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「……なんだこりゃ」

あまりの暑さと重さに目を覚まして顔だけ持ち上げて下を見ると、いつの間にか色んなのが俺と一緒に寝ていた。
エネもいつの間にかエネコに戻って俺にくっついたまま丸くなって寝ているし、なぜか祈とロロまでここにいるのは一体どういうことなのか。両脇をエネコとイーブイに固められて、足元には堂々とレパルダスが乗っかったまま伸びて寝ていた。重たかったのはほぼロロのせいかよ。クソだ。

「……」

他を起こさないように上半身をゆっくり持ち上げてから、俯きがちになりながら片手で頭を軽く掻く。
久しぶりに、あの夢を見ることなく眠れたようだ。思い切り泣いたこともあって、目はまだ痛いけど随分と気持ちや頭はスッキリしている。……あとでエネにお礼を言わなくちゃ。

「あら、起きたのね。おはよう」
「なんで詩までここにいるんだよ」

部屋の端。声がしたと思ったら、詩が本を読みながら部屋に備え付けられている小さな椅子に座っていた。俺を見ながら本を静かに閉じると、じっと見てから立ち上がってベッドの横までやってきた。
座り、寝ている祈をそっと撫でる詩。

「祈がここで寝ていると聞いたからよ。わたしが居たら何かマズイことでも?」
「あるわけねーし」

頭を掻き乱してから足を動かす。クソ重たいレパルダスを軽く蹴とばすと、一度眠たそうな片目で俺を見てから欠伸をして、またベッドの端で丸くなり寝る姿勢になっていた。……つーか、また寝るのかよ。
ロロを横目で見ていると、ボーッと汽笛の音が聞こえた。そろそろヒウンシティに着くという合図だ。ナイスタイミングすぎる。

汽笛の音が目覚まし代わりになったのか、祈とエネも薄っすらと目を開けてベッドの上で背伸びをしていた。なぜか二人とも一度俺にすり寄ってきたから何となく撫でると、嬉しそうにベッドから飛び降りた。さて、小さいのが起きたのに未だに丸くなっているクソ猫が一匹。

「おいロロ、いつまで寝てんだよ」

足で蹴とばすように突くと、丸くなったまま尻尾だけ動き始めた。長い尻尾が揺れたと思えば、次の瞬間、俺の足をぺちん!と叩いたのだ。痛いと声をあげるよりも早く、尻尾を掴んで引っ張るとびくりとベッドの上で飛び上がって。……そのまま俺に向かって飛びかかってきた。
そういやコイツ、尻尾を触られるのは嫌いだって言っていたっけ。

「……なぜアヤトとじゃれているんですか、ロロさん」

ノックの音がしてから開いた扉の先、イオナが部屋に入ってくるなりベッドの上で折り重なっている俺とロロを、微かに表情を歪めながら見ていた。軽蔑も含まれているような視線が痛い。子どもたちはみんな起きて準備をしているのに、貴方たちはいったい何をしているんですか。って、言葉はないけど絶対そう思ってる顔だ。

『じゃれてなんかいないさ。アヤくんが急に尻尾を掴むのがいけないんだ』
「は?お前が起きないのが悪いんじゃん」
「どうでもいいので早く準備をしてください」

ぴしゃり。イオナに言われてのろのろと動き出す俺とロロ。コイツと一緒にされてしまったのが地味に気にくわない。
準備万端ですでに楽しそうに話をしている祈と詩、そしてエネ。その横で少しだけ広げた荷物を新しい鞄に適当に押し詰めた。以前まではスポーツバッグだったけど、今度からは一回りぐらい小さなショルダーバッグにしてみた。小さくても入る量は以前と同じなんだもん、やはりここは異世界だ。

イオナに新しく発注してもらった学ラン風のジャケットを羽織る。前よりも一回りぐらいサイズを大きくしてもらったけど、そんなにぶかぶかでもない。俺が成長している証拠だろうか。





「──……ん?」

船から降りている途中、船乗り場の遠く向こうから全速力で走ってくる赤色。あれは、トルマリンだ。随分と久しぶりに見た気がする。トルマリンやルベライトとも話をしないとと思っているが、……どうやら今は、そんな暇はないらしい。

「っアヤトさま、アヤトさま!!」

息を切らしながらも俺を呼ぶトルマリンの表情は固い。一体何があったのか。慌てて駆け下りて行く。

「トルマリン?どうしたんだよ」
「アヤトさま、そ、その……っ、」

トルマリンが一度口をきつく閉じてから、絞り出すように紡がれた言葉は。

「──ご友人の墓が、荒らされておりました……!」
「…………、は、?」

思わず。聞き返してしまった。
……何が何だか分からない。一体どういうことなのか。
感情よりもまず先に、ただひたすらに訳が分からなくてとにかく真っ先に情報を求めていた。

「今すぐ墓地に向かいましょう。歩きながら話しなさい」

イオナに促されて、俺をちらりと申し訳なさそうに見てからトルマリンも歩き出す。二人の後ろ、俺も一歩を力強く踏みしめた。俺の隣や後ろ、差し伸べられた手がいくつもあったが、あえて誰にも頼らず前に進む。……そんなに心配しなくても、もう膝から落ちたりなんかしないさ。

「現在、どのようになっているのですか」
「結論から言うと、……遺体が、なくなっております」
「誰かがリヒトの遺体を盗んだってことか!?」
「まだ調査中なので断言はできませんが、……可能性としては、その線が濃厚かと」

