Re:vival -2

「自分と同じ顔をした者が死んでいる姿を見るというのは、どのような気持ちですか」
「廃棄されるのは当たり前のことだ。特に何とも思わない」
「……そうですか」

頬にべっとり着いた血を乱暴に拭う姿を見る。感情豊かな子どもたちと共に過ごすうちに少しでも変わっているかと思えば、そうでもないらしい。……ああ、これをアヤトが知ったのならば、また面倒なことになりそうだ。

面倒なことと言えば。今まさに、その状況でもある。
──長い廊下の先。血まみれの床を踏みながら堂々と立ちはだかっている彼に視線を持ってゆく。
キュレム。ある時は人を食らう化物と恐れられ、またある時には科学の力により人間の傀儡となっていた憐れなポケモン。しかし、流石、曲りなりにも伝説のポケモンと言われているだけある。この血の海を生み出したのは、紛れもなく彼一人なのだから。

「博士は何処だ」
「ああ?博士?出来損ない共を引き連れてきたクソ野郎のことか?一目散に逃げて行ったぜ。へっ、俺様がここにいるとは思わなかったんだろうな。ざまあみやがれ。……しかしまあ、面白いこともあるもんだ」

にやり。鋭く波打つ歯が顔を見せる。その視線の先には、シュヴェルツェがいた。彼がここにいること自体何か裏がありそうだが、加えてシュヴェルツェに関心を寄せる理由はなんなのか。確かにシュヴェルツェは我々ポケモンから見ても人間なのかポケモンなのか判別できないが、彼の視線は素性を探るものではない。

「この先に何があるのですか」
「さて、どうしたものか」

会話が成り立たない。こちらの質問には一切耳を貸さず、後頭部を軽く引っ掻きながら後ろを見る。……視線の先は、真っ暗だ。しかしながら、ここはヒウンシティである。私が知らない訳がない。

「この先には、研究所があるのでは?」
「へえ、なぜそう思う?」
「思うも何も、ここは昔から公の研究所から爪弾きされた異端の研究者たちが密かに集まり活動している場ですよ。ある意味、変態の集合地とも言えるでしょう」
「変態ねえ……はっ、あながち間違っちゃいねえな」

やけに楽しげにそう言うと、片手に持っていた氷製ナイフをホルダーに仕舞う。それから血だまりを踏んで振り返り。

「仕方ねえ、俺様が聞いてきてやる。ここで待ってろ」

そういって彼が闇の中へ溶けてゆく。それを追いかけようとするシュヴェルツェを引き留めると、少しばかり睨まれた。無言ではあるが、目で"どうして止めるんだ"と訴えかけているのがよく分かる。

「いいですか、現時点では大人しく待っていた方がこの先へ進める可能性が高いのです。ああいったタイプは一度でもへそを曲げると元に戻すことはほぼ不可能です。ですから今は逆らわず、大人しく言うことを聞いておくべきでしょう」
「……ふむ、そうなのか。勉強になる。流石イオナ先生だ」
「……先生ではありませんが」

思わずぎこちなく答えてから、どれほど経った頃だろうか。奥から足音が聞こえてきた。ひとつは先ほど闇へと消えて行った彼のもの。そしてもうひとつは聞いたことの無い足音。今まで会ったどの研究者とも違い、やけに堂々としているように聞こえた。
そうしてぼんやりと輪郭を現した時、同時に彼は驚きと笑みを浮かべてシュヴェルツェを見ていた。

「──すばらしいッ!!彼はどう見ても完全に現在の研究対象と同じ外見ではありませんかッ!一卵性双生児!?いえしかし人間以外では極めて稀、ですが予てよりこの種族にも一卵性双生児が生まれる可能性はあると言われて、」
「おいうっせーぞクソメガネ!」

