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朝。着替えてからのっそり部屋を出ると、すぐに良い匂いが鼻孔を通って俺の腹の虫を鳴かせた。部屋に備え付けられている簡易キッチンに立っているのは、なんと、ロロだった。いや、この部屋には俺とロロしかいないから他の誰かが居たら悲鳴もんなんだけど。

「あ、おはようアヤくん」
「……はよ」
「もうすぐで出来るからちょっと待ってて」

フライパンの中で掻き混ぜているのはたまご、か。そのほかの出来ているおかずはすでにお皿によそられていて美味しそうな湯気を出している。
随分と手慣れた手つきだし、今日だけに限らず以前から料理はしているように思う。それを俺は遠目から見ながらゆっくり椅子を後ろに引いて座った。まだ何も置いていないまっさらなテーブルをぼんやり眺める。ロロって料理、出来るんだ。……男でも料理が出来るって、ちょっとカッコいいかも。

「実は俺も急だったものであんまり食料持ってなくてさあ、あるもので作ったから口に合うかどうか分かんないけど」
「いーよ別に」

俺の分と自分の分を運んでから、ロロが捲っていた袖を降ろしながら俺の向かい側の椅子に座る。決して広いとは言えないテーブルに並んだ料理を眺めて、無意識に出てくる涎を飲み込んだ。フォークを握ってからロロをちらりと見ると、少しだけ首を傾げてから「食べていいよ」と面白そうに笑いながら言われた。もうこの際なんだっていい。早速フォークを握ったまま手を合わせて前のめりになる。

「いただきます!」
「はいどうぞ」

俺からワンテンポ遅れて食べ始めるロロを目の端に映しながら、飲み込むように食べていく。……普通に、美味い。見た目からして美味そうだったけどこれは美味い。母さんの料理も美味いけど、コイツの料理もなかなかにイケる。食材のおかげもあるのか、それともロロが料理上手なだけのか。……あーでもやっぱりみそ汁は母さんの方が美味いわー。てかイッシュってアメリカあたりが舞台じゃなかったっけ。なんでコイツ和食作れるんだ。まあ美味いからなんでもいいけど。

「アヤくんって美味しそうに食べてくれるね」
「だって美味いもん」
「あはは、ありがと」

緩やかに弧を描く目を見て、さりげなく視線を外す。それに気付いたのか気付いていないのか、そのまま会話は途切れてしまった。時折食器が当たる小さな音だけが聞こえるこの場所に、少しばかり息苦しさを覚えながら食べるスピードを速める。
……ま、まだ。まだだってば。食べ終わったら言う予定なんだ。だからそれまでは俺をからかってでも何でもいいから何か話していてもらいたかったのに。

「……」
「……」

結局、あれからお互い口を開くこともなければテレビを付けることもなく、無言の朝食が終了した。手を合わせてからフォークをお皿に置いて席を立つ。俺ばっかり気にしていたようで、ロロはまだのんびりと朝食を取っている。
いつもは流しに食器を置いたまま、洗うことは母さんに任せていたけれど今日からはそういうわけにもいかないだろう。そりゃあロロだって俺にとっては他人だ。そんな奴に朝食を作ってもらって洗い物までさせるのはなんかこう……ダメな、気がする。

「アヤトくん、もしかして昨日のこと気にしてる?」
「っえ、!?、あ……、いや……」

よもやロロからその話題を振って来るとは思ってなかった。丁度食器も洗い終わってしまい、仕方なく水を止めてゆっくり後ろを振り返る。食べ終えたであろうロロは、肘をテーブルについて手で頬を支えながら薄く笑みを浮かべたまま俺を見ていた。青い瞳は俺を捉えたまま動かない。

「気にしないで。って言ってもやっぱり気になっちゃうよね。俺も上手く誤魔化すことができればよかったんだけど、……こればっかりは何度やろうとしても出来ないみたいでさあ」

ロロの視線が少し下がる。らしくもない言葉や仕草に、また俺はどうすればいいのか分からなくなってしまう。……いや、思いだせ俺。昨晩あんなに脳内で練習しただろう。その通りに言えばいいんだ。

「君の言った通り、普通レパルダスの瞳は緑色だ。俺だって前はそうだったんだよ。……ま、色々あって今はこんな色になっちゃったんだけどさ。瞳の色にしてはかなり濃い色をしてるからさ、慣れるまで気持ち悪いかもしれないけど、……まあ、頑張って見慣れて欲しいかなあ」

