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「……どこへ行くんだろう」

捕まった研究者たちが連行される様子をじっと見ていた。一番後ろ、監視するように同行していたマハトさんが、不意に顔をこちらへ向けた。思わず慌てて隠れるように態勢を低くしてみたが、ロロとイオナは棒立ちのままそこにいた。ロロなんて手まで振ってやがる。い、一体何を考えているんだ。

「隠れても無意味です。あのルカリオは、波動でこの村全体を常に把握しているのですから」
「波動……?でも俺、今何も感じてないぞ」
「それこそ気付かれたら意味がないではないですか。……あのルカリオ、相当の波動の使い手ですね」

向こうは俺たちが見ていることを知っている。その上で、今もなお泳がせているのだ。取るに足らない存在だということだろうか。でも、そのおかげで自由に動くことができる。俺が態勢を元に戻した時には、すでにマハトさんたちの姿はなかった。

『アヤト、どうするの』
「……見に行く」

そういうと思った。、詩が言う。祈とエネ、そして詩はまた一旦ボールに戻して、今度は全部のボールを腰のベルトに並べて付けた。いつでも助けてもらえるように。ボールからでも様子が見えるように。

「介入するのは絶対に無しだ。何があっても傍観すること。いいね?」
「分かったよ。余計なことは絶対にしない」
「いい子だ」

ロロが俺の頭を撫でてくる。それを払い落として身を引くと、ロロとイオナがレパルダスの姿に戻った。そうしてロロが俺の前にやってきて。

『いい子だから乗せてあげようか』
「えっ」
『そもそもアヤトの足では行けないところなので、乗せて運ぶしかないのですよ』
「マジで!?いいの!?やった!ロロ、俺が乗っても潰れない!?」
『あはは、そこまで貧弱じゃないさ。はい、どうぞ』

細長い背中が傾く。そういや思い返すとレパルダスのロロを触ることは今まであまりなかった。触ったのは……出会い立ての頃ぐらいか。乗る前に手のひらを押し当てると、つるつるでふわふわな手触りがした。つるふわだ。ほんとコイツ、毛並いいんだよなあ。
それからゆっくり跨って座る。何となく少し緊張しながら座って、……ちょっと心配になった。マジでこれ、平気?体力無いクソレパルダスなのに本当に俺乗せて走れるの?途中で骨折れたりしない?

「お、おい……マジで大丈夫か?」
『俺の心配じゃなくて、自分の心配をするべきだ』
「……は、?」

軽々とロロが立ち上がる。足が浮き、次の瞬間、身体が後ろに持って行かれそうになって慌てて前のめりになった。
……えっ。小走りで、これ?えっ、ちょっと待って。これよく考えたら俺掴まるところ無くないか??待って俺このままじゃ確実に振り落とされる。今、坂道降りてるし落ちたら転がり落ちるじゃん??

「ロロこれ俺どこ掴めばいいわけ!?」
『どこでもいいよ。ほら、走るよ』
「お、おい待てコラ!!!」

……結局。完全にうつ伏せに近い状態で、ロロの首とお腹を絞めるように腕と脚を巻きつけながら振り落とされないように耐えていた。当たり前のように景色なんて見る余裕もないし、そもそもなんか真下に向かってたり直角に近いところを駆け上がったりしているような気がしたから、逆に景色なんて見えなくてよかったのかも知れない。マジで絶叫マシーンぐらいの角度はあった。と思う。

そうして速度が落ちて止まったとき。ロロの背中の上にうつ伏せになったまま、力の入れすぎでプルプルしている手足を伸ばしていると、ロロもそのまま白いコンクリートの上に伸びた。イオナが一言、『重なるゼニガメの真似ですか?』。……どうやらロロも強がっていたらしい。

「ここは……どこなんだ?こんなとこ、村にあったか……?」

ゆっくり立ち上がって辺りを見回した。
白くて大きい建物。円形になっていて、中央にはバトルフィールドのようなものがある。その建物の屋上というべきか。そこに今、俺たちはいる。やっぱりあの直角になった感覚は気のせいじゃなかったんだ。怖。
しかし本当に見覚えがない。ここが村の一角であることは間違いないはずなのだが。

「最初はなかったよ。でも、警報と一緒に地面から出てきていたんだ。あの大げさな警報は、この建物を出す際の音消しの役割も果たしていたらしい」
「ここが一体何なのかまでは調べられませんでしたが、……とても不気味ですね」

擬人化したロロとイオナが言う。不気味。確かにそんな感じはする。静まり返っている建物内にはさっき連行された研究者たちやマハトさんたち村人がいるはずなのに、物音一つ聞こえない。
……そんな時。
中央の白い壁に急に切れ目が浮かび上がり、左右に扉が開いた。ここからかなり距離がある分、目を細めないと小さすぎて見えないが……。

「白いのが二つ……さっき捕まった研究者たちか……?」
「──……いや、一人はそうだけど、もう一人は違うな。さっき捕まった彼らの他にも、まだここには研究者がいるらしい」
「不思議ですね。何のために、別の研究者を連れ出してきたのか……」

