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目を開けると、見慣れない天井だった。ポケモンセンターは白、森なら緑。ここは、……茶色だ。THE・木。しかし森ではない。丸太同士がしっかりと頑丈にくっついていて立派な屋根を作っている。ここは一体、どこなんだ。

「──……目、覚めたんだ」

片手で目を擦りながら上半身を起こしていると、声が聞こえた。間違いなく俺に向けられたセリフではあるが、聞き覚えの無い声で。驚いて声のした方へ視線を向けると、スッと立ち上がって扉へ向かう男。薄紫色の長い髪は後ろでひとつにまとめられていて、民族衣装みたいな何か変わった服を着ている。……まてよ。俺、この人見たことある、……。

「あ、え、えっと、!セ……セイロン、さん……?でしたっけ……?」
「…………」
「あれっ!?違う!?ちっ、違ってたらごめんなさいっ!」

俺の声に一度立ち止まって振り返り、表情ひとつ崩さなかった彼がフッと笑う。ああ、この人、こんな顔もできるんだ。

「……俺の名前、憶えていたんだ」
「ええ、まあ、はい。母さんのポケモンだし、一応」
「そう。……ここで待っていて。お前のポケモンたちを呼んでくる」

……アヤト。俺も、お前の名前は憶えている。、そう付け加えてから出ていった。
セイロンさん、種族はコジョンド。彼は母さんのポケモンで、第一印象は母さんのことを好きすぎる・無口でよくわからなくて不愛想だと、記憶している。しかし何だろう。今話してみたら、意外と印象は悪くない。いや、話しにくいのは変わらないんだけど、物静かでいい感じだ。第一印象があまり良くなかったおかげか?

「…………」

一旦、ぐるりと部屋を見回してみて。──……やっと、思い出した。
毛布を一気にめくりあげて、裸足で弾けるようにベッドから降りて扉を開いた。瞬間、誰かとぶつかり、後ろに尻餅をつく。顔を上げると、さっき部屋を出て行ったはずのセイロンさんが立っていた。その後ろ、祈たちもいる。それを見たときにはすでになぜか足が床から浮いていて、襟首部分に俺の全体重がかけられている服がギチギチと今にも千切れそうな不気味な音を鳴らしている。

「……待っていてって、言ったでしょう」
「でっ!でも、!ロロは!?ロロはちゃんと帰ってきたか!?」

意外と力があるようで、大声を出す俺の襟首を片手で掴み上げているのはもちろん彼である。手足を忙しく動かす俺を静かに眺めてから、先に祈と詩とエネの3人を中に入れてから自身も入り、後ろ手に扉を閉めるとやっと俺を下ろして口を開く。

「……ロロにいは、囮になって敵を撒いているところ」
「!?、お、囮って、どういうことだよ!?」
「アヤトくん、落ち着いて。セイロンさんも説明が足りなさすぎるよお!」

すかさずエネが間に入り、俺の腕を押さえるように抱き着いてきた。エネの言葉にセイロンさんは一度口を閉じると、再び背を向けて一人扉から出て行った。それと同時に祈と詩が肩の力を抜いて、俺にとりあえず座るように促す。

「アヤト、体調はどう……?」
「平気。それより、どうなってんだ?イオナとシュヴェルツェもいないようだけど……」
「二人はロロの加勢に行ったよ。絶対戻ってくるってイオナ言ってた。だから、心配しないでも大丈夫」

祈が俺の手をとって包み込むように握りしめる。……祈は師匠であるイオナに対して絶対の信頼があるようにも思う。アイツの言葉に対して疑うということを知らないのだろう。だから大丈夫だと言い切るが、状況が全く分からない俺には不安が未だに付きまとっている。
それを知ってか知らずか、詩が付け加えるように事の成り行きを説明しはじめた。

「敵は、例の研究者と人造ハーフよ。わたしたちが村から出てしばらく……そうね、30分ほど歩いたときかしら。彼らと鉢合わせてしまって逃げていたところ、偶然この辺りで修業をしていたセイロンさんが助けに入ってくれてね」
「……うん。ツッコみたいところが沢山あるが、とりあえず最後まで聞こうじゃないか」
「アヤトくん、えらあい」

頭を撫でてくるエネも置いておいて、詩の話の続きを聞く。

「でも当たり前のように全員逃げ切るのは難しくて、ロロおじさまたちが足止めをしてくださっている間にセイロンさんに連れられてここまで来たの」
「ちなみにここはセイロンさんの小屋だよお」
「ロロとイオナとシュヴェルツェ、みんな一度ここに戻ってきてたけれど、近くまで敵が来てることにシュヴェルツェが気づいて、それでまた陽動するのに出て行っちゃった」

……ここまで聞いた。俺はちゃんと聞いたぞ。しかしながら、おかしな点ばかりでどうにも納得がいかない。その都度説明をぶっ千切らなかったことは、ぜひとも褒めてほしい。よし、それじゃあ、お待ちかねの質問タイムだ。

「普通に考えて、……タイミングが良すぎないか?どうしてハーフの村の近くで、アイツらと鉢合わせするんだ?」
「ロロおじさまも同じことを言っていたわ。というか、誰がどう考えても不審に思うわよね。でもとりあえず、それは最後にしてちょうだい。はい、次」

