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相手は二人。ハーフの強さは以前と同じく、個々にほとんど差はなくどちらも強い。ただ前回と違うのは、圧倒的にこちらが数の上では有利だということだ。それに加えて初めてやり合う相手ではない。前の反省も活かしてそれなりに相手はできるだろう。
「ロロさん、トルマリンとルベライトへの指示は私が出します。三人で一体を確実に押さえましょう。残りの1体はそちらでどうにかしてください。……敵の一番の狙いがアヤトだということをお忘れなく」
「言われなくても分かってる、よっ!」
真っ先に飛び出そうとしていたアヤくんを抱えて後ろに下がる。先ほどまで立っていたところには、真っ直ぐに大鎌が突き刺さっていた。生死は問わず捕えるつもりか。俺の腕を折る勢いで暴れているアヤくんを押さえていると、背後から祈ちゃんたちが飛び出す。
正面から突っ込む祈ちゃんの両脇、詩ちゃんとエネくんがぴたりと止まる。瞬間、れいとうビームが放たれた。狙いは、まずはあの大鎌らしい。地面ごと凍らせたところに、祈ちゃんが素早く飛び跳ねる。尻尾が光を反射している。アイアンテールだ。あれで鎌を叩き折るつもりなのだ。
「っ危ない!」
アヤくんが声をあげる。ハーフだって見す見す武器を折られるわけにはいかないに決まっている。鎌を軸にして身体を揺らし、祈ちゃんに向かって飛び膝蹴りを繰り出す。このままでは鎌に向かって真っすぐ飛び跳ねていた祈ちゃんの先、鎌に当たる前にハーフに攻撃されてしまう。彼女だって分かってるはず。なのに避けようともせずに尻尾を振り下ろすのは。
『祈ちゃんに手出しはさせないっ!!』
ガァンッ!、勢いよくぶつかる音が弾ける。エネくんが守るで壁となったのだ。次いで連動するように祈ちゃんのアイアンテールが鎌に当たって、パキンと折れる音がした。折った反動で跳ね飛ばされる祈ちゃんを素早く詩ちゃんが回収して、次いでエネくんも背に乗せて飛び上がる。追ってくる手を強烈な追い風で払いつつ、太陽を背にして特大の竜の波動を放つ。爆風がこちらまできた。怒号と共に地面が抉られ、ヒビが入る。その中心、ハーフが寝そべっていた。
「す、すげえ、……」
「詩ちゃんだからこそできるんだよ」
暴れることすら忘れて3人の戦いを見ていたアヤくんがぽつり呟く。それから一度ぶるりと震えて、両腕を擦る様子を見せる。詩ちゃんの凄さを改めて体感しているんだろう。面白くて思わず笑みが零れそうになったが、どうやらこちらにもそんな余裕は与えてくれないらしい。
アヤくんをまた素早く抱えてから、横から大きく振られた鎌を飛んで避ける。次、上から落とされるいわなだれ。アヤくんを地面に置いてからレパルダスに戻って、バークアウトで全て砕き落とす。カラカラと落ちてくる小岩をあの子に当たる前に尻尾で弾きながら、前を見て。
「もう、一人……!」
『どこに隠れていたんだろう。全然分からなかったな』
「すごいだろう。どんなポケモンでも気配を察知できないように改良したのだ」
男が言う。……ここが、本命だ。他のハーフと明らかに形状が違う。以前見たものとも違う。片方に装備している大鎌は変わりないが、もう片方は人間が生み出した武器。機関銃が付いている。国際警察時代、先輩が持っていたものを見たことはあるが、扱っているところは一度も見ていない。……あれを相手に一人でどこまでできるか。どこまでアヤトくんを護れるか。
──……いや、絶対に、護らなければ。
「おっ、お前ひとりじゃ絶対無理だ……っ!だれか助けを、」
『駄目だ。みんな手一杯だよ。……アヤくん、絶対俺から離れないでね』
イオナくんが心配そうにこちらを何度も見ているが、かといってあの場を離れることはできない。詩ちゃんたちも3人でやっと抑えている状況。誰が見たって、分かることだ。
「っでも……っ!!」
『大丈夫。やれるだけ、やってみるから』
