11

シュヴェルツェ。リヒトにとてもよく似た別人。
アイツは言っていた。"以前はリヒトと呼ばれていた"と。……そう、俺は、前からシュヴェルツェのことを知っていたのだ。
リヒトが嬉しそうに話していたリヒトの友達。同じ名前で、性格や考え方もとてもよく似ていて、俺が忙しそうなときはよく話を聞いてもらっていたと言っていた。……多分それは、シュヴェルツェのことだったんだろう。
リヒトは、シュヴェルツェが自分のクローンだということを知っていたんだろうか。──……俺に話していたときは知らなかっただろう。よく似た別人だと思っていたに違いない。それであとからクローンだと知って。だから代わりだなんて、……くそっ。

「アヤくん、怖い顔してるよ」
「……なあ、俺がおかしいのか?怒っている俺のほうがおかしい?」
「いいや。今は君の方が正しい」
「……なんなんだよ、もう」

ベッドの端に座って思い切り両手で頭を掻きむしる。一難去ってまた一難。俺の旅は難だらけのようにしか思えない。

「泣いて怒って忙しないね。見ているぶんには面白いけど」
「うっせ。俺だって好きでこうなってるわけじゃねーし」
「そりゃそうだ。……さて、今度は笑顔の出番かな」

当たり前だが、ポケモンであるロロの方が耳がいい。きっともう足音が聞こえているんだろう。
あれから。イオナが気を遣って一旦シュヴェルツェを別室に移した後で祈たちを呼びに向かったのだ。イオナが部屋を出て行った時間を考えるとそろそろみんなが来る頃だ。
シュベルツェのことは、すでにみんな知っているらしい。ならば余計心配させないように、せめて上辺だけでもいつも通りでいなければ。頭をかき乱していた手を頬に移して指先で頬をぐにぐに動かした。

「さあ、お出ましだ」

ガラッ!、勢いよく開いた扉から、一気に三人が転がり込む。
真っ先にロロに飛びついたのは詩。俺の横、すごい速さでベッドに乗っかり、ロロを思い切り抱きしめていた。泣きながらいつものぶりっ子モードで「ロロおじさまあっ!本当によかったです……!」とかなんとかずっと抱きしめている。羨ま、……しくねーし。

その次、駆け足でやってきたのはエネ。最初になぜか俺のところにきて、膝の上に乗って抱きしめられた。何も言わず最後に少し頬を擦り寄せてから、降りて今度はロロに抱き着く。……まるでエネコの姿のときのように擦り寄られたけど、今のエネは人間の姿だ。それでもあまり抵抗感がなかったのは、……ヤバイ。ヤバすぎる。俺やっぱおかしくなってんのかもしれない。
軽い眩暈に襲われて、目元を指でぎゅっとつまみながら背後でロロの無事を喜ぶ詩とエネの声を聞いていた。そんな中、ふと、目の前に人の気配を感じた。俯いたまま目を開けると、こつんとピンク色の靴が少し動く。

「……あの、」

顔をあげて、。……今日一番の驚きを食らう。
俺の目の前。長い睫毛を伏しがちにしながら、居た堪れなさそうに立っている少女。ピンク色の長い髪は毛先が綺麗に白く染まっていてまるで糸のように透き通っている。ガラス玉のような瞳に、片方の太ももに巻き付いているリボン……。

「え……、い、い、いのりぃ……っ!?」

ベッドに仰け反りながら叫ぶと、こくんと頷く美少女……び、……えっ、これ祈……?この人本当に祈なのか??いや見た目は俺や詩と同じぐらいの年齢に見えるけど、詩とはまた違ったかわいさがあって、……胸は控え目だが、それは多分俺が詩の胸の大きさに見慣れてしまっただけであって、。……え?マジで??

「祈ちゃん、進化したんだね。おめでとう。俺は初めて見る種族だ」
「……ニンフィアに、進化したの」
「そう、ニンフィアっていうんだ。イーブイの時の祈ちゃんは可愛らしかったけれど、……進化して、今度は美しくなったね。とても素敵なレディ、もっと近くで君の顔が見たいな」

スッと祈に向かって腕を伸ばすロロの横、唖然茫然の俺。
えっ??……ロロの頭の中どうなってんだ?なんでスラスラとそういう口説き文句みたいなのが出てくるわけ?経験の差なのか??え??おかしくない?

