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聞こえる。声が。叫びが。悲鳴が。
見える。人もポケモンも、おれたちを見て恐れおののき逃げ惑っている姿が。

──……閉じていた目を開いて、目の前の現実に絶望する。
そびえたつ建物は轟音とともに崩れ落ちて街に凶器となって降り注ぐ。火が燃え盛り、何もかもを飲み込んでいく。自我を持たない生まれたての彼らが、"言われたとおりに"視界に入る全てに襲いかかっている。

この日のためだけに"生み出された"ハーフたちが、着実に、人々とポケモンたちに恐怖を植え付けている。

「ど、どうして、ッ、なんで、こんな、ことに……っ!!」

見たくない。こんな現実、現実なんかじゃない。潤む視界に瞳を閉じて、顔を両手で覆い隠して。……やっと、気付く。
……どろりとした液体が、自分の頬に張り付いた。

冷えきっているのに激しく脈を打つ身体。血の気が引く顔を無理やりあげて、視点の合わない目で自分の両手をそっと見る。ぶるぶる震えている、醜いこの両手は。
──どちらも、赤く染まっていた。赤黒い血が崩れた瓦礫に、手首を伝ってゆっくりと落ちていく。

──これはいったい、……だれの血、なんだ……?

サア、と血の気が引いていく。膝がガクガク震えだしてその場に倒れるように座り込む。
し、知らない。知らない。おれは知らない。だってこんな、どうしてこんなことになっているのかすら分からないのに!どうして、こんな……、!

──……あ、ああ、でも、分かる。これだけは、分かってしまう。

頭では覚えていないけど、おれの身体が知っている。この獣の手が、あの感触を覚えている。脆く生暖かい肉と粘着質な鮮血と、握れば簡単に折れてしまう骨と。

「──おれは……誰かを、……だれかをころして、しまったんだ、……、ッ!」

頭を抱えてうずくまる。
……違う。おれの意思でやったわけじゃない。違う、違うんだ……!違うのに……!……違う。、けれど。取り返しのつかない罪を犯してしまったことだけは確かに分かる。分かってしまう。

「どう、すれば、……っ、うう、……っ、おれは、……っ」

泣いても誰かが助けてくれるわけじゃない。そんなこと、もうとっくの昔から分かってる。
──……けど、それでも。こんなときでもやっぱり一番に思い出してしまうのは、父さんでも母さんでもなく。


"俺は、リヒトの力になりたい"


──……手を差し伸べてくれた、きみ なんだ……っ!!


「っアヤト、アヤトぉ……っ、!おれ、っもう、どうしたらいいのかわかんないよお……っ!!」


逃げ惑う人々の声と機械のように殺戮と破壊を行い続ける彼らが生み出す轟音の中。一人、地獄の中で、助けを求め続ける。ただひたすらに、叫び続ける。誰にも届かないと分かっていても、そうしなければもうどうしようもなかった。

──また、耳鳴りがした。頭がひどく痛みはじめる。

『──もっと、もっとだ……!さらに人々を怯えさせ!恐怖の底へと落とすのだ!ハーフの力を存分に見せてやるがいい!貴様らを忌み嫌い、迫害してきたやつらに!復讐するときだ!!復讐を!!』
「ちがう、ちがう……!おれは誰も恨んでなんかいない!復讐なんて、必要ない……ッ!!」

頭を抱えて左右に大きく振るが、言葉は直接脳まで響いて重みを増してゆく。
言葉とともに彼らの動きは加速し、またあちこちから悲鳴が生まれる。埋め込まれた機械が気持ちに同調して動く。そう。もはや彼らはハーフではなく、……兵器であった。
そしてそれは、自分自身も同じこと。

身体を引き裂かれるような痛みに、歯を食いしばりながら自分の身体を抱きしめる。
──……半身が熱い。背中が燃えているような感覚がする。耳元、機械が動きだす音がして慌てて気持ちを抑えようとする。
駄目だ、おれまでまた飲み込まれるわけにはいかない。例えもうポケモンでなくてもハーフでなくても、……この世にいてはいけない存在だとしても!!

「──……おれが、っおれが、……止めないと……ッ!!」

泣いている暇はない。
助けを求める余裕はない。
ただひたすらに、抗う。抗え、抗え、抗え。悪に、飲み込まれるな。

「そしてこれは……貴様らハーフの、破滅への道の第一歩である」

膝をついたまま頭を抱えてうずくまっているおれの先。
男の声が、聞こえた。





次から次へと辛い話ばっかりで、もううんざりだ。
俺があんなにも憧れていたゲームの世界はもっとずっと平和で楽しくて、全てが俺の思い通りにいっていたのに。キラキラと眩しいぐらいに美しく見えた世界がこんなにも絶望に満ち溢れているなんて、一体誰が思うだろうか。
……それでも今の俺には、前に進むという選択肢しかない。

「街の状況は!?」

──場所はヒウンシティ。ビルの屋上。
エアームドから一人飛び降りて、待機していたトルマリンの前まで駆けて行く。挨拶も手短にトルマリンが用意していた画面を大きなテーブルの上に映し出して説明を始める。イオナとロロに言われて祈とエネもボールから出し、話を聞いてもらう。

まず。敵の数は53体。うち24体はすでに対処済みで、残り29体は未だ街中にいるという。
確かに空から少し様子を見ただけでも色々なところから煙があがっていた。複数いるだろうとは思っていたが、なかなかに数が多いのでは。

