Re:vival -1

「よお、クソメガネ。調子はどうだ」
「もちろん順調ですとも!」

椅子を半回転させて振り返る男は意気揚々と答えた。その後ろ、明るい廊下から薄暗い部屋に入ってきた彼は、サイドテーブルにあるチョコレートに気付いて手を伸ばし、一粒摘まんで口に放り込む。ガリ、と噛んだ瞬間、顔をしかめて男を見る。

「なんだこのクソ苦えのは」
「コーヒー豆にチョコレートがコーティングされています」

再び視線を電子画面に戻して答える男の目の前には、天井から床に垂直に置かれている巨大なカプセルがあった。透明で分厚いガラスが乗る台座からは数多のコードが伸びていて、足の踏み場を侵食している。薄暗い部屋の中、唯一光るそれはどこか不気味でまた美しくもあった。
ごぽ。
カプセルの中で永遠と生まれては消える水泡が、ゆるりと弾ける音がした。彼は手に取っていたチョコレートをお皿に放り投げてから、液体に満たされているその中を見る。

「骨組みは完璧ですよ!あとは筋肉、皮膚、脳と接続を……」
「全然進んでねえな」
「驚異的な再生力を抑えておりますから、進まないのは当たり前ですよ。解放し適切な処置をすれば半月ほどで元通りになるでしょう」

青白く光る画面を前に指先を忙しく動かしながら、男が楽しげに言った。テーブルに散らばっていた、小さな文字がずらりと並んでいる紙を眺めていた彼は、横目で男に視線を向ける。
男と彼は何だかんだともう長い付き合いにはなるが、彼はどうしても男のことを好きにはなれなかった。科学者としての男はとても優秀でその力はとっくの昔に認めている。しかし、男自身のこととなるとどうしても受け入れられない。その理由は、男が自身の研究を最優先として生きているからではないかと、彼は思っている。事実、そうなのだが。

「あなたは早くお披露目したいのでしょうね!ですが!まだ研究は続きます!こんな素晴らしい実験体は、きっと他にはいないでしょうから!」

明らかに興奮気味の男に彼は小さく舌打ちをした。自身が研究対象から一時でも外されたことは喜ぶべきことではあるが、しかし、やはり別の科学者に渡すべきだったかとふと思った。
この様子ではカプセルの中身が復活する時はまだまだ先になるだろう。……彼女に知られる前までには、どうにかしたいところなのだが。

「テメエがそれをどうしようが勝手だが、約束はきちんと守ってもらうぜ」
「ええ、それはもちろんです!手放すまでに沢山データを取らせていただきますとも!」

話しながらも一切画面から視線を放さない男に、彼は少々呆れ気味の表情を浮かべてから寄りかかっていたテーブルから離れて背を向けた。
そうすれば、男がやっと視線を外して一言投げる。

「帰る前に、きちんと片づけて行ってくださいね」
「あ?」

椅子に座ったまま身体を少し斜めにした男が、人差し指でひとつの画面を指さした。表情は先ほどと変わらず研究の楽しさにニコニコしているが、彼に向ける視線には有無を言わさぬ圧がある。
男はすでに分かっていた。画面に映っているあれらは、自分の研究を邪魔する者たちだということを。……そしてそれは彼にもよく分かっていた。だからこそ、にやりと笑みを浮かべて。

「氷像はいるか?」
「結構です」

即座に返された答えを背中で受けてから、分厚い扉を抜けた。それから照明が煌々と輝く長い廊下を歩いて。
……気配を察知し人数を把握したところ。
ふと、ポケットに突っ込んでいた通信機が急に電子音を発した。滅多に鳴らない音に少しばかり驚きながらも、歩みは止めずにボタンを押す。即座に広がる電子画面には目もくれず、余裕の無い早口の少年の声を聞いていた。驚きと苛立ちを含むその声にふっと彼女を心配したが、それも一瞬のことだった。なぜなら彼女の元には、最後の砦がいる。

「俺様は俺様のやることがあんだよ。心配ならテメエがどうにかすればいい」

人影を映す前に一方的に切って電源を落とした。
片づける手前、久方ぶりの戦闘に血が騒ぐ。
──……ホルダーからナイフを取り出し、指に挟んで構えて。




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