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あれからどれほど探しても、消えたリヒトの遺体が見つかることはなかった。
掘り返されていた棺も今ではすっかり土を被って元通りになっている。空っぽの棺ではあるが、墓石も変わらず立ったまま。

「どこに行っちゃったんだよ……」

話しかけても、もう届くことすら願わせてくれないのか。この世界は、どこまでも俺とリヒトに対して厳しいらしい。世界に殺される。たとえが大げさかもしれないが、そう感じたことは多々あった。それでも俺はこの世界で生きて進んでいくしかない。

「──アヤト!」
「またここにいたのか」
「そろそろ出発するんだってえ」
「ロロおじさまたちが待っているわ。さ、行きましょう」

墓石を背に、俺に向かって手を振る祈たちの姿を見た。
たしかにこの世界は厳しいことばかり叩き付けてくるが、そんな中にも嬉しいことや幸せを感じることだってある。みんなが俺を待っていてくれる。口には絶対にしないけど、それだって嬉しいことのひとつだ。どこの世界にいても、結局はいいことと悪いことの繰り返しなんだろう。人生って、そういう風になるよう初めから設定されているのかもしれない。……なんて。

「戻ってきたら、もう一度探しに行くよ。それまでどうか、……いや」

考えるのはやめよう。どうあれ、もうリヒトはいない。それだけが事実なんだから。
墓石の前に置いた花を見てから歩き出す。
……これから向かうは、ハーフの村。リヒトの両親がいるだろう、場所である。





「寒い!!寒すぎる!!」
「アヤくん、俺を風よけにするのやめてくれないかな」

場所はセッカシティ。このあたりはほぼ一年中、雪が降っている地帯らしい。某アニメの風の谷が如く、風が止まない街で常に近くにどっしりとそびえ立つネジ山から雪が風に乗って運ばれてきている。
季節は二度目の初秋あたりか。こんな寒さなんて序の口とでも言うかのように、すれ違う人々はこれっぽっちも寒がっている様子は見せていなかった。こんなに寒がっているのは俺だけなのか?

「この街のポケモンセンターを拠点に動きましょう。もう今日は日も暮れますし、明日のために早めの休息を取るべきかと」
「イオナに賛成ー。もう俺、寒すぎて足先の感覚ねえもん」
「じゃあ、ポケモンセンターに行こう」

うっすらと白くなっている地面を歩いていく。まだ地面が凍っていないだけマシなのか。それでもゆっくり歩いていると、道の端で子どもが集まって楽しげに歌いながらくるくると踊っていた。なんとなく横目でそれを見ながら通り過ぎる。

「おどれ!おどれ!2ひきのドラゴン!」
「ぐるぐるわかれて、ぐるぐるまざって」

へえ。こういうメロディーだったんだ。ふとゲーム画面を思い出しながら思う。
伝説のポケモンであるレシラムとゼクロムのことを指しているこの歌は、どうやら古くからこの街に伝わっているものらしい。小学校で習う童謡のようなものなんだろう。……まあ、気に食わないが、もうレシラムもゼクロムも他のトレーナーのポケモンになってるから俺には関係ないんだけど。

「のどかな街だな」

街全体の雰囲気がのんびりしているように感じる。時間帯のせいもあるかもしれないけれど、とにかく穏やかな空気が流れていた。しばらく大都会のヒウンシティにいたこともあって、余計に静かでのどかな街だと感じているのかもしれない。
そんな俺の横を歩くイオナが、ふとこちらを見てつぶやく。ちょうどポケモンセンターにも到着して、自動ドアを抜けたときだった。

「ええ、まったく。不気味なほど、のどかですね」
「なんだよ、その言い方」

受付カウンターで空き部屋を借りて鍵を受け取る。ついでに祈とエネ、そして詩のボールを預けてから、イオナとロロと一緒に階段を上って行く。部屋は3階、階段を上ったすぐ手前の部屋らしい。