「トレーナーたちやジムリーダーも交戦しているはずです。29体ぐらい、我々の手を借りずともなんとかなるのではありませんか」

イオナが言う。確かにヒウンシティは大都会だし凄腕のトレーナーも沢山いるはずだ。それに加えてジムリーダーも戦っているのだ。イオナの言う通り、あんなに街を破壊される前にどうにかできたはずでは。
何個が出された画面を指で操作しながら、リヒトの姿を探してみる。その間、ぼやけて映っているハーフの姿の画像を見つけて、親指と人差し指でつまむように画面に触れてから拡大してみた。……そこに映し出された画像に、思わず絶句する。

「……実は、すでに対処済みの24体なのですが。見てください。この画像のとおり、戦う前に自滅しました。目撃者によれば、肉体が急に膨れ上がって破裂したそうです」

トルマリンの説明を聞きながら、口元を抑えて吐き気を我慢する。この画像は、まさに破裂寸前のハーフの姿だろう。膨れ上がった筋肉が顔を覆いつくして見えなくしていたのは、まだ俺にとっていいことだった。顔さえ見えなければ知らないままでいられるような気がするからだ。

「ということは、実質まだ一体も処分できていないというわけですね」
「……申し訳ありません。予想以上に強く、現在こちらが押されている状況です。説明が終わり次第、第三部隊も参戦予定です。それから奇妙な話がございます」
「奇妙?」
「はい。サンギタウンの人々と同一の現象として、対象に襲われた際の記憶が皆曖昧なのです」

訝し気にロロがトルマリンに尋ねると、一つの動画を画面に出す。とあるポケモンとハーフが一定の距離を置いて向かい合っていた。が、突如ぴたりとお互いに動きが止まり。かと思えば、ハーフだけが素早く動き出してポケモンに襲い掛かっている。

「一見、普通の戦闘ですが……何か違和感を感じませんか」
「……ポケモンの反応が、遅すぎる。いくらレベルが低いとしても、この速さなら寸前で避けられるはず。まるで相手が見えていないような反応だ」
「…………相手が、見えていない……?」

顎に手を添えて呟いたロロの言葉に。

俺はふと、思い出す。

あれは、リヒトとまだ出会って間もない頃だったか。
……一晩だけ、リヒトが視力を失っていたことがあった。"一時的に"視力を失っていて、自分が負った怪我がどんなものか分からないのだと言っていた。

ドクン、ドクン。
激しく心臓が鳴り始め、冷や汗に似たものがじんわり出てくる。

まさか。まさか。
隣にいた祈が俺の様子に気付いたのか、そっと服を握ってきたが、いいや、それすらも今は気に留めることすらできない。どうか嘘であってくれ。心の中で祈りながらも、急激に乾いてしまった喉元から絞り出すように声を出す。

「そのとき、……お、音は、……音は、聞こえていたのか……?」

テーブルを囲んでいた全員が、俺を見る。みんなの表情で、俺が今どんな顔をしているのか分かってしまった。それでも俺は聞かなくてはいけなかった。可能性を、削りたかったのだ。とある一つの可能性を。
……そうして俺の問いに答えたのは。

「──……っご報告、いたします……っ!」

勢いよく開いた扉から転がり入ってきたのは、ボロボロになったルベライトだった。
スカートの端々が切れ、額から血が流れて顎先まで垂れている。すかさずトルマリンが駆け寄り、イオナが無線で医療チームを呼び出す。肩で激しく息をしていて今にも倒れそうなのは見て分かった。それでもなお、ルベライトは片膝をついて俺たちを真っ直ぐに見る。
職務を、全うしていたのだ。

「敵は、視覚と聴覚を、っ一時的に、鈍らせることができる模様……っ!ぐ、っ」
「ルベライト、無理は禁物っスよ!?報告は以上にして早く別室に、」
「い、いいや、トル兄。まだ、ボクは、……っアヤト様に、お伝えしなければ、ならないことが……っ!」
「──……おれ、に?」

覚束ない足で慌てて目の前まで行って、両ひざをつく。驚いた顔をするトルマリンの横、ルベライトが震える指先で俺の腕時計のボタンを押して地図を出す。
現在地であるビルを指してから、ゆっくりと線を引っ張っていく。画面に赤い線が描かれる度、ルベライトの血ではないかとドキリとしてしまっていた。
……そうして止まったのは、ヒウンシティの中心部。セントラルエリアの中央奧。

「ここ、に。……アヤト様が、探しておられる、ハーフがいました、」
「リ、ヒト……が、」
「アヤト様、早く、行ってください……っ早く彼を、止めないと……!」

俺の手を強く握るルベライトの言葉に、弾かれるように体が動き出す。ルベライトを一度抱きしめてから、立ち上がって走った。
俺を呼び止める声がする。それも全部振り払って、エレベーターに乗り込んだ。ボタンを連打して一階まで急降下。身体の震えが止まらない。バッグの紐を握りしめる手は、手汗が滲んできているくせに指先は冷え切っている。どうしようもなく落ち着かなくて狭い箱の中をうろうろした。

俺だけが知っている、リヒトの秘密。
……ずっと昔から、ハーフの研究の実験体として毎晩酷い怪我をしていたこと。"自身の研究の成果を見せるため"、"実験が成功するまで"リヒトを自由にしていたこと。
一時的に目を見えなくしたり、音を聞こえなくさせたり。色々なことが、パズルのように当てはまっていって。

「──……実験が、……成功、したんだ、……!!」

たどり着いてしまった一つの結論に、……泣きそうになりながら、ひとり頭を抱えていた。




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