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え?今?そうだねえ、プラズマ団は結構前に解散してるし、今特に表立って活動してる団体は無いかな。どっかの地方ではまだあるみたいだけどね。ちなみにプラズマ団はひよりちゃんと俺たちが……、あ、そう、言わなくてもいい?分かった。
ま、そういう団体がいないにしても、俺たちが知らないだけでまだ裏では動いてるのもいるだろうし、どうしてもそういうワルモノを倒したいなら君一人で探してみればいいんじゃない?
「言っておくけど、俺はアヤくんの面倒事に巻き込まれるのは御免だから。頑張って一人で倒してね」
「……な、なんだって……?」
ロロの話を聞き、また俺は愕然とした。俺の頭の中ではプラズマ団ぶっ倒して英雄にもなる予定だった。のだがしかし。すでにまさかの母さんが英雄となっていて、俺はお役御免というオチ。それにこのクソ猫、とことん俺に力を貸してはくれないようで本当にただ一緒に居るだけみたいな。すげえウザい。にしても……これは笑えねえ。
変に頭が痛くなってきて、額を軽く握った拳でコンコン叩きながら目を瞑る。俺がやってきた今のイッシュ地方は平和である。……ならば。
「俺は一体、何のためにこの世界に来たんだよ……」
独り言を呟いただけだった。それをわざわざ拾い上げたのは、当たり前のようにロロである。暢気に自身のボールをテーブルの上で人差し指で転がしながら少しばかり首を捻ると、ロロは俺に向かってこう言った。
「うーん、強いて言えば"ついで"じゃない?」
「……え、え?ついで?……え?」
「そう。おまけみたいな」
「お……、おまけ……?」
「だってキューたん、正直なところひよりちゃんに会いたかっただけみたいだし、君ひとり向こうに残すのも可哀想だからついでに連れてきたんじゃない?」
ついで。おまけ。この俺が、おまけだって?……い、いやいや。そんなわけないだろう。だって俺は、俺は……。そ、そう!多分、いや絶対!後々はこの世界にこの名を轟かせるトレーナーになる男だぞ!?おまけなわけがない。おまけな……わけが…………。
「今度から"おまけくん"って呼ぼうか」
「死ねクソ猫」
「こらこらアヤくん、死ねとか言っちゃダメでしょう」
「クソ……クソッ……」
あはは、なんて俺を見て笑うロロ。あはは、だって。何笑ってんだよチクショウ。
……そんな……俺は、絶対信じないぞ。俺は特別なんだ。特別だからおまけなんかじゃない。どこがどう特別なのかは分からないけど、でも、俺は、絶対にこの世界で主役になるべき人間なのだ。くそ、今に見てろよ馬鹿猫め。真っ先に俺の言うことを聞くようにしてやる。
「で、おまけくん」
「……」
「冗談だってば。アヤくん、そんな君に嬉しい話があるよ。キューたん直々の任務なんだけど」
「…………なに」
そういやさっきもキューたんがどうのこうのって言ってたけどなんて言ってたんだか覚えてないや……。まあいいや。とにかくキューたんさんに"俺が"何かを任されたってことだろう。そ、それは、聞く。しかない。
「……なにニヤニヤしてんだよ早く言え」
「えっとね、ちょっと待って」
相変わらずニヤニヤしながらパソコンを取り出し、テーブルの上に置くロロ。
……もしかして、もしかして。
パソコン、画面、俺のゲーム機、……白い太もも。……期待、せざるを得ない。この前の続きが見れるのか。だとしたらロロから画面が見えないようにしなければ。い、一体どすればいいんだ。
「ロ、ロロ!あの、」
「ああこれね、録画してあるやつだから俺最初に見ちゃった」
君の期待してるようなものじゃないよ、残念!って。はあ、コイツ本当になんなの?俺が顔に出やすいだけなのか?ええ?
自然と落ちる肩と、力の抜ける身体を椅子に預けてロロの隣に座る。マウスのカチカチッという音を聞きながら準備が整うまでテーブルに突っ伏していれば、ロロに頭を突かれた。一回睨んでから画面を覗きこむ。……画面は暗いが、微かに別の音が流れているから再生されていることに間違いは無い。
『あ、ほら!もう映ってるよ!』
『……ああ?まだだって言っただろうが……まあいいか』
人形を押すと聞こえるような高い音と、聞き慣れない男の声がした。それに眉間に皺を寄せつつも、変わらず暗い画面を食い入るように眺める。……ふと、画面の端に灰色の髪が映った。これは間違いない、キューたんさんの色だ!……そう思ったのに。なのに。
『よおエロガキ。旅は順調、なわけねえよなあ』
キューたんさんと同じ髪色をした男が馬鹿にするように笑っている映像が流れている。
……ていうかさ。エロガキって俺のこと言ってんの?え?いやまずこのムカつく野郎は誰だよ。こんなんどうでもいいから早くキューたんさん映せよ。
録画してあるという映像を睨んでもどうにもならないから、仕方なくロロに文句を垂らすと「まあまあ、見てなって」の一点張り。口先を尖らせながらゆっくり画面に視線を戻し、一時停止していた映像が再び流れるのを見る。
『俺様のところへ来るまでにちったあ成長できればいいがな。ああ、期待は全然してねえよ』
「はあ?何でテメエのところに行かなくちゃいけねーんだよ。絶対行かねえわ」
『おっと、言っておくが来ないともれなく家庭崩壊が待ってるぜ』
「なあロロ、さっきから何言ってんのコイツ?頭おかしい人?」
にやり。画面の向こうの男が笑みを浮かべた直後。男の横にひょっこり顔を出したのは、……紛れもなく、俺の母さんであった。すっげー悪人顔してる男の横で暢気に満面の笑みを浮かべて手を振っているのは、やっぱり何度見ても母さんだ。……唖然茫然。開いた口が塞がらない。
『アヤくん、ママここで待ってるよ!あ、パパも一緒だから心配いらないよ!……ねえ、これでいいの?本当にちゃんと映ってる?後ろ暗くない?』
『俺様を誰だと思ってんだ。ばっちり撮れてるに決まってんだろーが』
『そう?ならいいんだけど』
「っていうかなんでキューたんだけひよりちゃんと一緒なのかなあ。何度見ても腹立つなあ」
そう言うロロは左肘をテーブルについて頬を支え、右手の人差し指は小刻みに上下運動を繰り返して苛立ちをリズムに変えている。画面を見る目は普通に怖い。……が、今の俺はそれすらもただ茫然と眺めていた。頭が、現状に追いつかない。なんだ、何がなんなんだ。母さんと……父さんも?……が、えっと、キューたんさん、じゃなくてあの男もキューたん……キューたん?同じ名前?……あーっ!?意味ワカンネーッ!!