彼が怒鳴る横、変わらずシュヴェルツェを観察しながら一人興奮気味に言葉を続ける男。白い白衣と手袋を身に纏い、きっちり後ろへまとめられた明るい金髪からは一束だけ青い髪が飛び出ては揺れている。
姿を見て、素直に驚いた。
整った顔立ちに相反した危険な思想を持ち合わせながら今もなお前線で研究を続けているこの男は、とても有名な科学研究者だ。……アクロマ。以前は己の研究欲求からプラズマ団に加担していた過去を持っていることは、世間一般にも知れ渡っている。しかしそれでも彼が批判されないのは、その頭脳と研究意欲が人ならざる者のようだからだろう。現に彼が発明したいくつかの物は改良を重ね、今ではトレーナーとポケモンを助けるアイテムとして全国的に売られているのだから。

「オレをずっと見ているが、この男は何なんだ」
「いえ、それよりも先ほどの言葉です。シュヴェルツェと同じ容姿の研究対象とは、どういうことですか」

その問いにこちらへ視線を向けると片手で親指だけを立て、背後を指差す。そうして未だに目を輝かせながらシュヴェルツェを見ているアクロマの襟首を掴み、半ば強制的に再び闇へ消えてゆく。……ついてこい、ということか。一応、警戒しながらシュヴェルツェを連れて歩みを進める。少し離れた先、ひとつの背中と白い物体が動いているのを見ていると、急にそれが左横へと消えて行った。進み、同じ場所で立ち止まる。

「……?、どうしましたか」

閉ざされた分厚い扉の前。シュヴェルツェの様子がおかしいことに気が付いた。大きく目を見開いて、珍しく驚いている様子を見せている。
中に、何があるのか。
目を細め、扉に一歩近づくと。自動扉が開く。薄暗い空間が広がっている、その真っ直ぐ先には。

「──……、!?」
「お探しのモノは、これだろう?」

ゆっくり。ゆっくり近づいていったシュヴェルツェがこちらを振り返って、頷く。それにまた驚いて、巨大なカプセルを見上げた。……まさか。まさかだろう。なぜならそう、あの時確認したのは紛れもなくこの自分。あの時は確かに、……、。

「言っておくが、今日来たクソ野郎が元凶だぜ。それを俺様がぶん盗っただけだ」
「え、……ええ。……とても困惑しておりますが、分かりました。細かいことは置いておきましょう。……ですが、貴方は彼とアヤトの関係を知っているはずです。何故すぐこちらへ引き渡さなかったのですか?何かアヤトに恨みでもあるのでしょうか」
「おや、某巨大カンパニーの頭脳とも呼ばれている方が愚問ですね」
「…………」

シュヴェルツェに近寄り髪の毛を一本抜いたと思うと、すぐさま顕微鏡等の器具を引っ張ってきてずっとパソコンと見合っているアクロマが言う。思わず眉をぴくりと動かすと、一度顔を上げてこちらを見てから今度は電子キーボードの上で指先を一心不乱に動かし始める。

「これを再生する技術を、あなた方はお持ちですか?」
「……いえ」
「この姿を、少年に見せたいと思いますか?」
「……いいえ」
「つまりそういうことです」

だから、腕は確かなアクロマに任せてここで密かに行っているということか。……どうも何か引っかかるところがあるが、まあ納得はできる。
こちらに背中を向けたアクロマから視線を外し、ずっとカプセルの前に佇んで見上げているシュヴェルツェを見た。同じ容姿の死体を見て、"特に何とも思わない"と言っていたが。やはり、オリジナルともなるとそうはいかないのだろうか。

「……貴方の技術は死者までも蘇らせてしまうのですか。もはや神の領域ですね」
「そうであればさらに研究も楽しいのですがね」
「というと、?」
「──……自己再生、ですよ」
「っまさか、そんなバカな!心臓は確実に突き破られていました、それを再生!?ありえな、」
「あり得ないことは無い。ですから面白いのですッ!」

