One night

「やあ、久しいね。調子はどうだい。そうだ、君お気に入りのあのお嬢さんはどうなったのかね?フラれた?ふふ、そうでなくては面白くないよね」
「っだー!!うっせー!!」

横で煙草を吸いながら笑う掃除屋を睨みつけるが、思っていたとおり効果は全く無い。

掃除屋、葬儀屋、案内人。色々な呼び名があるコイツは、冥界の主をしている。伝説繋がりで顔見知り程度だ、決して親しいわけではない。それに急にしつこく呼び出され、渋々向かった先は墓場だった。
お互いに気配を消しながら、暗い森に完全に身を溶かす。

「で、なんの用だよ陰湿ヤロー」
「いやなに、昨日までにすべて向こう側へ案内済みなのだがね。ここだけ少々おかしなことになっているらしい」
「つーかこれ、俺様に関係あんのかよ」
「すぐに分かることだ。さあ、見ていてくれたまえ」
「無関係だったら即氷漬けだぜ」
「はは、好きにするがいい」

──……ふと、遠く、近づく足音が聞こえてきた。音から瞬時に脳内で足の大きさや種族、性格を予測する。二足歩行、土のめり込み具合からして人間の男だ。若干足を引きずり気味なくせに音は最低限に抑えている。できるだけ気配も消しているようだが、裏稼業のヤツではない。

「こんな夜中にこんな場所に来るなんてな。オカルトマニアか?」
「まだそちらのほうが随分可愛かっただろうね。ほら来た、彼の手元を見てごらん」
「……はっ、いい趣味してるぜ」

背中を丸めたまま、辺りを一回だけ見回してから大きなスコップを両手で持ち、躊躇いもなく盛り土に突き刺して掘り返す。
男は一人、何度も何度もスコップを大きく振りながら柩を目指して掘り進めていた。掃除屋は暢気に煙草を吸っている。こちらもさして男を止める理由もなく、あくびをしながらその時を待つ。掃除屋曰く、見どころは掘り返された後なんだと。

「──……やはり、!!やはりだ!!ははは!!」

突然、男が声をあげた。静かな森ではよく響く。それでも男は喜びを隠しきれない様子で、笑いながら開けた柩の中に手を入れていた。

「っち、ここからじゃ見えねえな。何が、──……、あ?」
「やっと気付いたかい。ね、おかしいだろう?」

はは。笑う掃除屋の横、一瞬自分の耳を疑ったが、いいや確かに聞こえている。こんなことがありえるのか。……いいや、ありえるわけがねえ。

「おお、素晴らしい……!」
「イカれてんな」

棺の中にいたヤツの腕をもいで天高く掲げて笑う男。ただ、あの腕を見る限り、確かに棺の中のヤツは死んでいた。でなければあの皮膚がどろどろに溶けた腕も、あんなに腐敗することはなかっただろう。加えて簡単に腕がもげるということは本体もかなり腐敗しているということだ。

「知っているかい。優秀な個体はね、とんでもない治癒力を持っている。肉をえぐられても一日で治ってしまう。それはもう、その点においては私たち伝説をも凌ぐ力だとか」
「へっ、そりゃ面白え。で、俺様に何をやれって?」

ふう、と煙を吐き出してから煙草を銜えると、片方の人差し指を伸ばしてクイと持ち上げる仕草を見せた。直後、手前に黒い孔が現れる。どこまでも闇が続く向こう側は、紛れもなく掃除屋が管理している破れた世界だった。

「我らが創造者がひどく彼のことを気に入っているらしいよ。それで、私の世界に連れていけと言われてさ」
「気に入っている?はっ、気に食わねえの間違いじゃねえのか」

創造者とは。この世界を作ったと言われているアルセウス。そして全ての生みの親。いわゆる神様というものであり、俺様が嫌いなものの一つだ。ソイツがわざわざ掃除屋に指示したということは、つまりあの棺の中にいるやつをこちらの世界から存在自体を消せといっているのと同じである。
そりゃそうだ。自分以外の生物が生んだものが、自分以上の能力を持っているかもしれないという事実。そりゃ消したくもなるだろう。

「……俄然、生かしたくなってきたじゃねえか」
「おや、そんなことを言っていいの?ばっちり今も聞かれていると思うんだけど」
「知るか。んなことどうだっていい」
「やはり君とは気が合うようだ」

どこかで見ているであろう、アルセウスのクソ野郎を思い浮かべながら、二人してほくそ笑む。
自分で創っておいて忘れたのか。
──ギラティナが、"反骨ポケモン"だということを。神と敵対する、とびっきりの反骨精神を持つヤツだということを。

掃除屋が煙草を孔の中に投げ捨ててから、明るい金髪を隠すように黒い帽子をかぶり直す。それから反転した黒い眼球を動かして、真っ赤な瞳で男を捉えた。瞬間、男がびくりと体を固くさせ、動きを止める。

「やあこんばんは、はじめまして。今日は素敵な夜だね」

背後まで歩きながら掃除屋が言うと、男がまたびくりと体を跳ねあがらせた。まさに金縛り状態だ。見ているぶんにはかなり面白い。
掃除屋が背後から暢気に男へ話しかけている間に、握られていた腕に触れた。瞬間、凍らせて氷の中に腕を閉じ込める。ヒッ!なんて喉から絞り出した声をあげながら手を離す男に笑うと、その場で尻もちをつく。

「コイツは俺様が頂いていくぜ」

ついでに棺の中を見て。

「こりゃ……面白いことになりそうだぜ」
「君、悪い顔してるぞ。さては何か企んでいるな?いいね、失敗することを祈っているよ」
「俺様が失敗するわけねえだろ、クソが」

パキパキ。全身を氷で覆って、サイコキネシスで宙に浮かせる。そうすれば、男がやっと声をだした。大きく震える腕を必死に伸ばしてこちらを睨む。

「っば、化け物どもめ……!!返せ、それを返すのだっ!!ソイツは私が、!」

スッと、掃除屋の手が男の目を塞いだ。瞬間、男ががくりと膝から落ちて無様に地面に寝っ転がる。意識が無い。強制的に落とされたらしい。

「さて、それでは、私は先に帰らせてもらうよ」
「テメエ、棺の中身と俺様の関係を知った上で呼んだのか」
「だとしたら、なんだと言う?」

暗い孔を背後に問う。煙草の煙が揺れた。

「なかなか粋なことしてくれるじゃねえか。テメエにしちゃよくやった」
「はは、君、随分素直になったじゃないか。君をフったお嬢さんのおかげかな」
「さて、どうだろうな」

答えると、意外そうな表情を浮かべてから、また帽子を深く被って孔の中へ消えていった。それを見届けてから、ふと思い出す。
そういやこの辺にも、クソ眼鏡の研究所があるんだった。
ヤツが歓喜する姿が嫌でもパッと思い浮かんじまった。こんなに良い実験体を貸してやるのはどうもいい気はしないが。
……まあいい、ヤツの好きなようにさせてやろう。




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