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「あり得ない話ではない。即刻廃棄してくれ」
「…………」

三人が無事に帰ってきて早々、セイロンさんがロロたちにシュヴェルツェの可能性について話したところ、今に至る。
みんな予想はしていたさ。シュヴェルツェならば迷わず自身を切り捨ててくれということを。それでもあれから少しずつシュヴェルツェにも変化があった。例えば……食べ物のこととか。だからそう、少しは迷ってくれるかなーとか期待をしてはいたのだが。

「リヒトがいない今、リヒトの代わりにすらなれないオレは必要ない」

過去の俺の発言がここにきてシュヴェルツェの背中を後押ししてしまうのか。そう思うと、つい額に手を当てて下を向いてしまった。……いや、いいや。俺は間違ったことを言ってはいない。だって、誰だって自分以外の誰にもなれやしないのなんて当たり前じゃないか。シュヴェルツェがリヒトに代わるだなんてバカバカしくて話にならない。

「……ロロにいも大変だね」
「はは、そうだねえ」

俺の後ろ、祈がイオナの手当をしている横。セイロンさんがロロに傷薬を吹きかけながらぽつりと言った。ちぇっ、大変なのは俺の方だってーの。
それはともかく、やっぱりシュヴェルツェを前にして思った。外見がリヒトに似ているからという理由だけではない。まだ少ししか一緒にいないが、もうすでに俺はコイツにも少なからず情が移ってしまっている。本人が言うほど簡単に切り捨てることはできないのだ。それはもちろん、俺だけではなく。

「シュヴェルツェくん、マシュマロ、焼かないのお?」
「……焼かない。オレはここで廃棄される」
「甘くて、ふわふわでえ、とろぉってしてえ……すっごく美味しいんだってえ」
「………………」

ナイス、エネ。そして何事にも決して揺るがない意思を持っているくせに、知らないもの(特に食べ物)とかに対してすぐ左右されるシュヴェルツェ、ナイス。
その間に俺は考える。シュヴェルツェに発信器が付けられているとして、これを逆に利用することはできないものか。シュヴェルツェだけ一旦別行動をさせてその間に俺たちは回り込み、袋叩きにできないものか……。おっ、これイケるんじゃないか?

「あら、ロロおじさま。通信機が鳴っていますよ」

ふと。詩がロロの小さなバッグの中から小さな機械を取り出した。受け取り、首をかしげながらボタンを押すロロ。その間に俺もロロの隣に座って様子を伺う。透明な画面が浮かび上がり、砂嵐の音が聞こえる。直後、大きく揺れる画面に白髪が映る。赤っぽいメッシュが入っているこの人は、チョンさんで間違いない。

「チョン、珍しいね。どうしたの?」
『やっと繋がったー!ちょっと待ってて、ロロ』

そういうと画面の視点が急に低くなり、かと思えば一気に空へ急上昇。人の姿からポケモンの姿に変わったのだろう。なんだか自分まで空を飛んでいるような気分になれる映像である。

「……チョンにい、どうしたの?」
『あれーもしかしてー、セイロンも一緒にいるのー?』
「……うん」
『そっかー……そっかー、うんー、……でも、仕方ないよね!ごめんねキューたん、オレ知ーらない!』

ロロも含めて何のことだかさっぱり分からないまま、段階を踏まえて拡大される画面を見る。──……真っ先に気付いたのは、もちろんロロとセイロンさんだった。急に二人して立ち上がり、画面を食い入るように見る。
俺にはただの森にしか見えなかった。昼間にしては薄暗く、白い霧がうっすらとかかっている場所。信じられないものを見るような二人の様子がただならないというのは、俺でも分かった。数テンポ遅れて立ち上がり、俺も覗き込むように画面を見てみると。
──……洞窟に向かって進行している、数人のハーフの姿。

「っこ、今度はなんなんだよ!?ていうか、ここどこ!?」
「──チョン。さっきのセリフ、……まさかとは思うけど、」
『そのまさか。キューたん、一人でどこかへ行っちゃったみたいでさー。ひよりから連絡が入って急いで援護に向かっているところ。一応、ハーフと関わりが深いアヤくんとロロにも言っておこうと思って』
「え、……まさか、……あの洞窟の中に母さんがいるのかっ!?」

なぜ、どうして。急にまた色んなことが起こりすぎて訳が分からない。どうしていつもこうなんだ。一難去ってまた一難。これをあと何度繰り返せば終わるんだ?
そんな中、イオナの方にも通信が入っていた。俺たちの様子を伺いながら何かを話していたようだったが、急いでイオナも通信を切りロロの方を向く。