「アヤくん、俺が簡潔に教えてあげようか」
「……頼むわ……俺今ぜんっぜん分かんない……」
頭を掻きむしっている俺の横、ロロが不機嫌面を若干残したまま口を開く。映像はいつの間にか終わっていたようで、パソコン画面は本当の黒に染まっていた。
「君はパパとママのところへ行くために旅に出る。成長することが目標だからね、旅路では君は何をしてもいいんだよ。ただし旅を放棄した場合、家庭崩壊は免れない。以上」
「……ロロ先生、質問」
「はいなんでしょうアヤトくん」
「家庭崩壊とは、具体的に何ですか」
ロロが顎に手を添え、小首を傾げる。……しばらくしてから考えてみれば、そういう仕草をするってことは多分ロロも知らなくて想像で言っただけだったんだと思う。が、しかし。このときの俺はほんっとうに頭が働かないわ訳が分からないわで、ロロの言うことを全て間に受けてしまった。
「ひよりちゃんが彼に寝取られて、君に父親違いの兄弟ができるんじゃない?グレちゃん今動けないみたいだし」
「……え、あの。……それガチで言ってんの?」
「言っとくけどさっきの彼、ああ見えて俺と同じかそれ以上にひよりちゃんのこと好きなんだよ。それが家庭崩壊って言うってことは……ああ……こんなことになるなら人妻の魅力なんて教えなければ良かった……!」
「い、いやいや。それは、流石に、」
あり得ないだろ。……断言、したかったものの。何故か一緒にいるという父さんは、これまた何故か動けない状態で、さっきの男も一緒にいる。その男は気持ち悪いほど母さんが好きなロロと同じぐらい母さんが好きで、……えっと。人妻の魅力、?。パッと見だけで、あの男はかなり身体がでかかった。母さんはそんなに大きくないし力なんて俺よりも無い。そんな母さんがあの男に襲われたら……っあーー!ほんっと、父さんなんで動けない!?ったくどこまで使えないんだ!?
「……くん、アヤくん」
ロロの声にハッとして、気付いたらまん丸の目が俺に向けられていた。……いかんいかん、またいつもの未来予知をしてしまっていたようだ。いやでも俺が見たものは全て未来なわけで、俺の行動次第でいくらでも変えられる。俺が変えるんだ。
「どこまで妄想してたか分かんないけど、ちょっと脅しすぎたね。ごめんごめん」
「妄想じゃない。未来予知だ」
「……っぷ」
一気に頬を膨らませて口元を覆うロロを冷ややかな目で見る。俺が未来予知が出来るということ、どうやらロロも信じられないらしい。ふん、分からないならそれで結構。別に信じてもらえなくてもいいし。
「とにかく、俺がアイツのところに行けばいいんだろ。……仕方ない、行ってやる。行って一発ぶん殴ってやる」
「あ、それなら俺も協力するよ。二発ぐらいいいでしょ」
「おう、じゃあ決まりな。で、場所はどこ?」
パソコンを仕舞うロロを見ながら立ち上がって、椅子を少し持ち上げながらテーブルに仕舞う。靴も既に履いているし、旅に出る準備は万端だ。さてまずはどうやってポケモンを捕まえるかが問題だけど……。
「場所は、」
ギイ。ロロもようやく立ち上がったようで、椅子が床と擦れる音がした。それを聞いてから、なかなか続きがやってこない言葉を不思議に思って後ろを振り返る。……ロロが、にっこりと笑っている。
「……おいおい、まさか、」
「知ってるよ。ひよりちゃんたちが、どこにいるかは知ってる」
にこにこと笑うロロに、俺の嫌な予感が的中した。肩にかけた幅広いショルダーベルトを握りしめながら、両腕を左右に広げてまるでお手上げ状態を示すようなポーズをするロロを見る。
「知ってるけど、俺は教えられないよ。アヤトくん、君が見つけなくちゃ意味が無い」
「……ああ……」
思わず出た呻り声。……ああ、どこまでこの世界は俺に厳しいんだ。そうしてふと、思い出す。俺の旅が順調ではないことを喜んでいるように言う謎の男。
俺にとって眩しいぐらいに輝いていた夢のような世界が、すでに輝きを失いかけているような。先に不安すら覚えてしまっている。……ま、まあ、適当に頑張れば、どうにかなるっしょ。いいや、どうにかなってくれ。