opening

男の世界は、幸せで溢れていた。
真面目で研究ばかりしていた男には、心から愛し愛されていた彼女がいた。彼女と、保護すべきハーフたちとの生活は、とても幸福な日々だったという。

それも今は、全て過去のこと。
男は世界を憎み、またハーフを憎んだ。憎く、憎く、己の内に燃え上がり続ける黒い炎を消すには、。
ハーフをこの世から完全に消さねばならないと、考えた。

何年費やそうとも、必ず全て消し去ってみせると心に決めて。
今、ここにいる。

「──……さあ、目覚めのときだ。みんな、起きなさい」

液体で満たされていた、縦長のカプセル。沢山の配線が下の土台からプツンと外れ、次いで土台も前に飛び出し外れた。液体が床に勢いよく零れだし、あっという間に水浸しになってしまった。防護マスクを今一度きちんとし、初めて肺呼吸を始める彼らを眺めた。

苦し気に咳き込む音がする。酸素が身体に合わず、動かなくなる物もいる。言葉にならない獣の声が轟く中、男は手元に視線を落とし、彼らの様子を書き込みはじめた。ナンバー2001から、ナンバー2100までの全ての個体の様子を伺う。もしもこれで3分の1が生き残れば──……実験は、成功だ。

「──……博士」
「おお、そちらはどうだ」
「はい。ナンバー2050からナンバー2100までの成功個体は、現時点で28体」
「──……なんと。本当か」
「ええ」

驚き、目を見開く。自分の研究結果に、驚いたのだ。……そういえば、ナンバー2050からは採取したあれらを使っていたのを思い出す。なるほど、と男は一人納得しては、少年が持っていた記録表を受け取った。
それから。
異形蠢く、空間を見ては笑みを浮かべ。

「ついに、……ついに、この時がやってきた……!」

小さな笑みが、だんだんと大きくなって高笑いに変わる。隣にいた少年はマスク越しに、ただ静かに男を見ていた。阿鼻叫喚の中、響く笑い声。そのまま男は隅に置いてある机に向かい、写真立てを手に取り額を当てた。そうして静かに目を閉じて、写真に向かって語りかける。

「……待たせたね。やっと、やっと……やつらに罰を与えることができそうだよ……おお、おお、待っていておくれ、見ていておくれ。……愛しい、君よ」

静かに写真立てを懐に入れ、傍らにいる少年に視線を向ける。あと数日でこの少年も死ぬのだが、いいや、男にはそんなことも、もうどうでもよかった。何の感情も無く、従順に動く少年に言う。

「今夜、リヒトが来たら地下に閉じ込めるのだ」
「はい、博士」
「よろしい。決して、逃がすなよ」
「……はい、博士」

少年が、音もなく消えた。
残された男は、足早に別室へと移り最終準備を始める。沢山の機体が待機している部屋の一角、大きな地図が貼られている。そこの一か所を指差し、もう片方の手で赤いピンを留めた。
『試運転予定地』、と文字の書かれた付箋を貼って、機体の整備へと入る。

付箋の下、地図に書かれていた場所は。




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