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『──っアヤト様!!』
「……トル、マリン、?」

どこからか聞こえてきた声に顔を上げた。
ペンドラーが空から振ってきて、地に足を着くときには人型になる。苦しそうに肩で息をしながら即座に俺のところまで駆け寄ってきた。片膝をついて目を見開き、俺の肩にそっと手を乗せてから辺りを見回すトルマリン。ここでやっと血に濡れたコンクリートやハーフたちの欠片を見つけたのか、一瞬表情を歪めてから俺を見る。

「アヤト様、お怪我は!?」

左右に首を振って見せる。そうすればトルマリンは泣きそうな表情をしてから、すぐさまキッと眉間に皺を寄せてから歯を食いしばり、白い手袋をはめて俺の顔を両手で挟んで優しく撫でる。手袋が、すぐに真っ赤になったのを見てようやく知った。生ぬるく感じていたのは自分の涙だけじゃなく、彼らの血もあったのだということを。

『っトルマリンさん!アヤトは!?』

次いで、空からチルットが降りてきた。背中に乗っていたイーブイが飛び降りて、同時にエネコも駆けてくる。
……ただ、ある一線で三人とも立ち止まってしまい、俺とトルマリンをそこから見る。まるで透明な壁でもあるように立ち尽くしていた。
俺たちと祈たちの間には赤黒く染まった大鎌が転がっていて、その周りには血だまりと肉片が転がっているのだ。来たくても来られないというほうが正しいのか。そんな中、もはやそれらを見て恐怖とか嫌悪よりも、寂しさや愛おしさを感じてしまっている俺はきっとおかしくなってきているんだろう。

「自決など、ありえない。システムに異常はない。その他も正常通り……なぜだ。なぜ、なぜ!?」

透明な画面をいくつも展開しながら頭を掻き乱している男が、強く叩きつけるように言葉を放つ。そんな中、トルマリンに手を引かれてやっと立ち上がり、肩を借りながらふらふらと歩いて祈たちのところへ向かう。男を刺激しないよう、静かに距離を開けつつこのまま撤退することがトルマリンの目的なんだろう。
──……でも、それじゃあ、。

「……俺は、……俺は、リヒトに会わないと、戻れない、」

ぽつり。呟いた俺の顔を、その場にいた全員が見る。せっかく助けに来てやったのに、何を馬鹿なことを言っているんだ。そう思われているような気がした。俯いて、やっと自分の手で目元を拭う。拭っても拭っても、出てくる涙はもうどうしようもない。

それからふっと、トルマリンが俺をその場に置いて背を向ける。次いで、祈の長い耳が動いた。素早く方向を変えて、態勢を低くする。……詩が、エネを抱えて俺に渡して。

「ここまできたんだもの。あんたのワガママにも付き合ってやろうじゃないの」
「……うた、」
『ぼ、っぼくも、すごく怖いけど、っアヤトくんの傍にいるから……!』

俺に付いている血も気にせず、ぎゅっと抱き着いてくるエネが、……すごく、温かくて。思わず思い切り抱きしめて目を瞑る。詩が離れていく音がして、目を開けるとイーブイの上を飛んでいる。
……ビルの間。崩れた瓦礫から、ハーフが出てくる。一人、二人、……。
心臓がどくんと飛び跳ねた。動揺を隠せない俺にエネが擦り寄る。震える手で撫でて、瞬きをする。アイツらは、さっきの二人とは別のハーフだ。

──まだ、ハーフは生き残っている。

『……アヤト様、ここはお任せを』
『アヤトがリヒトを見つけるまで、わたしたちが戦うから』

トルマリンがペンドラーに戻り、祈の横で態勢を低く構える。
……瞬間、ハーフたちが動き出した。
真っ先に反応したのはトルマリン。振り下ろされる二つの大鎌を長い胴体を使って一気に払い退け、素早く身体を丸めてから宙で逆さまになったまま真っ白い角を弓矢のように降らせる。メガホーンだろう、威力はあるが、命中率が低い。ハーフが腕で払い落としたり機械で防御をする。

次、透明な剣が円を描いてトルマリンの周りを回っていた。剣の舞。詩が羽を大きく羽ばたかせると、風が吹いた。追い風だ。それに併せて、祈がスピードスターを繰り出す。風の勢いを借りて、速度が倍になる。

『アヤトくん、今のうちにリヒトくんを探そう!?』
「……っ、」

茫然と見ていた俺の肩に乗っているエネがいう。
……救えなかった、ハーフたちがまだ生きている。どうにかして止めないと。動かない頭を無理やり動かして考えて、いつもならスッと出てくる簡単な答えをやっとのことで導き出した。
男が操作しているあの機械を、壊せばいい。

分かった瞬間、自然と身体が動いていた。ハーフたちはトルマリンたちが抑えてくれている今、男の元には誰もいない。叩くなら、今しかない……!!

