12

色の違う二つの瞳はしっかりと開いているが、まるで俺たちを見ているような気がしなかった。今まで戦ってきたハーフたちと同じくどこか虚ろのまま、そこにいる。

「っリヒト!おいっ!!リヒト!!」
「…………」
「……っくそ!!」

全く反応がない。どうすればいいんだ。
男が持っていた機械を壊すか。……いいや、壊してリヒトまであのハーフたちと同じことになってしまったら、!痛いぐらいに強く鼓動する心臓のあたりに手を置いて、服を握りしめる。
どうしよう、どうしたらいいんだ……っ!?

「アヤト様!」
「っ!?」

俺の横を全速力でトルマリンが通り過ぎた、瞬間、俺の目の前にその背が現れる。驚いて後ろに退くと、さっきまで距離を開けて立っていたリヒトがトルマリンと接触していた。毒針とリヒトの爪が交差して、お互いに力をその一点に込めている。ギチギチと筋肉が軋む音がする。
リヒトの背後、背中部分から機械が動き出し、先についている大鎌が振り上げられる。切っ先の先には……俺がいる。吐き気がするほどの、殺気を放って。

『アヤト!伏せなさい!!』

声の通りに伏せた直後、振り落とされる鎌が凍り付いて寸前で止まった。慌ててさらに後ろに下がり、肩で息をする。冷凍ビームを放った詩が横にきて、未だ交戦中のトルマリンの援護に向かった祈がてだすけをする。……後ろ、駆け寄ってきたエネにも思わずびっくりして肩を飛び上がらせると、エネも驚いたように目を丸くしてからそっと寄り添ってきた。

『今のでわかったでしょ。リヒトが狙ってるのは、……アヤト、あんたよ』
「ッ!!」

ドッ!と変な汗が噴き出す。座りながら手を額に当ててから顔を覆う。
ああ、そうだ。詩の言う通り。
──……リヒトは俺を、殺そうとしている。
冗談抜きで、……本当に、殺しにかかってきている。この俺にでも分かるほど、ものすごい殺気を感じてしまう。そしてさっき俺の腹を殴ったのも、リヒトだったんだと今になって思い知る。

「……リヒト、……、っ」

どうしよう、何もできない。何か思いつかないか、辺りを見ながら必死に考えてみるが、どうしても何も思い浮かばない。

そうこうしている間にも状況は刻一刻と変わってゆく。
リヒトと互角に戦っていたトルマリンにも、流石に疲労の色が見えてきた。祈も必死に手助けをしながら攻撃を続けているが、ほぼ機械ではじき返されてしまっている。詩は援護しつつ、二人の守りに徹していた。……三人で向かっても押され気味の今、何か方法がなければ全滅もありえなくはない。

「っ考えろ考えろ考えろ……っ!なにか、なにかあるはずだ……っ!!」

頭と膝を一緒に抱えて唸った。リヒトを傷つけずに元に戻す方法は。なにか、なにか……!
……瞬間、目の前で何かが弾ける音がした。咄嗟に顔をあげると、エネが俺の前に立ち、透明な壁を展開していた。すでにボロボロと崩れかけていて、黒いリオルの手が今にも割って伸びてきそうで。
その先を見ると、トルマリンが倒れているではないか。祈と詩に至っては、遠くの崩れたビルの真下まで吹っ飛ばされている。ビルの一部がへこんでヒビが入って粉くずを落としているのを見ると、叩きつけられたと考えて間違いないだろう。

「アヤトくん、逃げて……っ!」
「駄目だエネ!それじゃあお前が、」
「っいいから早く!」

怒鳴られて、肩をびくりと飛び上がらせる。そうしてギリギリで抑えているエネの小さな背を見て、すぐ目の前にいるリヒトを見て。歯を食いしばって、立ち上がった。震えているエネの肩にそっと触れて、前を向く。
今もまだ、どうすればいいのか分からないけれど。
……どうしても、言わなければいけないと思った。
壁が崩れる寸前、大きく息を吸い込んだ。空気が肺と背中を広げて全身を満たす。
そして、リヒトに向かって思いっきり叫ぶ。言葉を、叩き付ける。