少しだけ振り返ると、アヤトくんが唇を噛み締めてまた泣きそうな顔をしていた。さっきまでの勢いはいったいどこへいってしまったのか。呆れるぐらいに泣き虫なのは変わらないけど、だからこそ、安心する。どんな表情をしようが、何を言おうが。アヤトくんはアヤトくんだ。……根本は、そう簡単には変わらない。
『忘れたの?俺、改造ポケモンだよ。普通のレパルダスと一緒にされちゃあ、困るんだよね』
「……俺のことはどうでもいいから、絶対、無茶すんなよ」
はは。笑って返し、前を見る。
アヤトくんらしい言葉じゃないけど。……心配されるのは、悪くない。
ぐっと前足に力を入れて、真っ直ぐに向けられた銃口を睨む。
直後、銃声が空気を裂いた。ドドド、雨のように飛来する弾丸を前にまもるで透明な壁を張る。一枚ではだめだ。押されながらもヒビが入る壁を見ながらもう一枚作って重ねる。目の前、光が弾けてチカチカする。閃光弾も混ざっているのかと思うほど眩しい。
まだ弾切れにならないのか。随分と時間を長く感じる。冷や汗を伝わせながら、息も忘れるぐらいに集中して壁をつくる。ふつうのまもるでは耐えきれない。より分厚く、頑丈な防御璧を。
「……っロロ!今だっ!」
『!』
背後、アヤトくんの声がした。それに反応して咄嗟に目を見開くと、白い煙の先、再び銃口が見えた。地面に散乱している薬莢の数を目視する。──最初数えたときと同じ数、ということは。
『遅いね』
煙が流され消える前。振り上げられた鎌を、身体を思いっきり捻って下からアイアンテールで思いっきり弾き飛ばす。次いで空かさず辻斬りで機関銃を叩き割る。目の前、部品が宙に浮きながら散らばるのが見えた。その間、腕が伸びてくる。避けて、とんぼ返りで衝撃を与えてからまたアヤトくんの傍に戻る。
……相手は固いが、動きは俺の方が上だ。見切って避ければ攻撃する隙はいくらでもある。ただ、どうやってハーフを止めるかが問題だ。どうすれば気を失わせることができるのか。
「…………っ、」
少しあがった息を整えながら後ろを見る。"殺さないでくれ"、まさにそう言っているような顔で俺を見ている。そんな顔をされなくても、殺しやしない。……できれば俺だって、もうあの時の感覚は思い出したくもない。
『アヤくん、動けるね?少しの間、離れるよ』
「……俺も一発目だけなら避けられる」
『十分だ』
まだ林に隠れている可能性も拭いきれない。なるべくアヤトくんと距離を開けたくはないが、どうにかしてハーフを倒さなければならない。長期戦になることも見越して、一応声をかけておく。緊張はしているものの、取り乱してまではいない。このままなら言葉通り、万が一襲われたとしても最初の攻撃ぐらいは避けられるだろう。……よし。
ゆらりと起き上がるハーフを前に、態勢を低く構えて。
思い切り息を吸いこんでから走り出す。こちらの方が速さは圧倒的に上。あっという間に目の前に躍り出て、声を張る。バークアウト。聴覚を抑えつつ、動きが鈍ったところをくさむすびで足元を捕縛する。その間にも振り落とされた鎌を尻尾で弾き、投げられた壊れた機関銃を爪で叩き割る。
一度地面に着地して、一回転をしながらシャドーボールを正面にぶち込んだ。これでやっと後ろに倒れ、全身を根で押さえることができる。
「……、……、」
仰向けに寝ころんで無言でもがき続けているハーフの上に飛び乗り、その目を見る。……真っ赤な両目は、やっぱりリヒトくんの片目によく似ていた。眠る。なかなか効かない技でも近距離でかければそれなりに効果があるらしい。
とりあえず、これでしばらく動きは押さえられた。
一息吐いて、振り返り、。──……全速力で走り出す。
あの時は間に合わなかったけれど、今度は。今度こそ。
──……ドン、ドン。
重たい金属音が、二度響く。
瞬間。
目の前で飛び散る赤と、揺れる紫色がひどく鮮やかに見えた。
ゆっくりと傾き崩れる姿と一緒に、目を大きく見開いて。
「──……っロロ!!!」
咄嗟に膝から座り込み、地面にうつ伏せで倒れる身体を抱き起こそうと腹部に腕を回したとき。ぬるりと生暖かい感触がする。
