてくる中、前からはぞろぞろと人造ハーフが出てくる。まさに多勢に無勢。四面楚歌もいいところだ。

「久しいな、マハト。どうだ、私の可愛いハーフたちは」
「ただのジャンクに興味などないのでね、感想を求められても困るな」
「全ての個体にリヒトの一部を取り入れているのだが、これがまた素晴らしい働きをしてくれているんだ」
「…………」

今の話……研究者の男とマハトさんは知り合いだったのか?呆然としながら見ていると、またもや音もなく目の前に黒い塊が落ちてきた。それは一度マハトさんの隣に立ってから、振り返って真っ直ぐに俺のところにやってくる。……森に残してきた、アイツだ。いつの間にか義手と義足が付いているし、なんでここに俺がいるって分かったんだ?

「お、おい、」
『アヤトを連レて逃ゲる命ヲ受けテいる。乗っテ』
「命ってだれに、」

半ば無理やり引っ張られて乗った。途端。キィイインと激しい耳鳴りに襲われる。思わず耳を塞ぐと、背負われていた身体も地面に落ちる。歯を食いしばりながら見ると、マハトさんが膝をついて俯いている。アイツもうずくまるように耳を必死に押さえていた。……俺だけじゃない、ということは。

「私は君が目当てで来たのだ。逃がすわけにはいかない」

キィイイン。激しい耳鳴りで眩暈がする。悠々と歩いてくる男を細めた目で見ていると、その背後でゆらりと黒い影が揺れた。そうして振り返る男目がけて真っ直ぐに振り落とされる腕は、……容易に避けられて手首を強く掴まれ持ち上げられる。

「驚いた。この音の中で動けるとは流石だ。聴覚が優れている者ほど辛いはずなんだが……。やはり君相手ではもう少し強くしても良かったのだな」

身体だけが沈み、空いている方の手が乱暴に顎を掴んで上を向かせた。マハトさんのフードが後ろに落ちて、細く青い髪が揺れる。

「人間の私に、家畜である研究者に、こうして見下ろされる気分はどうだ?」
「滅多に、無い機会で……たまにはこちら側の気分を、味わうのもいいものだ」
「よく言う。立ち上がることすらできないくせに」

掴んでいた顎と腕を放り投げるように離すと、今度こそ俺の前までやってきた。耳を押さえていた両手を無理やり剥がされたと思えば、頑丈な手錠をかけられる。ついでに同じような素材でできた首輪もつけられ、グッ!と後ろに引っ張られる。急に喉へ食い込む冷たい塊に息が詰まって、激しく咳を繰り返す。……こんなのまるで奴隷だ。

「待て。……その子は、人間に近すぎるが故、本当に何も、特別な能力はない。……私のほうが、被験体として優秀だと思うが」
「──……ほう。その話が本当ならば、確かにその通りだ」

苦しみに耐えながら引きずられる中、苦しそうな声が聞こえた。意識を手放しそうになりながら、揺れる視界にマハトさんの姿が映る。ゆっくり時間をかけながら立ち上がってみせるその姿を、俺はしっかりと見た。
──……俺の代わりに、なろうとしてくれている、?

立ち止まっている男の足に一縷の望みをかけた。のだが。再び力強く引っぱられて圧迫される喉元に、今度こそ意識がふわりと浮いてしまった。

「……が、しかし。私はハーフにしか興味がない。よって少年を連れて行く」
「……本当に、性格が悪いな。いつまでもこんなことをしていないで、さっさと私を、殺していけば、良いものを」

最後にクスリと笑う声がしたのを覚えている。そして男が、こういっていたことも。

「君が死んだところで何も解決はしない。過去を清算することはできない。……お互い、落ちるところまで落ちようではないか」




- ナノ -