「アヤくん、覚えてない?少し前、この街がニュースにとり上げられていたんだけど」
「ニュース?…………、あっ」

部屋の扉を閉めて荷物を置いたとき、ロロに言われてから、ふっと思い出した。
いつだったか、セッカシティで連続してポケモン研究者たちが行方不明となっていたニュースが流れていた。あの時は大々的に放送されていたけれど、ハーフ襲撃事件以来、めっきりテレビで見かけることもなくなっていた。でもそうだ、言われてみればそんなニュースもやっていたっけ。

「十名以上出た行方不明者は、今もなお誰一人として見つかってはいないそうですよ。それでもこうして実際にこの街へ来てみれば、ご覧のとおり」
「う……そう言われると確かに不気味だ……」
「ちなみに現在も行方不明者は増えています。メディアは放送しませんが、この街は未だ渦中にあるのです」
「え、こわっ」

初めのうちに知れてよかったのか。はたまた知らずにいたほうがよかったのか。どちらにせよ俺は知ってしまったから、もう"のどかな街"だなんて絶対に言えない。

「それにしても随分とこの街の住民は危機感薄いね」
「そうだよな。さっきだって子どもだけで遊んでたし」
「被害にあっているのが全員ポケモン研究者であることが理由の一つでしょう。皆、"自分は大丈夫"だと思い込んでいるのです。脳内に花でも咲いているのでしょうか」
「……イオナってたまにサクッと毒舌出してくるよな」

冷蔵庫からおいしい水を取り出してソファに座ってテレビをつける。やっぱりどのチャンネルに回しても、新しくできたお店が大行列とかポケモンコンテストの生中継とかそういうやつしかやっていない。……なんならもっと大々的に放送してもらった方が不気味じゃなかったのに。

「さて、ディナーは何にいたしましょうか」
「俺カレーがいい!」
「却下です。先日もアヤトのリクエストでカレーにしました」
「じゃあ焼肉ー!」
「グラタンにしましょう」
「えっ?俺の意見どこいった?」

さっさと背を向けキッチンへ向かうイオナを見送り、視線を前に戻すと。

「アヤト、"ぐらたん"とはなんだ?」
「うぉあっ!?」

すぐ目の前にシュヴェルツェがいて、思わず大きく後ろに仰け反ってしまった。冷蔵庫を開けていたロロにもばっちり見られていて、向こうでクスクスと笑っている。それはともかく、コイツいつの間にボールから出てきていたんだ。そもそもなんで俺の目の前にいるんだよアホか。

「アヤト、"ぐらたん"とは、」
「食べ物だよ。これからイオナが作ってくれるらしいから、気になるなら見てくればいいじゃん」
「…………いや、オレはアヤトの傍にいなくては」

めちゃくちゃグラタン気になってるじゃねーか。
手で追い払ってイオナの方を指差すと、何回も俺の方を振り返りながらシュヴェルツェもキッチンへと消えて行った。へへっ、今度はイオナが驚く番かな。

「彼、見かけよりもだいぶ素直みたいだね。いい子だ」
「"いい子"ねえ……」

隣、ロロが座ると少しソファが沈んだ。相変わらず距離が近いが、どうしてか前ほど気にはならなくなった。ロロの影響で俺のパーソナルスペースも狭くなってしまったのか。いいのやら、悪いのやら。

「アイツ、見かけは俺よりも大人なのに本当に中身は子どもと同じレベルなんだよな」
「それはそうだよ。だって彼、ああ見えてもまだ生まれて数か月だよ?リヒトくんの記憶を引き継いでいなかったら、まだ言葉すら話せていなかったらしいし」
「……なんだかなあ」

リヒトのクローンということは、今はルカリオではあるがシュヴェルツェにもリオルだった時期が少なからずあったはず。ルカリオに進化するには他者との信頼関係が必要だというのに、どうして何も分からないアイツがルカリオに進化できているのだろうか。……まあ、もう俺もこの世界にきてしばらく経つから察せるけれど。