「──……ッ迎えにきたぞリヒトッ!!一緒に……一緒に、旅をしよう……ッ!」

──……パリィン……。
ガラスが砕けるような音がして、目の前でキラキラ光る。エネを押し退け真っ直ぐ俺に手を伸ばすリヒトの瞳に反射して、まるでその一瞬だけ美しく輝く。

黒い手が俺の首を片手で掴み、ぐっと力が入る。苦しいと思ったのは一瞬、次の瞬間、誰かの腕が後ろから俺を抱えて引っ張って。……目の前、赤く大きな人形が、黒い手に握りつぶされていた。それを見て、ぴたりと動きが止まるリヒトが見えて。

あれは、……そうだ。
俺が、トルマリンにゲームセンターで取ってあげた、ペンドラーの人形だ。

ズザザザ、と地面を滑るように転がって仰向けに寝転ぶ。背中は柔らかく、慌てて起き上がるとトルマリンが下にいた。明らかに、返り血じゃないものがいくつもある。ボロボロの姿に一気に血の気が引いて、咄嗟に手のひらで頬を軽く叩くと、うっと低い声を漏らしていた。……この状態で、みがわりを使ってくれたのか。

思わず泣きそうになるのをぐっと堪えて、リヒトの前に一人立つ。そうしてふと、足元に転がっていたものに気付いて拾い上げた。……三日月のマークがついている、青と黒の二色のボール。

「リヒト、……リヒト。……俺のこと、分かるか……?」

腕をぶら下げて俯いているリヒトが、こくりと、一度頷いた。ず、ず、と足を引きずりながら、お互いに一歩ずつ近づいて、崩れるように膝をついてしゃがみ込む。
機械が外れる音がした。横に転がり、リヒトの身体から完全に離れた。それでも侵食されていた人間の方の半身はもはや元通りに戻せないような傷で、血が滴り落ちている。

「──……っアヤト、おれ、っおれは、っ!もう、アヤトと一緒に行けないよ……っ!沢山の人を傷つけてしまった!……誰かを、……殺してしまった……っ!もう、っおれはぁ……っ……!」

子どものように泣きじゃくるリヒトに、そっと指先を伸ばした。触れた瞬間、びくりと飛び上がって後ろに仰け反る。まるで出会ったときのような反応で。そのときのことを思い出しながら、今度こそ、手を伸ばして手を握る。
……人間の手と、リオルの手。どちらも、リヒトの手だ。

「お前が何をしようがどうなろうが。俺は一生、リヒトの友達だ……!」
「……おれは、……しなないと……、」

ぼろぼろ泣きながら茫然としているリヒトが、ぽつりとつぶやいた。
その言葉に握っていた手を放り投げて、腕を伸ばし。きつく、きつく、抱きしめる。歯を食いしばりながら首元に顔を埋めて、また強く抱きしめた。

「っ俺は、絶対に見捨てない!!お前が罪悪感で潰れそうなら、俺も一緒に背負うから……っ!!」
「……、……、」
「だから、っそんなこと、いうなよぉ……っ!!……おれは、リヒトがいたから、ここまでこれたのに……っ!!リヒトがいてくれたから、がんばれたのにっ!!……死なないとだなんて、……そんなこと、いわないでくれよぉっ!!」
「──……アヤト、……、」

途切れ途切れの言葉に、嗚咽が混じって掠れる。肺が苦しい。悲しくて、どうしようもなくて。ただただリヒトにしがみついては泣いていた。
俺の言葉は、リヒトに届いてくれたのか。リオルの手がゆっくりと持ち上がって、恐る恐る俺の背中に添えられた。背中を丸め、耳元でリヒトの嗚咽が聞こえる。
──……ぽつり、ぽつり。真っ黒の空も、静かに泣きはじめる。雫がコンクリートに跳ね、次第に色濃く濡らしていた。散らばっていた血が混じり、薄くなって流れて行く。向かう先は、どこなのか。