これからあの中央部で何が始まるのか。緊張しながら無意識に息を潜めて見ていると、パッと、中心に大きな電子画面が浮かび上がった。すぐさま画面に視線を向けて、ようやく中央部の状況を知る。……研究者の顔をそれぞれ映してから、真上から撮影しているようなアングルになった。一体どこから撮っているのかさっぱり分からない。

「……アヤト、祈たちは出さないように」
「な、急にどうしたんだよ」
「教育上、宜しくないことが始まりそうな気がします。……出来ればアヤトも見ないほうがいいでしょう」
「どういう、」

どういう意味なんだ。イオナにしては珍しく、どこか張り詰めた様子をチラつかせながらもその視線は真っ直ぐ画面を捉えている。ロロも同じく、ただ無言で見ていたが。
──画面の向こう、中央部では。研究者たちの拘束が解かれて村人がバトルフィールドからいなくなる。文字通り、二人きりになっていた。これからポケモンバトルでもするのか。画面だけしか見ていなかった俺は、"それ"に気づいていなかったのだ。

ヴー。
音が鳴る。それが動く合図だったのだろう、両端に立っていた研究者たちが一斉に中央へ向かって走りだした。アップで映されている画面を見るよりも、実際見たほうが早い。自然と脳が判断して視線を画面から外して、。

「──……え?」

思わず。言葉を失った。中央置かれていたのは、……数多の武器。剣、銃、斧、刀。どれもこれも人間が生み出した人を殺すための道具が、綺麗に並べられていたのだ。両者とも慣れない手つきで各々それを手に取り、構えている。肩を上下に揺らしながら大きく息を吸い、恐怖を押し殺しながらギラギラと目を光らせている表情が画面いっぱいに映る。──……ぞくり。背筋に寒気が走る。

「な、……な、なんだよ、これ……?」

先に銃を手に取った研究者が構えて、発砲する。パアン。パアン。何度か発砲音が鳴り響く。建物すべてに音が広がり、耳をつんざく。映像、逃げ惑うもう一人の研究者の足から血が弾けた。それと同時に転がり、うずくまりながら足を抑えて絶叫する。映像が、音が、俺を襲う。

……ここはゲームの世界か?いや、いや、違う。ここは今は現実で、ポケモンがいる世界だ。そのはず……なんだけど、本当にそう、なのか?だって今バトルフィールドにいるのは、二人の人間だ。なぜ人間があの場にいて、武器を持っているのか。わけが、わからない、。だって、だってここは……っ!

銃を持つ男がぶるぶると震えながら、地面に寝転んでうずくまっている男へ近づいて行く。……まさか、そんな。この先は見てはいけない。身体を強張らせながら息を浅く吸って、何度も自分に言い聞かせた。でも、それでも。視線が、画面に囚われて動かせない。目を見開いて、その瞬間を今か今かと心臓を打ち鳴らしながら見ている自分がいる。駄目だ、駄目なのに。

スッと。男へ向けられた銃口の映像が映ったとき、村の方から小さく歓声が聞こえた気がした。が、次の瞬間。倒れていた男が横に転がしていた斧を素早く手に取り、立っている男の足元目がけて大きく横切った。男のバランスが崩れる。──……切られ、ずれる。鮮血が宙を舞う。地を濡らす。倒れて、振りかざされる瞬間を。
見て、しまった。


口元を押さえる手前、力強く腕を後ろに引かれて、気づいた時には思い切り抱きしめられていた。逆流する胃液を無理やり押し返そうと身体を痙攣させる。苦し紛れで何とか飲み込み荒く呼吸をしながら、頬に当たる胸元に縋った。……俺の耳元を腕で押さえるように頭まできつく抱きしめているこの腕は。この匂いは、。

「ごめん、アヤトくん。俺の判断ミスだ」
「……ロ、ロ、……」
「これは君も見るべきじゃない。……同族なら尚更、同調し兼ねない。見届けるのは、俺たちだけで十分だ」
「……、……、」

ゆっくり。息をする。塞がれた耳は、ぼんやりとだが未だしつこく音を拾う。その度にさっきの映像が脳内をチラついた。男の表情、映像から伝わる殺気、視線……。何もかもが、言い表せないほどに怖かった。血なら嫌というほど見てきたし、何度も怖い思いはした。けれど。今まで感じたものとは違う恐怖が、今、ここにある。

「ポケモンバトルを模しているようですが、……これは、全くの別物ですね。寧ろ一緒にされていたなら、怒髪天どころではありません」
「……恨みを晴らすためのデスゲームとでもいうべきか」
「観客付きの、胸糞悪いものですね。……反吐が出る」

ヴー。
再び、あの音が鳴った。ぶるぶる震えながら力なく顔を上げてみたが、空かさずロロが頭を押さえて自分の胸元に俺を押し込む。
研究者たちはどう、なったのか。……ロロが俺に少しも見せないようにするということは、きっと、……そういう、ことなんだろう。

言葉にできない、自分でも分からない感情が溢れてくる。ロロの服をきつく握りしめながら唇を噛んだ。
リヒトが研究者にやられていたことの痛みや辛さは、嫌というほど知っている。それでも俺は、この状況を認めることはできなかった。

なぜ、どうしてこんなことをするのか。……俺には到底理解ができず、だからこそ余計恐ろしく感じた。




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