「甘いぞ、少年」
「……なっ!!」

一直線に男に向かった矢先、なんと、また別のハーフが出てきたのだ。いったい、あと何人いるんだ。慌ててその場で急ブレーキをかけて、エネを背に隠す。後ろを少しだけ見て、援護はないものと判断する。正直、一人なら攻撃を一回は避けられるが、エネがいる今、その一回すら確証が持てない。
ハーフがゆっくり前に立ち、俺の前で構える。

「……っ、なんでだよ、……!」

戦いたくない。戦いたくない。
唇を噛みながら睨み、震える手で再び拳を作った。

そのとき、……また、ハーフが止まったのだ。

それを見て俺と男が同時に驚き、また各々が動き出す。血が出そうなほど頭を激しく掻き乱す男と、エネを抱えて走り出す俺。ハーフと機械の間をスライディングして抜けて、素早く身体をバネのように戻して瓦礫を飛び越えた。

「動け動け動けえええ!!」

もはや雄たけびに近い奇声を上げる男の目の前、思いっきり拳に力を入れて。
──……腕ごと一緒に、殴り倒した。男が倒れる姿がスローモーションに見えた刹那、すぐさま世界がまた速度を取り戻す。カラカラと地面を擦って飛んでいった小型の機械をエネが尻尾で途中で止めて、俺を呼ぶ。

男の横を遠回りしてエネの元に行き、……思いっきり、機械を足で踏みつけた。真ん中で二つに割れてジジ、と変な音を鳴らしたそれを見てから、トルマリンたちを見る。
あちらも、ハーフの動きが止まっていた。遠くからみて分かるぐらいに荒い呼吸をしている三人に片手をあげて見せると、それぞれが態勢をもとに戻す。

『アヤトくん、やったね……!』
「っああ!これでハーフたちも、」

助けられる。そう思った。

──……背後。"あの"、音が聞こえた。
ぼこん、ぼこん、と。鈍く、重たい音が。

「言っただろう。ハーフには、幸の欠片も与えぬと。私は、……あれらが生きることすら、許さないッッ!!」

男の言葉と同時に、破裂する音がした。
エネが、ぶるぶる震えながら俺に必死にしがみついている。顔と耳を押し付けて全てを遮断していた。俺の耳ですら、遠くで連鎖するように起きている音が聞こえているのだ。エネの耳では、より鮮明に聞こえてしまうのだろうか。
詩と祈、二人まとめて頭の上からジャケットをかけて、縋るように胸元にいる二人をきつく抱きしめているトルマリンが見えた。降ってきた大量の血を浴びて、赤髪がより赤く見える。……トルマリンの目には、ハーフたちの最期は、どう、映ったのだろうか。

「ハーフには、"人間とポケモン、両者全て"を攻撃対象にするようプログラムしてあった。あれらを生み出したのは"この"私だ。意思など持たせず、プログラム通り動くようにしたのだ。勿論、完璧だったさ。……君が現れる前までは、ね」
「…………」
「──ああ、この世界は、本当に酷いものだ。理不尽なことばかりがあり、救いの手は一切ない!」

男がふらりと立ち上がり、懐から別の機械を取り出した。
目を見開いてそれをみる。……なんだ、あれは。だって、もう、ハーフは全員いないのに。
そんな俺を見てから、口元を緩ませて透明な画面を映し出し、キーボードを叩き出す。

「少年。……まさか、君もハーフだというのか」
「──……は、?」
「絶望した。リヒトを見つけたとき、これほどまで人間に近づいたハーフがいるものかと絶望したが、……いいや、今はそれ以上に絶望している。──……君は、完全に人間ではないか。ハーフのくせに何故人間の真似事などッッ!!」
「っちが、何言って、!?俺は……っ!」

──……瞬間、目の前に、何かが現れて。
殺気を感じてすぐ、思いっきり腹部を殴られた。それだけは分かったが、気付いたときにはすでに吹っ飛ばされていた。痛くて息が出来ない瞬間に、身体が浮いているのは分かった。それからすぐ、誰かに受け止められて、血まみれのコンクリートに座りながら激しく咳き込む。

「っアヤト様、アヤト様、しっかりしてくださいっス……っ!」
「うっ、っげほ……っは、……さんきゅ、トルマリン……」

腹を抑えながら呼吸を整え、顔を上げると心配そうに俺を見下ろすトルマリンがいた。そこではっとして、顔を勢いよくあげる。

「っエネ!エネは……!?」
「──アヤト、っあれ……!」

隣に立っている祈が指差す先。

──……青い、髪が揺れる。
あかい、あおい、目。

黒い獣の手の先には、エネが握られていて。瞬間、こちらに向かって容赦なく投げてきた。トルマリンが駆け出し、崩れたビルとエネの間に入って受け止め、自分の背中をビルに打ち付ける。

「本当は最後に"あの地にいるハーフども"を全員片付けるために使う予定だったのがね。仕方がない。試運転だ」

男の手前に立ち、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

「……嘘、だろ…………、」

軽々と瓦礫を飛び越え、黒い足で血だまりを歩く。赤黒い水面にいくつも波紋を描きながら、肉片を踏んでやってくるアイツは。


「リ、ヒト、……、?」




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