「──アヤくん、リヒトくん!」

雨靄のむこう、ロロの声がした。ぎこちなく顔をあげると、やけにボロボロになっていて、つい驚く。後ろからくるイオナも、片足に違和感を感じる。怪我をしているのか。
両脇に祈と詩を抱えていて、そのまま倒れているトルマリンの元へ向かう。ロロがエネを抱き上げてから、イオナに任せて俺とリヒトのところにやってきた。いつもならうざったく跳ねている髪が、雨に濡れてくしゃっとなっていた。

「早く戻ろう。急いでリヒトくんの手当をしないと、」
「ああ、そうだな。──……行こう、リヒト」

立ち上がり、座り込んでいるリヒトに手を差し伸べる。リヒトが顔をゆっくりあげて、唇を噛みしめながら俺を見上げた。
そっと、手を重ねて。

「──……させるか、……させる、ものかああっ!!」

絶叫が、響き渡る。身体ごと飛び上がってから声のもとを見ると、男が一人、立っていた。ずぶ濡れの中、胸元を抑えて息も絶え絶えになってもなお、立ち続けていた。震える指で、キーボードをゆっくり叩いて血を吐き出す。さっきまで普通だったのに、今になってなぜあんなにも瀕死状態になっているのか。訳が分からず、またぶるりと震えあがる。

──……瞬間、重ねていた手に力が入る。
え、。声を出すよりも早く、視界が一回転した。背中を強く打ち付けて、曇天の空から降る雨が見えた。雨に交じって見えた白く細長いのは……黒い手から伸びる、鋭い爪だった。リヒトの両目がかっぴらき、一瞬にして恐怖に歪む。

絶望に泣き出す寸前、俺の前に腕がぬっと現れた。直後、それに爪が突き刺さり、貫通する。腕の下にいる俺にもあと数ミリで届くところ、即座に引き抜いて距離を置く音がした。
腕から落ちてきた血が、俺の頬に落ちた。

「──……ロロ、?」
「はは、なんて顔してるのさ。これぐらいなんてことないよ」
「っそんなこと……!」

そんなこと、あるわけがない。
立膝をついて、俺をさりげなく自分の後ろに隠すロロ。そして、肩越しに見えるのは、……構えをとっているリヒト。

「なんで、……いったい何が……!?」

腰をあげた瞬間、ロロの腕に遮られてまた尻もちをつく。じり、とロロの靴がコンクリートを踏みしめる音がした。その斜め横、異変に気付いたイオナが駆けつけてきた。即座にロロの腕の傷に気付いて見てから何か言いたそうに口を開けたが、またすぐにキュッと閉じる。

「ロロ、さん、!ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
「──……リヒトくんの様子が急におかしくなった。あの様子だと自分の意思で攻撃しているわけじゃなさそうだ。アヤくん、何か心当たりは」

戦闘態勢をとりながらも、顔をぐしゃぐしゃにして泣いているリヒトを見る。それからその後ろ、まだ血を吐きながらも、キーボードをたたき続けている男に視線を移す。ロロとイオナの間からスッと腕を伸ばして、アイツを指差して。

「っあれだ……!あの男が、リヒトを動かしているんだ……っ!!」

ロロとイオナが顔を見合わせ頷いた。直後、イオナが真っ直ぐ走り出す。当然のようにリヒトも動き出し、イオナの動きを封じにかかる。完全に動きを合わせてきているリヒトに、イオナがシャドークローを出す。
イオナの速さと互角だ、避けるものだと皆が思っていた。が、それも避けずに直に受け、手首を掴んで大きく捻る。咄嗟にイオナが自分から身体を捻って受け身をとり、地面に叩きつけられながらもレパルダスに戻って尻尾でリヒトの手を弾いてから、次いで尻尾をバネに大きく距離をとる。

