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本当にポケモンセンターの裏までイオナに引きずられて来たわけだが、どうやら俺をぶん殴るためにここに連れてきたわけではないらしい。

「……アヤト様、」

トルマリンが俺を見ると、ふっと視線を少し下げる。その横にルベライトもいたがイオナに呼ばれて、俺たちと距離を開けてから二人は二人で何やら話し始めていた。
……トルマリンが俺になんと言ってくるのか、大体予想はついている。だからこそ、俺は真っ先にトルマリンに向かってこう言った。

「絶対、謝るなよ。すみませんとか申し訳ありませんとか、そういう言葉は聞きたくない」
「……っ、」

言葉をぐっと詰まらせて、少し開いていた口をきゅっと結ぶトルマリン。
ほらみろやっぱりそうだった。一度息を吐いてから、片手で頭を掻きむしり。

「──……ありがとな、トルマリン。本当に、ありがとう」

トルマリンがいなければ、あの時俺は殺されていたかもしれない。俺のわがままを聞いてくれて、あの場で一番に戦ってくれたトルマリンの存在は本当に大きかった。
俺を見ながら唇を噛み締めているトルマリンの前、見上げて言えば、次の瞬間がばっ!と覆いかぶさるように抱きしめてきた。やや押されながらも仰け反り気味の背中を戻すと、耳元でぐずつく音を聞く。

「ありがとう、だなんて、……そんな、……っ」
「トルマリンだから言ってんだよ。……お前がいてくれて、本当によかった」
「……っ、!」

ぎゅうと抱きしめられたと思うと、今度は勢いよく体を離して俺の顔を見ながら口を開く。赤い瞳からぼろぼろ落ちている涙は笑っちゃうぐらいにこぼれ落ちていて、ついふっと笑ってしまう。

「っオレ、っまだ、アヤト様に仕えていてもいいですか……っ!?」
「当たり前だろーが。お前がいなくなったら、俺は誰とヒウンアイスを買いに行けばいいんだよ。誰とゲーセンに行けばいいんだよ?」
「っ、……っアヤトさまあ……っ!」
「今度は前よりもっとでかいペンドラー人形取ってやるからさ」
「っはい、はいいぃ……!」

腰を曲げてまた俺を抱きしめるトルマリンは、まるで子どものように思った。戦っているときはあんなにも頼りになって強くてかっこいいのに。……はっ、もしやこれがギャップというやつなのでは。ギャップ萌えというやつか。まあ男だからどうでもいいけど。

「話は終わりましたか」
「!、は、はいっス!」

トルマリンをあやしている俺の後ろ、イオナとルベライトが戻ってきた。トルマリンが腕で目元を拭いながら慌てて俺から離れる。
それを見てからイオナに視線を向けると、早速と言わんばかりにタブレット端末を出して大きな画面を宙に浮かび上がらせた。写真が何枚か並んでいる。……掘り返された、リヒトの墓だ。色々な角度から撮影されたもの、また周辺の様子を映したものもある。

「残念ながら、やはり遺体は盗まれていました」
「…………」
「……検証の結果、墓の前に残っていた足跡から、遺体を掘り起こしたのは例の研究者で間違いありません。ですが彼の発言からして、遺体は別の誰かに横取りされたと考えられます」
「別の、誰か?」
「はい。念のため墓の周りに残されていた足跡とシュヴェルツェさんの足跡も照合しましたが、一致するものが一つもありませんでした」

ルベライトの言葉に思わず眉をひそめる。何もかもが不自然すぎて訳が分からない。

男が掘り返したという事実には納得がいく。俺たちが街を出たことを確認してから計画を実行するのなんて、ハーフを自由自在に操れるアイツにとっては容易いことだろう。しかし、アイツの行動を把握して横取りできるヤツなんて本当にいるんだろうか?
あの事件以来、指名手配されているにも関わらず何一つ情報もないまま捕まることなく易々と生きているアイツを、事前に見つけておいた上でリヒトの遺体を横取りする?そんなことできるのか?そもそもアイツの他にリヒトの遺体を狙っていたヤツがいるのか?

……謎が謎を呼んでいる。もはや訳が分からない。
だからなのか、余計、嫌悪感しか残らない。死んでもなお、リヒトの世界に安寧はないのか。それはとても悲しくて、悔しくて、辛いことだ。

「残念ながらこの件については情報が少なすぎて、犯人を特定するのは難しいでしょう」

イオナの言葉に俯く。分かってはいるが、どうにも腑に落ちない。
どうにかしてリヒトの遺体を見つけ出すことはできないのか。唇を噛みながら拳を作って考えてはみたものの、やっぱり俺にできることは何ひとつ見つからなかった。
そんな中、ふと、イオナが俺の目の前にやってきて、スッと手を出してきた。上向きになっている手は柔らかく握られている。何かを、持っている、?

「我々では難しいですが、……彼なら、何か知っているかもしれません」
「……なんだ、これ……?」
「彼の持ち物です。とても大切なものみたいですよ」

そういってイオナが俺に渡してきたのは、角錐型の白く固いチャームのついたネックレスだった。ただ細い紐は切れているし、チャームの切先は赤黒く変色している。

「ポケモンセンターの中で落としたようで、何度も部屋を出て探しに行ってもいいかと聞かれました。もちろん拒否してそのまま待機させていますから、今もまだそわそわしていることでしょう」
「……お、お前、性格悪いな」
「何を今更。お忘れですか。私はレパルダスですよ」

レパルダス。冷酷ポケモン。性悪ポケモンがさらに悪化して進化したってか。全てのレパルダスに当てはまることじゃないだろうが、どうやらうちの馬鹿猫どもにはぴったり当てはまってしまうようだ。
……そのうえ、そんな物を俺に渡してくるあたり本当に性格が悪い。俺がアイツの顔を見たくないことを知っているうえで渡してきているに違いない。
どうしようもなくイオナを睨み上げて見たものの、鼻で笑われ終わった。

「違うっす」

声のした方へ視線を向けると、トルマリンが前のめり気味に俺を見ていた。

「違うんです、アヤト様。……彼が言っていたんです。アヤト様以外には、何も話さないと。だからイオナさんはすぐに彼へ返さないで、きっかけとして隠し持っていたんス。それだって仕方なくアヤト様へ渡すんスよ。イオナさんも、アヤト様のお気持ちはしっかり分かっておられます」

ルベライトが視線を俺とイオナに向けたまま、隣のトルマリンを肘で軽く突いていた。……イオナの視線は俺に向けられたまま動いていないが、きっと頭の中ではこれからトルマリンをなんと言って躾けようかとか考えていそうだ。
ロロもイオナもひねくれているってことか。
少しおかしくなりながら、手のひらに乗っているネックレスを見て。……ゆっくり握る。顔を見たくないのは当たり前、本当はもう関わりたくもないと思っているが。

「俺さ、嫌いなものは先に食べる派なんだ」
「残さず食べるのですね。偉いです」
「だろ。そうやって何回も色んなの克服してきたからさ。まあ……今回も、一応、頑張ってみるけど、」
「今晩はハンバーグがよろしいですか。それともカレーですか」
「……。……カツカレーがいい」
「いいでしょう。デザート付きでご用意しておきます」

目の前。部屋の鍵を渡される。それも受け取ると、イオナがくるりと背を向ける。
早速材料でも買いに行くのか。何も言わずに去っていくイオナに続き、お辞儀をしてからその後ろをついていくトルマリンとルベライトを見送って。

「……仕方ねーなあ」

頭をがりがり掻いてから。
部屋の鍵とネックレスを、もう一度だけ握りしめた。




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