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そもそも、狙いは何なのか。
ジャイアントホールに着くまでの短い時間で訊ねてみると、すでにロロは二通りの予想を立てていた。
まず一つ。過去に研究所を破壊された報復のため、キュレムの住処であるジャイアントホールを襲ったが、生憎不在、代わりに父さんと母さんがとばっちりを受ける羽目になった可能性。
そしてもう一つは、──……俺だ。
「彼は異様なほどアヤくんに殺意を持っていた。そんな君を今度はおびき寄せるため、関わりが深く且つ捕らえやすい人物を選んだ可能性だ」
「でも俺は、あのクソ研究者に母さんたちのことを話したことはないぞ!?」
「確かに君は話していない。仄めかすこともなかっただろう。でも、彼は知っていた。……それは多分、」
リヒトくんを通して、知ったんだろう。
……リヒトは確かに、歓迎会の時に母さんと父さんに会っているから知っている。しかしそれがどうして今に繋がるのか。もう一人の名前をロロから聞かなければ、俺はずっと分からないままだっただろう。
「シュヴェルツェくんは、彼に造られたと言っていた。そしてもうひとつ。……シュヴェルツェくんは、誰のクローンだったかな」
「そうか、リヒトだ!そういやアイツ、リヒトから記憶も引き継いでいるって言っていた!ということは、シュヴェルツェを生み出す過程で研究者の野郎がリヒトの記憶を見れた可能性もあるってことか……っ!?」
「大正解。……どちらにせよ、今、ひよりちゃんたちが危険なことに変わりはない」
ロロの言葉に唇を噛みしめながら、ひっそりと拳を強く握りしめる。そうして強風に煽られるのに耐えながら、雲切るエアームドの羽先を目を細めながら見ていた。
──……雲を勢いよく抜けた先、目下。広大な森が現れた。近隣の町は晴れているのに、なぜかあの森だけ暗く、また白い霧が立ち込めている。あの森のどこかに、映像で見たような洞窟の入り口があるのか。
「お、おい、ロロ……」
「ここから一キロ先、五時の方向に着陸を」
『承りました』
そういうと俺を見て、わざとらしくニコリと笑みを浮かべるロロ。当たり前のように無視をしてすぐ視線を外し、下降に備えるためさらに体勢を低くして握る革製の手綱にグッと力を込めた。
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はじめ、何事かと思った。
いきなり警報のようなけたたましい音が鳴ったのだ。一度大きくソファの上で飛び上がってから、テーブルにマグカップを置き、すぐに傍まで来てくれたグレちゃんと顔を見合わせる。
「ひより、何かキュウムから聞いていたか」
「ううん、何も聞いてない……なんだろう」
「とりあえずカメラを見てみよう」
アクロマさん作の超小型監視カメラは、洞窟の入り口とここへ繋がっている道の中間地点の計二か所に設置してあるらしい。なんのために付けたのかと聞けば、興味本位でキュレムを探しに来るというトレーナー対策だと言っていた。そういえば、キュレムも伝説のポケモンだったんだっけ、とそこでふと思い出したぐらいの私は「へえ、そうなんだ」としか答えなかったが、今になってこの監視カメラの有難さを思い知る。
「──これは、……なんだ、?」
指先で画面を拡大するグレちゃんの横、私も同じくそれを見ていた。入口よりまだまだ先ではあるが、……何かが、確実にこちらに近づいていた。グレちゃんが目を細めながらさらに映像を拡大する。
──……青い髪に、赤い目。背中からは色とりどりのコードや見たこともない形状の機械、そして死神が持つような大きな鎌が生えている。
思わず、口元に手を添えて、慌ててグレちゃんの服の裾を握りしめる。
「グ、グレちゃん、あの子たちみんな、……リヒトくんに、似てる、よね?」
「ああ。だがリヒト本人はいないようだ。映像からでも分かるぐらい、敵意と殺意を持っている」