「いやだいやだいやだッ!おれはもう、だれともたたかいたくないのに……!だれも、きずつけたくないのにいぃっ!!」

悲痛の叫びが、心を大きく揺さぶる。
それに合わせて、イオナが加速した。ついでロロもレパルダスに戻ってから走り出し、イオナと並走する。紫と赤紫が駆け抜け、叫び続けているリヒトへ向かう。顔を伏せていても身体はしっかりと敵を捕らえていて、まるで別の生き物のようにレパルダスたちを捕えようとしていた。

両脇に飛び跳ね、イオナに両手が向かう。その隙にロロがリヒトの懐に潜り込み、長い尻尾で足元を薙ぎ払う。左から右へ風のように通り過ぎた尻尾が、次、そのまま上へ向かう。リヒトがバランスを崩している秒の間、身体をしなやかに捻らせて前足で二本立ちになり逆さまの状態で、尻尾をまっすぐ、上に置いた。
瞬間、イオナが飛び上がり、ロロの尻尾を踏み台にして空高く飛んだ。──……リヒトを、飛び越えたのだ。

『っそのまま行け!!』
『言われずとも……っ!』

イオナが真っ直ぐに男へ向かう。それと同時に、今度はリヒトが俺のところへ一直線にやってくる。後ろ、ロロが慌てて駆け出すが、リヒトのほうが断然速い。
……一撃だけなら、避けられる。無理やり立ち上がり、態勢を低く構えて。

右から黒い手が伸びてくる。素早く見切って、両腕を右側に寄せて受け止めた。ついで来る膝蹴りを、右腕で払い受けたが、あまりの衝撃の重さに思わず尻もちをついてしまった。
瞬間、リオルの手が、左わき腹を軽く抉る。

仰向けに倒れながら俺の血が、重力に逆らって飛び散るのが見えた。熱く燃えるような痛みに、咄嗟に脇腹を抑えながらなんとか目を開ける。……その瞬間のリヒトの表情をみて、。

「っ殺せぇえリヒトォオオッ!!」

男が叫ぶ。痛みに呻きながら視線を向けた。イオナが馬乗りになっている。……が、動きがぴたりと止まっている。こんなときにどうしたんだ。思って、すぐ。

──……何も、見えなくなった。何も、聞こえなくなったのだ。

まさかこのタイミングで、?突然の恐怖に手足をバタバタさせた。感触は分かるが、それだけしか分からない。直後、何かに殴られどこかにぶつかる。……一体なにが起こったのか?
見えないことが、聞こえないことがこんなにも怖いなんて。

『いやだいやだ!!だれかおれをはやくころして!!だれか、はやくころしてよッ!!』

言葉が直接頭に響く。──……リヒトの波動か。暗闇の中で聞こえる叫びに、ふらふらと手を伸ばすと、さっと誰かに後ろに放り投げられた。一瞬、雨に交じって砂埃の匂いがする。

『おねがいだ、おねがいだよ、はやくおれをころして!!……おねがいだよ、ロロさんっ!!』
「──……ロロ、?」

地面に放り投げている腕に何かが跳ねて当たった。今の感触は小石か。……だれか、動いているのか?
波動から聞こえる懇願に涙がぴたりと止まる。ドッ、ドッ、と心臓が、激しく脈を打つ。音のない暗闇の中で、心臓は力強く動いていた。

