13

扉の前。一度立ち止まって、息を吸う。それからゆっくり吐き出してから鍵穴に鍵を差し込み、回すとガチャリと開く音がした。ドアノブを下げてぎこちなく扉を開き、真っ先に合ってしまう視線にギクリと肩を持ち上げる。

「アヤト」

ベッド端に座っていたヤツが即座に立ち上がって俺のところまでやってくる。……来るな!とも言えず、黙って視線を下げてから扉を閉めた。
目の前、何も言わずに横を通り過ぎるのと同時に背後で動く音がするが、振り向かないでそのままベッドの端に座る。斜め横、ヤツが仁王立ちのまま俺を見ていた。

「お前、大切な物を落としたんだって?」
「ああ。しかしオレはこの部屋から出てはいけないらしく、探しに行けていない」
「──……ほらよ」
「!」

ネックレスを放り投げると、目を大きく見開き受け止めて、手のひらに乗せてからまじまじとそれを見つめていた。やはりイオナが拾ったものがコイツの大切な物で間違いないらしい。
相変わらず無表情のままではあるが、どこか張り詰めていた雰囲気が若干緩んだ気がする。千切れていた紐は雑ではあるがまた結び直しておいたから、ヤツはすぐにまた首にひっかけていた。

「ありがとう、アヤト」
「…………別に。俺が拾ったんじゃねーし」

顔に表情が出ないから未だにイマイチ性格が掴めないが、比較的素直なのかもしれない。視線を外して頭を掻くと、距離を開けてヤツもベッドの端に座ったようで一度スプリングが軋んだ。
何か話してくれるのか。少しばかり期待をしていたが、無言の時間が長く続くだけだった。……なんなんだ、この居心地の悪い空間は。

「……それ、なんなんだよ」

耐えきれず、俺から話しかけるとスッと視線がこちらに向く。それ、とはペンダントを指している。顎で指し示すと、握りしめていた手を離して俺に見せるように傾けた。

「これはリヒトの骨だ」
「──……は、?」
「ずっと前、人体実験で骨を取り出すことがあったのだろう。その時余ったものを、博士が整えてオレにくれた」

自分から話題を振っておいてあれだけど。……心底、コイツと話すのは辛すぎる。何気ない話題が俺に容赦なく突き刺さってくるのだ。早いとこ重要なところだけ聞きだして距離を開けないと、このままでは俺が本当におかしくなりそうな気さえしてきた。
目頭をつまみながら一度深く息を吐いて、気持ちを切り替える。

「お前、リヒトの遺体を誰が盗んだか知ってるか」
「いいや、分からない。しかし、可能性は考えられる」

──……言い切った。思わず視線をあげると赤い瞳と目が合った。
コイツの目は、両方赤い。耳や尻尾も生えたままじゃないし、半身もポケモンの形ではない。……が、もしかすると半身は侵食されているのかもしれない。リヒトと同じく、コイツの半身にもリオルやルカリオのような青い毛が皮膚を覆うように生えている。明らかに人間の体毛とは違うのは一目で見て分かる。

「博士以外だとしたら、リヒトの両親が怪しいと踏んでいる」
「は、はあっ!?」

思わず素っ頓狂な声が出てしまった。でも、まさか、そんなことがあるわけがない。どうしてリヒトの親が出てくるんだ。そもそも自分の息子の遺体をどうこうするなんて考える親がいるものか。ありえない。ありえない。

「オレはリヒトの記憶もそのまま引き継いでいるから分かる。あれらならやりかねない」
「……仮にリヒトの両親だったとして、なんのために、遺体を持っていくんだよ……?」

聞きたくない。知りたくない。それでも聞かなければ、先に進むことができないのなら。

「リヒトは親からも博士からも"希望の光"と言われていた。それはどちらもリヒトを最終兵器として見ていたからだ」
「……どういう、意味だよ」
「博士はリヒトを使ってハーフを皆殺しにするため奥の手として残して置きたがっていた。逆にリヒトの両親は、ハーフの脅威である研究者たちを殺す役にリヒトを置きたがっていた。リヒトほど出来の良いハーフはあの村にはいないだろう。だから遺体に手を加えて、」
「っふざけんな!!」

勢いよく立ち上がり、気が付いたらヤツの胸倉を掴んでいた。……無表情のヤツの瞳に俺が映っている。それを見て、ハッとして掴んでいた服を離して背を向ける。ふーふー言いながら身体の横で拳を握りしめ、唇を強く噛んだ。──……なんと、言っていいのか分からない。そもそもコイツの言っていることが本当なのかどうかすら分からないが、どうにも嘘を言っているようにも思えない。

「なぜアヤトが怒っているのか分からないが、謝ろう。すまない」
「…………いや。…………もういい」
「……そうか」

ベッドから立ち上がり、目元を片手で覆い隠したまま横を通り過ぎる。
どこからどう考えたらいいのか分からないし、とりあえずロロとイオナに話して二人の見解も聞いてみよう。軽く眩暈に襲われながら扉へ向かって歩いていくと、寸前、片腕を掴まれた。驚いて顔を上げると、やっぱり無表情がそこにある。

「なんだよ」
「オレではリヒトの代わりにならないだろうか」
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「アヤトの印象が記憶とだいぶ違っていて合致しない。それはオレがリヒトの代わりとして機能していないからだと考えた」

腕を振り払って向かい合う。コイツに怒っても意味がない。……分かってる。分かっているが、もう我慢の限界はとっくに超えていた。代わり代わりって、口を開けばそればっかりでうんざりだ!
息を大きく吸い込んで、喉元に噛みつくように言ってやる。

「いいか、いくらお前がリヒトのクローンだとしてもお前はお前だ、絶対にリヒトの代わりになんてなれやしない!!そもそもお前がリヒトの代わりだって!?笑わせんな!リヒトはお前みたいに無表情じゃなかったし楽しそうに色んな話をするヤツだった!まるでお前は正反対だ!!」
「──……すまな、」
「うっせー!!よく分かってないくせに謝んな!」
「……、……、」

言葉を叩きつけると、開いた口を静かに閉じてやっと視線を俺から外した。
……ここにきて、今、やっと初めてアイツが視線を落としたのだ。
俺は言い切った。突き刺した。そりゃもう、めった刺しだ。

足早に背を向けてからドアノブを握って部屋を飛び出す。
今度こそ腕を掴まれることなく、長い廊下を走り出す。途中、すれ違ったジョーイさんに「廊下は走らないでくださいね」と言われてから早足に変えてゆっくり後ろを振り返ってみたが、やっぱりヤツが俺を追いかけてくることはなかった。

イオナの言いつけを守っているのか、それともただ単に追いかけることをしようとしていないのか。どちらにせよ、これでいい。

これで、いいんだ。




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