ぞわり。一度ひっそりと震えあがってから、慌てて通信機の電源をいれてロロ以外に連絡を入れる。アヤくんと一緒にいるであろうロロには後で伝えよう。……しかし、こういうときに限ってみんな出ないものである。忙しいのだろうか、焦る気持ちを抑えながら何度もコールを鳴らすと、唯一出たのがチョンだった。
チョンは鋭い。私の声を聞くなり、異変を察知してくれたのだ。手早く事情を話して、連絡と救援はチョンに任せて一旦通信を切る。……まだ時間はある。落ち着いて、行動しよう。
「グレちゃん、どうする」
「目的が何なのか分からないが、ここを目指しているのは確かだろう。鉢合えば、戦うしかない」
「なら抜け道から逃げよう。グレちゃんだけで戦うのは危険すぎるよ」
「俺ならもう、万全だが」
「私も盾になれるけど」
「…………ずるいぞ、ひより」
少し口先を尖らせてみせるグレちゃんに向かってニッと笑ってから、画面から離れて必要最低限の荷物を鞄に詰める。洞窟に籠城するよりも、別の場所へ移動した方が良いだろう。
……それにしても、あの子たちは何なのか。リヒトくんに似ている点から考えれば、ハーフだと思うのだが。あの外見からだと、改造ポケモンという言葉の方がしっくりくるような。
「アヤくんとリヒトくんに何かあったんじゃ……」
「大丈夫だ。アヤトにはロロもついているだろう。行くぞ、ひより」
「……うん」
差し伸べられた手をぎゅうと握り、分厚い隠し扉をゆっくり開く。それから一気に階段を駆け下りて、薄暗く荒削りされた道を息を切らして走る、走る、走る。
……出口までもう少し。だんだんと道も仄明るくなってきたところ、急にグレちゃんが立ち止まった。
「……まさか、」
「そのまさかだ。出口に多分……三体はいるな」
「戻る?」
「だめだ。まだ隠し通路の扉が見つかっていないだけで、もうあの場にも来ている。足音が複数聞こえる」
繋いでいた手を離し、手のひらからばちりと少しばかり放電させる。
……やはり、戦うしかないのか。少し震えている自分の手をもう片方の手で包み込んで握りしめる。それからゆっくり目を閉じて、息を吸う。──……敵意を持つ誰かと戦うのは、いつ振りだろうか。
「こうしてまた、ひよりと共に戦える日が来るなんて思ってもみなかったな」
「え、嬉しいの?」
ふと聞こえた声色がやけに楽しそうで、驚いて訊ねると大きく頷いて見せる。
「もちろん。戦うことこそポケモンの本望だろう?ひよりのためならば、尚更嬉しい」
「……グレちゃんこそ、ずるいよ」
そんなことを言われては、"戦わないで"なんて言えないではないか。こうなってしまってはもう、腹を括るしかない。握っていた拳を解き、そのまま両腕も大きく広げて見せると、目の前にいたグレちゃんもなぜか一度周りを見回してから小さく両腕を広げて見せた。そこへ倒れる勢いで飛び込んで、身体を寄せてきつく抱きしめる。安心する、大好きな匂いだ。
「無理は絶対にしないこと、自分を第一に考えること」
「悪いが二つ目は約束できないな。ご主人様が第一だ。そこは今も変えられない」
「分かりました私は絶対に前へ出ませんグレアさんの後ろにおります!」
「とか言って、つい動くのがお前だろう」
……はは、よく分かっていらっしゃる。
横を見ながら苦笑いを浮かべていると、背中に回っている片腕に力が入り、後頭部に添えられているもう片方の手が優しく撫でる。
「頼むぞ、ひより。信じている」
「プレッシャーかけてくるね!?……でも、うん、分かったよ。頼むよ、相棒。信じてる」
「ああ」
バァンッ!、無理やり突き破られた出口側の扉から土煙が舞う中、ぶつかるように生まれた白い煙が雷を纏って土煙を引き裂いた。一気に晴れる視界に捉えるは、相手の姿。びりびりと肌で感じる殺気に一度震えあがってから、一歩私の前に出るゼブライカの姿に心を落ち着けて。
「──グレちゃん、放電!」
怖がっている暇はない。
なぜなら私は、"トレーナー"なのだから。
ひるむな、前を向け。相手をしっかり見極めろ。今までの経験を生かして、考え、戦え。
私の指示で、未来が変わる。
……彼を先導するのは、私だ。