笑いを含みながらそういうロロに、ふと、気付く。
俺もよくやっていたことだ。人から言われて傷付く前に、先に自分自身をあえて傷付け身を守る。色んな人に言われて、見られてきたからこそ出てくる言葉と方法だった。そういうときの顔はただ単に強がっているだけなんだけど、ロロの場合は笑顔が自然すぎてそんな風には思えない。

「……お、俺も、」
「ん?」
「あ、あの。俺の勘違いかもしれないけど、ロロはその瞳がコンプレックスなのかなって。俺も、……その。出来れば触れてほしくないところがあるからさ、」
「例えばその頬の傷とか?」
「ぐっ……!」
「あは、当たり?」

こ、コイツ……っ!平然と俺の地雷を踏んで来やがった!例えるなら、今まさに土足で家の中に侵入されているところだ。……いやいや落ちつけ。こういう話をするような流れを作ってしまったのはこの俺だ。ここは抑えて、抑えて。

「……つまり。……あー、その。……昨日は悪かった」
「──……、」
「…………ごめん」

ロロに視線を渋々移すと、ぽかんとしたまま俺を見ていた。信じられないものを見ているかのように口も開いたままである。忙しく瞬きを繰り返してから何かを噛みしめるように一人小さく頷いていた。

「アヤくんってさ。ほんとに実はいい子なんだ」
「……はあ?」
「普段からこれぐらい素直なら可愛いのにねえ」
「はあ?」
「まさかこんなに素直に謝ってくるとは思ってなかった。びっくりだよほんと」
「俺だって自分が悪いと思ったら素直に謝るしい!?」
「いやあ、驚いた!」

俺を見ながらにやにやしているロロを見て、もう我慢する必要は無いなと思った。思ったから、思いっきり人差し指でロロを指差しぶちまける。

「てかさ、俺よく考えたらお前の目の色について何も悪いこと言ってねえんだけど!?ただすっげー色してんなって思ったけど"ヘン"とも言ってねえし!?よく考えたら俺なんも悪くねえな!?」
「え、えーと、アヤくん?」
「確かに変わった色はしてるけどぶっちゃけ俺お前の目の色超羨ましく思ってんだからな!?なんか特別な力持ってそうな目じゃん!?俺そういうのが良かったなー!」

力強く手を太腿の横に戻してふーふーと肩で息をしながら、茫然と俺を見上げているロロを睨んだ。
ああそうだ!俺はロロに出会った時からコイツの容姿や身なりに憧れちゃってたんだよ!眼帯に始まり黒っぽい服装、奇抜な髪色に極めつけは真っ青な目の色!これだよこれ!俺はこういう感じになって、世界を救いたいんだ!

「あーもう謝る必要なんてなかった!うーわ損した!クソっ!」

言い捨ててからロロに背を向けて足音を派手に立てながらソファに向かう。昨晩あんなに考えてたのが馬鹿みたいだ。いや馬鹿だな!馬鹿だ!!クソ猫!俺の睡眠時間を返せ!
どっしり座ってから素早くソファに寝っ転がって、もしまたロロがこちらにやって来ても隣に座れないよう一人でソファを占領する。そうしてテーブルに置いてあるリモコンをひったくるように取ってからテレビをつけようとしたとき、あっはっはー!なんてロロの馬鹿げた笑い声が生まれた。なに一人で笑ってんだ。ますます狂ったか。

「うっせーんだけど」
「ごめんごめん。やっぱアヤくんはひよりちゃんの子だよ。でも……っぷ、俺の目に特別な力はないよ……っあはは!」
「んなこと分かってるってーの!あ、ありそうだと思っただけだ!」

顔に熱が集まってきているのが分かる。また俺を馬鹿にして笑ってたっていうオチか。言うんじゃなかった。
それからも笑い続けるロロに怒声をぶん投げたものの何の効果も無く。恥ずかしいんだかムカつくんだか分かんない感情から赤くなる顔を伏せ、仕方なく奴が笑い終わるのをただひたすらに我慢して待っていた。
途中、耐えきれなくなってテレビを付けた俺の耳に、本当に自然にふと飛び込んできた言葉があった。

「アヤくん、ありがとう」

って。寝っ転がったまま顔だけロロに向けると、母さんの話を聞いていたときみたいな顔してたから俺はすぐに視線をテレビに戻した。なんなのあれ。……いやほんと何?ていうか何に対してお礼を言われたんだかも分かんねーし。ほんと、意味分かんない。




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