『はやくころして、!ロロさんおねがいだよぉ……っ!』
「……っだめだロロ!リヒトもやめろ!!」
『おねがいころして、ロロさん……ッ!!』
「ッ絶対だめだ!!!」

──……叫んだ直後。先に音が戻ってきた。ついで遅れて視力が戻り。
俺の前に、リヒトがいた。見れば、周りはコンクリートが粉々になっていて。

すぐ目の前、俺の心臓に向かって赤黒く染まったリオルの腕が振り下ろされていて。


『っもうこれいじょう、つみをおかさせないで!!これいじょう、──おれのこころをこわさないでええぇえ……っ!!』

波動と叫びが重なった。
刹那。……俺の胸元に当たった爪が、ぴたりと止まる。

ドッ。ドッ。心臓の音に合わせてゆっくりと顔を上げると、。
──……リヒトの心臓を、腕が、貫いていた。

「…………ロ、ロ、」
「……っ、……、」

額から血を流しながら、血がにじむほど唇を噛んでいたロロの目は。
色鮮やかな。──……黄色と、青色だった。
つ、と。涙が糸のように、彼の頬の上を滑る。

「ほん、とうに……ありがとう、ございます……。ぬいて、ください、……」

掠れる声がした。合わせて、腕がず、ず、と抜け。
弾ける赤と一緒に、俺に覆いかぶさるようにリヒトが崩れ倒れる。
……視点が合わない。呼吸がつらい。荒く息を繰り返しながら、ずり落ちてしまう身体を抱きとめた。あっというまに腕が赤く濡れ、大きく身体を震わせる。

「……リヒト、なんで、リヒト、どうして、こんな、うそだろ、なあ、!?なあっ!?」
「──……迎え、……来てくれて。……ありがとう、……」
「──ッッ!!」

掠れる声を絞り出すリヒトを見て、唇を噛みながらぼろぼろ涙を散らかす。
……俺の言葉、聞こえていたんだ。
嬉しいのに、それ以上にどうしようもなく胸が苦しい。苦しくて苦しくて、縮まって破裂しそうで。
うそだ。こんなのうそだ。……だって、こんな、……こんなのって……!!

「──……おれ、さ。アヤトが、……いてくれて。……ほんとうに、よかった……」
「いやだ、いやだよリヒト、何言ってんだよ、っ!!」
「アヤトと、……ともだちに、なれて……、ほんとうに……よかった、。アヤトとであってから、……まいにちが、すごく、……たのしくて。ハーフ、だってこと、……わすれちゃう、ぐらいで、」

雨が、降る。
薄っすらと笑みを浮かべるリヒトにも降り注いで、血を洗い流していた。
俺の頬にそっと両手を添えて、力なく撫でる。涙なのか雨なのか、もはや分からない。

「ほんとうに、……すごく、たのしかった……っ!!」
「なに、いってんだよ……?これからさ、一緒に、旅、行くんだぜ……?これからだって、すごく楽しいよ……っ!!」

慌ててリヒトのボールを取り出して見せると、二色の瞳が細くなる。人間の方の手で、爪先で、そっとボールに触れ。

「──うん。……すごく、……たのしいんだろうなぁ……。──……ッ、……、ああ、……やっぱり、……アヤトといっしょに、……旅したかったなぁ……っ……!」

笑みがゆっくりと崩れ、細くなっていた両目から雫が落ちる。なんこも、いくつも、なんども、落ちてゆく。
頬から落ちかける両手を掬い上げ、力いっぱい握りしめた。
いやだ。いやだぁ……!!、子どものように泣きわめいていると、リヒトの手が震えながら俺の目元をスッと拭う。

「アヤト。……ひとつ、わがまま、……きいて、ほしいんだ、」

そっ、と。鼻先と鼻先があたり、
──……唇が、重なる。
一瞬、合わさっただけですぐに離れ、目を見開く俺を、いつもみたいに笑いながら見るリヒトがいて。

「──……どうか、……どうか。おれのことを、わすれないでほしい。……へへ、すごい、わがまま、だ……、」
「──……リヒ、」
「……アヤトは、進むんだ。……かならず、……前に、……」

掴んでいた腕が落ち、俺に重くのしかかる。ぴくりとも動かなくなったリヒトを見て、震える唇をゆっくり開ける。
リヒト、リヒト、……リヒト、リヒト……。
何度呼んでも、もうどれも届くことはなく。

冷たくなっていく身体を抱きしめ、魂を絞り出すように叫んだ。
……降り続く曇天に向かって、のどから血が出るまで泣き叫んだ。




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