横から祈に手渡されたペットボトルの蓋を開けて一口飲んでから詩を見る。おいしい水は、やっぱりいつ飲んでもおいしい。

「あのコジョンドは一体どっから湧いて出てきたんだ?こっちも出てくるにはタイミングが良すぎるぞ。あとこの小屋。ハーフの村からそんなに離れていないんだろう?こんな場所に小屋があるのもおかしい。……まさか、コジョンドも敵だったりしないよな」

瞬間。扉が開いて、彼が顔を覗かせる。

「……俺を、疑っているんだ?」
「うえっ!?あ、いや!?そんなこと、な、ないっすよ!?」

……ばっちり聞こえてるじゃねーかっ!!
閉じる扉と彼の様子を冷や汗を湧き出しながら見ていると、俺のすぐ目の前までやってきて。……一発、デコピンを食らった。不意打ちすぎて激しく瞬きをしていると、満足気に一歩後ろに下がる彼。おでこの一部分が熱を持ってジンジンする。地味に痛いぞ、これ。

「……仲間を、裏切るようなことは絶対にしない」
「──……、」
「そうよ!セイロンさんはわたしたちを助けてくれたのよ!?何言ってんのよ、バカ」
「……まあ、ひより以外の人間は信じないし、お前に対しては普通に裏切るけど」
「おい詩ー、俺この人のこと全然信じられないー」

エネと祈がクスクスと笑う。
冗談は置いておいて、先ほどの彼の言葉は間違いなく本心だと思った。あの赤い目は揺らぎなく、真っ直ぐに俺を見ながら言っていた。とっつきにくい人ではあるが、敵でないのは確かなようだ。なら、どうしてこんなところに小屋なんか作ったのか。

「……ここは、野生のポケモンも人間もいない。修業にはうってつけの場所だ」
「でも……他にもそういう場所、ありますよね?」
「……」
「ですよね?なぜここなんすか」
「……しつこい」

口を閉ざすセイロンさんは、もう俺が何を言っても効果はない。質問とブーイングをひとしきり言い終わったあと、がっくりと肩を落とした俺の横。エネが口を開く。

「ロロさんとセイロンさんって、長い付き合いなんですよねえ。ロロさんからお願いされて、事前にここを選んで用意しておいたのでは?……もしくは、他のお仲間さんからのお願いとかあ」

エネの言葉にも無言だ。……しかし、そうか。ロロなら事前にハーフの村へ行くことを知っていたし、保険として助っ人を近くに滞在させておくことも可能だ。それならそうと素直に認めればいいと思うのだが、どうしてか肯定するのを渋っているようにも思う。不思議だ。ロロ以外となると……ハーフのことを知っていそうな母さんのポケモンと言えば……あの灰色のデカブツしか思い浮かばない。まあいい。とりあえず、この件にぼんやりと理由付けができた。

「話を戻すが、詩、初めの質問の答えは?」
「なぜ、例の研究者たちと鉢合わせしたか、よね。ねえ、アヤト。思い出して。リヒトの遺体が無くなったとき、あのときもタイミングよく出くわしていたわ。おかしいと思わない?」

確かに、今になって考えてみればそうだ。俺たちはあの時、船から降りて数分もしないうちに墓場へ移動した。リヒトの遺体を持ち去ったあとに待ち伏せをしていたのならともかく、ヤツの手元にも遺体はない。どうして俺たちが、リヒトの遺体が無くなったことに気づいたときに同じくヤツも気づいたのか。おかしい。タイミングが良すぎるのはなんなんだ。

「……あの時、シュヴェルツェもあの場にいたの。彼に聞いたら、前からシュヴェルツェはアヤトのことを近くで見ていたらしいわ。──そして今は、わたしたちと一緒に旅をしている」

詩の声量が、だんだんと小さくなっている気がする。
……つまり、……つまりだ。詩が俺に言いたいのは。

「まさか、シュヴェルツェがヤツに俺たちの位置を教えているっていうのか……?」
「違う、!……違うの、少し、違う……」
「ええそうね、少し違う」

声を張る祈の肩に手を添えて、優しく諭す詩の姿はまさに姉という印象を受けた。そりゃもちろん俺だって、あの馬鹿素直なシュヴェルツェが裏切るだなんて信じられないけど。

「シュヴェルツェくんに、発信機がつけられているのかもしれない、って」
「意図せず、ね。本人が言ってたじゃない。あの研究者に造られたって。それなら、シュヴェルツェが知らない間に発信機ぐらい埋め込められていても、おかしくないと思わない?」
「……っ、」

確かに、そうだ。……それならば、理由がつく。寧ろ他に考えろと言われても思いつかない。それぐらいイオナは後をつけられないように徹底して道筋を考えていたし、俺もヘマをやらかした記憶がない。
でも、そうだとしたら、
……俺は、どうしたらいいんだ……?

シュヴェルツェを傍に置けば常に危険が付きまとう。いや、いいや。まずは本当にシュヴェルツェが原因なのかを調べないとどうにもできないが、でも。もしも、本当にシュヴェルツェに発信機が埋め込まれていたとしたら。それがもはや取り出せないような場所にあったのならば。

俺は、どういう判断をすればいいんだろうか。
シュヴェルツェを、危険を覚悟で傍に置いたままにするのか。切り捨てる、べきなのか。

"仲間を裏切るようなことは絶対にしない"、そう言い切った彼の赤い目が俺をまた真っ直ぐに見ていて。
どうにも、息を吸うことすら少しばかり苦しく感じた。




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