嘘を、言っているようには……思えない。それではまさか、本当に。シュヴェルツェと同じくカプセルの中身を見上げ、息を飲む。
アヤトがいる手前、解剖はできずにそのまま棺桶へ入れたのが逆に功を奏したのか。あの時完全に腐敗していたあれが、今や静かに動いている。こうなってしまってはもう、本当に同じ生き物だとは思えない。

「不死身、……なのですか」
「いえ、再生能力が著しく発達しているだけです。その分、彼の寿命は短いでしょう。来るべき時が来れば、我々と同じように眠りにつきますとも。それはそうと、」

急に立ち上がり、目の前までやってくるとシュヴェルツェを見てからこちらに視線を移す。

「もしや彼は、──クローンですか」
「この短時間でそう判断するとは、流石ですね」
「実に興味深いッ!完全なクローンは初めて見ました、よろしければ少しばかり身体をお借りしても!?」

アクロマの言葉に弾かれたようにやっと動いたシュヴェルツェを見て、嫌な予感がした。つい先ほどの会話をすべて消去したいと心から思ったほどに後悔した。
しかしもう、それも遅い。私が止めるよりも早く、シュヴェルツェがアクロマの前に一歩と言わず二歩三歩と歩み出て。

「足りない部分は、全てオレから移植してほしい。見たところ、内臓全てと眼球が必要ではないだろうか」
「シュヴェルツェ、待ちなさい」

腕を掴むと、こちらを真っ直ぐに見返してきた。強い意志を感じる。
……が、しかし。
ここで全てを移植されてはこれからが困る。今すぐアヤトに情報を与えてもいいというのならば話は変わるかもしれないが、少なくとも今は確実にシュヴェルツェも連れて帰らなければならない。またアヤトに精神的苦痛を与えたならば、今度こそ立ち直れなくなってしまうかもしれない。それは、いけない。

「ここへ来る前、アヤトに言われた言葉を忘れたのですか」
「覚えている。……無理はするなと、言われた」
「アヤトは貴方を心配していたのです。分かりますか、貴方自身を、です」
「しかし、……オレは、今こそパーツとしての役割を果たさねばならない……」

ぎこちなく言うシュヴェルツェを見て、少しばかり安心した。まだ、少なからず迷いはある。アヤトの言葉が効いているのだ。それだけでこれまでの旅もきちんと意味を成している。
しかし、義務として受け入れているものを完全に曲げられない気持ちも分かる。きっと簡単にはシュヴェルツェも引かないだろう。だとすれば、……仕方がない。

「肺や腎臓など二つある部位や半分でも機能する臓器は移植しても良いでしょう。ただし、今まで通り動けるレベルを保ってください」
「もちろんです!既にそういった機械は出来ていますよ」
「追加で片目もお願いしよう」
「眼球!いいですねッ!」
「…………」
「両目でも良、」
「片目にしなさい」

買い物でもするかのような気軽さに思わず額に片手を当てて目を瞑った。その間もこれから始める実験を楽しむアクロマの声と、やはり淡々と受け答えしているシュヴェルツェの声が聞こえていた。……ああ、頭まで痛くなってきた。

「残念だったなクソ猫二号。あのクソガキにどう説明するんだろうなあ?」
「それは簡単です。ハーフとの戦闘を理由にしますよ。……問題は、」
「もう一匹のクソ猫だな?」

書類を乱暴に横へ動かし、机に座っているキュレムが笑う。
ええ、そうです。アヤトならばいくらでも誤魔化せる自信はあるけれど、……ロロさんは、どうでしょう。最後まで隠し通せる自信はあまり無いが、今はまだ彼にも伝えるべきではないことは分かる。

「ま、せいぜい頑張れよ。イオナセンセイ」
「……聞こえていたのですか」

他人事、そして自分が隠していた秘密を押し付けることができた解放感からか、ケラケラ笑いながらこちらを見ているキュレムを睨む。ああ、眩暈までしてきた。
……こちらに来たのは間違いだったか。今更思ってももう遅い。
顔を上げ、カプセルの中に静かにたゆたうものを見て。

一つ、大きくため息を吐いた。




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