「即座に容姿を褒めてくださるところ、さすがロロおじさまです!伊達に遊び歩いていたわけではありませんね!」
「い、痛いところ突くなあ……」

祈が頬をほんのり赤くしながら恥ずかしそうに踏みとどまっていた足をゆっくり動かして、ロロの手を握りベッドの端に座る。つつつつまり俺の隣に座っていることにもなるんだけど。だけど。
ロロと話している祈の横顔を見て、……やっぱりこれ俺ふつうに話せる気がしない。詩はいくら美人でも中身がクソだったから普通に話していたけどさあ。祈は文句の付けどころがない。俺の中ではすでに高嶺の花に近い存在になってしまっている。マズイ。これはどうしたものか。っていうか、俺つい数時間前はこの祈を抱きしめてたことになるのか??えっヤバすぎかよ??俺やば……やばい。

「アヤトく〜ん、戻ってこお〜い」
「……はっ、!な、なんだよエネ」

祈の肩越しにエネが口元に手のひらを添えながら俺に呼び掛けていた。……つーか、祈の肩に手乗せて密着してやがる。ずる……く、ない。ズルくないぞお。仲間だから当たり前だろお。

「祈ちゃんが美人さんになりすぎて戸惑っているねえ?だいじょうぶう?」
「ばっ!だ、だいじょうぶにきまってんだろお!?」
「ならあ、……えいっ!」

ニヤニヤ顔のエネの前。祈が視界に飛び込んで、……エネに押された祈が俺の胸に飛び込んできた。咄嗟に抱きとめてしまったけど、これ、だいじょうぶ??詩みたいに俺急に殴られたりしない?

「アヤト、」

祈がゆっくり顔をあげて俺を見る。……殴られなかったけどある意味殴られた。なんかしらんが目がちかちかする。ドッと身体が熱くなって手汗まで出てきやがった。やばい。
慌てて離れようとすると、なんと、祈が俺の胸元を掴んで引き留めたのだ。引っ張られている上着と祈の目を交互に見て。

「え、えっ、な、なんだよ、……?」
「……アヤト、……わたしのこと、嫌いになった……?」
「えっ……?」

掴んでいた手を離して俯く祈にひどく戸惑う。咄嗟にロロたちの方へ視線を向けると、エネとロロはニヤニヤしていた顔を一瞬だけ引き締めるとなぜか俺に向かって頷いて見せる。詩はといえば、なんか知らんが俺をきつく睨みつけながら口をパクパクさせている。何か伝えようとしているところ悪いが、今はそれどころじゃない。
とりあえず慌てて祈に視線を戻すとなぜか泣きそうな表情をしている。
な、なんでだーっ!?

「いっ、祈、!」
「わたしのこと、見るのも嫌になった……?進化、しないほうがよかった……?」
「そんなわけないだろ!?なっなんでそんなこと、」
「──……アヤト、前みたいに、……わたしのこと、ちゃんと、見てくれない、から、」

祈の涙声のあと。祈の後ろ、エネとロロが俺のことを指差しながら口パクで何かいっている。泣〜かせたあ、泣〜かせたあ、イオナせんせーに言っちゃおう〜。……完全に、そう言っている。チクショー黙ってろクソ猫ども。ぜってーイオナにだけは言うなよ。言わないで。マジで俺ぶん殴られちゃうから。

「わ、悪かったよ祈。……その、あれだ。……祈が変わりすぎてびっくりしたというか、。ああっ!でも嬉しくないわけじゃないからな!?むしろ進化してくれて俺はめちゃくちゃ嬉しいんだぞ!?」
「……嬉しい、……本当、?」
「本当に決まってんだろ!?」
「…………、」

必死に身振り手振りをしている自分、超笑える。しかしまあ、とりあえずもう祈は涙を拭っているからイオナにはバレずに済みそうだ。
一息吐くと、祈がゆっくり顔をあげて俺を見る。涙で濡れている水色の瞳に思わず息をのんでしまった。

「……わたし。進化するのが、少し怖かったの。自分でもどんな姿になるのか分からなかったから、……もしも、前の方が良かったって言われたらどうしようって、嫌われたらどうしようって思ってたの。……でも、よかった。アヤトに、みんなに。この姿でも受け入れてもらえて、本当によかった」

そう言って目を細める祈は、。
片手をそっと頭に添えてゆっくり撫でると、祈が驚いたように目を見開く。泣いたり笑ったり怒ったり。……確かに、見ているぶんには面白い、かもしれない。

「姿が変わっても、祈は祈だよ。正真正銘、俺の相棒だ。そうだろう?」
「──……そう、だね」

自分にも言い聞かせた。いや、そうしなくても、もう分かったんだ。
進化しても祈はやっぱり素直で真っ直ぐで、中身は子どものままだった。俺と、同じだ。

「これからもよろしくな、祈」
「うん……っ!」

頷く祈はやっぱり美人でまた焦りそうになったが。……開きっぱなしの扉のところ。今頃やっとその姿に気付いて、別の意味で焦り出す。

「アヤト、話があります。来てください」

にこり。滅多に笑わないイオナ先生が、口元だけ引き上げていた。咄嗟にベッドの中に潜り込んでロロの足元にしがみついたが、詩に引きずり出されてそのままイオナに引き渡されてしまった。
最後の抵抗で床に寝そべってみたものの、容赦なくフードを掴まれて引きずられながら扉を抜ける。視線の先、戸惑う表情を浮かべる祈を抱きしめながら俺に満面の笑みで手を振る詩と、ニヤニヤしながら俺に向かって祈りを捧げているバカ猫どもの姿が見えた。

……なにこれ?こんなオチ、ありかよ??




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