「あ……、っああ……!」
……俺はこの感触を知っている。──……リヒトを抱きしめていたときに、嫌というほど、。
刹那、頭の中であの時の光景がフラッシュバックする。同じ感覚、臭い、そして、。
なにもできない、自分。
「っぁぁあああああぁああぁっ!!!」
叫び。がたがた震えながら泣き叫んでいる、その姿を全員が目に映す。
……と、同時にありえない光景を目の当たりにする。あの"彼"が、血だまりで倒れていたのだ。まさか、そんな。
柄にもなく慌ててしまい、トルマリンたちに指示を出さずに駆け出した。
緊急事態。見る限り、アヤトは完全にトラウマ体験の影響を受けている。今は戦うよりもまず先にあの二人の離脱を最優先にしなくては。
『──……マズイな』
アヤトたちの先、銃を持ち続けている腕をだらりと降ろした男が何かハーフに指示を出している。ロロさんが技で捕えていたハーフも起き上がり、ぎこちない足取りで二人に近づいていた。
間に合ったとして、交戦は避けられない。長期戦になることは分かりきっている。となると、まだ助けられるであろう彼の生存率もぐっと低くなってしまう。捨て身で突っ込むべきか。……いや、今のトルマリンたちと祈たちの戦況を見る限り、私まで怪我を負うと勝機すら。
……悩みに悩んで。ハイリスクも覚悟の上、立ち止まって力を溜める。
背後から足元を狙って破壊光線を打つ。直後は反動で動けなくなるが、無理やりにでも動いてやろう。そうしなければ、──……。
「……、……は、?」
思わず。溜めていた力が抜けて、声が漏れた。
どこからともなく現れたその姿をみて、驚かずにはいられなかった。
アヤトたちの背後。ゆっくり歩み出て通り過ぎ、ハーフとアヤトたちの間に立つ、一人の男。
青い髪を揺らし、赤い瞳でハーフを見て。スッと男が腕を前に出した瞬間。
がしゃん、と。ハーフが後ろに倒れた。続いて背後からも二つ音がする。トルマリン、そして祈たちが戦っていたハーフたちも突如動きを止めて気を失ったかのように地面に伏していた。男が何をしたでもない、ただ彼は腕をかざしただけなのに。
「貴様っ、!なぜここに……!!」
「博士。オレは、約束をしたのです。リヒトと"指切り"をしたのです」
アヤトを背後に、男が言う。
彼はそう。まさしく。……アヤトの親友であり、先日亡くなったハーフの少年がそっくりそのまま少しばかり成長したような容姿をしていた。違うところをあげるなら、半身がリオルのそれではないというだけだ。その他はほぼ完全に同じ容姿である。親族だとしても、おかしいぐらいに似すぎている。
「お前を造ったのはこの私だぞッ!?なのに貴様は、リヒトを優先するというのかッ!?」
「はい、博士。なぜなら、オレはリヒトがいなければ無意味な存在です。ですからオレがリヒトを一番に考えるよう造ったのも博士ではないですか」
「くっ……!裏切ったな、シュヴェルツェッ!!」
無表情の彼を苦し紛れにきつく睨む男は、すでに形勢逆転されていることすら気付いていない。
そんな中、彼が男に向けて手のひらを向けた。──……瞬間、男が吹っ飛び森の中へ消えてゆく。遠く、木々がなぎ倒される音がした。
彼なりの慈悲なのか。それとも。
「……貴方は、」
「さあ、早くポケモンセンターへ行かねば、そこのレパルダスも死ぬぞ」
「っ!!」
言葉に弾かれ、やっとアヤトたちのところへ向かう。ロロさんを抱きしめたまま泣き叫んでいるアヤトは未だフラッシュバックに襲われているらしく、彼の登場にすら気付いていない。いいのか悪いのか分からないが、とにかく急いで行かなければ。
「あ……、あの、……あなたは、?」
トルマリンとルベライト、そして私の三人でアヤトたちを運び始めているとき。恐る恐る祈が彼に聞いていた。距離は開けたまま、誰しもが警戒をしている中。彼は、やはり無表情のまま口を開く。
「オレの名前は、シュヴェルツェ。……リヒトのクローンとして造られたモノだ」