ほぼほぼ駆け足状態になりながら、人混みを掻き分けるようにして進む。早々と抜け、裏路地を通って墓地へと急ぐ。
サンギ牧場へ行く日、早朝に花を添えたのはもちろん俺だ。その時は、別に何の変化もなかった。それから一度タチワキシティのポケモンセンターで泊まっていたから、この一日で誰かがリヒトの墓を荒らしたことになる。明らかにタイミングが良すぎる。まるで俺がヒウンシティを離れることを知っていたかのような……。

薄暗い地下を駆け抜けて、真っ先に外へ出た。
リヒトの墓の前、ルベライトがしゃがみ込んで地面に手を当てながら調べていた。足音で気付いたのか、俺の姿を見つけるとすぐさま立ち上がって横に動き、頭を下げる。

「マスター、お帰りなさいませ」
「……、……っ、」

ルベライトに返事をする前に、真っ先に目に入ってしまった光景に思わず絶句する。聞くのと見るのじゃ、まったく違う。ゆっくり手前まで歩いて行って、荒らされた墓を見る。

俺が盛った土は乱雑に掘り返され、そこら中に飛び散らかっていた。棺の周りの土は固まったまま、蓋がひっくり返されている。恐る恐る中を見る。……リヒトの身体は、どこにもなかった。でも、部分的に中の布が変色しているのを見れば、今まではちゃんとリヒトの身体がここにあったことは確かだ。

「毎日花を添えているアヤト様の代わりにと思い、ルベライトと二人で訪れたらすでにこの状態で、……申し訳ございません」
「……誰が、墓まで荒らされるなんて思うかよ」
「流石に墓地にまで監視カメラは設置していませんでした。……やられましたね」

ルベライトの隣、冷静に状況確認をするイオナが言う。その後ろで俺は掘り返された棺を見ながら、両手できつく拳を握る。
……悲しいとかショックとかよりも。真っ先に怒りがきた。沸々と湧き上がる憤怒。
やっと、静かに眠らせてあげられたのに。誰が、……誰が、こんなことを、。

「──……アヤト、」

そっと。祈が俺の拳を握ってきた。今自分でもどういう表情をしているか分からないが、何となく祈には見せられない気がして顔を横に背けると、目の端で耳がさらに垂れ下がるのが見えた。

……瞬間、祈の耳が即座に上に持ち上がり、なぜか俺を押し退けて前に立つ。なんだと思って顔を上げると、ロロやイオナ、トルマリンたちもある方向を見たままみんな戦闘態勢に入っている。
ただならぬ雰囲気に唾を飲み込んで、俺も視線の先をじっと見ていた。──……そして。見覚えのある揺らめく白衣に歯を食いしばる。

「また……お前なのか」

痩せこけた頬にぼさぼさの長髪を一つにまとめている男。あれから姿を暗ましていたが、このタイミングで出てくるということはそういうことだ。……忘れたくても忘れるものか。こいつはリヒトを研究していた張本人だ。

「まだだ、まだ終わらせないぞ……私はまだ奴らを皆殺しにしてからではないと死んでも死にきれないのだ、まだやらねばならないといのに……!!」
「……いや、彼じゃない」

頭を抱えながらふらりと一歩踏み出す男と俺の間あたりにいるロロが言う。

「もしも彼がリヒトくんの遺体を回収していたら、今頃ここにはいないだろう。あえて俺たちに姿を見せる必要なんてないでしょう」

まあ、狙っていたことに違いはないだろうけれど。、付け加えられたロロの言葉に男がぴくりと動いた。肯定するかのような動きに、俺は奥歯を噛み締める。
いつか必ず見つけてやろうとは思っていたが、まさかこんなにも早く、しかも自ら出てきてくれるなんて。

……復讐?馬鹿げてる。無駄なことだ、やったやられたの繰り返しになるぞ。やめておけ。悲しみは連鎖する。仮にお前が殺せたとして、そしたら彼が戻ってくるのか?違うだろう。彼はそんなこと望んでいない。お前がただ、さらに虚しくなるだけだ。
……俺の好きな漫画の某キャラクターのセリフであり、ヒーローに向けられた言葉である。もちろん漫画の中では常に正義の象徴であるヒーローは、その言葉を素直に受け入れ自分の気持ちを押さえて思いとどまっていた。

でも俺は、あいにくヒーローでも何でもない。ヒーローだと思い込んでいた、ただの無力なガキだった。
いいや、もうこの際例えヒーローだったとしても誰になんと言われようとも俺はこの気持ちを抑えることはしたくない。漫画のように思いとどまったりするものか。

「……殺す」
「──……アヤト、いま、……」

すぐ手前にいた祈が一度びくりと肩を飛び上がらせると、ゆっくり振り返って俺を見ていた。
……祈は本当の俺を、人間を、知らないんだ。だから今、こんな信じられないものを見ているような表情をしているんだろう。人間なんてこんなものだ。常に正しく綺麗にいられるわけがあるものか。闇に染まるのなんて簡単だ。

「俺はお前がリヒトにやってきたこと、全部知ってる。覚悟しろ、全部お前にも同じようにやってやる」
「リヒトは奪われたが……はは、そうか、そうだな。少年、私が君を捕獲する。完全体に近い君なら必ずリヒト以上にいい実験体になってくれるだろう、なあ、少年!」

誰にも俺の気持ちなんて分からない。だから誰にも俺を止める権利はない。
誰が何と言おうとやってやる。俺がリヒトの代わりに、コイツを殺す。

そして。
林から出てきて、男と俺たちに間に立ちはだかるハーフの姿。
あの時に生き残りはいなかった。だからここに今いるハーフはあの時あの場にいなかったハーフだ。どこかで待機していたのか、それともまた生み出されたのか。どちらなのかは分からないが、姿かたちはやはりリヒトに何となく似ている。

「……、」

あの時助けられなかったハーフを重ねて、拳を握りしめる。
……できることなら、今度こそハーフを助けたい。




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