「ルベライトより連絡です。ヒウンシティにもハーフが現れました。場所はヒウン下水道。ハーフ含め、研究者もいます。……どうやらこちらが本命のようですね。我々を深追いしなかったのは足止めが本当の目的だったからでしょう」
「はあっ!?街の人たちは!?」
「避難済みです。ですが、今回は住民を襲うことが目的ではないようです」

別々の場所でほぼ同時にハーフが現れる。……前回、サンギ牧場とヒウンシティを立て続けに襲った出来事と似ているではないか。
何はともあれ、最優先は母さんだ。ヒウンシティにはトルマリンたちを含めて万が一のときに抵抗する力がある人たちが沢山いる。しかし母さんの方は、キュウムが傍にいないということは……父さんしか、いない。無理だ。いくら武術ができる父さんだからといって、ハーフたちを相手に生身の人間が勝てるわけがない。

──……親友がいなくなり、家族までもこの世界で失ってしまうのか。


「っざけんなよ……っ!」

バッグを引っ手繰って乱暴に肩に引っかけた。それから腕時計のボタンを力強く押し、自分自身で確認するため電話をかける。ワンコール、ツーコール……。いっそのことはっきり聞こえたチョンさんの言葉が自分の聞き間違いであってほしいと願いつつ、やっと繋がったヤツに言葉をぶつける。

「っおいキュウム!お前、今どこにいるんだよ!?」
『ぴーぴーうっせーな。何処にいようが俺様の勝手だろうが』
「母さんが大変なんだぞ!?お前、母さんのポケモンだろう!?早く戻れ!」
『…………』

キュウム側の映像は薄暗くて何が何だか分からないが、俺の方はちゃんと見えているはずだ。俺だって余裕なんかない。顔に出やすい俺だからこそ、表情から母さんに何が起ころうとしているのか察して欲しかった。
正直、ロロやイオナがいてもあの数のハーフを相手に余裕で勝てるとは思えない。だから仮にも伝説ポケモンであるキュウムの力も借りたかった。のだが。

『──ジャイアントホールだ』
「はあ!?ジャイアントホール!?」
『ひよりたちはそこにいる』
「もちろんお前も来るんだろ!?」
『俺様は俺様のやることがあんだよ。心配ならテメエがどうにかすればいい』
「あっ、お、おい!」

ぶつん。電子音が鳴る。
一方的に切られてしまったが、これで確実にキュウムは別の場所に居て、それでいて助けにも来ないことが確定してしまった。そうともなれば。

「エアームドはすでに三体待機しております」

流石イオナだ。ルベライトと通信していたとき、すでにエアームドを呼び寄せていたらしい。外へ出ると二体いるうちの一体に、すでにロロが乗っていた。その上空、セイロンさんはすでに飛び立っている。この時ばかりは、あの人の母さんに対する執着心をありがたく思えた。そうして俺も駆け足でロロのところへ行く直前、イオナに呼び止められる。

「アヤト、私はヒウンシティへ向かいます。よろしいですね」
「ついでにキュウムに会ったらぶん殴っておいてくれよ」
「いえ、早死にしたくないのでお断りいたします」

真顔で返すイオナの隣。シュヴェルツェが一歩前に出て俺を見る。

「オレもイオナと共に行く。博士に聞かなければ」
「無理はすんなよ」
「……ああ、分かった」
「何かあれば連絡してください。すぐにとはいきませんが、応援には向かいますので」

祈たちをボールに戻しながら、とりあえず頷いて見せた。
今度こそ、ロロが先に乗っているエアームドの横へ行き、投げて渡された帽子と手袋をしっかり着けてから差し出された手を掴んでその背に乗る。
……上昇。慣れない浮遊感に心臓を鳴らし、なるべく下は見ないようにひたすら青い前方へと視線を向けていた。緊張と不安で、心拍数は上がる一方だ。

「父さん、母さん……」
「…………」

いつもベラベラと好き勝手喋るロロが今日はやけに静かだった。相当母さんのことが心配なのか、今回は俺に気を遣う余裕すらないらしい。
エアームドに乗りながら無駄な心配を膨らませないよう、別のことを考えるのに必死になる。ロロにもこれ以上心配をかけたくない。そんな気持ちもあったりなかったり。

そんなことだから俺は全く気付かなかった。
……後ろに座っていたロロが俺をずっと見ていたことなんて。これっぽっちも、知らなかったのだ。




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