「なんだかんだ言って、ちゃんと彼のこと気にかけているんだ」
「だって俺が受け入れたんだし、そうするしかないじゃん」

くだらない番組を眺めながら答える。
クローンとして生まれて他人の言いなりにしか動けないアイツだって、俺のポケモンになったからには楽しく旅をしてもらいたい。後々は、ここにいてよかったと言わせてやれたらいいかな。……なんてな。

「あはは、それはいい心構えだ。彼もアヤくんのポケモンとして力になれるのなら嬉しいでしょう」
「彼"も"ってことは……なんだよ、ロロも俺のために働けて嬉しいのか?お?嬉しいんだろ?」
「嬉しいって言ったら、どうする?」
「えっ…………別に、どうもしないけど」

冗談が通じていない。しばしの間。なんだこれ。……ま、まあ。そういわれると俺も嬉しいけど??
ぎこちなく手に持っていたペットボトルのキャップを回すと、ロロがリモコンをテレビに向けてチャンネルを変える。

「嬉しいに決まってる。……だってさ、アヤくんのため=ひよりちゃんのために働けているってことじゃん!?離れていてもいつも力になれている!いや〜これ以上嬉しいことはないでしょう!」
「…………ソウダナー」

やっぱりクソ猫はクソ猫だった。ペットボトルをテーブルに置いてから、なんとなくムカついて身体の向きを変えてソファの上で仰向けに寝転び、横からロロを軽く蹴飛ばすとなぜかニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。あの顔、何度見ても腹が立つ。

「なんで怒ってるのかなー?もしかして俺がひよりちゃんのことばかり言ってるから?えっ、もしかしてアヤくん、俺のこと好きなの?あんなに嫌いって言ってたのに?」
「うっせーーー!!!だぁれがお前みたいなヘンタイ野郎のことなんか好、」

掴まれた片足を離させようと、もう片方の足でロロを蹴り飛ばそうとしたとき。ふと、視線を感じた。
ソファで仰向けになったまま頭をぐっと下に向けると、逆さまのシュヴェルツェが見えた。

「どうしたの?」
「……オレが見ていると作りにくいから大人しく座っていろと言われた」

ロロの問いに真顔で答えるシュヴェルツェ。そりゃそうだ。コイツのことだ、イオナのすぐ間近でずっと眺めていたに違いない。それだけならまだいいが、何か一つをやる度に「これはなんだ?」「何をしているんだ?」とか聞いてそうだ。はは。
仰向けからうつ伏せになって見ると、満席のソファの横で突っ立ったままキッチンに視線を送っている。

「しゃーねーなあ」
「?」

のろのろ起き上がってロロに席を詰めさせて、シュヴェルツェが座れるスペースを開けた。手招きするとスッとやってきて俺の隣に座り、不思議そうにこちらを見ている。手首を伸ばして時計のボタンを押し、それからインターネットに繋げて、検索をかける。"グラタン 作り方"。

「ほら、動画なら何度も見れるだろ?」
「映像だ。しかもこんなに近くで見れるなんて……すごいものを持っているんだな」

驚いているようには見えないが、声色は本当に驚いているように聞こえる。腕時計を外して貸してやると、両手で包むように受け取り画面を食い入るように眺め始める。時たま指先で浮かぶ画面に触れたりと、隣で見ていて改めてなんにでも興味を示す子どものようだと心底思った。

「まるでこっちの世界に来たばかりの時のアヤくんを見ているようだ」

微笑ましいね。、そう付け足すロロの頬をきつく抓ってから座ったまま背伸びをした。

息を吸って、吐いて。──……フッと、隣を見た瞬間。
画面を楽し気に眺めるシュヴェルツェと、漫画を読んでいたときのリヒトの横顔が重なってしまって。慌てて視線を逸らしたのは内緒だ。




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